「……ただいま」
「お、やっと帰ってきたかバーサーカー。ずいぶん遅かったな」
「……カリヤ、良い話と悪い話がある。どっちから聞きたい?」
「なんだよ唐突だな……。じゃあ良い話の方で」
「キャスターのサーヴァントの真名はジル・ド・レェだってことが分かった」
「へぇ、すごいじゃないか。じゃあ悪い方は?」
「…………そのキャスターに狙われるようになった」
「どういう道を帰ってきたらそういう結果が付きまとってくるんだお前はァーーッ!!」
「そんなこと僕が知るかよッ!どうしようもないだろこんなのはッ!」
「お前の幸運はC+だろうが!運が悪すぎんだろ!」
「だからこそのこの結果じゃあないかッ!結果として見たら何の損失も出さずに敵の情報を得られたんだから!」
「……そういわれるとそうか」
「物事の片方の面しか見ないのはやめろよ。……まさか僕がこのセリフを言うことになるなんてなァ」
現在、日付も変わった時刻。
二人は深夜のテンションで少々ハイって奴になっている。
またはやけくそとも言う。
「そんなことより、さっさと寝てればいいのに何で起きてるんだ?カリヤの体はまだ万全じゃあないんだろう?」
「それはそうだけど、バーサーカーが帰ってくるまでは待ってようって思ったんだ。頑張ってるやつを差し置いて、こっちだけ休むってのも変だしさ」
「……だからってお前なァ~」
「そうだ、腹とか減ってないか?俺はこんなんだから料理はできないけど、インスタント食品なら買い込んでるから、なにか食べたらどうだ?」
「……そいつはどうも」
そう言い捨てると、バーサーカーは雁夜から顔を背けた。
バーサーカーは雁夜のような人間が苦手だ。
自分のことを心配してくる奴なんて、生前はとても少なかった。
だから、こうやって人情味にあふれた対応をされると、どうしていいのか分からなくなる。
だが、苦手というだけで、嫌じゃあない。
結局、バーサーカーは照れているだけだった。
「それじゃあ遠慮なく食べるよ。僕はこのカップ麺を……」
「…………」
「……なんでこんな時間に起きてるんだい、サクラ」
そんなバーサーカー達を見つめる少女がいた。
召喚されたと同時に、バーサーカーが助けた間桐桜だ。
もう桜ぐらいの年齢の子供ならば眠くなるような時間なのに、なぜ起きているのか。
「……おじさんも、バーサーカーさんも起きてる、から、私だけ寝るのがいけない気がして」
「そんなこと言って、もうサクラも眠そうじゃあないか。子供なんだから早く寝ろよ」
バーサーカーが屈みこんで桜と視線を合わせると、桜の目が虚ろになっているのが分かる。
そのうえ桜は、すでに舟をこぎはじめていて、眠そうにしているのが一目瞭然だった。
それでも、桜は必死に起きていたのだろう、こんな夜遅くまで、二人が起きているからと。
「この聖杯戦争だって君のためじゃあなくて僕の望みをかなえるためのものだ。サクラが気に病む必要なんかないよ」
「それでも……二人とも、私を助けてくれたもん……。だから、お迎えくらい……しなくちゃって……」
「……ほら、僕はもう帰ってきたし、早く寝よう?」
「…………ふわぁ……うん、そうする……」
やわらかい笑みを浮かべながら、バーサーカーは桜の頭をなでる。
その仕草に釣られたかのように、桜は小さなあくびをしてから頷いた。
そしてバーサーカーはツカツカと雁夜の元まで駆け寄り、口を開く。
「……カリヤッ!早急にサクラを寝かせろッ!お前がベッドまで連れていってやるんだッ!CAがファースト・クラスの客に酒とキャビアをサービスするように丁寧に運ぶんだぞッ!」
「お、おう……ほら桜ちゃん、おじさんに掴まって」
「……んゆぅ…………はぁい……」
バーサーカーが唐突に目の前まで近付いて、大声で命令したものだから雁夜は面食らったが、命令自体は雁夜も同意すべきことだったため素直に従った。
桜に向かって両手を広げてやると、彼女は今にも寝てしまいそうな様子でトテトテと歩み寄り、雁夜の首にギュウッとしがみついた。
しっかりと桜を抱きかかえると、バーサーカーに言われたように優しく桜を寝室に連れて行く。
「ほら、寝かせてきたぞ。これでいいか?」
「全く……こんな時間まで寝かしつけないなんて、どうかしてるんじゃあないかい?それでもカリヤはサクラの保護者なのか?」
「何回も注意はしたんだけど……お前が帰ってくるまでは起きてるって聞かないんだ」
「だからって、あんな小さい子供が起きてるのを許容するのはどうなんだよ。睡眠は子供には大事だろ」
