Fate/Zero ゼロに向かう物語   作:俊海

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漆黒は黄金に挑む。

 遠坂時臣は困惑していた。

 いや、この聖杯戦争が始まってから困惑しなかった瞬間など一度たりとてないのだが、今回の案件は群を抜いて不可解に過ぎる。

 

 雁夜の喚び出したサーヴァントの正体が全く分からないのだ。

 真名もすでに割れているというのにも関わらず、バーサーカーがどんなサーヴァントであるのかが理解できないでいる。

 

 

「……本当にあのサーヴァントは『ジョナサン・ジョースター』なのか?」

 

 

 なにせ、伝え聞いてきたイギリス貴族である『ジョナサン・ジョースター』と、彼の敵として現界しているバーサーカーのイメージが、まるで一致しないのだから。

 

 時臣が知っているジョナサン・ジョースターは、心身共に紳士であることを旨としており、心優しく思いやりがある、まさに貴族としての風格を備えた好青年であるはずなのだ。

 それがどうだ、今こうして誇り高き貴族の名を騙ったサーヴァントは、貴族の誇りなどどこへ投げ捨てたのか分からないような利己的な人物だ。

 貴族であろうとしている時臣には、粗暴者のバーサーカーがジョナサン・ジョースターであるとは到底信じがたい。

 

 さらに、バーサーカーとジョナサン・ジョースターの生誕した際の情報が一致しないというのも混乱に輪をかけている原因だ。

 彼とバーサーカーでは四年もずれているし、そもそもジョナサン・ジョースターはイギリス生まれであって、アメリカが生誕の地であるという記載はどこにもない。

 だというのにバーサーカーは『自分はケンタッキー州生まれだ』と言っている。

 あからさまに情報の齟齬がある。であるならば、バーサーカーの言っていることは虚言で、最初から彼は真名を明かす気などなかったと考えるのが普通だ。

 

 だが、そうなると、新たな疑問が浮かんでしまうのだ。

 昨日バーサーカーは雁夜と共に時臣の家に訪れるとあらかじめアーチャーに告げている。

 間違いなく彼らは数時間もしないうちにここにやってくる。あのサーヴァントを相手に吐いた言葉を撤回するなど、自殺願望がある人間しかしないだろう。

 彼らは、時臣らがバーサーカーの告げた真名が嘘であると知っている状況下で、時臣の屋敷に訪問すると言った。

 時臣でなくとも、ジョナサン・ジョースターについて調べれば誰であれ、どのような人物であるかは見当がついてしまうというのに、来ると告げてしまっている。

 

 

 ――つまりは、あの傲岸不遜の弓兵に(・・・・・・・・)嘘がばれているにも関わらず(・・・・・・・・・・・・・)やってくるということになってしまう。

 

 それこそ聖杯戦争から真っ先に脱落したいのかと言えるような行動だ。

 ……そんなことをあのバーサーカーがするとは到底思えない。

 故に、バーサーカーの開示した情報は真であると受け取らざるを得ないのだ。

 

 

「……これがバーサーカーの『ばれた方が都合がいい』と言ってたことの根拠か」

 

 

 信用できない真名だが、嘘をついているとは考えにくい。

 矛盾している証拠はあるのに、正直に話していると保証できる状況ができている。

 考え込んでいくうちに、頭の中が混乱しそうになる。

 こういう風に貶めるのが、バーサーカーの狙いなのだろう。

 

 

「仕方ない。わざわざ向こうから出向いてくれるというのであれば、事の真偽を彼らから直接聞き出すまで。何ら問題はないな」

 

 

 常に余裕をもって優雅たれ。

 遠坂家の家訓を脳裏に浮かべ、時臣は袋小路に陥りかけた思考を停止させる。

 この程度で時臣をかき乱すことなど不可能だ。

 

 

「……どうやら来たようだな」

 

 

 ちょうどよく、バーサーカーらがここにやってきたようだ。

 一度魔術継承を拒んだ怠慢な男にも聞きたいことがある。こちらも本腰を入れなくてはいけないと判断し、時臣は気力を体に巡らせながら、二人の客を迎えに行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやくここまで来ることができた。

 この『完璧』である男の前についに立つことができた。

 

 

「久しぶり……と言っておこうか、時臣」

 

 

 かつて雁夜の前に現れた時から格の違いを見せつけられてきた、遠坂時臣に並ぶことができた。

 いままでの積もりに積もった時臣への怒りはあれど、些か歪ではあるが同格の相手として相対することができた。

 

