ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第四十二話

 決着は呆気ないものであった。

 たった一人の武芸者により、都市の武芸者達を潰された学園都市マイアスの人々の表情は暗い。

 この一戦ですべてのセルニュウム鉱山が奪われたわけではなかったが、今回の敗北は正しく致命傷と言っていいほどの敗北である。

 万全の準備と万全の人を揃えた状態で、たった一人の武芸者に敗北した。

 死人こそ出てはいないが、身体共に再起不能となった人間は多く、何かしらのダメージを全員に与えられてしまった。

 恐らくマイアスは、近い将来滅ぶことになるだろう。

 それは、都市対抗戦の敗北による緩やかな死か、それとも汚染獣による壊滅という突然死か。

 どちらにせよ、それ程のダメージを受けたマイアスの街では誰もが下を向き、これからの未来を悲観していた。 

 そう、ただ一人を除いて。

 先程の戦いを見て、笑いが止まらなくなってしまった人物がいる。

 

 サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス。

 現天剣授受者の一人であり、名門ルッケンスの長兄、そしてグレンダンが誇る戦闘狂の一人である。

 そんな彼が鼻息荒く、興奮を抑えることができないと言わんばかりに、饒舌な独り言を呟く。

 

 「まさか、こんなところでこんな気分を味わえるなんてね」

 

 サヴァリスの視線の先にいる人物は、自身の弟であるセヴァドスである。

 言うまでもないが、サヴァリスはセヴァドスの技量、資質など武芸者のあらゆる面で高い評価をしていた。

 それは兄弟という情などは一切省き、客観的な観測である。

 次兄であるゴルネオとは違い、セヴァドスはサヴァリスがやり合うことができる天剣授受者と女王を含めても数少ない人物である。

 そんなセヴァドスがツェルニに行かされたことは、サヴァリスからしても、とても退屈なことで衝撃的なことだった。

 毎日遊ぶことができたセヴァドスと違い、天剣授受者や女王陛下もサヴァリスの遊びに付き合ってくれることはなく、少し戦闘狂気質のあるクラリーベルとも戦ってみたが、やはり物足りないというのが正直な感想である。

 そのため、女王陛下の命というのはまさしく渡りの船というもので、ツェルニに来た理由の半分以上は、セヴァドスの様子を見に来ることであった。

 サヴァリスの予想では、勤勉で真面目なセヴァドスでもこのような劣悪環境に置かれてしまったら、腕が鈍ってしまうのではないかと危惧していたが、それは無用な心配であったようだ。

 

 セヴァドスは全くの鈍りすら感じることなく、確実に成長、いや進化をしていた。

 その中でも特に心を奪われたのは、グレンダンにいた時には使っていなかったセヴァドスの未知の剄技である。

 その新技の剄技は、サヴァリスの眼でも読み取ることができず、あの圧倒的な速度は、遠く離れた場所から観察していたサヴァリスから見ても、視界に留めるのは難しかった。

 対峙した相手から見れば、間違いなく消えたように錯覚して見えるだろう、とサヴァリスは興奮を抑えることができなかった。

 セヴァドスの進化は、新技だけに留まらず、一つ一つの動作や動きのキレなども、間違いなく一段階磨きがかかっており、その動きはまさに天剣授受者級に匹敵するだろう、と言うのがサヴァリスの正直な感想であり、その姿を見て称賛の声を上げた。

 

 「逆にこういう地に来て、学ぶことでもあるのかな?」

 

 もしそうならば、一度何処かの学園都市に入学してみようか、と考えたサヴァリスは、後でセヴァドスに相談しようと考えていると、二つの移動都市が動き始めた。

 同行者であるリーリンは、既にツェルニに渡っており、護衛の任も終わりである。

 サヴァリスは退屈だった放浪バス生活の鬱憤を晴らすべく、ツェルニの地に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 都市の威信を懸けた戦いを、病院の屋上から見ていたレイフォンは、何とも言えない気分に襲われていた。

 ここまでの傷を負ったことは、グレンダンでもなかったため、こうして何もできず戦いを眺めるというのも居心地が悪く、かと言って元々武芸を辞めるつもりだったのだから、これでいいのだと納得する自分もいるのは確かだ。

 

 フェリに頼んで、戦いの様子を念威により見せてもらっていたが、セヴァドスの強さはまさに圧倒的であった。

 その強さは、学園都市の武芸者というよりも、並みの武芸者でも束になっても勝つことができないほどであり、一時期グレンダンで最高位の武芸者になったレイフォンでも勝てないと断言できるほどであった。

