壁に×印をつけるだけの簡単なお仕事   作:おいしいおこめ

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14 学園祭

 時間に流されるようにして過ごしているうちに、学園祭の時期になっていた。世情はどうにも不安定というかきな臭い感じではあるのだけれど、それを忘れるように、あるいは知らない振りでもするかのように、学園祭の会場は盛況していた。

 日本人、ブリタニア人関わらず、人々の顔には笑みがある。それを見て、なんだかこの学園らしいと思った。流石は東京疎開一オープンな学園祭だ。

 

 演劇部は劇の公演が昼前に一幕。公演の無い時間はホールの側のスペースで、衣装と台本展示を行う予定だ。

 今回の公演の台本は人魚姫、なのだが部長の手が加わって、随分と別の話になっていた。

 

 確か、王子の母国と人魚の国は戦争中とかいう設定で、人魚姫が声じゃなく記憶を対価に脚を手に入れていた。王子は人魚姫が敵国の姫だと気付きつつ、人魚姫のことが好きで諦められないとかだったかな。船から落ちた王子を助けるために、人魚姫が嵐の海に飛び込んで、それを切っ掛けに記憶と尻尾を取り戻すところからが怒涛の展開で、アイーダやロミジュリに似た流れをなぞって悲劇を思わせつつ、最後に意表を突くようなハッピーエンドをくれるのが良い裏切りの憎い作品だ。

 人魚姫なのに悲恋じゃないし、部長の手が入っている割に話がまともすぎるものだから、顧問の先生はもう何も信じられないとでもいう様子で恐慌状態に陥っていた。先生、先生。今回は大丈夫です。部長だっていつも狂ったような問題作を書いているわけじゃなくて、あれは発作のようなものなんです。ただ少し、その回数が多いだけで。

 

 今回私に劇の役柄は当たっていない。学園祭での役割といっても、リハーサル時間中展示の係員を担当するくらいか。

 さて、魔女のとんがり帽子を被り、襟付きのマントを羽織れば、魔女っ娘エレインちゃんの完成だ。その格好で私は展示スペースに立った。

 係員は私の他に魔女が二人とかぼちゃが一人。……魔女三人か。「綺麗は汚い、汚いは綺麗(Fair is foul, and foul is fair)」とか言って、将来王になる人に荒野で予言を下してみたい。舞台でやるには曰くがある作品だし、かぼちゃもいるからシンデレラが無難なんだろうけれど。

 

 係員が四人もいれば、展示スペースは充分回る。トラブルの気配はなく、大変穏やかで、ついでに割と暇だ。

 客の呼び込みがてら、展示スペースの入り口がある通路付近にまで移動してみれば、通りがかったクラスメイトにぎょっとされて逃げられた。ちょっとへこんだ。

 要らぬ傷を負ってしまった落ち込み気分のまま、早々に展示スペースの奥へと引っ込む。

 

 奥の方では、並べられた台本を前に、立ち止まって熟読している人がちらほら見えた。その中に顔見知りの司書教諭の姿を見つけ、声を掛ける。が、反応はない。相当読むのに集中しているらしい。

 手にしているのが、部長の手掛けた作品の中でも私イチ押しの台本とあって、反応できないのも仕方ないと、思わず大きく首を縦に振ってしまった。是非存分に入り込んで読んで頂きたい。

 

 

 

 

 リハーサルは、予定通りの時間に終わったらしい。私は次の担当者にバトンタッチ、交代だ。

 さーて着替えと舞台の幕まで行けば、そこにいた人魚姫ルックの副部長に着替えを阻止された挙句、『演劇部』とでかでか書かれた札を持たされた。

 

「……ええっと、これは?」

「宣伝よろしく! それ持って会場歩いてくるだけでいいから、ね?」

 

 人魚姫の宣伝に魔女っ娘ルックでいいんだろうか。

 結局着替えないまま、半ば追い出されるようにして、私はホールを出た。

 

 

 会場には、私の他にも仮装している人の姿がちらほら見えた。他部の呼び込み要員のようだが、宣伝の札を見れば展示品と明らかに関係ない服装だ。呼び込みに関わりなく仮装しているであろう人もいる。学園祭はいつの間にハロウィン会場になったのやら。

 

 今日の分の×印が未だ書けていなかったので、例の壁の場所に向かう。美味しそうなホットドックの屋台の横をすり抜け、会場を外れたルートを速足で歩いた。辺りに他人目がなくてよかった。今日の分の×印を刻めば目的は達成だ。

 また会場に戻るついでに、ホットドックでも買っていこうか。

 

 演劇部の札を脇に挟んで、手に持ったホットドックにかぶりつく。程よく焼けたウインナーの皮がパリっとはじけた。

 ケチャップの甘味と酸味がウィンナーの塩味に合わさり最強に思える。パンはしっかり味の緩衝材を果たしてくれていた。マスタードはもうちょっと辛い方が好みだけれど、大衆向けとしては間違ってない。

 

「丁度いいところにいたわ、エレイン!」

 

 ホットドックも消え、指に付いたケチャップを舐め取っていたところで、己が名を呼ぶ声に顔を上げる。我らがミレイ会長様様だ!