 不謹慎ではあるものの、どうあっても歯が立たなかった時臣と対等になれたことが、雁夜には嬉しかった。

 その達成感からか、雁夜は自分でも驚くほどの穏やかさで時臣に語り掛けられた。

 ここに来るまでは、自分の内に燃え滾る憤怒の情が迸るかもしれないと警戒すらしていたのに。

 

 

「ああ、まさか魔導を諦めたはずの君に、聖杯への未練があったとは予想だにしてなかったものでね。君に羞恥心というものがあれば、正直二度と会うこともないとさえ思っていたよ」

 

 

 一方で時臣は、雁夜への侮蔑を隠そうともせずに挑発する。

 雁夜の魔導から逃げた責任感のなさや、醜態をさらしてなお負い目を感じない恥知らずぶりには、魔術師として到底許容できるものではなかったからだ。

 

 その時臣の言葉を聞いて、雁夜は『まあ、そういう風に言われるだろうな』と内心苦笑していた。

 時臣――いや、魔術師という人間は、魔術をさらなる力へと昇華させること以外興味がないのだ。

 それ以外のことは大した問題ではなく、そんな誇り高き魔術の道から逃げ出した雁夜など、時臣には見苦しいと感じるだろうことは予測できた。

 

 まあ、その思考にまでたどり着けたのには、『どうして時臣がアサシンを使ってキャスターの事件を解決しないのか』という疑問に、バーサーカーが答えてくれたからに他ならないのだが。

 あの時に、自分と時臣は、常識や倫理観がまるで違うということを受け入れることが出来なければ、あっさりと雁夜は目の前の男の挑発に乗って、心の内に燻っている憎しみをぶちまけていただろう。

 

 

「いやぁ、全くもって俺は運が良かったらしい。そんな落伍者の俺が、こうやって聖杯戦争に参加できたんだからな」

 

 

 本当に運がいい。

 当初の予定通りのサーヴァントを召喚していれば、もしかしたら破滅への道を歩んでいたかもしれないというのに、ここまで自分にとって都合よく事が動いているのだから。

 そもそもの魔術師としての格が雁夜よりも数段勝っているはずの目の前の敵が、いつ、何を仕掛けてくるかもわからないこの状況下においても、相手の皮肉を自然と受け流すことができる程度には心の余裕が持てるほどに、雁夜は落ち着いていられている。

 

 

「……それで、君は私に聞きたいことがあるそうじゃないか。その要件を言ってみたまえ」

 

「そうさせてもらうよ。……まず一つ目だ。どうして昨晩、アサシンをあの場に差し向けた?」

 

「……君の言っていることが理解できないな。アサシンは脱落したはずだし、そのマスターも私ではない。そのことについて追及したいなら、綺礼君にでも言いたまえよ」

 

 

 とぼけやがって、と歯噛みする。

 時臣としては、言峰綺礼と裏で繋がっていることを察知されたくないのだから、白を切るのも当然と言える。

 だが、そうなると雁夜の質問の目的が達成されなくなる。

 いっそのことこの場で『お前らがひそかに同盟を組んでいたことはどうでもいいから、質問に正確に答えてくれ』とでもぶちまけようかと雁夜が口を開く直前――

 

 

「――カリヤ、質問の内容が間違ってるぞ」

 

 

 霊体化していたバーサーカーが雁夜の背後から姿を現す。

 突然訳の分からない指摘をされ、とっさに反論しようとした雁夜を差し置いてバーサーカーは時臣に顔を向けた。

 

 

「すまないな、僕のマスターがぶしつけな質問をして。つまり彼はこう聞きたかったんだ。仮の話として(・・・・・・)、『もしもお前がアサシンのマスターだったら、昨夜の宴会の最中にマスターたちを皆殺しにしようとしたか』ってね」

 

 

 バーサーカーはこういった面倒な手合いを良く知っている。

 明らかにばれているのに、それをそ知らぬふりして流そうとしたり、それどころか逆にこちらの手札を無意味なものにしようとさえしてくる、言ってしまえば『面倒なやり方』をする人間を。

 彼らのような人間は、率直に聞いたところでまともに答えを返してきやしない。

 それゆえ、バーサーカーは『あくまで仮定の話として』質問をした。

 こうすれば、実際に目の前のマスターがやっているかどうかに関係なく答えられるのだ。

 

 

「ふむ、逆に聞きたいのだが、その仮定をどうして私に聞くのかね? 私は実行犯でも何でもないというのに」

 