 事実、レイフォンは覚えていないが、レイフォンが入院することになったのは、セヴァドスと戦ったためということを聞かされていたため、その予想は間違いなく事実なのだろう。

 

 先程、カリアンがこの病院に訪れて、レイフォンに武芸科から普通科に戻っても構わないという有り難いお言葉も頂いた。

 同席したニーナとシャーニッドは憤慨していたが、レイフォンは自分が用済みなのだろう、と思い、何も反論を口にすることもできなかった。

 奨学金も武芸科にいてもいなくても、同じ額の金額を支払うということもあり、ツェルニに入学した時よりはいい状態となっている。

 これまで武芸に割いていた時間も、全て新しいことに挑戦することや、これから将来について考えることができる。

 それなのに、何かが抜け落ちたような消失感がレイフォンを襲っていた。

 

 「何を黄昏ているのですか?」

 「フェリ、先輩……」

 

 一種の燃え尽き症候群となったレイフォンは、いつの間にか横にいたフェリに顔を向ける。

 見舞い品が入っているのか、色々な雑誌が入った袋を、フェリはレイフォンに投げ渡した。 

 雑誌は、レイフォンもお世話になった就労やアルバイト募集のチラシに、特に見たこともないファッション誌などが入っていた。

 

 「聞きました、兄からお達しがあったようですね」

 「はい……」

 

 ファッション誌を開いて、そのままベンチに腰掛けたフェリは、ニーナ達と違い、特に話に憤慨するわけでもなく、冷静な口調で答える。

 

 「よかったんじゃないですか、ようやく武芸から離れて、新しいことに挑戦することができるんですよ」

 

 羨ましいです、と言ったフェリは、レイフォンからの視線を向けられると、冗談です、と答えると、少しだけ羨ましそうな眼をこちらに向けた。

 レイフォンと同様に武芸を捨てるつもりだったフェリの前では、少しだけレイフォンも気を使ってしまうが、それは余計のお世話というものだった。

 

 「ですが、私はフォンフォンに、武芸以外の新しい道を見つけてもらいたいです。 今まで頑張って戦ってきた貴方のことだから、もう戦わなくてすむように」

 「フェリ……」

 

 その言葉は、フェリからの本心だった。

 いつも傷つき、それも当たり前のように戦うレイフォンが、怖かった。

 いつか死んでしまうのではないか、それを当たり前のように受け入れるレイフォンが嫌だった。

 

 ―――私が彼を殺しました。

 そう言ったのは、彼の友人であり、先に進んで行った者の言葉である。

 レイフォン・アルセイフという武芸者は、一年前のグレンダンで死んでしまった。

 今いるのは、あの時死に損なった天剣授受者という光の残照だ。

 

 その意見はフェリには癪に障るが、恐らく正しいのだろう。

 何より、その思いはフェリと同じだと思った。

 

 「フォンフォン、お疲れさまでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 圧倒的な勝利に、ツェル二中が歓喜に沸くはずだった。

 だが、それは対抗戦の中継を見ることで、歓喜が恐怖に変わることとなる。

 たった一人で都市対抗戦に勝利を収めたセヴァドス。

 彼の噂などは、都市内で浸透していたが、それでも常識的な範囲での話だった。

 だが、その評価はマイアスとの戦いで変わった。

 何者も寄せ付けない強さ、それは今回のように敵に振るわれたからこそだが、もしも何かの拍子にそれがこちら側に向けられてしまったら? ツェルニは彼一人の手で滅ぼすことも出来るのではないか?と誰もが理解してしまった。

 それは、絶対的な支配者が現れたことを意味し、その存在の前では武芸長も生徒会長もまるで無力と化すだろう。

 つまりは、セヴァドスには誰も意見を言えないようになってしまった。

 そんな彼に怯えるのは、一般生徒から武芸科の生徒もいてもおかしくないだろう。

 

 殺伐とした空気の中、居心地悪そうにため息をつくミィフィは、目の前のパスタをフォークでくるくると巻く。

 以前、この店を訪れた時は、セヴァドスと一緒に来て、二人でパスタの味を絶賛したのを今でも覚えている。

 が、口に運んだパスタはそうでもなく、半分以上残した状態でフォークを皿に置く。

 

 「ミィちゃん、食べないの?」

 「あ、うーん。 あんまり食欲ないかな?」

 

 そう言ったメイシェンもあまり食が進まないのか、先程からサラダの量が減っていなかった。

 思わず、ため息を二人でついていると、店の扉が開いた。

 

 「悪い、遅れた」

 

 現れたのは、訓練帰りのナルキであり、珍しく呼吸が乱れたまま席に着くと、そのままテーブルに置かれていた水を一気飲みする。

 まさしく流し込むという豪快なナルキに、メイシェンは心配そうな表情でタオルを手渡した。

 

