Fate/Zero ゼロに向かう物語   作:俊海

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征服王は蹂躙する。

 予想だにしない人物の発言に、一同の視線はバーサーカーに注がれる。

 

 

「いきなり口を挟むとは、どうしたというのだバーサーカー」

 

「……ああ、悪いな、つい口が滑った。構わず続けてくれ」

 

「そうもいくか。我らの話を聞いて、何かしら思うところがあったのだろう? それを聞かねば余がすっきりせんではないか」

 

「いや、遠慮しておく。問答であっても勝負だろ? そこに割り込むなんて失礼ってもんさ」

 

「固いことを言うでないわ。勝負であるからこそ、他人に遠慮する必要などどこにもない。貴様が思ったことを言えば良い」

 

「……お前本当に良い性格してるよな。…………分かったよ、そういうなら言わせてもらうさ」

 

 

 今のバーサーカーの発言は明らかにセイバーの肩を持つものだったのに、それをライダーは気にせず受け入れた。

 別にこうなることを予見してバーサーカーは言葉を漏らしたわけではない。

 なぜか、ふと、口に出さずにはいられなかっただけなのに。

 しかし、この状況の中で言い渋ることは、バーサーカーにはできなかった。

 少し皮肉を口にしながら、バーサーカーは意図していなかった聖杯問答への乱入を果たした。

 

 

「さてバーサーカー。今貴様は、『セイバーのやり方も悪くない』と言ったな。王でもない貴様がどうしてそのように評価できる?」

 

「逆だよ逆。僕は王じゃあないから(・・・・・・・)そう言えるのさ」

 

 

 バーサーカーの発言に、ライダーは少しばかり眉をひそめた。

 王としての在り方を、王ではないからこそ肯定できるとはどういうことなのか。

 一瞬ライダーは呆気にとられた。

 

 

「して、それはなぜだ?」

 

「セイバーが統治した国で僕が暮らせるかと聞かれたら、まあやってけるだろうって思ったからだよ。聞いたところ、むやみに税を課せるわけでもないみたいだし、それなりに自由にさせてくれそうだしね」

 

「……それだけでああ言ったのか?」

 

「それだけってことはないけど、大きな理由の一つかな。僕みたいな小市民は自分の生活だけで頭がいっぱいなんだから、王様の方針なんてよっぽどひどくなかったら反対しないよ」

 

 

 今までの問答をぶち壊すような発言をするバーサーカー。しかし、それが彼の本音だ。

 民と言うのは常日頃から王と言う存在を意識することは少ない。

 理不尽な法律ができたり、無茶苦茶な政治をしていれば反発はするだろうが、必要最低限の生活ができれば王の意向なんか気に掛けることはない。

 

 

「僕が言いたいのは、王としての格の話じゃあなくて、セイバーの願いについてだ。どうしてセイバーの願いは間違っているんだ? 自分の国の滅びを回避して、繁栄させたいって思うことはそんなに悪いことなのか?」

 

「王が、自分の行いを悔やむこと自体が間違っているのだ。それは自分を信じ、付き従ってきた者への侮辱であろう」

 

 

 先ほどと同じ言葉を繰り返すライダーだが、それを聞いてもバーサーカーはただ困ったように苦笑するばかり。

 それほど難解な言葉を言ったつもりはないのだが、それでもバーサーカーには何かが引っかかるようだ。

 まるで先ほど、セイバーの胸の内を聞かされたライダーのように――

 

 

「確かにそうだな、侮辱してはいるんだろうさ。で、それの何が悪いんだ(・・・・・・・・・)?」

 

 

 本当に理解できていないような顔をして、ライダーに問い返した。

 

 

「……なんだと?」

 

「他人を侮辱する願いは叶えてはいけないなんてことはないだろ? そんなことを言い出したら、ライダーの受肉だって、僕の願いだって、本来、普通の人間は死んだら生き返らないのに、その理を破ろうとしている。言ってみれば、死者を侮辱している願いだと言えないかい?」

 

 

 バーサーカーは、ライダーがなぜセイバーを否定しているのかが理解できていなかった。

 セイバーの願いも、ライダーの願いも、バーサーカーには似たようなものだとしか思えなかったのだ。

 ライダーは、セイバーの歴史を改変するという願いは当時の人々への侮辱だと言っていたが、本来この世界に居てはいけないはずのイスカンダル大王が現世に復活することだって、あった筈の歴史を改変しているようなものだ。