「それがね、アサシンの本来のマスターに聞こうと思っても監督役と親子だっていうなら匿う可能性が高いだろ? その点あんたは生粋の魔術師な上に、キレイとも交友関係がある。だから、昨夜のあの行動の意図を、あんたの視点から見るとどうなるのか知りたいってだけさ」

 

 

 こうは言っているが、こんなものが茶番であることはバーサーカーも時臣も分かっている。

 こういう建前で尋ねないと、時臣は自らの弱点になりうることに関して答えてくれないというだけだ。

 

 

「そういうことなら答えよう。私ならば、アサシンを仕向けたであろうな。他のマスターを脱落させる絶好の機会なのだからな」

 

「あの場には、あんたの娘だったサクラもいたはずだが?」

 

「もちろんだとも。我々魔術師は『根源』に至るためにこの世に生を受けてきた。であるなら、何を差し置いてもその可能性を手にしたいと思うのは当然だろう?」

 

 

 思わず、バーサーカーは握っていた拳に力が入ってしまう。

 顔を見なくても分かる。おそらく雁夜も似たような反応をしているに違いない。

 

 生前から魔術師などというものに関係のない生活を送っていたため、常人とは異なる感性を持つ人間がどのような思考回路をしているかは理解できなかったが、時臣の話を聞いて、バーサーカーは理解できてしまった。

 魔術師と言うのは、本当に人の道から外れた存在――すなわち、外道(・・)であるということに。

 

 

「……あんたには、親の情というものがないのか? 自分の子供を手にかけて、何とも思わないのか?」

 

「あるとも。あるからこそ、私は間桐に桜を養子に出したのだよ。聖杯の存在を知っている一族の数が増えれば、それだけ根源に近づくことができる。私で果たせなかったのであれば凛が、それでも至れなかったなら桜が、遠坂の悲願を受け継いでくれることだろう」

 

 

 そこまで時臣が語ったところで、雁夜が目の前の机に拳を振り落とした。

 

 

「時臣ッ! お前は今何を言っているのか理解しているのか!? 聖杯を使って姉妹がともに『根源』を目指すことの意味を分かって言っているのか!?」

 

 

 我慢ならなかった。

 遠い過去の記憶を――凛と桜が仲睦まじそうに遊んでいる光景を知っている雁夜には、時臣の意図していることに吐き気すら催した。

 

 

「それはつまり、姉妹で殺し合えと、お前はそう言いたいのかっ!?」

 

「そうなれば、むしろ幸福じゃないか。勝てば栄光を手にでき、負けても先祖の家名にもたらされる。これほどに憂いなき戦いもあるまいよ」

 

 

 何でもないことのように涼し気に返す時臣の様子に、雁夜もバーサーカーも脱力した。

 もはや怒りさえも湧いてこない。目の前の人非人(ひとでなし)に何らかの感情を持つことすら億劫だ。

 

 バーサーカーはここに至るまで、雁夜の時臣への印象を大げさなものだと思っていた。

 憎い相手に対しての評価は、主観が入ってしまい碌なものにはならないと理解しているからだ。

 そしてやはり、雁夜の言葉は間違っていた。

 雁夜の言葉以上に、遠坂時臣は人として何かが欠落しているとしか思えなかった。

 魔術師としての生き方というものが、呪いか何かのようにさえ感じてしまう。

 

 一方で、雁夜は喪失感に苛まれていた。

 雁夜の人生を支配し続けてきた臓硯の呆気ない幕切れよりも、それははるかに強かった。

 これまでの雁夜の人生は、時臣に対しての羨望の連続と言っても過言ではない。

 この男に自分は遠く及ばず、生まれ出でた時から生物として格が違うのだろうと思っていた。

 だからこそ、この優雅で完璧な男が、雁夜にとって目標のようなものでさえあった。

 それが、たった今、絶対にこの男の(・・・・・・・)ようにはなりたくない(・・・・・・・・・・)と心の底から願ってしまった。

 これまで、この男を目指してやってきたことは何だったのか。すべてが無意味なものと化した今、雁夜は時臣に対する熱を、完全に失ったのだ。

 

 

『カリヤ、よくトキオミは聖杯戦争に参加しようとしたな。一般人の感性から離れすぎじゃあないかこいつ』

 

『……待ってくれバーサーカー、すごく俺は落ち込みそうなんだ。何というか、小学生くらいの子供がクリスマスプレゼントにでっかい箱を渡されて、わくわくしながら中身を覗き込んだら、100000ピースのミルクパズルが詰まってたって感じの落ち込み具合だ』

 