 

「何かお困りですか?」

「ええ。急な話なんだけど、演劇部にあるゼロのマント、生徒会に貸してもらえないかしら?」

「マントを?」

 

 そういえば、生徒会の展示は『ゼロ特集』だった。……本気だったのか、その特集。

 ミレイ会長が仰るには、学園祭が始まって数時間ながら、展示の受けは悪くないらしい。なるほど、部長のスカーレット・ピンパーネルは時代を先取りしすぎていたのか。時代が部長に追いついたんだな。絶対ろくな時代じゃない。

 

 会長は、今朝になってスザク君から、ゼロのマントが演劇部にあると聞いたらしい。「受けもいいし、これはマントも欲しいわ~」とのことだ。……まあ、今からでも、部長に言えば貸し出しはどうとでもなるだろう。

 一応、限りなくゼロのマントに近いだけの、スカーレット・ピンパーネルのマントだと断りをいれながら、私は会長に部長の許可を得てくる旨を告げる。感謝のハグを頂いた。大変やわらかかった。

 

「仮面もお貸ししましょうか?」

 

 私の力作ですよ。あ、いらない。はい。

 会長の回答に若干落ち込みつつも、私は部長に会いにホールへ向かった。

 

 

 意外なことに、部長は控室にも舞台袖にもいなかった。近くの部員に訊けば、部室にいるらしい。マントが部室にあったので、今から探し回るよりは都合がいいと言えば都合がいいが、公演の時間が近いのにホールを外しているなんて、部長にしては珍しい。

 

 部室にいた部長は、何か書きものをしていたが、私が部室に来たのに気付いてすぐに作業を止めた。マントの持ち出しと、生徒会への貸し出しのことを言えばあっさり許可が出る。仮面は要らないのかと訊かれてしまった。ええ、要らないらしいんです。

 

 力作なのになあ、と思いながらよくよく見える場所に仮面を飾り直しつつ、マントを手にとる。ベルトと銃のホルダーは余分だろうか。

 

「あれ」

 

 ゼロの所持品との設定だった、例の小型銃の模倣品が無い。ホルダーにかけっぱなしで仕舞われていた記憶があるのだが。

 部長に行方を問うと、部長が個人的に持ち帰ったとのことだった。何に使う気だ。

 

 

 生徒会の人にマントを託した頃には、劇の公演時間も近くなっていた。……客の呼び込みを言いつかったのに、このままホールに戻るのでは、流石に怠慢が過ぎる気がする。

 私は申し訳程度に演劇部の札を掲げながら、ホールへの道を急いだ。

 

 幸い客入りは悪くなかった。魔女っ娘ルックが他人目を集める。通常入口からの入場には時間がかかりそうだったので、ホールの裏に回り、関係者入口の扉から入らせてもらうことにした。

 

 控室に札を置き、魔女っ娘ルックをキャストオフする。帽子と襟付きマントを脱げばいいだけというお手軽さだ。

 ハンガーラックには、服の掛かっていないハンガーがいくつも引っ掛けられていた。そのうちの一つに襟付きマントを掛ける。そうして部屋を出て、舞台袖に着いたところで開演のブザーが鳴った。時間ぴったり。いつの間にかホールに来ていた部長も、袖から舞台を観ていた。さあ、開幕だ。

 

 

 公演は、途中音響機器の接続トラブルによって音楽の流れなくなるアクシデントがあったものの、演者たちがそれをものともせずに演技を続け、場を繋いだことにより、無事復活した音楽と共に幕を引けた。観客たちは、背景音楽のない時間を一種の演出だと思っているようですらあったのだから、演技を続けたのは英断だったろう。率先して演技を続けようとした人魚姫役の副部長は、そもそも緊張で音楽がはなから耳に入っていなかったのだと、後で零して苦笑していたが。全てを冠する終わりだったのだ。反省点はあれど、公演は成功だったと言っていいだろう。

 

 公演が終わってからの方が大変だった。部員皆で舞台の片付けをしていれば、副部長が一人、舞台衣装のままおろおろと控室の前をいったりきたりしている。どうしたのかと尋ねれば、なんと彼女の制服が見当たらなくて着替えられないとのことだった。

 幸い部室には、いつかの公演で使った彼女の私服が置いてあったので、それを部員がとりにいくことで、彼女が人魚姫の服装のままで学園祭会場を練り歩くようなことは避けられた。……あの会場内なら、人魚姫の尻尾つきドレスで歩いていても浮かない気もした。

 

 その後もトラブルは続く。

 学園祭の様子を記録している生徒会が、公演前に展示の撮影に来るものと思われていたのが来ず、公演後に確認をとってみれば、記録はどうやら映研が請け負っていたようで。

 

