ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第九話

 汚染獣の死骸を見つけた場所から出発して、半日ほどが経った頃。

 レイフォン達は、遂に目的地付近まで辿りついた。

 近くの岩場にランドローラーを隠したレイフォン達は、汚染獣がいると思われる場所へと歩き出した。

 

 「しかし、遠くまで来ましたね」

 

 先を歩くレイフォンに対して、セヴァドスが背後から話しかけてくる。

 

 「まあ、一日ほど走ってきましたからね」

 

 周囲には汚染獣の反応はない。

 それでも警戒を怠ることもせずに、レイフォンは当り障りのない返答をする。

 

 「そう、つまりは今ここは私達二人だけということになりますね」

 「何か、止めてほしいですね。 その気持ち悪い言い方」

 『ええ、二人して何気持ち悪い会話しているんですか?』

 

 念威越しのやけに冷たいフェリの声に、僕は関係ないですよね?とレイフォンは理不尽さを感じてしまう。

 そんなレイフォンとフェリに気にすることなく、セヴァドスは話を続ける。

 

 「お二人は学園生活は楽しいですか?」

 

 マイペースに、それでいて心理の読めないセヴァドスの質問に、レイフォンとフェリは戸惑ったように口を開く。

 

 「えっと……まあ楽しい、と思いますが?」

 『私は特に』

 「なるほど、私は楽しいですよ」

 

 頭部を覆うヘルメットのせいで表情を確認することはできなかったが、恐らくセヴァドスは今笑みを浮かべているのだろう。

 確かにレイフォンから見ても、セヴァドスは十分学園生活を満喫していた。

 

 「ミィさんに、メイさんに、ナッキさん。 レイフォンに妹さん、会長さん、とても愉快な人たちに出会いました」

 

 セヴァドスの言葉に、レイフォン達は一番愉快なのはお前だろうとツッコミたかったが、話が続いたので断念する。

 

 「グレンダンを出た時、あまり学園都市に期待をしていなかったのですが、思いの外新鮮で、色々刺激を受けることもありました」

 

 レイフォンとフェリがセヴァドスの言葉に口を挟むことはなかった。

 セヴァドスの言いたいこと、それが何となくだがわかってしまったからだ。

 あのセヴァドスが、とレイフォンは少しだけグレンダン時代のことを思い出す。

 その殆どが戦っていたり、笑っていたりという記憶しかない。

 だが、思い返してみれば、セヴァドスが孤児院に遊びに来た時に子供達の面倒を見ていたことを思い出した。

 セヴァドスは戦闘狂であるが、思いやりのある心を持つ人間だということを。

 

 「ツェルニでも学園生活も悪くはない、と思うのですよ」

 

 セヴァドスは締めくくるように言った言葉に、レイフォンは小さく頷いた。

 色々あってこのツェルニに来ることになったレイフォンだったが、それでもここに来ることによって出会えた人達もいる。

 それは決して悪いことではないのだろう。

 

 とレイフォンが思っていると、まだセヴァドスの話は終わっていなかった。

 

 「こうして誰にも邪魔されず、汚染獣と戦えるのもツェルニに来たからですからね。 向こうじゃ兄上達に獲物は取られますし、陛下の許可がないと戦場にもいけませんからね」

 

 ヘルメットを被ってなくてもレイフォンには、セヴァドスの表情が見えていた。

 間違いなく満面の笑みだ。

 明らかに話を台無しにしたセヴァドスに、レイフォンは思い出す。

 確かに根は純粋で、思いやりもあるだろう。

 だが、セヴァドス・ルッケンスという人間は、戦闘狂であるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「写真で見ましたが、思った以上に大きいですね」

 

 歩きだして数分。

 遂にフェイススコープ越しでも確認できるほどの位置までたどり着いたセヴァドスの言葉に、レイフォンは隣で小さく頷いた。

 やはり、遠方から飛ばしたカメラでは画像が荒く、汚染獣や周りの山の大きさがわからないものである。

 汚染獣らしきモノは、昆虫の繭のような形で山の斜面にへばりつき、その強い存在感を現していた。

 だが———

 

 『動く気配がありませんね』

 「死んでいるのか?」

 「そうでしたら些か拍子抜けですね」

 

 ゼリー状の携帯食を呑みながら、セヴァドスは残念そうに呟いた。

 確かにここまで来たことが無駄にはなりそうだが、何か起こるよりもいいだろうとレイフォンは納得すると、再び目の前の汚染獣の様子を確認する。

 視線の先の汚染獣は、身動き一つすることはなく、死んだようにその場で存在しているだけだった。

 

 生きているのか、それとも死んでいるのか?

