ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第三十六話

 昼間は、小隊員達の声が響いていたグラウンドは、既に静まり返っており空からは月明かりが辺りを照らしていた。

 疲れのため、多くの小隊員達が床についているその中で、セヴァドスは一人グラウンドに佇み、日々の日課をこなそうとしていた。

 剄息から始まり、足捌きなどの歩法から始まり、突きや蹴りの基本動作を丁寧かつ慎重に行っていく。

 自分の感覚を確かめるように、そして自分自身のイメージと体の動きの誤差を生じないようにするために、セヴァドスは日課の鍛錬には必ず行っていることだ。

 その様子を兄ゴルネオは邪魔にならないように遠くから見守っていた。

 グレンダンでも天才と称されたセヴァドスだが、奔放な性格とは裏腹に、武芸に関して基本を遵守し、毎日休むことなくそれらを行っており、日々のブレない訓練で培った下地に天才的までの応用力が積み重なり、セヴァドスの武芸を支えていると、ゴルネオは最近になって気がついた。

 天才という存在に挟まれるように生まれたゴルネオは、兄と弟に対し嫉妬や羨望の目しか向けてはいなかったが、セヴァドスとの日々の訓練を通じて、思ったことがある。

 この世には絶対的な才能があるのは確かで、サヴァリスやセヴァドスは間違いなく才能というものを有する者であることには間違いない。

 だが、彼らを天才とまで称されるようになったのは、その才を磨き続けた積み重ねた鍛錬があってこそと言える。

 それに気が付かなかったゴルネオは二人と見比べるのを恐れ、グレンダンを飛び出した。

 結果としてツェルニに辿り着いたのだが、ゴルネオはそのことに気づくのが遅すぎた。

 もしも、グレンダンを出た時にそのことに気がついていれば、ツェルニをここまでの危機的状況に追い込まれることはなかったのではないか、と。

 

 「兄さん、どうかしましたか?」

 

 一通りの鍛錬を終えたのだろう額に滲ませた汗を拭うセヴァドスに、ゴルネオは鞄から取り出したドリンクを投げ渡した。

 

 「毎日、精が出るな」

 「そうですか?」

 「ああ、まだ続けるのか?」

 

 明日も合宿は続き、セヴァドスには訓練メニューや対人訓練を行ってもらう予定だったため、早めに休んで貰おうとしたゴルネオの心配とは裏腹に、セヴァドスは疲れ知らずの満面の笑みで汗を拭ったタオルを首にかけた。

 

 「はい、少し確かめたいことがありまして」

 「確かめたいこと?」

 

 ゴルネオの言葉に、セヴァドスは「はい」と一言告げると、腰に刺さっていた錬金鋼を取り出す。

 一つはセヴァドスが普段から利用している白金錬金鋼であったが、もう一つは様々な色が混ざりあった物であった。

 見慣れない錬金鋼を見ていたゴルネオに、セヴァドスは得意げに説明をし始めた。

 

 「以前、レイフォンが複合錬金鋼というものを作って貰ってたみたいで、私も欲しかったのでハーレイさん達に無理を言って作ってもらいました」

 

 レストレーション、と復元された複合錬金鋼は、セヴァドスの全身を覆うように装着された。

 鎧型の錬金鋼、それを見てゴルネオが思い出すのは、天剣授受者の一人であるリヴァースの姿によく似ていた。

 関節部分は動かしやすいように鋼ではなく、伸縮性のある布のような物で覆われていた。

 唯一、リヴァースと違い、セヴァドスの鎧には兜がなく、セヴァドスの嬉しそうな笑みがゴルネオの目に映る。

 

 「この前、初めて実践投入した剄技なんですが、化錬変化した電撃を纏って動きなどを高速化というものなんですが、こちらに対する負荷も高くて、普通の白金錬金鋼だったらすぐに壊れてしまうんですよ。 そこでこちらの複合錬金鋼なのですが、強度面は向上により体への負荷の軽減には一応成果がでているみたいですが、やはり重量面のバランスに難があるところと、剄の出力による回路部の焼き切れの改善をハーレイさん達と考えているところなんです」

 

 新しい玩具が手に入った小さな子供のようなキラキラとした目で話すセヴァドスに対し、ゴルネオは笑みを向け返す。

 そんなセヴァドスを見て、ゴルネオは一度聞いてみたいことがあった。

 

 「セヴァは、このツェルニに来てよかったか?」

 

 一見、ツェルニでの生活を楽しんでいるようにも見えるセヴァドスだが、その本質はあくまで武芸者であり、兄であるサヴァリス同様に故郷のグレンダンでは戦闘狂とまで呼ばれるようになっていた。

 そんなセヴァドスが最近まで平和ボケをしていた学園都市に来て、満足しているのだろうか?

