総武中の制服は学ランだ。
ブレザーを着た総武高生のネクタイを巻く制服がなんだか大人に感じる。
それは、ブレザー姿のヒキオを知っている私には強く印象深く、ただいま目の前に居る、少しだけ大きな学ランに手を通すヒキオが幼く見えてしまってしょうがない。
思わずアホ毛を寝かせようと頭を撫でてしまいたくなるほどに。
ふと、私は衝動に勝てずに彼の頭を撫でてみる。
小さなヒキオは嫌そうに私を睨み、優しくその手を弾くのだ。
「それって寝癖?いつも立ってるし」
「寝癖じゃねぇよ。ナチュラルヘアーだ」
「へぇ…。抜く?」
「痛い痛い!……え?きみバカなの?」
そんな図書室の日常。
机を挟んだこの距離が、今の私とヒキオの距離なのだ。
すると、先生に呼び出されていたかおりが絶やさぬ笑顔で遅れて図書室にやってくる。
「やっほー!遅れてごめん!」
「……別に。時間に縛られる部活でもねぇし」
「そうだねー。よいしょっと」
鞄をどさっと床に置き、かおりは自然にヒキオの隣の椅子に腰掛けた。
むむ?
「あ、比企谷寝癖ついてる。ウケるんだけど」
「ウケないだろ。あと、これは寝癖じゃない」
「ちょっと待っててみ。ほら、頭動かさないで」
まるで面倒見の良い姉のように、かおりはヒキオの頭を手で撫でる。
寝癖はそのたびにひょこひょこと起き上がるのだが。
ふん、それはさっき私がやったっての。
振り払えヒキオ。
腕がもげる程に強く振り払え。
「……」
「ん〜、中々直らないなぁ」
「……」
「あはは。水で濡らさないとダメっぽいね」
「……」
「てゆうか髪柔らかっ。羨ましいんだけど」
「……」
……。
「なんでだし!!」
「「!?」」
ーーーーーーーー
奉仕部の活動内容に酷似したこの読書部。
かおりを含めて3人になったため、廃部の危機は乗り切ったものの、部活動と名乗るからには活動を行わなくてはならないらしく、やはりその活動内容は申請書に沿ったことをしなくてはならないとか。
放課後に図書室へ集まったは良いものの、ヒキオ、かおりはそれぞれ本を読むかスマホを睨むかで、それをどう活動報告とすれば良いのかは分からない。
「……さて、人助けでもしますか」
「……は?何を突然口走ってんだ?三浦」
「口走ってません。口歩いてます。…読書部の活動内容は人助けだし」
「求められれば助けるのがこの部活動のモットーだ」
「違います。私達は奉仕部じゃないし。読書部は自ら進んで人助けを行います」
「…奉仕部ってなんだよ」
窓を開け、私はヒキオとかおりに向かって喋り出す。
吹き抜ける風は暖かく、図書室にこもった小さな停滞の空気を吹き飛ばしてくれる気がした。
「学校には沢山の困った生徒が居るし!それを片っ端から助けるの!」
「……アホか。そんな恩着せがましいことができるかよ」
ヒキオはぷいっと顔を文庫本に落とし直すも、私は口を開き続ける。
「この年齢のガキは所謂思春期。多感な時期には悩めることが多いはず!」
「あー、ソレあるかも。特に恋愛と勉強はガチで多感だしねー」
「恋愛、勉強、部活!!これこそ青春っしょ!!」
私はヒキオの文庫本を取り上げ窓の外に放り投げてやった。
「あ!?お、おまえ!」
「だけど、一人一人に困ってる事はないかって聞き回るのも違う気がする。だからこう言うのを用意したし」
「…窓から投げちゃ危ないだろうが。……ったく、で、ソレはなんだよ?」
「ウケる!貯金箱?」
私は縦長の立方体を机の上に置く。
その立方体の上蓋には手紙サイズの紙を投入できる穴が開いてある。
「これに悩み事を書いた紙を入れてもらうし!プロデュースはあーし!!」
「……プロデュースは北条氏康だろ。まんま目安箱じゃねぇか」
「誰だしそいつ。んで、これを生徒が良く通る場所に置いておくわけ」
「んー。連絡橋とか?」
「そこで決定!!」
「待て待て、決定じゃねぇよ。そんなん教師の許可無く配置できるわけ…」
「もう許可は得たし!!」
「……」
はい論破。
私は目安箱に注意書きを施し、それが完成すると両手で持ち上げ空高くに掲げた。
「あんたらも祈れ!簡単でお手頃な悩み事が程々に集まることを!!」
.
…
……
………
……………
…………………
「で、1週間経ったけど」
「…この重みは結構入ってるね」
私は目安箱をお腹に抱え、ヒキオと共に図書室へと向かう。
1週間でどれだけの投稿があったのか、今日はそれを確かめる日なのだ。
「開けるのが楽しみだし」
「…お年玉じゃねぇんだよ」
図書室へ到着し、ガラガラと鳴るスライドドアを開けて中に入ると、すでに待機していたかおりが大きく私達に手を振る。
「どう?いっぱい入ってた?」
「これから開けるし。ただ、この重み……、100は超えてるね」
「え!まじ!?早く開けよ!」
「まぁ待てし。……あ」
1週間ぶりに帰還した目安箱を机に置き、興奮の冷め止まぬかおりとヒキオを手で静止しそれを開けようとする……、開けようとしたのだが。
「……やばいし。取り出し口作るの忘れた」
「「…」」
どうにか取り出せぬものかと、私は投入口を逆さまにして振ってみるも手紙が出る気配はない。
「……ふぅ。壊すか」
「…つぅかよ、今振ったときに音が全然鳴って無かったけど…」
「かおりー、そこの分厚い本取ってー」
「ほーい」
「これでぶち壊す」
「本の使い方、間違ってるからね」
私は目安箱を目標に、分厚い本を自由落下させる。
重たい本は目安箱に見事ぶつかり、物の見事にそれを破壊してみせた。
本を使った部活動、読書部っぽいね。
「破壊したし。さて、中身を確認しますか」
「するまでもねぇだろ。1枚しか入ってないんだから」
「100枚分の価値を持った1枚だし」
「……そうか」
破壊された目安箱から飛び出した1枚の手紙を、私は丁寧に捲り中を確認する。
それは女の子らしい文字で書かれており、ノートか何かの切り端が使われていた。
「雑な手紙だな」
「手紙は手紙だし」
「まぁまぁ。ほら、2人ともさ、早く内容を見ようよ」
散在した目安箱をどかし、私達はその手紙に顔を寄せる。
『好きな人が居ます。その人に告白がしたいのですが出来ません。どうすれば良いでしょうか。』