暖房の効いた部屋とは反対に、窓の外に静かにゆるりと白い雪が降り落ちる。
昔、学生の頃に見た雪はどこか埃のような灰色で、湿った足元と乾燥する空気が私を不快にしたことを思い出した。
こんなに真っ白で綺麗な結晶を、私は今まで見たことがない。
いや、見ようとしなかっただけか。
「……キレイ」
ふわりと、窓の外を眺めていた私の肩にベージュのブランケットが被せられる。
「ありがと」
「ん。雪なんて珍しくもないだろ?寒いからカーテン閉めようぜ」
「ふふ。あーしは初めて見たんだし」
「は?そんなわけ……」
「あんたと見た初雪」
「…あぁ、そうっすか」
降り続ける雪は冷たく地面を染めるだろう。
そっと握った彼の手は、そんな雪さえも溶かすことが出来るのだろうか。
目を逸らした彼の頬が赤くなっている。
照れてる姿は可愛らしいくせに、握った手はゴツゴツと男らしい。
「ねぇ、ヒキオ。雪合戦しようか」
「……遠慮させていただきます」
☆
Chocolate Troubleーー
春休みとは名ばかりの、連日10℃を下回る天気が続く冬空の今日この頃。
ふと、窓の外を見ては雪ばかりが見えるだけで代わり映えのしない風景に飽き飽きとしてきた。
「あー、雪ばっかりでうぜぇー」
「君、この前ステキだとかキレイだとか言ってたよね」
「もう飽きたし。はぁ、でもコタツだけは飽きませんな」
「ん。俺の骨はコタツの中に埋葬してくれ」
「おっけー」
大学もなく、就活も終えた現在。
やることと言えばヒキオと下らない話をダベるか、山の如し動こうとしないヒキオを外に無理やりに連れ出すかだ。
今もこうして、ヒキオはコタツ布団を肩まで掛け、私の剥いたミカンを食べるだけ。
「ん」
口を開けたヒキオにミカンを一つ投げ入れる。
ほい、パク。
「…酸っぱい。ハズレだな」
そうな言いつつも幸せそうにミカンを頬張るヒキオ。
……可愛い。
「……さて、昼寝の時間だな」
ヒキオはクッションを二つに下り、自らの頭とカーペットの間に滑り込ませる。
時刻は昼前の11時……。
アホ毛をぴょんぴょんと跳ねさせ、ヒキオは暖かそうに身をコタツに任せて目を閉じた。
……。
「……ダメな気がする」
「……zzz」
「人としてダメな気がするし!!」
「っ!?!?」
バンっ!!
と、机を両手で叩くと、ヒキオはその音に驚いたのか、目を見開いて私を見つめた。
「ど、とうした?気でも狂ったか?」
「狂ってんのはアンタだし!毎日毎日ゴロゴロして!これじゃぁ先が思いやられるわ!!」
「おいおい、先は先。今は今だろ」
「ふざけんな!!」
「ぬわ!?」
ミカンを一玉投げつける。
ヒキオのおでこに当たったミカンはそのままフローリングにティンティンと弾み転がった。
「どこか行くよ!!」
「は?おま、外を見てみろよ。雪で交通機関は全部麻痺ってるっての」
「歩けし!!どこまでも私の隣を歩き続けろし!!」
「あ、歩くったって……。この雪だぞ?」
尚もグダグダとわめくヒキオをコタツから引っ張り出し、私はそのまま彼をクローゼットのある部屋まで引きずる。
「ぅえ!!さ、寒い!床も冷たい!!」
「着替えんの!ほら!さっさとスウェット脱げ!」
「やめろー!わかった!着替えるから!……はぁ、着替えるからとりあえず出て行け」
「ふん!スウェットの上からジンーズ履くのはだめだかんね」
「……なんでだよ」
……………
……
…
.
.