 それが過去のものか未来のものかの違いしかない。どちらも時間の流れをゆがめているということには変わりない。

 

 

「そりゃあ、セイバーについてきた人たちの頑張りを無下にすることなのかもしれないさ。セイバーの願いは、自分や民だけではどうあがいても無理だから、聖杯と言う奇跡に頼って運命を捻じ曲げるって言ってるようなものなんだろうよ。でも、それは本当に間違っているのか? 自分の救えなかった命(マイナス)元通り(ゼロ)にしたいと渇望して何が悪い?」

 

 

 バーサーカーは、それをした人間だ。

 過去の過ちで下半身の自由が奪われ、遺体によって元に戻したいと心の底から願い、そのためならば自らの命も、他人の事情さえも勘定に入れずに戦ってきたバーサーカーがセイバーを否定することは、自分を否定するようなものだ。

 そんなバーサーカーの様子に、ライダーは先ほどのセイバーの時とは異なった困惑に陥る。

 

 

「ちょっと待て。貴様、それが正しいことだと言うつもりか? 己が成した過去を覆すことが王としてあっていいと言うのか?」

 

「正しくはないよ。ただ、間違ってもいない。僕だって親友と死に別れた当時に聖杯があったなら、絶対にそう願っていた。誰でも、『過去に戻ってやり直したい』ことが一つくらいはあってもおかしくないじゃあないか。規模の大小があったとしても、そう思わずにはいられないはずなんだ。僕から言わせて見れば、『過去を変えることは間違っている』だなんて素で言える奴は、自分の人生に『納得』が出来ないやつの苦しみが分かっていないとさえ思うよ」

 

「だが、今の貴様はそれを願っていないのであろう? 親友との別れは必定であって、それをやり直したいとは思っていないのではないのか?」

 

「ああ、僕は『納得』しているからね。心のどこかではその願いが燻ってはいるけど、『あれはあれでいいんだ』って僕は『納得』している。だからやり直そうとは思わない」

 

 

 でも、と区切って、バーサーカーはセイバーの方に振り向き、続ける。

 

 

「セイバー、君は『納得』していないんだろう? 君は王であることを誇りにしているし、その国が亡ぶことは宿命何だろうけど、その結末が『納得』出来ない……違うか?」

 

「……ああ、そうだ。私は納得が出来ていない。我がブリテンが救済できなかったことに納得が出来ない。そう予言されていたとしても、そうであることが正しいのであっても、私は我が身を捧げた故国が滅んでいくことには納得が出来ない!」

 

 

 ライダーの言葉によって思考の迷路を彷徨っていたセイバーに気力が戻っていく。

 そうだ。自分の祈りは価値があるものだと、胸を張って言い切れるものだったではないか。

 ライダーのように覇道を進めば異なった結末を導けるかもしれない、けれど、セイバーは何度やりなおそうと、その道を歩むことは決してできない。

 結局のところ、セイバーはこの道しか選ぶことができないのだ。

 

 

「だったら、それでいいじゃあないか。他人を侮辱するからといって、他人から侮辱されたからといって、『納得』が出来ないならその道を曲げる必要なんかないよ。『納得』はすべてに優先する。そうでないとどこにも行くことはできないんだから」

 

 

 まあ、僕のじゃあなくて、親友のセリフなんだけどさ。

 そう軽く笑いながらバーサーカーは再びライダーの方へと振り返る。

 

 

「お前に否定されようが、アーチャーに馬鹿にされようが、僕はセイバーの願いを間違ってるだなんて思えない。セイバーの願いはその時代に生きる人たちへの侮辱だって言うが、そんなもの誰の願いだって違いはない。誰かがプラスを掴めば、他の誰かがマイナスを掴むのは覆しようのない事実だ」

 

 

 そこでバーサーカーは軽くうつむき、絞り出すかのような声で締めくくりの言葉を発した。

 

 

「だから、せめてセイバーを王として間違っているだなんて言わないでほしい。そうされたら……僕はどうしていいのか分からなくなってしまう……」

 

 

 バーサーカーの悲壮そうな表情に、ライダーは息をのんだ。

 その顔にライダーは見覚えがあった。あの、自分は狂った人間だと自嘲気味に語ったときのあの顔だ。

 正しい道を歩むことができない自分を、どこかで悔やんでいるような……。

 

