ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第三十七話

 レイフォンに連れられて、厨房に立ったメイシェンの目の前には、ジャガイモの形を歪に整えているフェリがいた。

 ピーラーで懸命にジャガイモの皮を剥いているようだが、その両手はプルプルと震え、明らかに慣れていないことは明白だった。

 ―――レイとんがいるから、かな?

 

 前々からフェリのレイフォンの見る目が気になっていたメイシェンがそう思ってもおかしくない。

 事実、フェリの中ではレイフォンという存在が特別ということは間違っていなかった。

 

 「………何ですか?」

 「い、いえ! 何でも、何でもないです!!」

 

 自分よりも下の目線から放たれた氷のような視線に、メイシェンは思わず謝ってしまう。

 フェリもフェリも突然謝られたことにより戸惑っていると、両手で食材の入った段ボールを持ったレイフォンが現れました。

 

 「どうしたの、メイシェン? フェリ、先輩も」

 「何でもないのっ」

 

 とりあえず料理を作ることに集中しようとするメイシェンは包丁を片手に、段ボールから野菜などを取り出していくレイフォンの横に立ち、渡された野菜の皮を剥いていく。

 逆側の方では、フェリがピーラーを片手に、恐る恐るジャガイモを握りしめる。

 

 「メイシェンってやっぱり上手だね」

 「え、ええ!?」

 

 突然、レイフォンから褒められてメイシェンは包丁を落としそうになったが、それでも巧みに包丁を操り、次々に野菜の皮を剥いていく。

 隣のレイフォンは、メイシェンから渡された野菜を均等に切り、フェリの剥いたジャガイモを形を均一に切りそろえて、鍋の中に投入していく。

 その一連の動作は手慣れているように見えて、メイシェンは真っ赤な顔でレイフォンの姿を見る。

 

 「レ、レイとんも上手だね」

 「そう? 故郷にいた時、手伝ったりしてたからかな?」

 

 そう言って笑うレイフォンに、メイシェンもつられて笑う。

 最近、元気のなかったレイフォンがこうして笑ってくれることがメイシェンは何よりも嬉しかった。

 その隣で凄まじい目つきをしたフェリがいなければ、尚良かったのだが。

 

 「いちゃついてないで、さっさと手を動かしてください」

 「は、はい!!」

 「そうですね、先輩。 次はニンジンを剥いてくれませんか?」

 

 剥くときは、ニンジンを固定してピーラー動かしてください、とフェリにアドバイスを送るレイフォンは手際よく野菜の皮を剥いていき、メイシェンは鍋のジャガイモの確認をする。

 恐らく潰してサラダにするのだろう、メイシェンは棚からボールとすり鉢を用意し、備えられた食器の確認をする。

 

 「そういえば、メイシェンやナルキ達って幼馴染なんだよね?」

 「うん、そうだよ」

 

 フェリが眼の前のニンジンに集中している間に、レイフォンがサラダに使うだろうレタスを水に晒して、食べやすいサイズに千切っていく。

 

 「じゃあ、メイシェンが二人に料理をしてあげてたの?」

 「うん、そうだね。 ミィちゃんは全然ダメみたいで、ナッキは下拵えは手伝ってくれるんだ」

 

 そんな二人に料理を作ることは、メイシェンにとってとても楽しいことで嬉しいことでもあった。

 行動力もあり、いつも引っ張ってくれるミィフィに、冷静にそして優しく見守ってくれるナルキからこうして頼ってくれることが自分に自信を持てないメイシェンには有り難かった。

 だからこそ、そんな二人が後押ししてくれるメイシェンの初恋に、メイシェン本人も一歩前へと踏み出していく。

 

 「レイとんも、さっき故郷で料理を作ってたって言ってたけど、誰に作っていたの?」

 

 レイフォンのことをもっと知るために、もっとレイフォンのことを好きになるために。

 メイシェンは一歩一歩と足を踏み出していく。

 

 「前に話したことがあったかもしれないけど、僕って孤児院に住んでたから、その兄弟に作ってあげてたかな? まあ、実際はリーリン、あ、僕の……幼馴染になるのかな? 彼女の手伝いって感じが多かったな」

 「そ、そうなんだ」

 

 突っついたら蛇が出てきた。

 もしくは、一歩踏み出したら落とし穴に落ちた気分である。

 好きな人の近くには、女性がいたことにメイシェンが軽いショックを受けた。

 そして、恐らくその人はレイフォンに対し好意を抱いているということは、レイフォンの顔を見れば簡単にわかってしまった。

 

 どうにか、話を変えたい。

 そう考えたメイシェンは、もう一人の幼馴染であろう男の名前を口にした。

 