 「お疲れのようだね」

 「まあ、な。 仕事帰りに小隊での訓練は中々慣れないな」

 

 ようやく椅子に座ったナルキの表情は、肉体的にも精神的にも疲れ切っていた。

 それも無理もない話である。

 先日の都市対抗戦は、いい意味でも悪い意味でもツェルニに衝撃を与えた。

 圧倒的なまでの勝利は、崖っぷちだったツェルニに希望を齎すものに違いはなかった。

 だが、たった一人の武芸者が戦い、都市に勝利するという想像もできなかった事実を叩きつけられたことにより、一つの危険性を生み出すことになった。

 セヴァドス・ルッケンスがその気になれば、このツェルニを救うことも滅ぼすことも出来る。

 彼の前では、抑止力となる武芸科では相手にならず、同格といわれたレイフォンですら、その力の前ではどうすることも出来なかった。

 ツェルニに住まう人々は忘れていたのかもしれない。

 武芸者とは、簡単に人を殺せる人間なのだと。

 

 故に、今ツェルニの武芸者は日夜訓練に明け暮れている。

 それは、セヴァドスを止めるためでも、都市対抗戦に勝つためでもなく、最低限の抑止力を働かせるために。

 

 しかし、本日二つのビックニュースがミィフィの耳に飛び込んできた。

 先の戦闘と最大功労者であるセヴァドスの第十四小隊脱退、及び、特務小隊隊長の就任。

 最大戦力の二翼の一人であったレイフォンの武芸科から普通科の転科である。

 

 セヴァドスの特務小隊とは、たった一人の小隊であり、完全なる遊軍であり、武芸長であるゴルネオの指揮下から外れ、実質、命令を下せるのは生徒会長であるカリアンだけという完全なる孤立した小隊である。

 つまり、これからの都市対抗戦もセヴァドスだけが突撃し、敵を殲滅し、旗をへし折るだけの作業となることを指していた。

 

 何より三人が驚いたのは、レイフォンの武芸科からのクビ宣告である。

 セヴァドスの力は疑うまでもないが、それでもレイフォンが都市ナンバー2の実力者であることも間違いではない。

 そんな戦力を切ったことは、普通の者なら理解に苦しむが、こちらは完全に生徒会長であるカリアンの独断で決められた。

 所属小隊の隊長であるニーナは、怒り狂って生徒会長室に乗り込んでいったが、その指示が覆ることはなかった。

 そのおかげと言っていいのか、レイフォンの代わりにナルキが第十七小隊員に抜擢されるということになってしまった。

 

 ナルキも断るかと思っていたが、武芸者であり、二人の友人であるためなのか、小隊に加入に関しては何も文句を口にすることなかった。

 

 「だが、一番の問題はあの空気だな。 フェリ先輩は基本何処かに出掛けているし、シャーニッド先輩は一人で射撃訓練に没頭しているし、残っているのは私とニーナ隊長だ」

 「そ、それはご愁傷様です」

 

 その場の空気を想像しながらミィフィはそんな他人事の返事しかできない。

 というよりも、この状況でフェリが全く普段通りなのが末恐ろしい。

 

 「まあ、ニーナ先輩も私の前ではちゃんとしてくれるのだが、一人でいるときは、誰も近づけないな」

 

 幼馴染であるハーレイ先輩も完全にビビってるしな、と遠い目でナルキは、前途多難な様子を口にした。

 疲れ切ったナルキを甲斐甲斐しくメイシェンを見て、ミィフィは思わずため息をついてしまう。

 

 そこで、ミィフィはふと思った。

 セヴァドスが元通りになれば、この状況も悪くならないのでは、と。

 

 「そう、そうだったんだ」

 「ミィフィ?」

 

 考えれば悪くない考えである。

 そもそもセヴァドスの様子が変ならば、助けてあげるのが友人なのではないか?

 場の空気に流され、話しかけれなかったミィフィは、ようやくセヴァドスの笑顔を思い出す。

 セヴァドスは、やり過ぎなところはあるが、友人思いのとてもいい子である。

 セヴァドスがいつもの調子を取り戻せば、このツェルニの空気を変えることができるし、レイフォン関係も片が付く、そして何よりまたここでおいしいパスタを食べることができる。

 セヴァドスの笑みは、それ程までに魅力的なのだ。

 

 「よっしゃ!! そうと決まれば行動あるのみ!!」

 

 方針さえ決まれば後は進むだけ。

 それが自分らしさというものである、とミィフィはその場で立ち尽くす二人を放って店を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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