『……それは、相当落ち込むな。そのプレゼントを渡した奴は、相当ひねくれてるか、常人には理解できない思考回路をもってそうだね』

 

『全くだな。そんな奴が、人間としての意識があるサーヴァントを使役したって、どこかで裏切られるか、存在そのものをなかったことにされてもおかしくないくらいにな』

 

 

 念話を使って、空虚な心を何とかして埋めようとするバーサーカー陣営二人。

 そうしてないと、目の前のこの男に何をするか分かったものではないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 もはや二人には、これ以上時臣と話すことはない。なるべくならさっさと帰ってしまいたいくらいだ。

 しかし、そう都合よくいくはずもない。雁夜達が遠坂家に入ることができたのは、向こうにも何らかの思惑があっての事。今度はこちらが向こうの用件を聞く番になる。

 

 

「……俺達からお前への話はこれで終わりだ。恥知らずにはなりたくないから、お前の質問にはちゃんと答えてやる。何でも聞け」

 

「魔導に背を向けた裏切り者にも、ある程度の気概と言うのはあるようだな。そうだとしても、間桐が堕落したという誹りからは逃れられんぞ」

 

「好きに言えよ。俺達の価値観のずれからして、互いに互いが相容れないって理解できただろ。そんな皮肉を言うだけ無駄だ。面倒だから要点だけまとめて話をしろ」

 

 

 もう雁夜は諦めた。

 時臣が、少しでも昨晩桜を巻き添えにしようとしたことに後悔の念を抱いていたなら、仲の良かった姉妹を離れ離れにしたことを悩んでいたのであれば、今までの時臣への逆恨みを全て謝罪して、今度こそ正々堂々と両者の間に決着をつけようと思っていた。

 しかし、その期待を裏切られた今、時臣が『聖杯戦争における障害物』にしか見えなくなってしまった。

 この男に何と言われようと、雁夜には壊れたラジオのノイズ音以上の価値もないだろう。

 

 

「では聞かせてもらおう。――バーサーカーの真名は本当にジョナサン・ジョースターでいいんだな?」

 

「……他の誰でもない僕がそう言ったじゃあないか」

 

「しかし、君の語った経歴と、現存しているジョナサン・ジョースターに関する資料を照らし合わせると、相当な数の相違点があるのだよ。出身地も違えば生年月日も違う、体格も髪の色も、何もかもが異なっている。これで信じろという方が無理だと思わないかね?」

 

 

 この手の質問をされることは、バーサーカーはある程度予測していた。

 というより、実際にバーサーカーがこの世界の(・・・・・)ジョナサン・ジョースターの資料を見て、『うそだろカリヤ! ええ!? なにこれ? この資料おかしいぞ……』と自分でツッコミをいれていたくらいだ。

 自嘲するくらいゲスだと思っているはずの自分が、別世界で高潔な魂を持っている誇り高い紳士になっていたなら、その反応も無理もない。

 

 

「そうだとしても、僕がジョナサン・ジョースターであることは間違いないよ。もしかしたら同姓同名の別人だったんじゃあないのかそいつ」

 

「英霊になれるほどの逸話を持っているジョナサン・ジョースターはその一人しかいない。だとするなら、君は一体誰だ?」

 

「嘘はついてないさ。それとも何かい、あんたのサーヴァントがいる前で僕が嘘をついたとでもいうつもりか?」

 

 

 結局その結論に落ち着いてしまう。

 時臣のサーヴァントの目の前で堂々と真名だと言って出した名前が、偽りのものであるという可能性が低すぎる。

 あれからかの黄金のサーヴァントは怒りを覚えている様子もないことから、間違いないのだろう。

 

 

「……そうだな。確かに君の言う通りだ」

 

「分かってくれたようで何よりだよ。で、あんたの用件はこれで終わりか?」

 

「ああ、私からは以上だ」

 

 

 時臣もまた、この二人を視界に入れることを煩わしく思っていた。

 マスターは魔導から逃げ出した魔術師の恥さらしであり、サーヴァントは紳士と名高い高潔な貴族の名を騙る愚か者。

 できることなら、早くこの家から追い出してしまいたいくらいだ。

 

 

「そうか、じゃあ僕達とあんたの楽しい話し合いはこれで終わりだ」

 

 

 話の切り上げを向こうから振られたとき、時臣は安堵した。

 これで、この腹立たしい凡愚達の顔を見ずに済むと。

 

 ――そんな安堵など、次のバーサーカーの言葉を聞くまでの束の間のものではあったが。

 

 

