私はあんたの世話を焼く。   作:ルコ

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Extra -3-

 

 

 

 

 

 

 

「そいっ!!」

 

 

ぶん!と、音を切りながら振り抜かれたバットは、白球の遥か下を通過した。

 

背後のネットに当たった球は、ティンティンと跳ねながら私の足元へと転がる。

 

 

「むむむ。当たりません!!」

 

「……うん。当たってないな」

 

「アウトローいっぱいに投げられたら手も足も出ませんよー」

 

「……」

 

「意表を突いたフォークがまるで私の打ち気を逸らすかのようです」

 

「……全部真ん中のスローボールだけどね」

 

 

機械音を鳴らしながら球を投げ出していたピッチングマシーンが動きを止めた。

 

私はヘルメットとバットを棚に戻し、安全策の裏に隠れていた先輩の元へ戻る。

 

 

「はい、次は先輩ですよ?」

 

「え?俺もやるの?」

 

「逆にやらない理由がありますか?」

 

「やる理由もないだろ……。はぁ、危ないからネットの裏に居ろよ」

 

 

嫌々そうな顔をしつつも、先輩はしっかりと腕の袖をめくり上げてヘルメットを被った。

 

む、左打席……だと?

 

 

「……勘違いするなよ一色。俺は状況に応じて左右の打席を変える」

 

「す、スイッチヒッター……!」

 

「おまえはグリップの位置が高いんだ。だからバットをコントロールし切れない」

 

 

短く持ったバットが鈍く光る。

 

 

まるで俺のスイングをしっかり見ていろと言わんばかりに。

 

 

先輩がクイっとバットを肩に乗せると、機械は鈍い音を立てながら球を投げ出した。

 

 

ひゅん!!

 

 

「へゃ!!」

 

 

ぶん!!

 

 

「……」

 

「……」

 

 

空を切るバットが虚しく私と先輩を映し出す。

 

 

「……ふぅー。チェンジアップかよ……」

 

 

「せ、先輩……」

 

 

「ん…」

 

 

「……ど真ん中のスローボールです」

 

 

「あらら」

 

 

 

.

……

…………

………………

 

 

 

「で?どうして急にこんな所へ連れ出されたの?俺は」

 

「偶にはいいじゃないですかぁ。可愛い後輩と遊べるんですよ?」

 

 

バッティングセンターを後にした私達は、昼食も兼ねて喫茶店に入っていた。

 

もう腰は上げんとばかりに深く座っている先輩の前には、ホットコーヒーと3つのお砂糖が置かれている。

 

 

「あれ?先輩、お砂糖は3つだけでいいんですか?」

 

「あ?あー、まぁな」

 

「へー。3つでも多いですけどねー」

 

 

コーヒーカップを丁寧に傾けながらゆらりと飲む姿はどこか大人びえて見えてしまう。

 

一つしか違わないはずの年齢がまるで大きな大きな壁のように、近くに居るはずの先輩を遠くに感じさせた。

 

 

ふわりと香るのはコーヒーの芳ばしい臭いではなく、お花のように甘く暖かい香り。

 

それが先輩から香る物だと気がつくのに確認はいらなかった。

 

 

……柔軟剤、変えたのかなぁ…。

 

 

って、これじゃぁただのストーカーじゃない!

 

 

ぶんぶんと危ない思想を捨てるように頭を振っていると、先輩は不思議そうな顔をして私を見ていた。

 

 

「…ど、どうした?」

 

「え?あ、あははー、邪気を振り払っていまして」

 

 

疑わし気に眉を吊り上げながら、先輩はそれでもコーヒーを傾け続ける。

 

口に含んだコーヒーが、喉を通るとカップは受け皿に戻された。

 

 

……結構長い間飲んでたのに全然減ってないじゃん。

 

 

「……もう1つ、いや2つ…、砂糖を入れようと思う」

 

「あ、やっぱり苦いんですね…。はい、私のあげますよ。私はブラック派なんで」

 

「わかった。貰っておこう」

 

「貰っておこうって……。ふふ、変わりませんね、先輩は」

 

 

お砂糖が足されたコーヒーをスプーンでクルクルと混ぜると、渦を巻いたコーヒーはゆっくりとお砂糖を溶かしていく。

 

 

「そうか?」

 

「そうですよ」

 

 

居心地の良さも、その優しさも。

 

昔から変わらない先輩の魅力に、私は年齢を数個重ねても魅了され続けてしまう。

 

 

好きであり続けてしまう。

 

 

「……ん。混んできたし、そろそろ出るか。…で?次はどこに行くんだ?」

 

「ふふ、ここで『帰るか』と言わなくなったのは成長ですね」

 

「……アホか」

 

「さて、行きますか」

 

 

ガタっ、と椅子から立ち上がると、ベタにも脚をテーブルに引っ掛けて倒れそうになる。

 

 

あ!これは先輩が抱きかかえて助けてくれるパターンだ!!

 

 

と、思うこと0.1秒。

 

 

無情にも私の身体は重力に逆らうことなく床へと落ちていった。

 

 

ガタン!!