 

「……バーサーカー、貴方はどうして私の願いに賛同してくれたのですか?」

 

 

 そんなバーサーカーに、セイバーが尋ねる。

 両者の間の関係性と言うのは薄い。何かと顔を合わせることは多いが、バーサーカーがセイバーに肩入れをする理由が希薄すぎるのだ。

 あのままではライダーに好き放題に扱き下ろされたままやり込められていたであろうことは想像に難くない。そんな状況から救ってくれる動機がセイバーには見えなかった。

 

 

「……君が、似ているからかな」

 

「似ている……?」

 

「ああ……僕の運命を大きく変えた二人の人間にな。僕が歩き出すきっかけになった奴と……そして、僕が『正しい道を行く人間だ』と思った奴……その二人によく似ている……」

 

 

 先ほどからバーサーカー自身も疑問に思っていた。なぜ、ついつい口が出てしまったのか。

 宴の間、ずっと周りを警戒し続けていたバーサーカーが、『思わず失言する』ことなんかあり得ないはずだというのに、反射的に反論してしまった。

 それがなぜなのか、喋り続けていて理解できた。

 

 セイバーは親友に似ている。

 自分の歴史を捻じ曲げてでも自らの国を、民を救い上げたいと、自分の国の結末に『納得』したがっているところ。

 選定の聖剣や滅びの予言、そして故国を救わなければいけないという追い詰められた状況、それらを『受け継いで』ここに立っているところ。

 そんなところが、かけがえのない親友に似ている。

 

 そして、力がほしいとか誰かを支配したいといったような我意ではなく、自国の安全を保障するために動いているところ。

 人間としての生き方を捨てて、ただひたすらに自らの統治する国に対する『愛国心』をもった王であるところ。

 そんなところが、因縁の宿敵に似ている。

 

 バーサーカーの価値観に大いに働きかけた二人との共通点を持つセイバーが否定されているから、バーサーカーはその光景に我慢できなかったのだと、思い至った。

 

 

「……もう、君の王道に疑いを持たないでくれ……誰かから受け継いだことを後悔しないでくれ。君が折れる姿を僕は見たくない……」

 

「バーサーカー……あなたは……」

 

 

 セイバーが新たに問いかけようとした瞬間、その場の人間すべてが顔を引き締めた。

 少しばかり遅れて、雁夜が桜の体をかばい終わったあたりで、闇の中に次々と白い髑髏の仮面が浮かび上がっていく。

 その顔は宴会に参加している者なら誰もが知っているものである。

 アサシンだ。

 

 

「……これは貴様の計らいか? 金ピカ」

 

「さてな、雑種の考えることなど、いちいち知ったことではない」

 

 

 憮然とした態度で返答するアーチャーであったが、彼の周囲に漂う空気からして、これを仕掛けた人間に対し怒りを覚えていることがうかがえる。

 おそらくは、宴会の場にこのような無粋な刺客を送ったことに対するものだろうか?

 

 

「……アサシンの奴、キャスターの工房で分身を生み出す能力を持ってるとは分かっていたけど、こんなにも分裂できたのか」

 

 

 もはや『群れ』と言い換えてもいいくらいの数のアサシンを見て、バーサーカーは歯噛みする。

 昼間にわずかながら邂逅した彼らを見て、ハサンの能力は一人であって複数の存在になれるものと目星はつけていたが、ここまでの人数とは思っていなかった。

 似たような能力を持つ人物をバーサーカーは知っているが、このアサシンほどの数ではなかったことから、つくづく英霊というのは規格外な奴らだと再認識する。

 

 だが、そんな悪態をついている暇はない。

 この場には三人のマスターが集結している。おそらくそこを狙ってアサシンたちはここにやってきたのだろう。

 そうなると、サーヴァントである自分たちは何とかなるが、これだけの物量に押されるとマスターへの攻撃を全部防ぎきることは不可能だ。

 その上、マスター自身さえアイリスフィールを除いて二流どころではない魔術師なのだから、自分の身を守るなんて天地がひっくり返ったって無理である。

 絶体絶命の窮地に立たされたバーサーカーは嫌な汗が流れるのを感じながら、自らの仲間の様子をうかがう。

 ――そこには、先ほどと変わらず杯を呷っているライダーの姿があった。

 

