ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第二十四話

 喉の水分が失われていくのを感じた。

 心臓を叩く鼓動音は、まるで音楽のビートを刻むように早くなり、コールタールに漬かったかもような動かない身体を無理やり起こすと、滝のように流れる額の汗を手に取ったタオルで拭う。

 ここまで我武者羅に鍛錬を行ったのはいつぶりだろうか?

 親父があんな親父だったため、それなりに武芸の練習を幼い頃から積んできたつもりだったが、目指す目標は遥か遠く、焦りさえ生まれる感情に———アイツもこんな気持ちだったのだろうかと眠り続ける小隊長に思いを向ける。

 前に所属していた小隊を抜け、今の小隊に入ってからは、何処か気が抜けていた気分になっていた。

 ゆえに、汚染獣が襲いかかってきたあの日、無力で無様な姿を晒すことになったのだろう。

 別にたった一人であの危機を救えると思っているわけではない。

 もし、自分がもう少し強ければ、アイツは……なんてヒーローめいた考えも持ち合わせていない。

 だが、あの姿を———たった一人で数百の汚染獣を塵殺したレイフォン・アルセイフの姿を見て何も思わない———なんてことはなかった。

 ツェルニ屈指の狙撃手と謳われていた安いプライドを折るには十分な光景をあの時目にした。

 この世界が広いことも、このツェルニが未熟な学生達の集まりということも理解はしていた。

 だが、それ以上に思い知らされたのは、武芸者としての都市の守護者である自分達の価値。

 それはたった一人の新人武芸者よりも軽かった。

 無様であり、格好悪すぎた。

 だが、それでも武器を置くことなんてできやしない。

 あの時の誓った約束も決して色褪せてなんかはいない。

 レイフォンに追いつこうという無謀な考えは持ち合わせていない。

 ただあの時の誓いを果たすため———そして本当の意味でツェルニを救うために銃を手に取ろう。

 

 「さて、似合わねぇ熱血でもしにいくとするか」

 

 そう言って———シャーニッド・エリプトンは決意し立ち上がる。

 普段通りの飄々とした表情で、胸に抱いた気持ちを果たすために。

 泥まみれになろうとも、自分ができることをするために。

 そして眠り続ける後輩が背負い続けた武芸者としての責務を果たすために———

 シャーニッドが歩き出した足元には一枚のクシャクシャな書類が転がっていた。

 生徒会の印が押されたソレにはこう書かれていた。

 

 『武芸科四年 シャーニッド・エリプトン 第十七小隊隊長に任命す』

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さてと、これはここでいいですか?」

 「うん、ありがとうね、セヴァちん」

 

 買い物袋をテーブルの上に置いたセヴァドスに、飾りつけを行っていたミィフィが労いの言葉をかける。

 そんなミィフィを見て、セヴァドスも飾りつけの道具を手に取るとミィフィの隣で用意を始めた。

 

 「レイフォン、喜んでくれるかな?」

 「そうですね。 きっと喜んでくれますよ」

 

 今日、こうして集まったのは最近元気のないレイフォンを元気づけるために、ミィフィが開催したパーティーの準備のためである。

 友人であるレイフォンのためにと、セヴァドスも食材の買い出しを行い、こうして今もミィフィ達の部屋に上がり込んでいる。

 友人Aがこの話を聞くと後で怒り狂うだろう、女子の園に簡単に訪れたセヴァドスだが、当の本人は真剣な眼差しで飾りつけを行っていた。

 そんなセヴァドスの様子を、隣で見ていたミィフィは笑いを抑えることができず、たまらず噴き出した。

 

 「む、どうしましたか?」

 「いや、だってさ、セヴァちん凄い真剣なんだもん。 いや、私もふざけてるわけじゃないけどさ、セヴァちんがそんな真面目な顔して飾りつけしているんだもん」

 

 授業の時、武芸の鍛錬の時、小隊員との練習の時でも笑みを浮かべているセヴァドスが、真面目に、そして何処か緊張感のある表情を浮かべるのは珍しいとミィフィは思った。

 

 「む、そうですね……実はこういうこと、パーティというものはあまり慣れていないので」

 「へぇそうなの?」

 

 セヴァドスの発言にミィフィは意外な一面を見た気がした。

 騒ぐのが、というよりも、何の出来事でも彼が絡むと何でも大騒ぎになるお祭り男だとミィフィは思っていたのだが、セヴァドスの表情から察するにどうやらそういうことらしい。

 

 「でも、確かセヴァちんの家ってお金持ちじゃなかったっけ? ゴルネオ先輩も確かグレンダンの名家出身って聞いてたけど?」

 

