ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第四十三話

 倒壊した建物が至る所に散らばった人の気配が全く感じさせない其処は、以前セヴァドスがサリンバン教導傭兵団と戦った場所だ。

 その時の戦闘の余波により、至る所に破壊痕が残るその場は、今、一人でいたい気分のセヴァドスにとって有り難く、居心地のいい場所だった。

 あの日、ハイアと戦った時は本当に楽しかった。

 卓越した武芸者であり、そしてレイフォンと同門であるサイハーデンの使い手は、そうそういるモノではない。

 故に戦うことは楽しく、そしてレイフォンと戦った時のことを想像して、より楽しむことができた。

 だが、あの日、レイフォンと戦って全てが潰された気がした。

 その日から、ツェルニの日々が全て色が無くなってしまった。

 あんなに楽しんでいた小説も何が楽しいのか解らなくなり、何を食べても感動的な美味しさを感じることができない。

 最後にと、試しに戦ってみた都市対抗戦もただの苦痛な作業であり、凡そツェルニで楽しめることはもうないのだということを思い知らされた。

 

 拳を振るう、剄を全身へと流していく。

 こうして、一人で日々の日課の鍛錬を行うことだけは、そうしている間は、ただ純粋にそのことを考えることができる。

 回し蹴りを振り抜く。

 ミリ単位で調整された精密機械のごとく回し蹴りは、ブレ一つなく、イメージ通りの軌道を描く。

 

 

 

 戦いたい。

 闘いたい。

 心ゆくまで、血を一滴まで絞ったような全力でタタカイタイ。

 

 グレンダンにいた時は、闘う相手に困らなかったことを懐かしむセヴァドスだったが、ふと懐かしい気配を感じた。

 念威操者ではないセヴァドスでも、近くにいればわかると言えるほど、覚えのある気配。

 だが、それはこのツェルニでは出会うことはない人物のものだった。

 

 「え?」

 

 軽やかな足取りで宙を舞い、鮮やかな着地をして現れたのは、セヴァドスにとって掛け替えのない存在だった。

 

 「やあ、久しぶりだね、セヴァ。 元気にやってるようだね」

 

 にこやかな笑みを浮かべ、こちらに手を上げて挨拶をするのは、セヴァドスの兄であるサヴァリス・ルッケンス。

 天剣授受者『クォルラフィン』の担い手であり、遠く離れた故郷で別れたもう一人の兄であった。

 そんな兄サヴァリスを見て、セヴァドスは思わず笑みを零してしまう。

 先程まで悩んでいたのが、馬鹿みたいに、一気に悩みが吹き飛んだ気がした。

 

 「お久しぶりです、兄上。 お元気そうで何よりです」

 

 そう言ってセヴァドスは、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 何時ものごとく、一人病室で手持ち無沙汰となっているレイフォンの前に思ってもいない人物が現れた。

 

 「リ、リーリン?」

 「ええ、久しぶり……レイフォン」

 

 突然現れた幼馴染に、レイフォンは困惑の声を上げてしまうが、当のリーリンの表情は優しく、レイフォンの覚えているままのリーリンであった。

 懐かしいと思ってしまった反面、まだツェルニに来て半年ほどだということに気づき、それでももう会えないかもしれないと思っていた幼馴染に会えたことをレイフォンは嬉しかった。

 

 「いつ、ここについたの? というより、どうしてリーリンがここに?」

 「着いたのは一昨日よ、手続きとかそういうので手間取っちゃって。 何故、ツェルニにって聞かれると、何か私に来てほしくないって言ってるような気がするんだけど」

 「そ、そんなことはないけど」

 

 レイフォンの言い方が気に入らなかったのか、頬を膨らまして不機嫌な表情を作るリーリンに、レイフォンは慌ててその事実を否定した。

 慌て過ぎて挙動不審気味のレイフォンに、リーリンは不機嫌な表情を一変、嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 「……冗談よ。 来た理由は、そのレイフォンに渡したいものがあったから」

 「渡したい物?」

 「うん、大切なものよ。 多分、レイフォンも喜んでくれると思うよ」

 

 そう言われて、レイフォンは考えてみるが特に思い当たるものはなかった。

 必要なものはツェルニに来た時に忘れないように持ちこんでおり、元々物自体を持っていなかったため、不要なものは処分したり、院の誰かにあげるためリーリンに渡しておいた。

 そのため、レイフォンには何かが見当もつかなかったが、リーリンの表情から見てそう悪くないものではないことは確実である。

 