 「そういえば、セヴァちんにも作ってあげてたんだよね?」

 

 セヴァちんがそう嬉しそうに言ってたよ、と続けようとしたメイシェンの口が止まる。

 これ以上言えなかった。

 目の前のレイフォンの表情を見てしまったから。

 

 「———そうだね、セヴァにもよく作ってあげたね」

 

 浮かべた表情は明らかな作り笑い。

 メイシェンが初めて見たレイフォンのもう一つの顔。

 それは天剣授受者として君臨していたレイフォンの笑みによく似っていた。

 

 「セヴァって本当に何でもできるんだけど、料理は実家の料理人がいたみたいだから作ったことがないみたいだね」

 

 でも、レイフォンは誰もいない空間を見て口にする。

 

 「やれば、僕なんかよりもずっと上手なんだろうけどね」

 

 メイシェンは忘れていた。

 ここ最近のレイフォンがおかしかった理由を。

 メイシェンは気が付いてしまった。

 レイフォンが見るセヴァドスに向けた視線の感情の名を。

 それは、この都市の武芸者達がレイフォンに向けた視線。

 それは、同じ隊員である後輩に向けたニーナの視線。

 

 「本当に凄いよ、セヴァドスは、ね」

 

 これがレイフォンの変調。

 レイフォン・アルセイフは、セヴァドス・ルッケンスに嫉妬している。

 

 「何をやっているんですっかっ」

 「痛った!?」

 

 フェリの右蹴りは、レイフォンの脛を捉える。

 念威操者とは思えない見事な一撃に、流石のレイフォンも悶絶するしかない。

 脛を抑えるレイフォンに、見事な仁王立ちのまま見下ろすフェリは、どんっとテーブルにピーラーを置く。

 

 「こっちは、お腹がすいているんです。 さっさと用意してください」

 「は、はい」

 「あと、食材足りないので、さっさと補充してください」

 「はい? えっとさっきいっぱい持ってきましたよね」

 

 レイフォンの言う通り、人数が人数だけに先に用意をしていた。

 段ボールを積んでいた場所を見ると、爆発音と共に黒煙が上がる。

 

 「爆発しました」

 「は?」

 「段ボールごと爆発しました」

 「え、こ、これって明らかに念威ば」

 「さっさと行ってきてください」

 「は、はい!!」

 

 さっきまでの暗い表情から一変、焦りながらもいつもの様子に戻ったレイフォンは、そのままの姿でキッチンを後にする。

 レイフォンがいなくなったことで、二人だけになったキッチンで、フェリは怒りに似た感情を込めた視線をメイシェンへと向ける。

 

 

 「余計なことをしないでください」

 

 そう言ってレイフォンの後を追ったのだろう。

 キッチンから立ち去るフェリの後姿を見ながら、メイシェンは自分自身の失言に泣きたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 程なくして午前の訓練が終了したことにより、各自昼休憩を取ることになった生徒達は食堂へと現れた。

 そこで思い思いに席に座ることになったのだが、レイフォンの隣にはフェリと、そしてニーナが座っており、向かい側にはシャーニッド、錬金鋼のメンテナンスに来ていたハーレイとキリクでテーブルを囲っていた。

 メイシェンはというと、ナルキとミィフィに挟まれて少し離れたテーブルに申しわけなさそうに座っていた。

 明らかに気落ちしているメイシェンに、ミィフィとナルキが話しかけようとしたその時―

 

 「どうしたのですか、メイさん? レイフォンと同じ席に座らないのですか?」

 

 空気を読まないことで有名なセヴァドスさんが、何でもないように声をかけた。

 隣では空気を読んでしまうことで気苦労が絶えないゴルネオが、口に含んだ水を噴き出していたが、当のメイシェンは肩を落としたままである。

 

 「メイっち、もしかして何かあった?」

 

 ミィフィの問いかけにメイシェンは身体を一度振るわせてそのまま黙秘を続けたが、それが正解と言っているようなもので、そんな素直なメイシェンに、友人として助けようとしたセヴァドスが席を立つ。

 

 「わかりました、私が軽く声掛けをっ「だ、駄目っ!!」

 

 立ち上がろうとしたセヴァドスを慌てて取り押さえようとしたナルキよりも先に、突然立ち上がったメイシェンの声が食堂内に響き渡る。

 普段は大人しいメイシェンの大声に、食堂内の視線が当人に集まるが―――

 

 「これはうまいぞっ!!!」

 

 同じ席にいたゴルネオが突然立ち上がってカレーを口へとかきこむと、そのまま席を立って食堂中央に陣取る寸胴へと向かう。

 そんなゴルネオに釣られ、同じ席で食事していたシャンテが続くと、他の者も寸胴の前に集まり始める。

 視線が外れたことにより、硬直から溶けたメイシェンが力なく席に座ると、セヴァドスも首を傾げながらも席に座る。

 それでも気落ちしているメイシェンに対し、ミィフィは一度手を鳴らす。

 