 兄として、そしてツェルニに住まうものとして聞いておきたかったゴルネオに対し、セヴァドスは普段通りの緩い口調で答える。

 

 「そうですねー。 確かにグレンダンみたいに汚染獣と頻繁に戦うことができないですし、兄上やカナリスさん達みたいに遊んだりする人もいません」

 

 確かにその通りだ、と肩を落とすゴルネオに、セヴァドスは「ですが―――」と続けて。

 ――――来て良かったと思いますよ。

 

 その言葉にはセヴァドスの真摯さが伝わっていた。

 そんな真っ直ぐな目をしたセヴァドスは、目を丸くさせたゴルネオに、セヴァドスはいつもの表情を浮かべた。

 

 「腑抜けていた兄さんをビシバシ鍛えることができますし、他にも鍛えがいがありそうな人も何人かはいました。 グレンダンと違って色々な勉学ができるのは助かりますね。 あと食べ物も美味しいですし、愉快な友人達もできましたから」

 

 本当に楽しそうに笑うセヴァドスに、ゴルネオは少しだけ肩の荷が降りた気がした。

 

 「そうか……」

 「あ、でもレイフォンと一度戦ってみたいですね。 ここに来る目的の一つでもありましたし、ここ二年ほどはレイフォンと刃を交えたことはないんですよね」

 「そうか……ならセヴァ、明日やってもらいたいことがあるのだが、構わないか?」

 

 セヴァドスの望みを聞かされたゴルネオは、努力家であり、可愛い弟の努力を報うべく動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 ツェルニ武芸大会特別合同合宿二日目。

 第十小隊の解体と違法、そして武芸長ヴァンゼの解任という突然の凶報にツェルニに住まう人々は、不満や苛立ち、そして大きな不安を覚えていた。

 その都市中に漂う空気に危機感を覚えたカリアンは、新しくなった武芸科のアピールのために、週刊ルックンへ取材を依頼したのである。

 新武芸長の就任、そして来たるべき武芸大会に向けての大規模合同合宿の様子を取材をしに来たのは、一年でありながら大役を任されることとなったミィフィは、友人であるナルキとメイシェンの二人を連れて合宿が行われている練武館横のグラウンドへと向かった。

 

 「しかし、ミィがこんなことを任されるようになっていたとはな」

 「まあねー。 これもお偉いさんが私の才覚を認めてくれたってことかな?」

 「す、凄いね」

 

 道中、自分自身が褒められたことにミィフィは胸を張って答えるのを見て、ナルキは感心したように頷き、メイシェンは羨望の眼差しを向ける。

 

 「まあ、実際はレイとんやセヴァちんと仲が良いからだと思うけどどね」

 「え……」

 

 すぐに種をバラしてニヤリと笑みを浮かべるミィフィに、メイシェンは一瞬でかける言葉を見失う。

 もしもミィフィの言っている通りだったら、この仕事はミィフィの努力や素質を認められたわけではなく、単に良いように使われているだけではないか、と思ったからだ。

 メイシェンが考えたことをナルキも考えていたようで、こちらは特に気にした様子もなく、首を傾げて疑問を口にする。

 

 「しかし、それだけでミィが選ばれるものなのか? それなら武芸長になったゴルネオ先輩に親しい記者の人でもよかったんじゃないか?」

 

 それならば、強いとは言え一年生であるレイフォンやセヴァドスよりも、新しく武芸長になったゴルネオの方が現在のツェルニの中の注目度が高いだろう。

 そんなナルキの考えに、ミィフィは少し考える素振りを見せるが、すぐに首を横へと振る。

 

 「うーん、でも武芸長と仲のいい人に良いように書いても貰っても意味なんてないよ。 今回の取材目的は、先輩の武芸長としての資質を問うための取材でもあるわけだし」

 「それなら、レイとんとセヴァと仲が良いミィちゃんも駄目なんじゃ……?」

 「そこは大丈夫なんじゃない? 二人共要職にはついてないし、一年生だしね」

 

 ここ最近の話題として、ツェルニ最強のアタッカーとまで称されるレイフォン達はまだまだ新人であり、一小隊員である。

 どちらかと言えば、両名が所属する小隊の隊長であるニーナやシンのように地位があるわけではなかった。

 「それに」とミィフィは続けてこう言った。

 