「ここから先は話し合いじゃあなくて……殺し合い(・・・・)の時間だ」

 

「……なんだと?」

 

「おいアーチャー――いやウルクの王様(・・・・・・)、いるんだろ?」

 

 

 何でもないことかのようにアーチャーの正体を口に出すバーサーカーの呼びかけに、その相手は金色の輝きでもってそれに応えた。

 黄金のサーヴァント――ギルガメッシュが、不敵な笑みを浮かべながらその場に姿を現した。

 

 

「ほう、ようやく(オレ)の名を察する雑種が現れたか」

 

「むしろなんで今まで僕が気づけなかったのか不思議なくらいだよ。思えばあちこちにヒントはちりばめられていたっていうのにさ」

 

 

 アーチャーは最初から自ら言っていたではないか。

 『真の英雄たる王は天上天下に(オレ)ただ一人』と。

 イスカンダル相手にあそこまでの啖呵を切ることができ、無尽蔵の宝具を所持しており、自分を英雄の王と称した。

 そんな英霊、原初の王であり、世界最古の英雄譚の主人公――ギルガメッシュにおいて誰がいるのか。

 

 

「多分ライダー辺りも気づいていると思うけどな。なんだかんだ言って、あいつも察しはいい方だ」

 

「全く嘆かわしいにもほどがある、この(オレ)の姿を目に入れるという光栄に浴してなお、この王の名を察せぬ輩があまりにも多すぎると思わんか?」

 

「……会ったこともない人間の顔を覚えてろってのは無理があると思うんだけどなァ僕は。そもそもあんたの容貌自体が現存している文献の記述と違いすぎるじゃあないか」

 

「そうであっても、(オレ)の姿をその場で解しろと言っているのだ。この我が身体はこの世で最高水準の宝石に勝るものだ。それだけで説得力があるというものであろう」

 

「90kgの斧や15kgの黄金剣、それに巨大な弓を携えつつ300kg相当の武装で身を固めたり、弓と211.5kgの剣と210kgの斧を扱ったり、掴み合いや殴り合いのような己の拳で戦う武勇に優れた人物って書いてあったら、誰でもヘラクレスとかの同類の筋骨隆々な奴を思い浮かべるだろ……」

 

 

 しかも、そんな記述があるのに筋力はBである。

 正直なところ、Aであってもおかしくないような逸話を持っているのだ、こんな細身な人間とは思いもしないだろう。

 

 

「それはいい。して、この(オレ)に何の用だ? 下らぬ理由であるならば、代償として貴様の首をもらうぞ」

 

「なんだ、どっちにしろ変わらないじゃあないか」

 

 

 ……変わらない?

 時臣はバーサーカーの言葉に違和感を覚えた。

 首を出す。という言葉と変わらないとは、自殺ということではないのだろうか?

 そう戸惑っている時臣をよそに、二人にサーヴァントの会話は続いていく。

 

 

「というより、あんたは昨日の段階で予測できていたはずだ。そうでもなかったら、あんな言葉を吐くはずがない」

 

「さてな。しかし、もしも期待通りの言葉を貴様が(オレ)に言い出すのであれば、この退屈な感情を紛らわせた褒美として、首ではなく四肢のどれかで許すという恩情を与えてやっても良いぞ?」

 

「そうさせはしないさ。この足が動かなくなるのは、二度とゴメンだからな」

 

 

 昨晩の段階でバーサーカーは『覚悟』できていた。

 あの別れ際にギルガメッシュはバーサーカーにこう言ったのだ。

 『――翌日の邂逅は、それなりに覚悟しておけ。といったところか?』と。

 

 時臣との邂逅であるならば、覚悟する必要などどこにもないはずだ。

 だというのに、英雄王はそう忠告した。

 それはつまり、バーサーカーの思惑が、すでにギルガメッシュに露呈していたことを意味している。

 

 窓に差し込む夕日の光が、いつの間にか街灯によるものに変わっていることを確認したバーサーカーは、アーチャーを正面から睨みつけて、その引き金を引いた。

 この遠坂家への訪問のバーサーカーの『真の目的』、それは――

 

 

 

「――表に出ろギルガメッシュ。あんたには『再起不能(リタイア)』になってもらう」

 

「よく吠えたな、狂犬。やはり貴様は随分と(オレ)を興じさせる」

 

 

 ――ギルガメッシュの打倒(・・・・・・・・・・)である。

 バーサーカーの覚悟に対し黄金のサーヴァントは、獰猛な笑みを浮かべながら、その挑戦を受け入れた。


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