 「今はご飯を食べようか?」

 

 ミィフィの提案にナルキが頷き、メイシェンは顔を伏せたままで、セヴァドスは首を傾げて理解ができないものの賛同した。

 そして特に会話をすることもなく、食事を続け、いつの間にか食堂にはミィフィ達三人しかいなかった。

 

 「セヴァちんはいない方がよかったんだよね?」

 

 ミィフィの言葉にメイシェンが小さく頷いた。

 あの時、メイシェンが声を上げたのはレイフォンに声をかけることではなく、セヴァドスがレイフォンに声をかけるのが不味いということだった。

 何となくそのことを理解したミィフィとナルキは、同じ席で食事を続けていたゴルネオにお願いし、セヴァドスをここから連れ出してもらった。

 

 セヴァドスもレイフォンもいない今なら話ができる、そう考えたミィフィ達は話を切り出した。

 

 「メイ、何があったんだ?」

 

 ナルキの言葉に、メイシェンは恐る恐ると言った様子で今日見たレイフォンのことを話す。

 明らかに正常ではないレイフォンのセヴァドスを見る目を。

 

 「どうしよう、レイとんとセヴァちんが喧嘩でもしたら……」

 

 メイシェンが心配だったのは、自分がレイフォンに嫌われることではなかった。

 セヴァドスとレイフォンという自分の貴重な友人同士が仲違いすることを恐れたのである。

 

 「だって、セヴァちんって本当にレイとんのこと嬉しそうに話してたからっ」

 

 レイフォンはメイシェンが好きになった大切な人。

 セヴァドスはメイシェンが信頼できる大切な友人である。

 そして、セヴァドスがよくメイシェンにレイフォンのことを話してくれた。

 天賦の才を持つが同時に努力家であり、家族思いで孤児院の仲間を大切にしていたところ、馬鹿正直で最終的には割を食うお人よしなどと、とても楽しそうにレイフォンとの思い出を語っていたセヴァドスに、メイシェンは友人として信頼と好意を寄せていた。

 そんな彼らが争うことをメイシェンは我慢できなかった。

 

 言葉が出てこなくなり、涙しかでなくなったメイシェンをナルキとミィフィは力強く抱きしめた。

 二人ともメイシェンと同じ気持ちであった。

 ツェルニという遠い地で出会った気の合う友人同士が争う姿を見たくなかった。

 同時にどうすればいいのかわからないことでもある。

 当人同士に話しても上手くいくとは思えず、誰かを間に挟んで話し合いをするという方法も不可能だろう。

 そもそも話し合いで済むような状態ではないだろう、となればどうすればいい?

 

 思い悩む三人に、ゆっくりと食堂の扉が開く。

 

 「お、ゴルネオの旦那の言った通りだな」

 

 現れたのは第十七小隊の狙撃手、レイフォンのチームメイトのシャーニッドである。

 いつもの飄々とした様子で現れたシャーニッドは、ミィフィ達とほど近い椅子を引く。

 

 「セヴァドスはゴルネオの旦那と訓練中だし、レイフォンはニーナが足止めしているから大丈夫だぜ」

 

 普段から空気が読めることを豪語し、それ故に以前の小隊を離れたシャーニッドにも大体のことは理解できていた。

 この光景は、以前の自分達の姿である、と。

 

 「はっきり言って、あまりいい状態ではなさそうだな。 それに時間が迫っているということもある」

 「時間、ですか?」

 「ああ、我慢できる時間ってのもそうだが、そんなことを言っている時期でもないだろうって話だ」

 

 シャーニッドのいう時間とは、レイフォンの状態を顧みての我慢の時間であり、そして都市対抗戦までの時間を指す。

 今回の件の二人は、ツェルニ最高戦力の両翼であり、どん底状態にいるツェルニの救世主である。

 そんな二人が潰し合ってしまえば、二人はおろか、ツェルニ全体の問題になるとシャーニッドは考えていた。

 

 「冷てぇ話だが、それほど重要な位置にいるってわけだ、あの二人は」

 「それは理解できましたが……」

 

 結局打つ手なしというわけではないか?

 そう考えたナルキに対しシャーニッドは小さく頷き返した。

 

 「まあ、そうだろうよ。 だからこそ実際賭けだな」

 

 シャーニッドはゴルネオから聞いていた午後からの予定を説明した。

 

 

 レイフォン・アルセイフとセヴァドス・ルッケンスの模擬戦ということを。

 

 

 

 

 

 

 

 


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