 「レイとんもセヴァちんも、滅茶苦茶強くて一年生でイケメンの小隊員じゃん? そんな二人にも取材できたら、週刊ルックンの増刊間違いなしってわけ」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべるミィフィの言葉が全てを台無しにした。

 つまりは、そういう狙いがルックン側にはあり、それをミィフィも理解していていた。

 そんな親友の姿に、ナルキも苦笑いを浮かべるしかない。

 

 「何というか、ちゃっかりしてるな」

 「まあねー。 それに、メイっちの恋愛の応援もしたいしね?」

 「え、ええっ!?」

 

 突然、自分に対しての話題、しかも恋愛話となり、メイシェンは思わず似合わないほどの大声を上げる。

 顔を真っ赤にさせ、オロオロとするメイシェンに構うことなく、ミィフィは踏み込んでいく。

 

 「だって最近、レイとんと話してないんでしょ?」

 

 ミィフィの言葉に、メイシェンも黙って頷くしかない。

 確かにここ最近、レイフォンと話したこともないし、放課後共に行動を共にしたことはない。

 代わりにセヴァドスが付き合ってくれることが増え、そういう意味ではメイシェンはようやくセヴァドスとまともに話をすることができるようになっていた。

 

 「確かに最近のレイとんは何か思い詰めた様だったしな。 セヴァと何かあったような感じだけど」

 「うーん、でもセヴァちんって根が真面目というか、空気読めないけど、純粋で可愛いところあるし、空気読めないけど、不用意に人を傷つけるようなことはないと思うんだけどね」

 「まあ、初日の訓練の時の惨劇を見たときは頭のネジが飛んだやつだ、と思ったけど、一緒にいたら普通に良い奴だしな。 時折空気が読めてないが」

 「うん、そうだね」

 

 褒めているのか貶しているのか、ただミィフィやナルキの表情を見る限りでは大切な友人を心配しているように見えて、メイシェンは微笑みながら二人の意見に同意した。

 

 「となれば、時間をとって二人に話を聞いてみてもいいかもしれないな———おっと、見えてきたな」

 

 話をしているうちに目的地に辿り着いたナルキ達は裏門を潜って、グラウンドの方へと歩き出す。

 途中、見覚えのある姿に、三人は立ち止まり声をかけた。

 

 「エリプトン先輩?」

 「ん? おお、レイフォンに何か用事か?」

 

 そこにいたのは、首にタオルをかけて粗い呼吸をしながら日陰に座り込むシャーニッドの姿であった。

 額の汗を拭きながら呼吸を整えるシャーニッドに、「ご、ご苦労様です」とメイシェンが鞄から飲み物を取り出して手渡した。

 それを受け取るシャーニッドに、ナルキが答える。

 

 「いえ、レイフォンにも用事はあるのですが、今日はミィフィの付き添いでして」

 「そうなんですよ、週刊ルックンの取材も兼ねてるんです」

 「おっ、なら格好良く撮ってくれよ」

 

 首に下げたカメラを手に取り、ポーズを決めるミィフィに向かって、シャーニッドも決め顔でポーズを取るが本当に疲れているのか明らかに顔が引きつっていた。

 

 「任せてください!! ところで先輩は休日なのに訓練ご苦労様です!」

 「まあ、状況が状況だしな………柄にもないことをしているとは思っているんだが」

 

 と言っても今は隠れてサボってるんだけどな、とニヤリと笑みを浮かべるシャーニッドの額には汗が滲み、肩で大きく呼吸を整える姿から、先程まで訓練を行っていたことが窺えた。

 そんな姿を見て、同じ武芸者として何もしていない自分に罪悪感を覚えたナルキは、視線をグラウンドへと移す。

 

 「私も参加した方がいいですよね?」

 

 確かにナルキは小隊員ではないが、それでも一度代理という形で小隊に入ったことがある。

 その時、小隊員と対峙した際に小隊員との実力差を感じてしまった。

 ナルキ自身、自分自身が小隊員と戦って勝てると思うほど甘い考えは持っておらず、都市警察の仕事をやりながらでは恐らく勤務に影響を及ぼすことも目に見えていた。

 だが、こうして都市が一つになって武芸大会に向けて訓練している中、能天気にその光景を見ているほど危機感を覚えないほど馬鹿ではない。

 そんな風に考えているナルキに対し、シャーニッドは気にした様子もなく気軽に答えた。

 

