Fate/Zero ゼロに向かう物語   作:俊海

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猟犬達は狂信者に牙を剥く。

「キャスターを討伐せよ……か……」

 

 

 使い魔越しに伝えられた聖杯戦争のルール変更。

 キャスターがどんなサーヴァントなのか知っているバーサーカーにとっては、まあ自然な成り行きだろうと思った。

 なにせ、キャスターはあのジル・ド・レェだ。精神を病み、子供たちを虐殺したという逸話がある奴ならば、秘匿だの考えずにこの町にいる人間に手をかけてもおかしくはないだろうと予想はしていた。

 そのままでは魔術には関係のない表の人間たちの目に触れてしまい、聖杯戦争そのものが中止になってしまうのは明白だ。

 

 そうなってはまずいと判断した監督役が提示したルールは、一時他の陣営は休戦しキャスターを一丸となって討ち取れという内容だった。

 また、見事キャスターを倒せたなら、単独ならば倒した陣営に令呪を一画、共闘での成果なら、事に当たった全員に一画ずつ与えるとのことだ。

 

 

「……このルールは僕らには有利だね。もともと共闘してるんだから、僕らの陣営に二画ずつ手に入ることになる」

 

 

 バーサーカーはライダーと組んでいる。

 互いに足を引っ張り合うこともないし、うまくいけば令呪も他の陣営よりも得られる。

 明らかに自分たちにとってメリットの方が大きい。

 ……なのに、なぜ監督役はこんなルールを提示したのだろうか。

 

 

「監督役はアサシンのマスターを匿っている。ただでさえ表に出られないのに、他の陣営に有利になるようなことをするのか?」

 

 

 アサシンは脱落した――ということになっている。

 あくまでバーサーカーの推察でしかないが、アサシンはまだ生き残っているはずだ。

 であれば、それが分かっていてなおマスターを保護しているのなら、監督役もグルになっているとしか考えられない。

 そして表向きは脱落しているアサシンは、キャスター討伐による令呪を手にすることができない。

 このままでは、アサシン陣営と監督役は損するだけ。だとすると――

 

 

「恐らくだが、アサシン組とアーチャー組は裏で手を組んでおるのだろうよ。アサシンの存在を隠し、情報収集させるためにな」

 

「ちょっと待てよ!?じゃあ何か?聖杯戦争の監督役とこの土地の管理者が協力し合ってるってことか!?」

 

「……俺にはアサシンのマスターに心当たりがあるよ。たぶん監督役の息子である言峰綺礼だ。一応時臣の弟子だからな」

 

「なんだよそれ!この聖杯戦争癒着だらけじゃないか!」

 

 

 事前に策謀を巡らせすぎているアーチャーとアサシンのマスター達に、ウェイバーは激昂する。

 監督役とはいわば聖杯戦争の審判役のようなものだ。そんな監督役を味方にいるなんて、アーチャー陣営が有利にもほどがある。

 

 

「大丈夫さウェイバー、僕の参加してたレースに比べたら全然マシだよ」

 

「……レースだったら別にそこまでのことじゃないだろ?どんなレースだったんだよ」

 

「そうだな……主催者のような立場の人物が僕達の命を狙っていて、事あるごとに刺客を送ってくるようなレースかな。しかも他の参加者までがどんどん敵に回っていく感じっていったら分かるか?」

 

「それは本当にレースなのか!?」

 

 

 バーサーカーの参加していたレースも、ある意味では聖杯戦争に近いものがあるかもしれない。

 多くの人間が、ある一つの者を求めて殺し合うあたりが。

 

 

「それに悪い話ばかりじゃない。僕には『キャスターの情報』があるんだからな」

 

「……お前さん、それは本当なのか?」

 

 

 ライダーが少し目を丸くして問いかける。

 どこにいるのか分からない、潜伏しているキャスターの情報を持っているのはライダーにも予想外だったのだろう。

 

 

「ああ、昨日の夜たまたま因縁をつけられてね、聞きもしないのにべらべら喋ってくれたよ」

 

 

 厳密には、セイバーを相手に勝手に喋っていただけだ。

 そのせいで色々気が滅入るようなことはあったが、総合で見れば+と言ってもいいだろう。

 

 

「真名はジル・ド・レェ。何でかは分からないけど、セイバーに執着している様子だったし、あれなら勝手にセイバーあたりに接触するだろうね」

 

「おお、バーサーカーやるではないか」

 