 判断に迷うレイフォンに対し、セヴァドスは錬金鋼を復元すると、汚染獣に指を向けた。

 

 「どうしましょうか? とりあえず攻撃でも仕掛けてみますか?」

 「いえ、その前に。 ———フェリ先輩、お願いできますか?」

 『はい、わかりました』

 

 楽しげに笑うセヴァドスの意見を却下したレイフォンは、フェリに念威を飛ばしてもらうことを頼むと、フェリの念威端子が汚染獣へ向けて飛んでいく。

 

 『これは……』

 

 念威端子と言えど、ここまで汚染獣に近付いたことは初めてだろう。

 汚染獣の圧倒的なまでの巨大さと滲み出る存在感に、フェリが唾を呑みこむ音が念威端子越しに聞こえた。

 幼性体が玩具にでも見えるほどの化け物、それがこの目の前の汚染獣である。

 しかし、汚染獣は近くを飛来する念威端子に反応することもなくその場で不動を貫いていた。

 ただ、レイフォンは何とも言えない奇妙な違和感を感じた。

 

 根拠のない考え、だがレイフォンの長年培った戦闘勘がこう言っていた。

 ———この汚染獣は死んでいない。

 

 その勘は隣にいたセヴァドスも同様に働いていた。

 ただレイフォンと違い、その行動は早かった。

 汚染獣に向けて、掌を翳すと衝剄を放った。

 セヴァドスから放たれた衝剄の大玉は、汚染獣を易々と捉えるとへばりついていた岩場ごと地面へと落下させた。

 突然のセヴァドスの行動に、レイフォンは一瞬、虚を突かれることになるがすぐに正気に戻り、セヴァドスの腕を掴む。

 

 「何をしているんですかっ!?」

 「レイフォン、貴方ももう気付いているんじゃないですか?」

 

 レイフォンの問いに答えることなく、セヴァドスは拳を纏う錬金鋼に剄を纏う。

 その早い行動に、レイフォンは舌打ちをつきながらも、腰に下げた二本の錬金鋼を引き抜く。

 

 「……どうしてそう思ったんですか?」

 「レイフォンだってわかっていたんでしょう? アレから発するこの圧迫感、いや存在感でしょうか。 死んでいる汚染獣がそんなものを発するはずありませんからね」

 

 セヴァドスの言う通り、汚染獣の存在感は健在であった。

 あの腹の下を締め付けるような感覚、ソレは汚染獣と戦っていた時に感じたものと同じであった。

 

 「しかし……なるほど、これはいい勉強になりました。 我々はまんまと嵌められてしまったというわけですね」

 

 セヴァドスの言葉を最後に、落下をしていた汚染獣———の繭が、脈を打つように表面を波打つ。

 微かに聞こえる鼓動音と共に、段々と存在感が増していく。

 

 『っ!! ツェルニが進路方向を突然変えました』

 

 フェリの悲痛な声の報告を聞きながら、レイフォンは複合錬金鋼を復元させる。

 復元させた巨剣の重さを確認すると、レイフォンは握り具合を確かめる。

 ハーレイ達は本当にいい仕事をした、と少しだけ安心感を覚えて、小さく息を吐き、整えた。

 

 「なるほど、やはり仮死状態になってツェルニを騙していたんですね」

 「知恵比べでは人間に軍配が上がると思っていましたが、中々汚染獣も侮れないものですね」

 『ツェルニが進行方向を変えたんですっ! 逃げてくださいっ!』

 