 

 

「……痛た。……先輩、ここは倒れる前に私の身体を抱き支えてくれなきゃだめじゃないですか」

 

「……いやだって、コーヒーカップで両手が塞がってるし」

 

「私の身体を合法的に触れられたって言うのに……、勿体無い」

 

「分かったから起きろよ。周りの人に見られてるぞ」

 

「あーあ、セカンドチャンスも逃しましたね。そこは一言『大丈夫か?』って言って手を差し伸べてくれなきゃじゃないですか?」

 

「……大丈夫か?頭を打ったのか?」

 

「安心してください。打ってませんよ?」

 

「…うん、なら早く立ち上がれ」

 

「まったく。……よいせっと」

 

 

私はその場から立ち上がり、ポンポンと埃を払う。

 

 

「成長しても先輩は先輩ですね」

 

「……そらそうだろうよ」

 

「ほら、行きますよ?はぁ、時間は有限なんですからね?」

 

「……。」

 

 

 

 

.

……

………

……………

 

 

 

 

 

喫茶店から出ると、日はまだ落ちてはいないが少し切ない赤色夕日となって道路を照らしていた。

 

 

冬は1日が短くて嫌い。

 

 

「もうすぐ卒業ですね」

 

「ん、まぁな」

 

「就職、決まって良かったです」

 

「嫌なこと思い出させんなよ。はぁ、来月から社畜の仲間入りか」

 

「あははー。社会人になるんだから少しはコミュ力を身に付けないとですね」

 

「むー。それが悩みの種な訳だ」

 

「ふふ。…それで、卒業後は……」

 

 

 

卒業後はどうするんですか?

 

 

その言葉は喉の奥に引っかかり、寸前で踏みとどまった。

 

 

聞いてしまったら……。

 

 

私にとって良くない答えが返ってくる気がしたから。

 

 

日が沈みかけた街は寒さが増したようだ。

 

まだまだ先輩と回りたかった場所が沢山あったのに、どうして私の邪魔をするように夕日は沈んでいくんだろう。

 

 

隣を歩く先輩は、寒そうに手をポケットに入れながらマフラーに顔を埋めている。

 

喋ると憎たらしいくせに、そんな姿は少し可愛いいんだから。

 

 

「んで?どこ向かってんの?」

 

「……どこ行きましょうか」

 

「は?行きたいところがあったんじゃねぇのかよ?」

 

「ありましたよー?でも、もう日が暮れそうなので予定を変更しなくちゃです……」

 

 

もっといっぱい、先輩と色んな所へ行きたかったなぁ……、なんて。

 

カレンダーには30日もの予定を書き入れることができるのに、その予定のうちに先輩と一緒にいれる時間は限られてしまう。

 

 

どこかもどかしく、切ない気持ちが私の顔を歪ませた。

 

 

我慢しないと涙が溢れそうになる。

 

 

きっと本心では気が付いているんだ。

 

 

先輩はもう、三浦先輩と……。

 

 

 

「……っ。さ、寒いですねぇ…!やっぱりもう帰りましょう!」

 

 

気持ちを理性で包み隠す。

 

笑顔は得意だ。

 

このまま、先輩と居たら…、私は自分を隠しきれなくなってしまうから。

 

また惨めな思いをしてしまうから。

 

 

そうなるくらいなら。

 

 

私は先輩の前から消えてしまおう。

 

 

「……?」

 

「わ、私、ちょっと用事がありますので先に帰っててください。それじゃぁさよならです!」

 

「お、おい…」

 

「……。さよならです」

 

 

衝動に駆られるままに、私はそこから走り出そうした。

 

甘く切ない香りが私の胸を縛り付ける。

 

突然に走り出そうとした私の腕は、少し強い力に引っ張られた。

それが先輩によるものだと、確認するまでもなく分かる。

 

暖かな先輩の手に掴まれた私の腕は、振り払うでもなく力が抜けていくみたい。

 

 

 

すると、涙腺が壊れたように、私の頬を一粒の涙が滴った。

 

 

 

「……」

 

「あ、あの、これは……っ!」

 

 

涙を隠そうと手で目を覆ってみせる。

 

だめだ、先輩の前で泣いちゃ。

 

 

また、先輩を心配させてしまう。

 

 

「……一色」

 

 

ふわりと、冷たい風が一瞬にして音を消す。

 

 

突然に、少し背伸びをすればキスができるくらいに先輩が近づいた。

 

真っ赤に頬を染める私とは対照的に、表情一つ変えない先輩は私の首元に自らのマフラーを巻きつける。

 

 

「……貸してやる」

 

「そ、そんな……、悪いですよ…」

 

「ん……。行きたいところ、ないんだろ?だったら少し付き合えよ」

 

「……え」

 

 

巻かれたマフラーは私の口元を隠す。

 

 

丁寧な手つきでマフラーを巻き終えた先輩の手は、そのまま私の頭に乗せられた。

 

 

 

 

「良いもの見せてやる」

 

 

 

 


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