 

「……おいライダー、お前は何をやっている? この状況で何で酒を飲んでるんだお前は?」

 

「ら、ライダー……なぁ、おい……」

 

「二人とも落ち着かんか。宴の客を遇する態度でも、王の器は問われると言ったではないか」

 

『お前はあいつらが客に見えるってのかよ!?』

 

 

 バーサーカーは怒気をもって、ウェイバーは悲鳴まじりに同じセリフをライダーに叫んだ。

 しかし、その二人のことなど意にも介さないように、ライダーはアサシンに向けて場違いな笑顔を浮かべ呼びかける。

 

 

「皆の衆、その剣呑な雰囲気を出すのは止めてはくれんか? それより、貴様らも共に語り合わんか? 語ろうという者はここにきて杯をとれ。この酒は貴様らの血と共にある」

 

 

 そう言ってライダーが差し出した赤ワインの入った柄杓は、アサシンらの誰かによって放たれた短刀(ダーク)に寸断された。

 アサシン達の忍び笑いが響く中、ライダーは辺りに飛び散った赤ワインを眺め――

 

 

「――この酒は貴様らの血と言ったはずだが? それほどに地べたにぶちまけたいというのなら仕方がない……」

 

 

 ライダーの何かが切り替わった。

 そう感じ取れたのは、共に酒を飲んでいた者達だけだ。

 今やその目には、温かさというものが感じられない。

 

 だが、その眼差しとは打って変わって、冷え切った冬の夜の空気にはありえない熱風が吹き込んできた。

 その風に運ばれて、焼け付いた砂塵までもが吹き荒れている。

 いましがた彼らが宴会を開いていた場は、深い森の中であった筈なのに。

 

 

「セイバー、そしてアーチャーよ。これが宴の最後の問いだ。――王とは孤高なるや?」

 

 

 いつの間にやら、戦支度の姿へと転じていたライダーが二人に問いかける。

 アーチャーは『そんなことは当然だ』と言わんばかりに口端をゆがめ、セイバーも躊躇わず解答する。

 

 

「王ならば、孤独であるしかない!」

 

「ダメだな! まったくもって分かっておらん!」

 

 

 ライダーは豪笑し、その答えをはねのける。

 そうしている間にも、夜の森は別の世界に塗り替えられていくように変容していく。

 

 

「そんな貴様らには、今ここで余が、真の王たる者の姿を見せつけてやらねばあるまいて!」

 

 

 ……いや、『ように(・・・)』ではない。事実として世界を塗り替えている(・・・・・・・・・・)のだ。

 ライダーの力によって、寒空のアインツベルン城から、地平線までもが見える荒野へと変遷していく。

 現実を侵食する幻影。奇跡と並び称される魔術の極限。ライダーが行ったそれに、魔術師であるマスターたちが驚愕の声を挙げる。

 

 

「これは――固有結界!?」

 

「そんな……心象風景の具現化だなんて……魔術師でもないのに!?」

 

「魔術師でなかろうと関係ない。この世界を、景観をカタチにできるのは、これが我ら全員(・・・・)の心象であるがゆえな」

 

 

 その『我ら全員』と言う言葉は本来なら正しくないものだ。

 今アサシンらと向かい合っているのは、ライダーのみであるはずなのだから。

 

 だが、今や一人ではない。

 続々とイスカンダルの周囲に蜃気楼のような影が現出する。

 数も一つや二つではなく、瞬く間に甚大な数へと変わり、朧げな姿形も徐々に色づいて、それぞれが精悍な戦士が実体化していく。

 

 

「こいつら……一騎一騎がサーヴァントだ……」

 

 

 マスターであるウェイバーは、サーヴァントの霊格を見抜くことができる。

 それゆえに理解できた。この突如現れた人の波が何であるかを。

 

 

「見よ、我が軍勢を!」

 

 

 誇らしげに、先ほどの彼が発した言葉に違わず、自身の宝具を他の王達へと見せつける。

 

 

「英霊に召し上げられてもなお、余に忠誠を尽くす伝説の勇者たち! 時を隔てても、余の下へと集う同胞たち! 彼らとの絆が余の至宝であり、我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具――『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』なり!」

 

 

 宝具の域にまで達する臣下たちとの絆。

 まさにライダーは今、自身の思う王道をここに具現させていた。


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