私はあんたの世話を焼く。   作:ルコ

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【変化】

 

 

プールで遊んだ疲労が歩く度に増していくようだ。

まるで今も水中に居るように身体は重い。

 

星が浮かぶ夜空とはまた違う、色気のあるピンクのネオンが辺りを照らす。

 

右も左もホテルばかりだ。

 

私は腕に掛かるヒキオの体重を引きずりながら歩き続ける。

 

 

「ま、待て!こっちは帰り道じゃない!」

 

「こっちで合ってるから!」

 

「合ってねーよ!え、えろい建物ばっかりじゃねーか!」

 

「え、エロくないから…。た、た、ただのホテルだし!?」

 

 

ただのホテルはピンクのネオンで入り口を照らされている。

ご丁寧に、建物前の看板には宿泊の値段が記されていた。

 

 

「ほ、ほら。脚も痛いしここで休むし!」

 

「ここじゃ休めないだろ!いろんな意味で!!」

 

「…あ、あーしはべつに!!…ただ、休みたいだけだし…」

 

「や、休むなら家に帰ろうぜ?な?」

 

「……」

 

 

今まで握られていた手が離れる。

 

私は何にやきもきしているのか、離された手を強く握り締めていた。

 

 

暗く

 

静かに

 

 

その場には側面からの力が加わらない限り動けないような息苦しい空気がまとわりついていた。

 

 

「……」

 

「……おい、三浦?」

 

 

なんでこんなに不安なんだろう。

 

ヒキオはこんなにも優しくて、私のことを考えてくれてる。

 

誰よりも私を好きで居てくれる。

 

……。

 

 

そうに決まってるのに…。

 

 

「……あんたは、あーしと…」

 

「……」

 

「エッチしたいと思わないの?」

 

「……」

 

 

暗闇に紛れてヒキオの顔が良く見えない。

 

ヒキオは何を考えているのだろう。

 

私に呆れてる?

 

 

「……ごめん。聞かなかったことにして」

 

「…謝んなよ」

 

「……、ほしいの」

 

「…?」

 

 

「あんたが本当に、あーしを好きで居てくれる確証がほしいの」

 

 

確証なんてあるわけがない。

 

いくら一緒に居ても。

 

手を繋いでも。

 

キスをしても。

 

 

ふとした時に、私は不安で不安でしょうがなくなる。

 

 

「……はぁ、偶におかしくなるよな。おまえって」

 

「…な、なってないし!」

 

「そんな確証……、あったら俺が欲しいくらいだ」

 

「…え?」

 

 

ヒキオが優しく頭を撫でてくれる。

柔らかくて暖かいヒキオの顔がとても綺麗で、瞼の中で光る瞳がキラキラと。

 

空に浮かぶ星なんかよりも凄く私を惹きつける。

 

 

唇と唇が触れるだけのキス。

 

 

「……俺には……、おまえしか居ないみたいだ。一緒に居たいと思えて、触れ合っていたいと思えて、好きでいたいと思えて……」

 

 

背中に回った手に引き寄せられて、私はヒキオの胸に顔が埋まる。

 

太陽の日を浴びたお布団のような匂い。

 

私の大好きな匂いだ。

 

 

「……はぁ。恥ずかしいこと言わせんな」

 

「…、もっと。好きって言って?」

 

「……言わん」

 

「へへ、好き。大好き」

 

「おまえが言うのかよ」

 

「もっと好き。不安な気持ちよりももっともっと大好き」

 

 

光がゆっくりと輝く。

 

そんなに明るくないのにそれは確かに光っていて、ときどき顔を覗かせるように私を導く。

 

 

再び繋がれた手に引かれ、私はその場を後にした。

 

 

 

「なんか安心したし!ラブホじゃなくてもヤレるんだから早く帰ろ!!」

 

「ちょっと君、黙ってなさい」

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

【酔っ払い】

 

 

冬に入ると同時に出したコタツは、1日を過ごすにはとても居心地がよく、偶に当たるヒキオの足がくすっと笑えるような幸せを感じる。

 

 

夕食を終えると、テレビを見ながらウトウトとするヒキオの顔を指で突きながら、私は大学で貰ったとある物を思い出した。

 

 

「……あ、そういえば良いもの貰ったんだった」

 

「んー……。ツンツンすんな」

 

「だったら寝るなし。風邪ひくよ」

 

「はは、そんな馬鹿な…」

 

 

そう言いながらも瞼が落ちかけている。

 

私は少しの寒さを我慢してコタツから出ると、貰ってきた紙袋を持ち、コタツに入り直した。

 

 

「うぅ、寒っ」

 

「…zzz」

 

「寝んな!!」

 

「っ!?つ、冷たっ!?」

 

 

私は冷え切った手でヒキオの頬を挟む。

ぬ、暖かいぞ?