そこまで喋って、バーサーカーは気づいた。雁夜の目が優しくなっていることに。
はて?どうしてカリヤは自分をそんな目で見ているのか。そんな疑問に答えるかのように、雁夜は笑いながら言った。
「分かってはいたけど……お前って実は相当お人好しだろ?しかも子供に対しては特にそうだ」
「え?今なんて言った?」
「バーサーカーって良い奴だろって言ったんだよ」
「……おまえ何言ってるんだカリヤ。結論はともかく理由を言え」
「桜にあんなに優しそうな対応しといてよく言うよ。帰ってきた時も俺の心配してたし、なるべくなら善人であろうとはしてるじゃないか」
「……僕にそんな資格はないよ。昔から僕はとんでもない屑だったし、結局その性根は最期まで治らなかった。僕が良い奴だなんて、テストで書いたら0点だ」
「そうやって自分を卑下するなよ。少なくとも、俺が今までの人生で出会った中では大分善人だ」
雁夜のこういうところが一番苦手だ。
自分のことを英雄か何かだと勘違いしているのが。
所詮、自分はただの人間だって言うだけなのに。
バーサーカーが雁夜に関して不満があるとすればこの一点に尽きるだろう。
彼は何か偉業を成し遂げたわけじゃない。誰かのために戦ってきたわけでもない。
すべての行動は、自分のためにやってきたことだ。
だというのに、そうやって祭り上げられると、その気持ちを裏切っている気分になる。
だからバーサーカーは、自分のマスターが苦手なのだ。
「はいはい、じゃあそういうことにしとくよ。そんじゃ、僕はこれから夜食を食べるから、カリヤは先に休んでおけ。聖杯戦争も始まったばかりなのにくたばっちゃいました、なんてことになったら笑い話にもならないからな」
「分かったよ。それじゃあおやすみ、バーサーカー」
「……ああ、おやすみ」
でも雁夜自体は嫌いじゃない。
だから、喧嘩腰になることもなく軽く流すだけにとどめておいた。
そんな心情もお見通しなのか、雁夜は微笑しながら寝室に戻っていった。
――――…………
「…………っ!?」
少女の目が覚めた。
いや、目が覚めたというよりは飛び起きたというべきだろう。
声一つ出さず、それでも必死の形相で少女は覚醒する。
「また……あのときの夢…………」
桜は数日前に地獄から救い上げられた。
自分のために、ようやく得られた平穏な日常を手放してこの魔窟に戻ってきた雁夜と、その雁夜によって召喚されたバーサーカーの二人によって。
今となっては、あの蟲による凌辱も、恐怖の象徴であった間桐臓硯も、桜の世界から消え失せていた。
それでも、その時のトラウマが悪夢となって桜に襲い掛かる。
長きにわたる地獄が、夢の中でもなお桜を苦しめる。
もしも平穏な日常に戻ることができなかったら、耐えることができたかもしれない。
救いがなければ諦めることもできたのに、しかし桜は二人によって助けだされてしまった。
なまじ救われてしまったばかりに、今はあの地獄に戻されてしまうことを恐れてしまう。
「……まだ……こんな時間……」
そばにある時計を見ると、まだ時刻は三時前。
夜が明けるにはまだまだ時間がある。
今日、バーサーカーが帰ってくるのを待っていたのはバーサーカーが心配だから。
それは嘘ではない。だけどそれだけが理由じゃない。
自分を助けてくれた人がそばにいないと、桜は不安で不安で仕方ないのだ。
雁夜が直接戦場に出向かず、家から念話だけしていたのは、桜を一人にさせると怖がってしまったからだ。
誰かが桜の傍にいないと恐怖に押しつぶされるから、聖杯戦争にはバーサーカーが一人で戦っていた。
雁夜は、家から出ることができない。桜を守るために参戦したのだから、そこを違えるつもりはない。
それに桜はまだ幼い女の子だ、そう思って何が悪いだろう。
魔術の家系に生まれなければ、両親を恋しがってもおかしくない年齢なのだから。
「……起きちゃったのかい?桜ちゃん」
桜の横から、話しかける声が聞こえてくる。
そちらの方に目をやると、桜の寝ているベッドの横に置いた椅子に座っている雁夜の姿があった。
「雁夜おじさん……起きてたの?」
「……うん。なかなか寝付けなくてね」
正確には桜の挙動に反応して目が覚めたのだが、そんなことをおくびにも出さず返答する。
数日過ごしていて桜の悪夢を見る周期を体が覚えたのか、桜が目を覚ますときはほぼ雁夜も起きるようになってしまった。
「大丈夫だよ桜ちゃん。もう君が怖がるものなんてないんだから」
傍にいてあげないといけない。この子には自分がいてあげないといけない。
だから雁夜は、こうして桜と同じ部屋で寝ている。
