壁に×印をつけるだけの簡単なお仕事   作:おいしいおこめ

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12 斬首台

 昼食を摂る為、お昼休憩として一度解散することとなった。集合は一時間ほど後だ。

 気分転換も兼ねて、ランチボックス片手に、ホールからは少し離れた見晴らしのいいところへ向かう。ハンカチを敷いて一人、ランチボックスの蓋をあけた。

 ……どうすれば誰かと一緒にご飯を食べられるのか、これが本当にわからない。アナには、自然と誘われて、いつの間にか彼女と一緒に食べることになっているから凄いと思う。まあ、一人で食べたからって別に何だという話なのだけれど。

 

 ふと食後に紅茶が飲みたくなって、部室まで行ってお湯とカップを使わせてもらった。時間もそうあるわけではないので、ティーバッグを湯の中でおどらせる。耐熱ガラスのティーポットが欲しいななんて思いながら、部室の時計で蒸らしの時間をきっかり数えた。

 そのままのほほんと息抜きをしていたら、集合時間まであと10分を切っていた。慌ててカップを洗って干して駆け出す。

 よし、滑り込みセーフ。

 

 副部長が、「明日の公演まであと9時間」なんて、なかなか心臓に悪い宣言をしてくれた。小道具が使い回せそうなのが本当に救いだ。大道具はちょっと頑張らないといけないようだけど。ギロチンとか。

 なんだかんだ、みんなコレが楽しいんだろう、すごくいい顔で走り回っているものだから、私達今青春してるなと思った。

 

 手すきだった私は、副部長に言われて午後の部にきたお客さん用のクッキーを袋に詰める。そういえばスザク君、来てくれるんだったなあ。折角来てくれたのに、申し訳ないなあ。

 

「副部長、午後の部に友達来てくれる筈だったんですけれど、そのまま帰しちゃうのも忍びないので、中の見学させていいですか?

「んー……、まあ、いいでしょう。衣装や大道具の手直しに貴女の出番はないだろうから、案内についてていいわよ。長くて30分かしら」

「ありがとうございますー!」

 

 許可ももらえたので、私は制服の上にゼロのマントを羽織った。

 

「……なんでマント着てるの?」

「友人を驚かせようと思いまして」

「そりゃあ驚くでしょうけれども」

 

 他にもあったでしょう、と副部長が呆れたように言った。

 アリッサ後輩にクッキーの袋たちを託した私は、鼻歌を歌いながら仮面を被る。フルフェイスという形のままで音がこもらないようにするのは難しく、舞台では仮面の内側にピンマイクをいれていたのだが。……ゼロは音周りの問題をどうしているのだろう? 仲間内で話すときは仮面を外しているとか?

 

 なんとなくその場でぴょんと跳ねた私は、調子に乗ってマントを翻し、その心地よさに酔いながら、ホール正面扉の手前までアリッサ後輩についていった。そこで立ち止まった私は、扉の外でアリッサ後輩が午後の公演中止の旨を伝える声を聞きながら、人の群れの中にスザク君の姿を探す。――見つけた。

 

 クッキーを配って早々戻ってきていた部員に、スザク君を呼んできてもらえるか尋ねる。

 

「それはいいけど、エレインちゃんはなんでそんな格好してんの」

 

 部長にも言われたことだったが、この部員の尋ね方はなんだか詰問みたいで、私はドギマギしながら答える。大して何も考えず着てしまったのだけれど、何かまずかったんだろうか。……下は制服とはいえ、テロリストのコスプレしてるとか、あっ、すごい駄目だこれ。

 

「友人を脅かしたかったのです」

「そりゃいいや。驚くぜ、あの名誉ブリタニア人」

 

 途端ににやりと人の悪い笑みを浮かべたこの部員は、確か部長のトンデモ台本にも毎回肯定的な、所謂面白いこと好きな人だった。私のコレも、彼の琴線に触れたのか私の試みに賛同してくれた。駄目じゃん。そこは止めてくれなきゃ駄目じゃん。いや、ここまできては私も引けないので止められても困るのだけれど。

 

 部員に声をかけられ、スザク君は不思議そうな顔を浮かべた。あの部員、何を言ったのだろう。「君に会いたがっている人がいる」とかだろうか、何それ怪しい。

 ともかく、スザク君が来た。ならば私は思う通りに演じるだけだ。ホールに踏み込んだ彼の前に、颯爽と姿を現した。

 

「ゼロ…!!」

 

 仮面を見て目を丸くしたスザク君が、間を空けず構えるのが分かった。流石は軍人さんである。ところでその、戦闘対象は私ですかね?

 なんだか失敗したかなと、私が冷や汗をダラダラ流していると、彼は人並み外れた跳躍をもって棒立ちしていた私に飛びかかり、ものの見事に身柄を拘束のち床に押さえつけてしまった。なんだあれは。人間業じゃなかった。

 

 身動ぎひとつさせてくれないので、仮面を脱ぐこともできない。制服越しに、床の冷たさが伝わっては身体を冷やした。お腹冷えちゃう。

 声までは制限されていないが、私の処理能力が追いつかないせいで、言葉を紡ぐどころか呼吸もうまくできない。出そうになった悲鳴は、つい癖で呑み込んでいた。

 

 早く誤解をときたいと思っていたら、スザク君の手が私の首筋を撫でた。色気も何もない変な声がでた。悲しい。

 

 スザク君は、どうやら仮面を外すつもりらしい。惜しい、もうちょっと横、そう! そこのボタン! ポチッとしたら外れるから!