「だが問題点もある」

 

 

 今回の件は自分たちにとっても色々と好都合だったが、その代わりに周りの敵にも都合がいい点がある。

 自分たちだけが得するなんて、そんな都合のいい話はない。

 

 

「キャスターのことについては、ランサー陣営以外は知っているっていうことだ」

 

 

 直接対面したセイバーはもちろんのこと、諜報をしているであろうアサシンによってアーチャーたちにもそのことは知られているはず。

 今バーサーカーはライダー達にも伝えたが、そうなるとどこからも情報を得ていないのはランサー達だけ。

 バーサーカーがたまたま知りえたというのは、アドバンテージを稼いだというよりは、ディスアドバンテージにならなかっただけのようなものだ。

 

 

「そして、アサシンが生きているってことは、おそらくアーチャー達はキャスターの工房の場所やマスターの顔と名前も知っている」

 

 

 アサシンたちは気兼ねなく情報収集ができるのだ。もうキャスターの情報はほとんどすべて割り出していると考えた方がいい。

 そしてそれは、自分たちがアサシンに監視されているということにもなる。

 キャスター討伐に目が行って、背後から暗殺されたって不思議ではない。

 

 

「最後に……まあこれは完全に私的な理由だけど。実は僕は、キャスターに狙われてるってことだ」

 

 

 何を勘違いしたのか、キャスターは、バーサーカーがセイバーを誑かした神か何かだと思い込んでいる。

 だとすれば、バーサーカーを目の前にしてキャスターが何をしでかすか分からない。

 討伐するのにも、手間がかかる可能性が高い。

 

 

「……と、以上のような問題点があるんだけど、何か質問は?」

 

「聞いていて、時臣が有利だということは分かった」

 

 

 雁夜の言う通り、アーチャーが有利だという事実が揺らがない。

 キャスターに関して正確な情報を持っている、単純にサーヴァントが強い、監督役も含めた同盟相手がいる。

 キャスター討伐令が茶番にしか見えてこない。

 

 

「そもそも、そこまで分かってるんだったら時臣の奴はなんで静観してるんだよ。何の関係もない子供たちが殺されてるんだぞ。アサシンでも差し向ければやれるだろ?」

 

「……わざわざ隠匿したアサシンを使ったら他のマスターにばれるからだろ」

 

「そりゃそうだけど、あいつはこの土地の管理者なんだぞ。それなのに、なんで……」

 

「そんなもの、聖杯がほしいからじゃあないか」

 

「……所詮は魔術師か。そりゃそうだ、あいつに人間性を期待した俺が馬鹿だった」

 

 

 バーサーカーの返答に、雁夜は行き場のない苛立ちを壁にぶつける。

 雁夜は魔術師のこういうところが嫌いだ。魔術のためなら一般人に犠牲が出ようと構わないとするその精神が理解できない。

 何が魔術だ。何が聖杯だ。そんなもののために、無関係な人間の命が巻き添えを食らうのか。

 もとはと言えば、今事件を起こしているキャスターも、聖杯戦争がなかったら喚び出されていなかったのに――

 

 

「……カリヤ、これは魔術師だとかそういうのは関係ないんだよ」

 

「バーサーカー……」

 

「人間の歴史で分かるように、劇的変化のある時、必ず戦闘が行われる。プラスの裏側には絶対にマイナスがある。何か大きな物事を起こすには、犠牲と言うものが出てしまうのさ」

 

「それでも……」

 

「だから」

 

 

 なおも食い下がる雁夜を横に、バーサーカーは立ち上がり、歩き出す。

 そして、雁夜の傍にいた桜に近づくと、彼女の頭を撫でて、柔らかい笑みを浮かべながら雁夜の顔を真正面から見る。

 

 

「サクラのように、小さい子供が犠牲になって不安になるのも分かる。だからこそ、僕達でキャスターを倒そう。そしてトキオミを鼻で笑ってやればいいさ、『魔術師でもない俺でも助けられたぞ』ってな」

 

「……そうだな。その方が時臣のダメージも大きいだろうしな」

 

 

 不思議だ。バーサーカーにそう言われると雁夜は不思議と落ち着いてしまう。

 雁夜も人間だ。憎く思ってはいけないとは分かっていても、時臣との因縁はそう簡単に断ち切れるものじゃない。

 そんなとき、バーサーカーの言葉はそれを思いとどまらせてくれる。

 上から押し付けるわけじゃない、下から持ち上げるわけでもない、対等に自分と向き合ってくれるバーサーカーの言葉だから、素直に受け取ることができるのかもしれない。

 