 「で、もう一つは私がレイフォンに会いたかったから」

 

 そう言って笑ったリーリンの表情は、レイフォンの知らない表情だ。

 正確にいうと、あの時の表情に似ているのかもしれない。

 ツェルニを旅立つ日、リーリンと別れたあの時―――そこまで思い出して、レイフォンはその後のことを思い出して、思わずリーリンから眼を反らす。

 

 「レイフォン?」

 「そ、そうなんだ。 えっとここまで放浪バスで大変でしょ? だから、その、大丈夫かなーと」

 「ああ、全然大丈夫じゃないけど……まあ大丈夫だったわ」

 「そ、そう?」

 

 突然遠くを見るような眼をしたリーリンに、レイフォンは気を使って何も言わないことにした。

 気を取り直して、と表情が戻ったリーリンが話を続ける。

 

 「それより、グレンダンから初めて出てきたけど、やっぱり他の都市はどこも遠いね」

 「そう、だね。 とても遠いところだね」

 

 グレンダンから出ることがなかった二人からすれば、このツェルニという土地は遠く離れた場所で、そう簡単に往復できるものではなかった。

 実際、生まれた移動都市から死ぬまで離れない人が大勢で、もしも都市から出ていくものがいれば、もう二度と会えなくてもおかしくないのが、この世界である。

 

 「あんなに近くで汚染獣を見たのは初めてだったわ。 気づかれてないようだったけど、いつこっちに気が付くのか、って。 グレンダンではレイフォン達が守ってくれてたから」

 「リーリン、その、僕は……」

 

 リーリンの言葉に、レイフォンは返す言葉が見つからなかった。

 確かにレイフォンは武芸者として都市を守っていたかもしれないが、最後はあの結末であり、リーリンを含む多くの人に迷惑をかけ、結果として武芸と故郷を捨てる形になってしまった。

 そんなレイフォンの心情を察してか、リーリンは話を変えることにした。 

 

 「ところでレイフォン、無茶はもうしないよーとか、もう武芸を辞めるーとか言ってたのに。 何故入院? グレンダンにいた時でもこんなに重症を負ったことはなかったはずだけど」

 

 それはリーリンの今一番疑問であった。

 レイフォンを探そうと学園の管理事務所に問い合わせた際に、レイフォンが入院していると聞かされた。

 そうして、病室に来てみればギブスや包帯に覆われたレイフォンがいた。

 変わらず無茶をするレイフォンを怒鳴ってやろうかと考えたが、久しぶりの再会でそれはどうかと考えたリーリンからしてみればようやく話が本題に入ったことになる。

 長年の経験からか、対応を間違えば怒られると感じ取ったレイフォンは、ありのままの事実を説明した。

 

 「はぁ……なるほどね。 セヴァと喧嘩して、ねぇ」

 「喧嘩って……」

 「貴方達二人が争ったなら喧嘩でしょ? お互い加減知らずによくやるわ」

 

 リーリンの喧嘩の一言で済まされるのは、色々と考えて苦悩したレイフォンからしてみれば納得いかなかったが、二人の関係を見てきた幼馴染からすればそういうことになった。

 

 「で、レイフォン。 セヴァには謝ったの? いくらセヴァが空気読めなくて常識外れなところがあっても、良い所もいっぱいあるでしょ? お互い謝って仲直り、それが親友でしょ?」

 「仲直りって……それに僕とセヴァって親友なの?」

 

 リーリンの親友発言は、簡単に同意できないものである。

 どちらかというと、友人の分類に入るかもしれないが、親友とまではいかないと思う、と考えていたレイフォンに対し、リーリンは不思議そうに首を傾げる。

 

 「親友っていうか、レイフォン、友達他にいないでしょ?」

 「ひどっ! 友達くらい他にもいるから」

 「イージナス卿は、友達っていうわりには歳が離れてるでしょ? 他にいるの?」

 「いるよっ! こっちに来て何人も作ったよ」

 

 最も信頼する家族からの辛辣な発言に衝撃を受けたレイフォンだが、それでも確実に友人と言えるのが三人、小隊の仲間を含めても二桁いかないことが何とも悲しい。

 だが、それでも、リーリンからすれば驚きの結果である。

 

 「それって本当にいるのよね? 貴方の妄想とかじゃないわよね?」

 「流石に僕の頭はそこまでおかしくないから!!」

 

 心配そうにレイフォンの頭部の包帯に視線を移すリーリンに、レイフォンは慌てて否定する。

 そして、レイフォンも、リーリンも、こうして馬鹿話ができることが嬉しく思った。

 