玄関を開ければ雪。
雪と行っても吹雪ではなく粉雪だ。
もちろん交通機関に多少の麻痺は出ているけれど、電車が全線止まっているなんてことはない。
都内の雪なんて数センチ積もれば降った方だ。
「さっむぅ……。こりゃ大変なことになったぜ」
「そんだけ着込んでるのに寒いの?」
「……繊維ってのは隙間がありやがゆからな」
「あっそ。ほら、行くよ」
「んー」
玄関から出ただけなのに、よくもまぁここまで文句が言えるものだ。
呆れながらヒキオの手を握ると、雪空の影響は皆無だと言わんばかりに暖かい。
手袋なんて必要がないね。
あ、そうだ、この前考えていたことを実証してみるし。
「……えい」
「あ?…冷た!な、何を!?」
「ヒキオの手なら雪も溶けるかなって」
「」
ーーーー☆
「……スケートとはまたベタな」
「そう?あーしあんまりやったことないけど」
「俺も実はない」
「なんだし」
電車とバスを乗り継ぐこと30分。
私達は家からさほど離れていない場所のスケートリンクに訪れた。
もっと混み合っているかと思っていたが、平日の昼間、それも雪の日に訪れる客は多くなく、チラホラと若い男女が居るのみだ。
「ねぇねぇ、これどうやって履くの?」
「ん?その椅子に座って履けばいいんじゃね?」
「あ、そっか。……うわ、これ立つのもキツそう」
「おまえが普段履いてるヒールの方がキツそうだがな」
「それもそうか」
先に履き終えた私はカツカツと音を鳴らしながらスケートリンクに足を踏み入れる。
うぉ、摩擦が0だ……。
リンク上の壁から手を離すことなく、私はゆっくりと歩いてみた。
「ぬ!?ふ、ふわ!ぅ!?……よ!!」
手を離してはまた手を付き、離しては付きの繰り返し。
「む、難しいし!ヒキオ!」
「ん?」
ヒキオは大丈夫かと思い彼の方を見てみると、そいつはポケットに手を入れながら悠々とその場に立っていた。
「え!?なんでだし!!」
「……いや、立つくらい出来るだろ」
「出来ん!どうやってんの?」
「こう、足を、こう、な?」
「わけわからん。ヒキオこっち来て。手、握って」
「はいはい。ほら、ゆっくりな」
そっと出されたヒキオの手に、私は添えるように手を置いた。
しっかりと掴んでくれたのは私が転ばないようにか。
いつもこれくらい頼り甲斐のある奴なら……。
いや。
ヒキオはこれくらいが丁度いいのかもしれない。
たまに見せる優しさが、本当に私を大切にしてくれている証拠のようで。
「……へへ」
「あ?急にニヤついてどうしたんだ?」
「に、ニヤついてねーし!」
なんでと見透かしてくれる。
だからこそ、こいつは私の心に入ってこれるんだ。
その後、大して上達することもなく私はヒキオに手を引かれ続けた。
疲労の溜まってきた足を休めるために、私とヒキオはスケートリンクを後にし、隣接する喫茶店に身を移すと、どこか浮ついた飾り付けをされた店内に疑問を抱きつつ、コーヒー2つを持って席に座る。
「お砂糖は2つまでだかんね」
「言われるまでもないがな」
「あんたこの前、3つ入れてたらしいじゃん」
「おいおい。言われのない虚実だ」
「バカ後輩に聞いたんだかんね」
「一色め、どこまでも俺を陥し入れやがる……」
そう言いながらも、ヒキオはお砂糖を2つ入れ、しっかりと甘くさせたコーヒーをゆっくりと啜った。
「……苦い」
「……ふん。はい、あーしの半分だけあげるから使いな」
「まったく。最初から素直に渡せばいいものを」
「やっぱりあげない」
「うそですごめんなさい」
ヒキオは店内に入っても外していなかったマフラーをようやく外し、それを丁寧に畳んで自分の膝に置く。
「そこじゃ邪魔になるでしょ?あーしのバックに入れておいてあげる」
「ん、悪いな」
私はマフラーを受け取り、それの香りを少し嗅いだ後にバックに閉まった。
「……臭いを嗅ぐな」
「いや、ヒキオの残り香好きだから仕方ないし」
「あっそ」
「つーかさ、なんか店内の装飾が派手じゃね?」
「あ?……あぁ、アレだろ、バレンタインデーの…」
「……!?」
ば、バレンタインデー……だと?
私は手帳のカレンダーを確認し、今日の日付と2月14日までの残り日数を照らし合わせる。
ひぃふぅみぃ……。
あと2日……。
……。
忘れてた…、バレンタイン。
いや待て。
ヒキオはバレンタインとかクリスマスみたいな恋愛イベントには否定的な奴だ。
あえてここは、ヒキオのスタンスに乗っかてやろう!
戦略的に、ヒキオのスタンスに乗っかてやろう!!
「……どうかしたか?」
「い、いや、なんでもないし!?つ、つーかさ、バレンタインデーとか寒くね?今時好きな奴にチョコあげるとか、せ、生産性がないし!!」
「きゅ、急にどうしたんだよ……。まぁ、確かにバレンタインデーにチョコを渡す意味はわからんな」
「でしょ!!?」
「……で、でもさ…」
そっと、ヒキオが私から目を逸らそうとするも、それをぐっと我慢し私の目を見つめた。
頬が赤くなっているのは、コーヒーの熱か、それとも照れか。
それでも、ヒキオがあまり見せない素直な照れ方に、私は思わず胸をときめかせてしまう。
照れながらはにかむ笑顔が愛らしい。
「……す、好きな奴に貰うもんは……、その、…嬉しいのかもしれん……」
「ぁぅ……。き、期待しておけし……!!」
こうして、私のチョコレートトラブルが始まるのです。
響け!ユーフォニアム!!
を、最近見ました。