 レイフォンもセヴァドスのことをグレンダンでも歴史のある由緒正しい家柄だと言っていたのをミィフィは聞いた覚えがあり、奇特な行動が目立つセヴァドスだが、よく見ると確かに一つ一つの動きの所作は、どこか上品さを感じさせていた。

 故に彼の性格も相まってパーティなんてお手のものだと思っていたのだが実際のところはそうではないらしい。

 

 「確かに私の家は、ルッケンスというグレンダンでも名のある流派ですが、あまりそういうことをした覚えはありませんね」

 

 皆、そういうことには疎かったんだと思いますよ、と言ってセヴァドスは再び飾りつけを再開する。

 そんなセヴァドスの隣でミィフィも両手の飾りをセヴァドスに渡して作業を続ける。

 

 「そうなんだ。 じゃあさ、今までセヴァちんの歓迎会もちゃんとできてなかったし、今日は楽しんでいってよ」

 「はい、ありがとうございます。 あ、そこは私がやりますよ」

 「うん、よろしく」

 

 こうして作業を続けるほど数十分。

 キッチンの方からは、香ばしい匂いと甘い香りが混ざって、帰宅したナルキの鼻を刺激する。

 

 「おお、いい香り」

 「あ、ナッキおかえりっ!」

 「ナルキさん、お邪魔してますよ」

 

 帰ってきたナルキにセヴァドス達は一度作業を辞めて、疲れた表情を浮かべたナルキに労いの言葉をかける。

 

 「ああ、ただいま。 ――そうか、セヴァも手伝ってくれてるんだな」

 「そうなの、セヴァちんがいると助かるよ、重いものとか高いところとか簡単にやってくれるからさ」

 「役割分担というやつですね」

 

 こう見えて、私は料理は得意ではありませんから、とやけに自信満々に答えるセヴァドスに、ナルキは目を丸くさせる。

 

 「そうなのか? セヴァって何でも簡単にできそうな気がしたけど」

 

 武芸に学問、専門科の知識量と、正直ナルキはセヴァドスに足りないのは常識だけで、ソレ以外は何でもこなせる器用な人間だと思っていた。

 実際、前にメイシェンの店のケーキの作り方をやけに気にしていた一件でシロップソースを作ったと言っていたので、料理もするものだと思っていたが、どうやらそういうことではないみたいだ。

 

 「実際、グレンダンに居たときは、自分で作るより、そういう人が作ってくれた方が早いしおいしいですから、台所に立つ機会がないというのが正しいでしょうか? まあ、武芸と一緒で何事も根気よく続けないと駄目ということですね」

 

 作るより、食べる方が好きです、と言ったセヴァドスに、隣もミィフィも以下同文と飾りつけを再開し始めた。

 

 「なるほど、ということは料理はメイに任せっきりというわけか」

 「そういうことだねー」

 

 ミィフィから手渡された紙の薔薇をセヴァドスは慎重な手つきで受け取り、脚立に上って壁や天井にペタペタと張り付けていく。

 二人の飾りつけの作業は、もう少しで終盤といったところで、ナルキが手伝うまでもないだろう。

 

 「わかった、私が少し手伝ってくるよ。 ミィとセヴァは飾りつけの方を頼むよ」

 「わかりました」

 「はーい」

 

 飾りつけを二人に任したナルキは、一人で大量の下準備を行っているメイシェンの元へと向かう。

 そんなナルキを見送ったセヴァドスは、意外そうな口ぶりでミィフィに話しかける。

 

 「ナルキさんって料理できたんですね」

 「本人曰く、切ったり剥いたりだけらしいけどね」

 

 それでもセヴァドスは、妹さんよりは全然マシということですね、と失礼なことを考えているとふと、気づいたことがある。

 

 「ところでミィフィさんは?」

 「うーん、切ったりすると凸凹になるかな?」

 

 ミィフィの回答に、セヴァドスは小さく頷いた。

 

 「なるほど、役割分担というわけですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「というわけで俺たちも来てやったぜ」

 「お邪魔します」

 

 翌朝、ミィフィ達の部屋に追加で二人の人間が現れた。

 休日なのに練武館にいたレイフォンを捕まえた際に、同様に練武館にいたシャーニッドとここに向かう途中に出会ったフェリの二人である。

 気を利かして飲み物を買ってきたシャーニッドと何故か食材を握りしめて現れたフェリを部屋へと通したミィフィとセヴァドスの前で申し訳そうな表情を浮かべたレイフォンが立っていた。

 

 「ごめん、ミィ。 人が増えたみたいだ」

 「あーまあ大丈夫だと思うよ。 メイっちがかなりの料理を用意しているみたいだったし」

 