 

「そうと決まればキャスター討伐に向けての計画を立てよう。何か提案があるやつはいるかい?」

 

「それなんだけどさ……僕から一ついいかな?」

 

 

 恐る恐るといった様子で、ウェイバーが手を挙げた。

 ……よく考えると、作戦会議をしている人間はウェイバーとそれ以外で年齢が離れすぎている。

 イスカンダルであるライダーは32歳で没しているし、バーサーカーは29歳で死亡、雁夜も27歳と全員四捨五入すれば30歳なのだ。多少は恐縮しても仕方がないだろう。

 

 

「どうした小僧。貴様から何か言いだすとは珍しいではないか」

 

「もしかしたら、キャスターの工房がどこにあるのか分かるかもしれない」

 

『……えっ?』

 

 

 ウェイバーの言葉に、三人全員が目を剥いた。

 本命の中でも大本命であるキャスターの根城が分かるのなら、それはもう大金星どころの話ではない。

 だから全員が驚いたのだが、そこまで反応されるとは思っていなかったウェイバーは居心地が悪そうに話を続ける。

 

 

「監督役の神父が言ってただろ、『キャスターは魔術の痕跡を平然と残している』ってさ。だからその魔術の痕跡をたどっていけば、キャスターの工房に繋がってるはずだ」

 

「……なるほど。それで、どうやって探査するんだ?」

 

「一番簡単なのは、川の水を調べることかな。この街はど真ん中に流水があるんだし、本当に何も細工していないならそれを調べるだけで大まかな場所は特定できる」

 

「……ウェイバー君はそれができるのかい?俺は蟲を使役するくらいしかできないからよく分からないんだけど」

 

「魔術としては基礎的なことだ、褒められるようなことじゃない」

 

 

 それでも十分すごいと思うんだけどなぁ、とバーサーカーは心の中でつぶやく。

 どうもウェイバーと言う人間は、『自分にできることを普通にできる』ということがどれほど凄いことか理解できていないようだ。

 やはり魔術師として未熟であることに対するコンプレックスからくるものなのだろうか。

 

 

「そういうことなら、僕らは川の水でも集めてくればいいのかい?今はまだ昼だし、それまでなら僕も手伝うよ」

 

「……お前って、本当に狂戦士(バーサーカー)なのか?全然狂ってるようには見えないんだけど」

 

 

 ウェイバーの疑問ももっともである。

 バーサーカーの性格は、どれだけ穿った見方をしたとしてもせいぜい『人間臭い』としか言い表せない。

 別段悪事を働こうとしている様子はないし、かといってマスターに対して反逆するという凶暴さもない。

 人間としての倫理観はまっとうであるし、それどころか思考能力も高い方だ。

 

 なんでコイツがバーサーカーなのか、不思議に思うのも当然だろう。

 

 

「…………ああ、僕は正真正銘バーサーカーさ。目的のためなら、人間性を捨ててでも成し遂げようとする――狂った人間(ただのクズ)だよ」

 

 

 ウェイバーの問いに対し、どこか悲しそうにそう言い捨てると、バーサーカーは全員に背を向けて扉の方に向かっていく。

 

 

「おい、バーサーカー。お前さん何処に行くつもりだ?」

 

「何処って……水を集めてこなくっちゃあならないんだろう?それなら一刻も早く集めるべきじゃあないか」

 

「それだったら、もっと数を増やして……」

 

「大丈夫だ、バイクで行ってくるからそんなに時間はかからない。日没までの時間もまだまだあるし、君たちはしばらくここで休んでおけ」

 

「でも、どこから水を集めてくるかなんて……」

 

「河口から100m間隔で上流まで集めてくる。それならいいかい?」

 

「まあ、それなら構わないけどさ……」

 

「よし、OK。じゃあ行ってくるよ」

 

 

 背後から声を掛けられても、バーサーカーは一切振り向かずに言葉を返す。

 言葉の調子は普段通りではあったが、何か様子がおかしいのは明らかだ。

 そんな疑問を残して、バーサーカーは足早に外に飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり、カリヤは『正しい道』を歩いている人間なんだろうな」

 

 

 独り、バイクに乗りながらバーサーカーは思い出す。

 いったい自分は現界してから、どれほどに『バーサーカーらしくない』と言われてきただろうか?