 「でも、リーリンが元気そうでよかったよ」

 「私も……レイフォンが元気そうでよかった」

 

 思わず目が合うと、互いに笑みを零してしまう。

 そうだった、とレイフォンはようやくリーリンという存在の有り難みに気が付いた。

 どんな時も味方でいてくれたリーリン、いつも一緒に過ごしてきたリーリン。

 彼女は、レイフォンにとって当たり前のように傍にいてくれた存在であった。

 

 だが、レイフォンの安らぎのひと時はそう長く続かないようだ。

 

 「何、病室でいちゃついてるんですか」

 

 突然現れた来訪者により、部屋の空気は一瞬のうちに殺伐なモノと化した。

 

 「フ、フェリ先輩?」

 「人が訓練抜け出してわざわざ見舞いに来てみれば、女を連れ込んで良い御身分ですね」

 「え、その」

 

 そこまで訓練熱心じゃないでしょ、なんて突っ込みが入れれそうもないほどの威圧感を発するフェリに、レイフォンは言葉を失い、額に汗を滲ませる。

 

 「リーリン・マーフェスです。 レイフォンとは小さい頃から同じ家で暮らしてました」

 

 まず、先制のジャブを放ったのは、幼馴染であるリーリンである。

 その姿は正しく、本妻と言えると、もし近くにセヴァドスがいたらそう言うほどの圧倒的な貫録を見せた。

 

 「フェリ・ロスです。 レイフォンとは名前で呼び合うほどの親密な仲です」

 

 しかし微塵の動揺も見せないフェリは、珍しいほどに好戦的な視線を向ける。

 その姿は正しく、現地妻と言えると、もし近くにミィフィがいたらそう言うほどの鋭い眼光を秘めていた。

 

 そんな二人に挟まれ、背筋が凍り、汗が止まらなくなるレイフォンの姿を、扉の前まで来ていたハーレイが静かに帰るほど哀れな姿であった。

 しかし対峙する二人にはそんなことは関係ない。

 

 「聞いてますよ。 何故か突然、脛を蹴ってくるですって」

 

 リーリンの返しに、フェリは眼の前のレイフォンを睨み付けるが、二人の視線が合うことはない。

 滝のような汗を流すレイフォンを見ていると、フェリの脳裏に悪魔的な発想が思いついた。

 レイフォンの座るベットの脇に近づいたフェリは、そのまま小動物的なジャンプをしてレイフォンに抱き着いた。

 

 「ちょっ!?」

 「私とレイフォンはこういう関係なんですよ」

 

 レイフォンの首筋に顔を近づけ、魔性の女のごとく不敵な微笑みを見せるフェリに、リーリンの表情が死んだ。

 あ、完全に不味い顔だ、と一瞬で判断できたのは、長年傍にいたレイフォンだからこそだろう。

 ——だからこそ時すでに遅いということも理解していた。

 

 「……どういうこと?」

 「いや、あの、その……」

 

 発言した内容で、レイフォンの命運が決まる。

 ―――その時、レイフォンの頭の中は尋常なまでに回転―― 「あとレイフォンに抱きしめられたこともあります」――フェリの燃料投下により終了した。

 

 「へぇー」

 「ちょっ!?」

 

 嘘だっ!!と大声を上げて否定しようとしたレイフォンだが、あまりにも堂々としたフェリの物言いに自分の行動に責任を持てなくなってしまった。

 確かに、ここ最近フェリとの距離が近かった気がするし、心配されてた気がする、それにフェリから発する女性的な香りにドギマギしていたのは事実だ、と軽い現実逃避を行うレイフォンを見て、リーリンは眼を細めて不満げに鼻を鳴らした。

 

 「ふーん」

 「リ、リーリン?」

 

 無表情のまま立ち上がったリーリンは、鞄を肩にかけるとそのままフェリやレイフォンに眼を合わせることなく、病室の扉に手をかけた。

 

 「レイフォン、明日も来るから」

 

 間違いなく怒っているだろうリーリンの無感情な声が病室に響き、扉の閉まる音が聞こえた。

 

 「勝ちました」

 

 何処が自慢げに頷くフェリの隣で、レイフォンはそのままベットに潜り、現実から夢の世界に行こうと眠りについた。

 後日、怒るリーリンに対しての言い訳も考えておかなければならないと、レイフォンは明日の自分に向かって、無理難題を託した。

 

 

 

 


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