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繰り返される問答に辟易とする。
まるで、あなたを試していますと言わんばかりの威圧的な質問の応酬に、私は溜息を吐くばかりで気の利いた答えを返せない。
目の前に座る眼鏡を掛けた中年は私を見下すように赤ペンをクルクルと回す。
「……三浦さん。あなたが我が社を選んだ理由は?」
「あ、え、えっと、御社の企業理念と社会活動に感銘を受けました。私の思い描く理想の働きをするには御社しかないと思ったからです」
「……ふー。はい。わかりました。最後に何か質問等はありますか?」
「……ない、です」
.
…
……
………
…………
嫌な汗で背中に吸い付くワイシャツが気持ち悪い。
履き慣れていないヒールのせいで脚も痛い。
思い通りにならない面接で心が凹む。
今日で何社目だろう。
二次面接にすら進めずに突き落とされる。
そんなことにも慣れてきた。
だからと言って、私はこれ以上何をすればいい?
ESを何度も書き直した。
髪色も黒く染めた。
面接の練習だって重ねてきた。
これ以上何を…。
重い足取りのまま、私はヒキオの待つ家にたどり着く。
玄関を開けようとノブに手を伸ばすが鍵が掛かっていた。
どうやらヒキオは帰ってきていないようだ。
「……」
何もかもが上手くいかない。
私は苛立ちを隠すこともなく乱暴に合鍵を取り出して開ける。
すぐさまリクルートスーツを脱ぎ捨て、ホットパンツとシャツに着替えるとソファーにダイブした。
「…なんで居ないんだし!慰めろし!!」
……。
虚しい。
手足を盛大に暴れさせてみるも、面接官の顔は忘れられないし、ヒキオも帰ってこない。
……そうだ。
今日はいっぱい甘えよう。
力いっぱい抱きついて、好きなご飯を一緒に食べて、髪を乾かしてもらって、腕枕をしてもらおう。
ヒキオの顔を思い出しながら、少しだけ気の晴れた私はスーツをハンガーに掛ける。
直ぐに帰ってくるであろうヒキオを待ちながら。
私は静かに目を閉じた。
ーーーーーーー
……。
あれ、いつの間にか寝てしまっていたのか…。
目を擦りながら窓の外を見ると、そこには先程までの青空はなく、赤と黒の間くらい、……少しだけ不安にさせるような空色になっていた。
「18:30……。やば、3時間くらい寝ちゃってたし…」
って、ヒキオはまだ帰ってきていないのか?
遅くなると言う連絡は来ていない。
今日は研究室に行っているはずだが……。
私は不安な気持ちをぶつけるように、スマホでヒキオにメッセージを送る。
優美子
【早く帰って来い!!】
そのメッセージに既読は付かない。
数分経っても音沙汰なく、そのメッセージはただただ一人ぼっちでそこに居座る。
優美子
【何時くらいに帰ってくるの?】
2人ぼっち。
それでも既読は付かない。
スマホを両手で持ちながら、私は再度時計を確認する。
19:00
いつもなら夕御飯を食べている時間だ。
……。
そうだ、偶には作っておいてやろう。
きっとヒキオも疲れて帰ってくるから。
……。
広くて静かなキッチン。
包丁とまな板がぶつかる音と、鍋から聞こえる煮えたぎる音だけがその場に響く。
私って、いつからこんなに寂しがり屋になったんだろう。
……つまらん。
そして、お皿に彩られたテーブルには数種類の料理が並ぶ。
時計の短針はもう8を過ぎて去ってしまっている。
……先に食べてしまおうか。
と、思っていると、玄関先から聞きなれた足音が。
来たか!!
「……ただい、…っおぅ!?」
「遅いし!!」
リビングの扉が開かれると同時にヒキオに突撃をかます。
お腹付近を狙って飛び込むと、ヒキオは少しだけ腰を曲げながらもそれを耐えた。
「遅い遅い遅い!何やってたんだし!?」
「お、おまえなぁ…。研究発表会だって言ったろ」
「こんなに遅くまで?」
「……まぁな」
何か含みのある言い方だ。
ヒキオに抱きついたとき、少しだけ嫌な臭い。
煙臭さの中にニコチンが含まれる。
「……タバコの臭い…」
「ん、飲み屋居たから」
「ご飯、……食べちゃったの?」
ヒキオはテーブルの現状を確認し、いつものように優しく、暖かく口を開いた。
「….…飲んだだけ。飯は食ってなかったら腹が減ってたんだ」
きっと、そんな優しさも、この時の私には痛くて辛い。
言い表し用のないもやもやが胸に突っ掛かり、感情が口から溢れるようにこぼれ出す。
「……食べなくていい」
「あ?」
「本当は外で食べてきてるんでしょ。だから無理しなくていい。あーしも食う気失せたから」
電気は点いているはずなのに、ヒキオの顔を見ようとすると、まるで明かりが消えたように黒く霞んでしまう。
こんなことを言いたかったわけじゃない。
「……もう疲れたから帰る」
「おい、三浦……」
だめだ。
もう何も言っちゃだめだ。
お願いだから止まって、私。
「…きも。手ぇ離してよ」
「……。何があった?」
「何もない」
「嘘をつくなよ」
止めて。
私を壊さないで。
踏み止まって。
「…っ!何もないって言ってんでしょ!!」
悲しそうに、驚いたように、痛々しいくらいに、ヒキオは私の手をそっと離した。
守りたい。
でも、傷付けているのは私なんだ。
彼は誰よりも優しく、強いから。
私の中で、彼の存在はあまりに大きかったから。
そんな彼を、私は拒絶してしまったから。
離された手は空中をぶらりと落下した。
私はヒキオに背を向ける。
何も聞きたくない。
だから私は家から飛び出すように逃げ出したんだ。
玄関には小さな金属音が鳴り響いている。
決別するように、私の小指からするりとピンキーリングが抜け落ちた。