ぺらりぺらりと、私は先ほど書店で購入してきた女性誌を熟読する。
やはりと言うかなんと言うか、雑誌にはバレンタイン特集が組まれており、中にはチョコの作り方から最高の渡し方、シュチュエーションの作り方まで説明されていた。
ハートマークに囲われたチョコのデザインペイントが腹立たしい。
改めて思い起こすと、幼い頃からこういったイベント事には乗り気な方ではあったが、毎年のイベントともあり特段に力を入れたことがない。
「板チョコを刻む、湯煎……」
台所には大量の板チョコが。
それを溶かして固め直すための型も用意してある….…。
「……。市販のチョコを溶かして固め直すだけって…」
……愛がない。
湯煎してドロドロとなった生チョコを見つめながら、私は何の気無しにそれに指を付けてペロッと舐める。
うん、甘い……。
甘い?
そうだ、とりあえず甘さを倍増してやろう。
「お砂糖をドバーっと…」
うん、これで愛が入ったし。
……なんか足りない気がする。
チョコを渡すだけじゃ物足りない。
いっぱいの大好きが伝わるような、私の出来る精一杯をあいつに渡したいのに…。
ふと、雑誌に目を落とすと、バレンタイン特集のテーマである”愛を深める2人の思い出”という文字が目に入る。
「……愛を深める…」
……。
付き合ってもうすぐ1年が経とうというこの頃。
思い返せば色々とあったが、やっぱり印象深いのはプロポーズをしてくれた深夜の学校か…。
花火大会で見たヒキオの横顔も。
私の告白を優しく受け入れてくれたのも。
特別を与えてくれるのはいつもあいつで、私からヒキオに渡せたものと言ったら……。
「……何もないし」
……。
特別な物を
私もヒキオに渡したい。
…………
……
…
.
.
.
2月14日ーー☆
どんよりとした分厚い雲に覆われた今日の天気。
ふと空を見上げれば、今年に入って何回目かの雪がチラホラと降り始めていた。
バレンタイデー日和、なんて事はないのだろうけど、ホワイトクリスマスがあるのだからホワイトバレンタイデーがあっても不思議ではない。
「……早く帰ってこいしぃ」
時計の針を睨みつけると、単身はゆっくりと3と4の間を歩き続けた。
あいつ、恋人にとって特別なこの日に他用があるとは……。
「うぅ〜。あーしはないがしろかよ!!」
ソファーに寝そべりながらクッションに八つ当たりをしても、やはり単身の進む速度は変わらない。
4時には帰るって行ってたよね…。
あと18分と52秒、51、50、49……。
……ふむ。
時計を睨むのは不毛だな。
「……」
ふと、机の上に置かれたプレゼントに目を向ける。
それはピンクの包装紙に赤のリボンを添えたシンプルな装いをしているものの、私の気持ちを込めた世界で唯一のチョコレートであることは間違いない。
甘い甘いチョコレートと、ちょっとした私の気持ちを添えたそのラッピング。
サプライズと言うには大袈裟かもしれないが、チョコと一緒に入っているソレを、ヒキオは喜んでくれるだろうか……。
ふ、不安になってきたし……。
ちょ、やっぱチョコレートだけにしとくか?
ガラじゃないって言うか、私っぽくない……。
それに、少しだけ恥ずかしい。
慌てて時計を見るや、4時になるまでまだ10分もある。
今なら間に合う……。
ラッピングを外し、ソレだけ抜き取ってしまおうかと手を伸ばした瞬間に
「ただいま」
「ぬぉ!!お、おかえり!!早くね!?4時にはだいぶ早くね!?」
「は?どうしたのおまえ」
「な、何でもないし!!あ、あの…こ、これをあんたに……ん?」
心の準備が整わぬままに、私はラッピングされた物をヒキオに手渡そうとする。
手渡そうとするも、私はヒキオの持っていたバッグからはみ出した、ハートマーク模様のリボンに気が付いた。
……ん?