「そういえば、映研の人がカメラ持って来てたの…展示品は撮影禁止ですって追い出しちゃったわ」

「あちゃー」

 

 情報の伝達が上手くいっていなかったらしい。額をぺちんと押さえる展示撮影時担当の女子部員から、私はインカムを受け取り、映研へと連絡を取る。

 

「あの撮影禁止ってそもそも、外部の人に生徒の写真と部長の問題作を盗撮されるの防止に設定したやつだろ?」

「うー…ごめーん。でも、毎年生徒会がカメラ回してたから、今年も回してるものだと思ってた」

「なんか今年はTV局とかきてるし、例年通りとはいかないんだろ」

 

 唸る女子部員に、インカムを外して私は告げた。

 

「映研の人達、今から来てくれるらしいよ。『折角の学園祭ですからね、思い出が映像に残らないのは寂しいでしょう』って」

「今から!?」

「あーう、ありがたいことだってのは分かってるのにありがたくなあい……」

 

 女子部員はそう言って肩を落とした。

 

「私これから巨大ピザ作り観に行くつもりだったのよ。撮影時に突っ立っているだけとはいえ、一応担当だし、抜けられないわよね」

 

 突っ立っているだけとは言うが、演劇部の展示品として、記録に残しても問題ないものと、映しては色々とまずいものを、撮影者に伝える大事な役割である。展示品の選別時に一度確認しているからと慢心していると、展示開始時にはなかった部長の紛れ込ませた品々によって痛い目を見る。今日の午前は、部長はほぼ部室にいたようなものだったそうだが、油断はできない。

 

「そういうことなら、私が代わろうか?」

 

 ピザならこの前散々食べた。直径十二メートルのピザは確かに気になるが、あれは多分食べる方でなく、制作過程のパフォーマンスを楽しむものだろう。学園祭の大目玉、確か部員達もほとんどが観に行くと言っていた。

 

「本当に? お願いするわ、エレイン!」

 

 女子部員が私の両手を掴み、力強く縦に振った。そんなに嬉しかったのか。

 手を離した途端に駆け出した彼女に、私は苦笑しながら、その背を見送った。さて私は、心の内でスザク君の健闘を祈るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

(エレイン・アーキンの日記 12)

 この学園の行事、やけにピザ推しなのはどうしてなのだろうか。

 映研の人達が到着するのを待つ間、そんなことを呟いたら、それを聞いていたらしい部長が、スポンサーがどうだとか言っていた。

 はて、学園の経営陣にピザの店でもあったかな?

 

 果たして例の巨大ピザだが、完成は見なかったらしい。

 ユーフェミア皇女殿下が会場にいらっしゃったとかで、騒ぎになって学園祭は中断、ピザ作りなんて場合ではなくなってしまったんだそうな。ピザ……。

 皇女殿下も、お忍びでいらっしゃってたんだろうのに。とんだ災難だっただろう。……お忍びだったんだよね? 炎上商法みたいな、そういう真似を狙ったわけじゃないよね? テレビ局の集まった、その場所での彼女の宣言のせいで、どうにも疑心暗鬼になってしまう。

 

 副部長の制服は、学園祭の翌日にトマトのシミがついて返ってきた。

 血かと思った。どうしてトマト。そんなことを彼女は愚痴っていた気がする。一応、被害届を出したらしい。

 シミが落ちずに制服は買い替えとなったが、学園内で起きたことだからと、学園側が制服代を肩代わりしてくれたんだとか。この学園の、こういうところが好きである。気が回るとでもいうか、生徒が困っていれば当たり前のように手を貸してくれるとでもいうか。

 

 どうにもトラブルが続く。部長情報では、こういう時、日本の人は『悪霊に取り憑かれている』と考えるらしい。突然の悪霊登場。何故。東洋の神秘だ。悪霊憑き…悪魔憑きのようなものだろうか?

 地震雷カジキトーお祓いをすれば、悪霊は退散するらしい。私もここでひとつ、教わった悪霊退散の呪文を唱えておくことにする。ナンマイダブ。

 




間違った日本の知識を植え付けられたエレインちゃん……。


・なんちゃって人魚姫
王子と結ばれないと泡になる設定が空気。儚さと童話感の欠片もない。王子と扇、一音違いだなってふと思ったのでした。

・魔女が三人
マクベス。ヒーッヒッヒ。スコットランド王になるけど最終的に破滅ってマクベスの運命、雀の涙くらいはルル氏と似てるかなって思って入れた小ネタ。……本当に雀の涙しか似てない、というか別物だね! ルルさん自分で自分の運命拓いた感あるもんね、予言とか持ち出してごめんね。

・舞台でやるには曰くがある
なんかイギリスの演劇界隈じゃ劇場内で『マクベス』って言うと悪いことが起きるとかいうジンクスがあるとかないとか。

・魔女とかぼちゃ
シンデレラ。びびでぃばびでぃぶー。

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