 ずるりと仮面の脱げる感覚がしたと同時に、私の腕の拘束も緩んだ。頬が外気に触れる。ほっと息を吐いたら、息もあたるくらい近い距離にスザク君の顔があった。その近さがなんだかいたたまれなくて、私は両手で顔を覆う。

 

「エレインさん?」

 

 あ。名前で読んでもらった。

 

「す、スザク君…これ、劇の衣装なんだぁ…とかって……」

 

 するりとマントがはだけて、制服が覗く。今更ながら、この制服にこのマントなんて、ミスマッチな組み合わせだなと思った。せめて男子の制服なら、まだあわせようもあったろう。

 へへ、と必死の笑顔を浮かべたら、スザク君は真っ赤な顔でその場を飛び退いて――この時も人外じみた運動能力を発揮していた――、ピシッとそれはもう綺麗なお辞儀を決めた。

 

「ごめんっ!」

「いや、こちらこそ。むしろ、変に悪戯心を働かせた私の自業自得かなって。そしていい上腕二頭筋でした。鍛えてるー」

 

 まだ心臓は激しくばくばくと音を立てていたが、冗談を言うくらいの余裕はあったし、そのうちおさまることだろう。

 

「でもよかった。すぐにゼロじゃないって判断してもらえて」

 

 そう、決定打は仮面の下の顔をみた際に得たようだったけれど、私を床に押さえつけた時から、その腕に籠る力が戸惑うように強められたり弱められたりしていた。弱まったところで痛いものは痛かったし動けもしなかったけどね!

 

「よくみたら、背格好が全然違ったから」

 

 まるで本物のゼロを見たことある人の発言だ。軍人さんなら、一般の私達より知っていることも多いというわけか。

 

「まあ、見ての通り、こんなものが出てくる劇を演じようとして、問答無用で公演中止になったわけであります」

 

 床に転がっていた仮面を拾い、顔の横まで持ち上げると、スザク君は苦笑した。

 

「せっかく来てくれたのにごめんね」

 

 私が謝ると、彼は気にしないでとでもいうように首を横に振った。

 初めて会った時の印象からして、彼は人がいいのだと思う。小道具や衣装を見ていかないかという私の誘いにも、快く乗ってくれた。ゼロの仮面を小脇に抱えた私は、スザク君を舞台裏へと導く。気分はお姫様をエスコートする王子様だ。スザク君には姫より騎士の役がお似合いな気もするけれど。

 

 舞台裏に入った途端、スザク君の視線が一点に向かう。

 

「それ、小道具。主人公パーシーが装備しているって設定の小型銃」

「本物かと思った」

「……そんなに似てるの?」

「正直、かなり。軍でも採用されてる種類の銃だ」

「へー」

 

 確か、部長が担当者に色々と注文をつけていたことはおぼえているが、台本には銃を撃ち合うシーンなんてなかったので、何のためにあるのだろうと思っていたものだった。部長のことだから、ゼロが軍から奪ったとかいう裏設定でもつけていそうだ。

 

「やっぱりこういうの興味ある?」

 

 スザク君にそう尋ねると、困ったような顔をした。遠慮しているのだろうか?

 

「台本は回収されちゃったから見せられないけど、じゃーんこんなのもあって」

 

 彼の手を引いて、色々と見せて回る。箱に詰まっていた衣装を広げたり、カーテンに隠されていたナイトフレームの舞台装置を見せると、感心した声を上げて、その後で首を傾げた。

 

「どうして、ゼロなんて出てくる劇を?」

「部長の趣味だね。あの人、時事を取り入れたがりで。だからってテロリスト主役にすることもないと思うんだけど」

「主役?」

「無罪なのに市民にギロチンにかけられそうになる貴族を、外国に逃がす主人公ポジション」

 

 私の告げた内容に、スザク君はどこか苦くて悲しそうな顔をして視線を落とした。

 

「だからって、市民を殺すことは許されるのか」

「うーん、人によるとでもいうか。主人公は貴族達を助け出すと決めた、その過程で市民の犠牲が出た。それをスザク君が許せると思えるかどうかじゃない?」

 

 スザク君の上げた顔は、険しいままだった。多分、彼は正義のための犠牲という奴が嫌いで、一人でも多くを救いたい、守りたい人なのだろうと思う。その姿勢は私には眩しく、そしておそろしい。私は許されない側の人間だろうから。

 

「貴族を見殺しにしたら、よかった?」

「そんなわけない!」

「だよねー。市民と貴族が共存できるものならよかったのだけれど」

 

 それは非現実的とでもいおうか、できて貴族の隔離といったところだろう。互いが理解と譲歩しあえるケースは酷く珍しい。

 