 実際、メイシェンがかなり張り切って料理を作り過ぎていたのだから、丁度良かったのかもしれない。

 シャーニッドとフェリが、そのままミィフィとレイフォンの脇を抜けていく中、既に部屋の中にいたセヴァドスが友人に話しかけた。

 

 「お久しぶりです、レイフォン」

 「あ、うん」

 

 レイフォンは、それだけ言葉を返すと、そのままセヴァドスと目を会わすことなく、玄関脇を潜り抜けていく。

 

 「……レイとんとセヴァちんって、何かあった?」

 「さあ? 私もよくわかりません」

 

 セヴァドスに対して、やけに余所余所しい態度を取るレイフォンに、思わずミィフィは隣の本人に声をかけてしまうが、当然セヴァドスに聞いてもわかるはずがなかった。

 

 「お。 これはすげぇな」

 

 飾り付けられた部屋の中で待っていたのは、豪勢な料理の山である。

 その光景に、シャーニッドが感心したように頷き、隣のフェリは悔しそうにメイシェンの方に視線を向ける。

 

 「レ、レイとん、ひ久しぶり……」

 「レイとん、この前はありがとう」

 

 フェリ達に続くように現れたレイフォンに、料理を完成させて待っていたメイシェンとナルキが声をかける。

 

 「メイシェン、ナッキ、今日はありがとう」

 

 レイフォンも頑張ってくれた二人に、笑みを浮かべてそう答えると空いていたクッションの上に座る。

 その隣にはメイシェンが、そして逆側にフェリが座ると、セヴァドスを引き連れたミィフィが現れた。

 

 「お、レイとん。 両手に花だね」

 

 隣で顔を真っ赤にさせたメイシェンを見ながら、ミィフィはからかうようにレイフォンの肩に手を乗せる。

 

 「何があったかはわからないけど、セヴァちんとも仲良くね」

 

 今日の用意はセヴァちんも手伝ってくれたんだからと言い残すと、ミィフィはレイフォンの向かい側のセヴァドスの隣へと座る。

 その言葉を受け、レイフォンがセヴァドスの方に視線を向けると、そこにはシャーニッドと談笑する彼の姿があった。

 あの時、確かにニーナを傷つけたのはセヴァドスだった。

 だが、あの状態まで追い込んでしまい、最後まで気づくことができなかったのはレイフォンである。

 自分には責めることはできない、だがそれでもセヴァドスに今まで通り話すことができなくなってしまっていた。

 

 自分自身の感情と悩みに苦悩するレイフォンの気持ちを察することなく、楽しげに笑うセヴァドスにシャーニッドはため息をついて不満を漏らす。

 

 「はあ……レイフォンの席はいいよなー変わってもらいたいぜ」

 

 シャーニッドの目の前では、甲斐甲斐しく料理をよそうメイシェンと何故か距離の近い所に座るフェリが並んでおり、まさに男なら喜ばしい状況だろう。

 それに対し、シャーニッドの隣ではモキュモキュと料理を口に運ぶセヴァドスである。

 彼の隣にもミィフィが並び、楽しそうに談笑している。

 

 「ははは、私が隣にいるじゃないですか」

 

 思わず言葉を漏らしたシャーニッドの独り言に、隣のセヴァドスが反応した。

 全然嬉しくねぇよ、と言いたくなるのを押さえ、シャーニッドも料理に手を伸ばす。

 料理は、前菜の色とりどりの野菜のサラダに、メインの牛肉のソテーが一口サイズに切られており、他にもパスタや鳥の唐揚げ、生ハムにチーズとテーブルの上にぎっしりと広がっていた。

 酒でも飲めたらな、とシャーニッドは考えたが、この場にいるのは今年入学した一年に、一学年上のフェリというメンバーで酒盛りはできないだろう。

 

 「ふむ、手が止まっているようですが、何か嫌いな食べ物でも?」

 「いや、せっかくこんな豪勢な料理が並んでんだ、ハーレイの奴でも呼んでおけばよかったかなってさ」

 

 シャーニッドはそう言って切り揃えられた肉の塊を頬張る。

 ニーナのことがあったせいか、最近練武館にも姿を見せない錬金鋼技師の姿を見ていないシャーニッドは、連絡をつけようと立ち上がる。

 

 「ああ、ハーレイさんなら今忙しいと思いますよ、キリクさんと新たな錬金鋼を開発している最中ですね」

 「へぇー、ってなんでお前がそんなことを知っているんだ?」

 

 なら今度差し入れでも入れてやろうと考えたシャーニッドは、ふとセヴァドスの言葉に疑問を抱き口にする。

 同隊員でも知らなかった情報に、セヴァドスは一言だけ。

 

 「完成してのお楽しみですよ」

 

 そう言っていつも通りの、いつも以上に楽しげな表情を浮かべた。

 

 


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