 「んや? あんまり参加はお勧めしないけどな、小隊員でもついていけてない奴が出るくらいの訓練だ、都市警察の仕事をやりながらだと身体が持たねぇぞ?」

 「しかし……」

 「まあ、そう慌てんなよ。 ゴルネオの旦那が近いうち小隊員以外にも訓練するみたいだしな。 それを楽しみに待ってればいいじゃねぇか?」

 

 目に見えて焦っているナルキの姿を何処かシャーニッドは嬉しそうに見ていた。

 昔、自分もこんな風に先輩達に言われたことがあった、と笑い、共に同じ道を歩いていた友との思い出を懐かしんでいると、隣にいたミィフィがそわそわと辺りを見渡し始めた。

 

 「ところで、レイとんとセヴァちんは何処にいるんですか?」

 「あー、レイフォンは確か、昼飯の準備とか言って厨房に行ったはずだが、セヴァはあそこにいるぞ」

 

 そう言ってシャーニッドが指差した先には、ツェルニ最強の両翼の一人が笑い声を上げていた。

 地面のグラウンドには放水による泥濘のせいで、思うように足が動かないはずなのに、セヴァドスはまるで足に羽が生えたかのように軽やかな動きで縦横無尽に駆け抜けていく。

 

 「シン隊長、一撃一撃に集中してください。 本命が簡単に見極められますよ」

 

 最初に仕掛けたのは、セヴァドスの所属する第十三小隊長のシンである。

 先手必勝とばかりに、得意の刺突を見せたシンの一撃を、セヴァドスは軽やかに避けて、そのまま足払いでシンを地面に転がす。

 受け身が取れずに悶えるシンを尻目に、セヴァドスの頭上にニーナが大きく跳躍して鉄鞭を振るう。

 

 「ニーナさんはもう少し頭を使ってください。 折角の二刀流なんですから、その特徴を生かして」

 

 だがしかし、セヴァドスには最小限の動きで回避され、そのままニーナはセヴァドスに服の裾を掴まれて遠くへと投げ飛ばされた。

 しかし、その投げ技の硬直のタイミングを狙い、今度は気合に満ちた一撃でヴァンゼがセヴァドスの背後から迫る。

 間違いなく捉えた、そう考えるほどの手応えを感じたヴァンゼの一撃は、振り向き様にセヴァドスの裏拳により弾かれた。

 今度はセヴァドスがヴァンゼの隙をついて、右拳を叩きこむと、そのままヴァンゼはその場に崩れ落ちた。

 

 「ヴァンゼさん、良い踏み込みですが、相手との間合いを考えてください。 距離を詰められた時のこともよく考えてください」

 

 その隙に、再びニーナとシンが迫るが、二人とも同時にセヴァドスにより投げ飛ばされ、仲良く泥濘の上にダイブする。

 そんな二人の姿を見て、警戒しすぎて出遅れたゴルネオの前に一瞬のうちにセヴァドスが現れた。

 だが、そこは一番扱かれているせいか、反応というよりも反射の域で放った右拳はセヴァドスに打ち払われ、そのまま伸びきった腕を戻すことができず、セヴァドスに掴まれると、そのまま背中に背負られるような形で地面に向かって投げ飛ばされた。

 地面に叩きつけられた痛みにより、一瞬呼吸を止めたゴルネオの視線の先には既に寸止め状態のセヴァドスの右拳が置かれていた。

 

 「兄さんは、少し警戒しすぎて踏み込みが甘くなっています。 それでは相手に隙を与えるだけですよ」

 

 四人の隊長格をまるで子ども扱いするように、グラウンドに転がしたセヴァドスは余裕に満ちた表情で嬉しそうに笑っていた。

 顔や体に泥をつけたゴルネオ達にセヴァドスは右手を差し出して、一人一人引っ張り上げていく。

 その姿に、ミィフィ達は一言も言葉を発することなく、セヴァドスの動きに魅入られてしまっていた。

 

 「凄い……」

 

 中でも同じ武芸者であるナルキには衝撃と言ってもいい。

 誰もがこう動けたら、こんな風になれたら、そう思える理想の姿が目の前に存在した。

 

 「すげぇだろ、さっきから休みなしで相手してるんだが、息一つ乱れやしねぇんだわ」

 「やっぱり、セヴァちんって凄いんだね……」

 「うん……」

 