「台本じゃ新天地へ逃げ出して終わるんだよね」

 

 それは、“人は分かり合えない”とでもいうような結末で、悲しいことではあるのだけれど。全てを理解し合おうとするのも疲れることなので、これはこれでいいのだろうと思う。

 

「うん、なんか気疲れするような話しちゃったな。他を見ようか」

 

 そう言って、いつかの公演で使ったアリスのウサギのぬいぐるみを見せる。スザク君の表情が緩むのに、私もホッとして息を吐いた。

 

 

 

 スザク君との舞台裏見学中、舞台袖に吊るされた部長にスザク君は大変驚きをみせていた。まあ、荒縄でぐるぐる巻きにされた人間が、まるで子供向けの絵本かアニメの一シーンが如く吊るされているのだから当然な反応なのだが。

 

「あの人は?」

「生贄、じゃなくて。この演劇部の部長。なんか重度の日本マニアなの。ほら、私がキンピラーとか言ってたでしょう、そういうの全部この人の影響でね」

「この人が」

 

 スザク君は神妙に頷いているけれど、よく極端なことを考えている危ない人だからね?

 部長は、スザク君の姿を見ては、その瓶底眼鏡の奥の目を見開いてもがいていたけれど、ここでスザク君との話の場を設けようものなら部長が喜ぶ結果しか出ないであろうので、私はそれを見なかったことにしてスザク君の手を引いた。

 

「えっと……いいの? 部長さん」

「いいの、いいの。部長はただ今罰則中。きっとスザク君が話し掛けるだけでご褒美になっちゃうから、今は近づかないであげてね。

 それとあんな見た目はしているけれど、一応いつぞの舞台セットで使った装置だから体重負荷までちゃんと考えてあるし、頭を下にはしていない、とっても温情ある措置なんだよ」

「温情……?」

 

 吊るし晒すこの装置は、確かにえげつないものではあるけれど、部長の鋼の精神はこれくらいじゃちっともそっともへこたれない。ただ、こうして身柄を拘束されていることで、公演の準備に関われないことが彼への罰になっている。

 

 舞台の中央あたりでは、大道具の運び込みや手直しがされていた。どうにもロベスピエールが貴族一派として処刑されるシーンのギロチン作成で人手が足りてなかったようで、困っていた部員たちを見て、スザク君は手を貸してくれた。いい人すぎる、そしてさりげなく自然に人の輪に入り込むこのコミュ力。見習いたい。だが真似できない。

 

 ギロチンは、ナイトメアフレームが振り回してたギロチンアクスを改造したものとなった。刃はそう重量のあるものではないし、演者に当たらないように、刃は落ち切らずある程度の高さで止まるようになっているが、高いところからスライドして落ちるギミックがついているので扱いには注意が必要そうだった。

 

「元々処刑用の斧というのはうまく首を断てないことが多くて、そのことで処刑される罪人が、死ぬに死ねず痛みに苦しむというようなことがあったんだそうです。

 ギロチンは、その問題を解決するべく編み出されたもので、スパッと首を斬れるすごーい発明なのですよ」

 

 出来上がったギロチンのセットを見たアリッサ後輩が意気揚々と言う。そんなうんちく私は聞きたくなかった。

 スザク君はこの後お仕事があるということで、ギロチンが完成を見たところで舞台裏そしてホールを去って行った。

 

 彼の去った舞台裏で、私は部員たちから少しだけスザク君に関しての質問を受けた。

 

「あれって今をときめく枢木スザク一等兵じゃん。『天誅じゃ』とかいって斬られなかった?」

「殿中でござる殿中でござる」

 

 カタナを持ってなかったのは幸いであった。

 紅はこべの紋章型の彫刻に忙しそうだった副部長も、その手を止めて私に声を掛ける。

 

「友達って、アナちゃんだと思ってたら。いつの間にあんなのとお知り合いになってたのよ」

「いつの間にかなってました。あと知り合いじゃなくてお友達です」

 

 えっへんと私が胸を張ると、副部長は驚愕に口に手をやって、「信じられない……」と漏らした。

 

「あの誤解に誤解を重ねっぱなしのエレインが……」

「誤解されてるのは、私の方だと思うのですけれども」

 

 友達を欲するにも、私に積極的に関わってくれるのはアナくらいで。私はクラスで浮くとか、どこか一歩引かれているとか、怖がられているとか。理由は謎だけれど、誤解されている、のだと思う。

 しかし副部長は私の言に、仕方ない諦めを感じているかのように肩をすくめた。

 

「分かる人には分かる、いえ、小さいことを気にしない気質? 何はともあれ、よかったわね。貴女の事を心配しながら卒業していった先輩方も喜ぶでしょう」

 

 最後は笑みを添えて、副部長はそう言ってくれたけれど、私は副部長の言わんとしているのが『スザク君がおおらかなだけ』ということであるように思えて。実際、私はスザク君のおおらかなところに助けられてお友達となっていたから、そんな自分の何もしていなさというのは自分でも気になるところだった。

 だからといって、私という個人に何ができるわけでもないのだけれど。少しくらいは自分が何か、友達らしいことができているといいなと思った。

 


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