 誰もが自分を見て、『狂っていない』と感想を漏らす。

 皆が皆、『バーサーカーは正常だ』と言ってのける。そう言ってしまう。

 

 ……そんなわけがない。そうじゃあなかったら自分はバーサーカーで召喚されるわけがない。

 そんなに聖杯と言うのは甘いものじゃあない。

 

 

「やっぱり僕は、人間としておかしいんだ。今更だけど、そう再認識させられたよ」

 

 

 なにせ、さきほどの雁夜への回答は『自分が時臣ならそうするであろう』ことを言っただけだ。

 そして雁夜は、その回答に対して『人間性を期待した俺が馬鹿だった』と感じた。

 それはつまり、『バーサーカーは人間性を捨てている』と言われたも同然ではないか。

 

 自分だったら見ず知らずの子供のためには動こうとは思わない。

 自分が大切にしているものが助かるなら、他の誰かが身代わりになることを良しとする。

 自分に危険が及ぶなら、誰かを犠牲にすることに躊躇いはない。

 

 

「そうだ。僕は聖杯を手に入れられるなら、この街にいる子供なんか見捨てたって構わない。もう一度『アイツ』に会えるなら、それ以外がどうなろうと知ったことじゃあない。だって僕には関係がないんだから」

 

 

 もちろん子供が殺害されていると聞かされても、気分は決して良くはならない。それどころか、その仕立て人に対して怒りや嫌悪感を催すほどだ。

 それでも、バーサーカーは『そこで終わる』。そう思うだけで、自ら助けに行こうとは思わない。

 助けられるなら助けよう、自分の邪魔にならないなら手を差し伸べてもいい。

 

 ――だけど、子供たちを助けることで自分が不利になると分かっているなら、バーサーカーは迷わず子供たちを見捨てるだろう。

 例えば、もしもキャスターが子供を人質にしたなら、バーサーカーは人質ごとキャスターを殺しにかかるつもりだ。

 自らの目的のためなら、人間性を捨てられる。それがバーサーカーが狂った人間(バーサーカー)たる所以なのだから。

 

 

「やっぱり、僕には英雄だなんて荷が重いな……それもそうか、もともと『自分より正しい道』を歩んでいる人間を殺したくらいなんだからな……」

 

 

 生前から変わっていない自分の性根に苦笑いが出てくる。

 バカは死んでも治らないとはよく言ったものだ。

 

 

「……考えたってしょうがないか……とにかく、川の水を集めにいこう」

 

 

 早朝からやってきたウェイバーは今頃寝ているだろうか。

 大胆不敵なライダーはあの格好で街を練り歩いているのだろうか。

 最近になって人間味を取り戻してきた桜はこのまま昔のように笑うことができるのだろうか。

 自分を信用してくれている雁夜はまた体調を崩してはいないだろうか。

 

 ……そして、彼らは、自分のどす黒い中身を知ってもなお、自分を信じてくれるだろうか。

 

 そんな益体もないことを考えながら、バーサーカーはバイクを走らせていく。




Q

雁夜はそんなに正義感が強かっただろうか?

A

元々一般人だったので、助けられる力があれば助けたいと思うくらいにはあると思います。



Q

ジョニィってそんなクズだっけ?もうちょいましな性格だったと思うんだけど……

A

吐き気を催す邪悪ではないですが、かなり利己的です。
妻の病気を治せるなら別の人間がヘタを掴めと思ったり、遺体のためなら持っているものを殺そうとしたり、遺体そのものを破壊する可能性がある選択肢をとるくらいには利己的です。
今回のは『悪いのはキャスターであって僕じゃない。罪悪感はあるけど自分に不都合があるなら見捨てられる』って感じです。


Q

前回のランサー陣営爆破されたんでないの?結局どうなったわけ?結果は?

A

そうだな……わたしは『結果』だけを求めてはいない。
『結果』だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ……
近道をした時、この小説の結末を見失うかもしれない。やる気もしだいに失せていく。

大切なのは、『この小説の更新を追っていく意志』だと思っている。
追っていこうとする意志さえあれば、たとえ今回は描写されなかったとしても、いつかは読むことができるだろう?追っているわけだからな。
………違うかい?


要約すると、『申し訳ありませんがそのうち描写するので待ってください』ということです。
一応どうなったのかは考えてはいるので安心してください。

というかケイネス達のキャラが濃くなりすぎ(ry

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