ヒキオって身体のどこを触っても暖かいのかしら?

 

 

「は、離せ!風邪引く!」

 

「はは。そんな馬鹿な」

 

「……。ん?それ何?」

 

「大学で貰ってきた!」

 

 

コタツの上で紙袋の中から箱を取り出すと、さらにその箱の中にも緩衝材が巻かれている。

 

 

「勝駒特吟….…、誰だよ、こんな高い日本酒をくれたのは。ちゃんとお礼は言ったのか?」

 

「丸岡が持ってたから貰ってきた」

 

「ならお礼はいらないな」

 

「うん」

 

 

私は瓶を眺めながらどうやって飲むのかを考える。

 

寒いしやっぱり熱燗かな?

そう考えていると、先ほどまでコタツから出ようともしなかったヒキオがきびきびと動き、数分もしない内に徳利と二つのおちょこが用意された。

 

 

「どこでスイッチ入ったし」

 

「日本酒は好きだからな」

 

「へぇ。あーしはそんなに飲んだことないかも」

 

「だったらさっそく飲もう」

 

 

.

……

………

…………

 

 

 

日本酒の瓶が半分程空いた頃、どうもこの家は傾いているらしく、私の世界は斜め右へとズレていった。

 

ぽーっとしてて気持ちいい。

 

深い味が身体に染み渡るように、おちょこに注がれた日本酒は度々無くなる。

 

 

「ふぅぁ〜。気持ち良いしぃ」

 

「……ちょっと飲み過ぎじゃないか?」

 

「美味しいんだもん。ね、もっとちょーだい」

 

「……止めとけ。明日が辛いぞ?」

 

「明日は明日でしょ!!今は!?今でしょ!?」

 

「酔っ払いかよ……」

 

 

取り上げられた瓶を奪い返そうと、私はヒキオに抱きついた。

 

抱き心地の良い身体だ。

 

パジャマが捲れて露わになったお腹を見つけて舐めてみる。

 

 

「んっ!?お、おま!?なに舐めてやがる!!」

 

「お腹……、ヒキオの味がする!!」

 

「しねぇよ!!」

 

「なら酒返せ!!」

 

「あ、……」

 

 

奪い返した瓶を抱きかかえ、私は幸せな気分でヒキオの隣に寝転がった。

 

 

「ひきおー、あんまり飲んでないの?」

 

「あ?ガブガブ飲むもんじゃねぇだろ」

 

「……飲ましてあげる」

 

「は?……っ!?」

 

 

口に含んだお酒は生暖かい。

 

それはキスと呼ぶにはとてもお行儀が悪過ぎる。

 

私はヒキオの口に無理やりお酒を流し込んだ。

 

口から口へ、私の成分を含んだ日本酒は、ヒキオの身体に吸い込まれていく。

 

 

「んーー。ぷはっ!…へへ、おいし?」

 

「っ!!お、おまえ!よ、酔い過ぎ!!」

 

「酔ってないしー。ほら、まだまだあるし……。んーー」

 

「止めっ!バカ!」

 

「ぁぅ…。….…ふぁ〜、眠くなってきた」

 

「はぁ。だったら寝ろ。もう遅いしな」

 

「うん。……ベッドまで抱っこして」

 

「……はぁ。ほら、今日だけ特別」

 

 

ヒキオに起き上がらさせられ、そのままの勢いで抱き着く。

特別なんて言いながら、最近ではほとんど毎日抱っこしてくれるんだ。

 

幸せに包まれながら、今日も1日が終わっていくのが少し寂しい。

 

 

早く明日になって。

 

 

もしくは夢の中でもヒキオと一緒に居させて。

 

 

そう考えながら、私はヒキオのパジャマから手を離さずに眠りにつくのだった。

 

 

 

 


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