 既にレイフォン達の行動も覚悟も決まっていた。

 故に、フェリの声は彼らには届いたが、既に遅かった。

 ここでレイフォン達が動かなければ————ツェルニに危険が及ぶだろう。

 

 「そういうわけにはいきません。 ここでこいつを逃したら間違い無くツェルニに襲いかかる気です」

 「妹さん、サポートをお願いしますよ」

 

 レイフォンは全身に膨大な剄を流し込むとゆるりと構えを取る。

 その行動に呼応するように、セヴァドスも拳同士を叩いて戦意を高めていく。

 そして汚染獣も、繭を脈打つその速度が段々と早くなっていた。

 徐々に繭が破け始めると、中からは刃物のような鋭い突起物が現れ、繭を引き裂いた。

 そこから飛び出したのは巨大な真っ赤な目である。

 目が現れると、その周辺に刀のように尖った手足が繭を貫き、そのまま引き裂いていく。

 

 全身を覆う光沢のある鎧に、長い尾の先に鋭く刃。

 数は優に百を越えるだろう強靭な歯先は、のこぎり状に尖っておりの口元に、赤く窪んだ三つの目、そして四つの足に、二本の腕と巨大な鋏。

 その姿は、まさしく蠍そのものであった。

 されど、目の前にいるのは間違いなく汚染獣。

 だが、レイフォンには腑に落ちないことがあった。

 それは隣のセヴァドスも同様で、微かに首を傾げて汚染獣を眺めていた。 

 

 「雄性体から進化するのは、老性一期になるはずでしたよね?」

 「一般的には、ね」

 

 しかし目の前に現れたのは明らかに老性一期ではなかった。

 このような異形の姿の汚染獣をレイフォンは見たことはなかったが———知っていた。

 その代表例とされるのがあのベヒモト、老性六期の正真正銘の化け物である。

 勿論、天剣三人でようやく倒すことができたベヒモトに比べると、目の前の汚染獣は易い存在なのかもしれない。

 だが、今この場には天剣を持っている者はおらず、目の前の汚染獣は変わらず化け物である。

 それでもレイフォン達のやることは変わらない。

 

 「少し仮定的なものがあるのですが、聞きますか?」

 「手短にお願いします」

 

 笑みを浮かべているかはわからないが、普段より真剣みの帯びたセヴァドスの声に、レイフォンは視線を汚染獣に向けたまま、小さく頷いた。

 

 「汚染獣とは、一期繰り上がるたびに脱皮して成長すると、再び栄養を補給し、脱皮をします」

 

 セヴァドスの言っていることは既にレイフォンも知っていることであった

 だが、セヴァドスの言いたいことがこのことではないことにも気づいていたので、特に口を挟むことなく話の続きを待つ。

 

 「ですが、脱皮二回分の栄養を確保できれば、殻から出る必要はないんじゃないんですか?」

 

 セヴァドスの考えに、レイフォンはなるほどと思わず感心してしまった。

 普段は戦闘狂で、奇行が目立つセヴァドスだが、頭のキレはレイフォンの数段上をいく。

 確かに確証のない意見だが、鼻で笑うほど的外れたものではない。

 

 特に―栄養―というものにレイフォンも少し心当たりがあった。

 

 ここに来るまでにあった汚染獣達の残骸。

 死んでいたのは、幼性体のような小さいものではなく、雄性三期ほどのものである。

 単純に考えれば、あれを全部喰らったのは、明らかにそれらよりも上の存在ということになる。

 

 「つまりは」

 「アレは、あの殻の中で二回脱皮しているということじゃないのですか?」

 

 雄性体数体分のエネルギーがあれば、二度の脱皮も問題ないかもしれない。

 そんなことは可能なのか、だとかはこの際どうでもいいだろう。

 現実には、その汚染獣はレイフォン達の目の前に存在しているのだから。

 そもそも、汚染獣とは何か、と語れるものはこの世界には存在しない。

 そうでなければ、このような世界にはならなかっただろう。

 

 「二期以降と戦うのは初めてですね」

 「僕も天剣なしで、戦うのは初めてかもしれない」

 

 老性二期。

 都市を壊滅させるほどの化け物が、レイフォン達に牙を剥いた。

 


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