 ナルキ同様に、ミィフィもメイシェンもセヴァドスの普段と違う姿に、思わず息を呑んだ。

 そんな三人に動物的な勘で気が付いたのか、こちらへ振り返ったセヴァドスが満面の笑みを浮かべて、大きく手を上げた。

 

 「おお、ミィフィさん!! ミィフィさんじゃないですか!?」

 

 軽やかな足取りで此方へ走ってくるセヴァドスに、ミィフィもいつものノリを取り戻し、笑みを浮かべ返すとセヴァドス同様に右手を上げた。

 

 「そういう君はセヴァ君じゃないか!?」

 

 お互い相手に向かって走り出し、軽やかな動きでハイタッチを行う。

 そんな一連の流れを行っているうちに、ナルキやメイシェン、シャーニッドが歩いてきた。

 ナルキとメイシェンに、セヴァドスはミィフィ同様満面の笑みで出迎えて歓迎する。

 

 「ナルキさん、どうです、混ざっていきませんか?」

 「いや、私なんか邪魔になるだろう?」

 「いえいえ、全然問題ないですよ、武芸科一人一人のレベルアップが求められているんですから、ねぇ兄さん?」

 「ああ、そうだな」

 

 セヴァドスの言葉に、顔や服を泥塗れになりながらも立ち上がったゴルネオが同意した。

 そんなゴルネオの姿を見て、シャーニッドは手に持ったタオルをゴルネオに投げ渡す。

 

 「しかし、派手にやられたな旦那達」

 「まだマシな方だ、少し前なら病院送りにされている」

 「自慢ではないですが、手加減というものを覚えましたから」

 「本当に自慢じゃねぇな」

 

 汚れを拭き取るゴルネオの隣で、自信満々でドヤッとしたり顔のセヴァドスにシャーニッドは呆れながらもゴルネオと同様にタオルを手渡す。

 汚れを取り終わったゴルネオは首にタオルをかけると、表情を強張らせているナルキに声をかける。

 

 「だが、少し待ってくれるか。 小隊員以外の訓練も別に考えている」

 「は、はい。 わかりました」

 

 安堵と物足りなさを感じているナルキに対し、セヴァドスがいい汗かいたと言わんばかりの爽やかな笑みを浮かべる。

 

 「ふむ、じゃあ見学していってください。 ところでメイさん、レイフォンは台所ですよ?」

 「ほう、流石はセヴァちん、察しがいいね」

 

 ニヤリと笑うセヴァドスに対し、ミィフィも同じ種類の笑みを返す。

 

 「任せてください。 愛憎トライアングル・リローデットを昨日読んだばかりです」

 「お、お前っ!? まだその碌でもない小説、読んでいたのか!?」

 

 セヴァドスの言葉に、答えたのはミィフィではなくナルキである。

 同時にあのドロドロの作品に続編があることにナルキは戦慄を覚えた。

 

 「はい、故郷の兄上にも送らせていただいたくらいです」

 「兄上にもか?!」

 「他にも、陛下とカナリスさん、トロイアットさんに、あとクララにも送りましたね」

 

 良い仕事をしましたと晴れやかな笑みを浮かべるセヴァドスを見て、ゴルネオは何も言う気が無くなった。

 ただグレンダンに戻りたくない理由が増えたと思っている、と。

 

 「あれ? メイシェン?」

 

 昼食の用意をしていたレイフォンが現れた。

 突然現れたレイフォンに、メイシェンが軽くパニックを起こしている隣で、セヴァドスとミィフィが笑う。

 その光景を見ていたレイフォンが表情を強張らせたことに、偶然一番近くにいたシャーニッドと冷静さを取り戻していたゴルネオ、そして遠くから様子を見ていたフェリである。

 シャーニッドは、レイフォンの表情が以前のニーナに似ていることに気づき、ゴルネオはレイフォンが弟に向ける視線の色が変わっていることに、そしてフェリは以前からレイフォンがおかしいことに気づいていた。

 

 「レイとん、今昼食を作ってるんだよね? ならメイっちを貸してあげるよ」

 「ちょ、ミィちゃん!?」

 

 ミィフィに肩を押されたことにより、レイフォンの前で顔を真っ赤にさせたメイシェンに、レイフォンはぎこちない笑みを浮かべた。

 

 「なら、お願いしようかな?」

 

 メイシェンの手を取り、足早に立ち去るレイフォンは、一度もセヴァドスと視線を合わすことなく、その場を後にした。

 

 

 


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