「……あんた、それ何よ?」
「……。」
「バッグから可愛いリボンがはみ出してるし。なに?頭隠して尻隠さず的な?」
「……これは貰ったやつだな。ほら、俺って甘党だから」
「へぇ、じゃぁ中身は甘い物なんだ。……チョコレートかしら?」
私がヒキオに滲み寄ると、それに伴いヒキオは後ずさる。
すると、ヒキオは呆れたようにバッグの中からリボンの正体を取り出した。
「……まぁ待てよ。コレはほら、小町から貰った奴だよ」
「……妹?」
「…うん」
「妹かー!なんだしビックリさせんなしー。てっきり他の女からチョコレートを貰ってきたのかと思って心配しちゃったじゃん!あれだかんね?あんた、私以外からもしチョコレートを貰ってるなんて言ったらあんたの脳みそを湯煎しちゃうだかんね!」
「……お、おう。心配させちまったな。悪い悪い。あはははー」
「あははー……、隙ありっ!!」
「なに!?」
戦場で油断は禁物だ。
私はヒキオの隙を突いてバッグを奪い取り、その中身を全て確認するべくチャックを開けた。
中には可愛らしくラッピングされた手乗りサイズの箱、箱、箱。
「……へぇ。可愛いラッピング。沢山あるじゃん。へぇ。へぇ」
「と、トリビアかな…」
「……一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。あらら、片手じゃ数え切れないし。……これ、何?」
「……わからんな。時限爆弾の可能性もなきにしもあらずだ」
「なら確認しなくちゃだし」
「待て待て。確認するのにハンマーは要らんだろ」
バッグの中から飛び出した大量のチョコレートは、それぞれ綺麗に可愛らしく、どこか特別を感じさせるような形でそこに転がる。
女の勘が訴えるのだ。
これは義理じゃない。
「……雪ノ下さん、結衣、バカ後輩、雪ノ下(姉)、るみるみ、ゼミ女……。あらすごい、バラエティ豊かな事で」
「……なんだ、ほら、最近のバレンタイデーは異性とか関係なく知り合いで交換し合うと聞いたぞ?これらもその類いだろ」
「……」
「あ、あのな、三浦……」
悔しいとか悲しいとか、そうゆう感情が私のお腹の中で渦巻いている。
ヒキオの慌てた顔をぶっ飛ばそうと、このチョコ達を全てゴミ箱に捨てようと、この感情は晴れそうにない。
……この気持ちを私は知っている。
これは……。
「……嫉妬だ」
「…あ?」
「あーしはただ嫉妬してるだけ」
「……そっか」
ほんの少しだけ目尻に溜まった涙を、ヒキオがゆっくりとさらってくれた。
ふわりと近寄った彼を見つめると、暖かな手を私の頭に乗せてくれる。
「……嫉妬してくれんだな」
「当たり前でしょ…。あんたはあーしの彼氏なんだかんね」
「……知ってるよ」
「ずっと一緒に居てくれるんでしょ?」
「ん。」
優しく撫でてくれるヒキオの手があまりに気持ち良いすぎて。
私はあんたが好きだから、いっぱい嫉妬しちゃうから、すごく不安になっちゃうから……。
「もっと…」
「?」
「もっと撫でて」
「はいよ」
「……あーしのこと好き?」
「……あぁ」
「ちゃんと言って…」
「……。好きだよ、バカ」
「……へへ、バカは余計だし」
嵐の後の静けさか、妙な沈黙に包まれながらも居心地はまったく悪くない。
好きな奴が側に居てくれる。
「……はい。あーしからのチョコだし。しっかり噛みしめて食いな」
「虫歯になっちゃうだろ。ありがと」
「うるせ。……あ、あと、これも…」
恥ずかしがりながら渡した1枚の紙。
紫の蝶々の絵が小さく添えられた便箋には、私の本物の気持ちが言葉少なくに綴られている。
それを受け取り読み始めるヒキオに、私は真っ赤になった顔を見られないよう精一杯に抱き着いた。
ヒキオのお腹から臭う甘い香りに酔いながら、私は昨夜や綴ったヒキオへの気持ちを思い出す。
『大好きです。
ずっとずっと大好き。
わがままだけど、これからもいっぱい幸せにしてくれたら嬉しいです。
ーー優美子』
ちょっと情緒不安定な三浦になってしまった。