自分なんかが親代わりだなんて烏滸がましいかもしれないけど、桜の恐怖を取り除けるならと雁夜が桜に提案したのだ。
「でも……おじさんもバーサーカーさんもいなくなったら……」
「心配いらないさ。桜ちゃんを放ってどこかに行くわけないだろ?」
「だけど、聖杯戦争……ですよね?それでやられちゃったら……」
「それこそ大丈夫だよ。なんせおじさんのバーサーカーは最強だからね。どんな奴が相手でもパパッと倒しちゃうさ」
根拠もないことを言っている自覚はある。
でも、そうだと信じている。バーサーカーは最強なんだと。
自分たち二人を救い上げ、時臣のサーヴァントにも食らいつくことができるのだ。最強じゃなかったらなんなんだ。
「……そうだよね。……おじさんのバーサーカーさんはさいきょーだよね」
「もちろん。だから安心してお休み。おじさんもそばにいるから」
「……ねぇおじさん。お願いしても……いいですか?」
「何かな?桜ちゃんのためなら何でもするよ」
ちょっと逡巡した様子を見せたが、意を決してお願い事をする。
「……おじさん……一緒に寝てくれませんか?その……同じベッドで……」
「……ああ、いいとも。狭くなるけどいいかな?」
「うん……近くで寝てくれる方が……安心できます……」
「分かった。それじゃあ失礼するね」
雁夜が桜のベッドにもぐりこむ。
落ち着くような温かさがすぐそばにくる。
自分を守ってくれた人、その人を体全体で感じることができる。
(ああ……今度はいい夢が見られそう……)
その温度に安心して、桜は再び瞼を落とし始める。
――――…………
「……ようやく桜も、甘えられるようになったか」
穏やかな寝息を立て始めた桜を見て、雁夜は一人つぶやく。
今日まで一緒に寝なかったのは、あの蟲が原因だ。
あの時の恐怖が刷り込まれて、何かが自分の体に触れていると感じただけで、桜は怯えていた。
なので、雁夜は距離をとって寝ていたのだ。
「俺には子供なんていないけど、自分にもできたらこんな感じなのかもな」
いまだ彼の初恋は継続中である。
もう人妻になってしまったが、今でも雁夜は彼女のことを想っている。
「桜は俺の命に代えても守ろう。それが俺にできる唯一の仕事だ」
改めてそう決意する。
親としての姿を、その理想をすでに彼は知っているから。
自分の家族のために、禁忌に触れ、最後には自らを犠牲にした人間を雁夜は知っているから。
「ったく、バーサーカーも素直じゃないよな。あんな親なかなかいないっての」
おそらく子供に対して優しいのは、自分の子供と被るからだろう。
自分にとっての子供は『交換できない幸せ』だから、他人の子供も助けたいというのが理由だろう。
そう雁夜は推察していた。
「……だってのに、あいつはなんで桜をこんな目に合わせて平気な顔をしていられるんだ」
そして次第に怒りの感情が込みあがってくる。
桜の本当の父親、遠坂時臣に対する憤りがわいてくる。
「……一度、あいつとは話し合わないといけないな。何を思って桜をこんな家に放り込んだのか、なんで家族で離ればなれにしたのかを……」
怒りはある。失望もしている。だが雁夜には時臣への憎しみはない。
雁夜はまだ時臣の内情を知らないから、そこを互いに理解しないといけないと思っているからだ。
自分が持てなかった全てを持っている時臣だが、我を忘れて憎んではいけない。
「まぁ、それでも一発ぶん殴ってやるくらいは赦されるよな?」
こんな骨ばった青白い手で殴れるかはわからないけど。
そう自嘲しながら、雁夜もまた深い眠りについていった。
Q
雁夜って桜を抱き上げられるくらい力あったっけ?
A
蟲がいないのでそれくらいには回復しました。
Q
ジョニィってそんな善人だっけ?だいぶアレな性格だったような……
A
人間臭い優しさならあります。
遺体をジャイロのために引き渡したり、ルーシーに無茶をやらせるジャイロに『自分が言えた義理じゃないけど、なんてひどいことやらせようとするんだ!』というくらいには、もともと優しいです。
Q
……もしかして雁夜おじさんってロリコ(ry
A
……やれやれだぜ。
子供に優しくしている奴はみんなロリコンだってかァ?
自分を知れ……そんなオカシイ話が……あると思うのか?雁夜の様な人間に……。
お前が見たロリコンの雁夜は、画面前のお前自身だッ!
お前自身がロリコンだからロリコンに見えるんだよ、ボケがッ!
自分で分からないようなら……おまえは……自分が『ロリコン』だと気づいていない… もっともドス黒い『ロリコン』だ…