ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第十三話

 試合のサイレンが鳴り響くと囮役であるレイフォンが、フィールド中央部分の辺りが開けた場所に現れる。

 そして、そのレイフォンに対し、後を追うようにして二つの人影が林のエリアから飛び出してきた。

 一人は第五小隊の隊長を務めるゴルネオ・ルッケンス。

 その卓越された体術は、このツェルニでもトップクラスであり、ツェルニを代表する武芸者の一人としてと呼び声が高い。

 そして、もう一人は燃えるような赤髪をした少女――シャンテ・ライテ。

 森海都市・エルパの出身の武芸者であり、森の奥で獣に育てられた野生児である彼女から繰り出される変幻自在の槍技は、まさに獣の如き本能の為せる技である。

 

 本能のシャンテ、理性のゴルネオ。

 

 ツェルニ最高コンビと称されるゴルネオ達に挑むのは、この数週間で新星の如く現れた期待の新人であるレイフォン。アルセイフである。

 ツェルニ最強ではないかと噂されるレイフォン・アルセイフと現武芸科の長を務めるヴァンゼすら抑え込むゴルネオとシャンテの黄金コンビが対峙した瞬間、観客の歓声が上がり、会場のボルテージが一気に高まっていく。

 

 熱気に包まれる観客席でたった一人だけ目の前の試合を冷めた眼つきで見下ろす者がいた。

 セヴァドス・ルッケンス、自称レイフォンの親友であり、ゴルネオの実弟である。

 思った以上につまらないですね、と呟きながら。

 

 試合を成り立たせるために本来の力を半分程度しか出してはいないレイフォンについては別に問題ない。

 生徒会長のカリアンから、そういう指示があるのは知っていたし、レイフォンが本気を出せば試合が成り立たないこともわかっている。

 確かに、圧倒的なまでの瞬殺劇を見るのも喜劇を見るようで面白いが、レイフォンが上手く加減をして試合を成り立たせる技術を見るのも、それができないセヴァドスにとっては十分に勉強になることだった。

 

 シャンテ・ライテもまだいい。

 学園都市と言えど、流石に五年生だけあって、他の小隊の者達よりも身体のキレが良く、セオリーのない攻撃は見ていて中々面白いものである。

 レイフォンやグレンダンの武芸者達と比べると、些か物足りないところはあるが、このツェルニの中では十分に興味が持てる人材である。

 

 レイフォンにシャンテ、彼らはセヴァドスを不快にさせる要因ではなかった。 

 セヴァドスを不快にさせる要因、それは兄のゴルネオのことであった。

 確かに、小隊長を務めるだけあって他の小隊の人間よりも剄や技の質が高い。

 同隊員のシャンテであっても、ゴルネオに勝つことはできないだろう。

 ゴルネオがツェルニの中で最高レベルの武芸者であることは認めよう。

 だが、それだけだった。

 グレンダンにいた時から殆ど進歩がない。

 

 セヴァドスは、ナルキ達に言ったように先程のレベルの低い試合を見ても楽しめる戦闘狂である。

 だが、身内の脆弱さを楽しめるほど、兄弟に無関心ではない。

 

 「全く、兄さんはこの五年間、いったい何をしていたのでしょうね」

 

 あまりにも不出来な兄の姿にセヴァドスは溜め息をつくしかない。

 程なくして試合終了の合図のサイレンが会場に響く。

 結果は十七小隊の勝利――というわけではなく、第五小隊の辛勝であった。

 どうやら、レイフォンがゴルネオ達を倒す前に、十七小隊の隊長が敗北したらしい。

 

 だが、セヴァドスにはそんな試合結果なんてどうでもよかった。

 セヴァドスの瞳には、顔を顰め、レイフォンを睨みつけることしかできないゴルネオしか見えていなかった。

 

 

 

 

  ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 自身が率いる小隊が勝利したにも関わらず、ゴルネオの表情は明るくはなかった。

 確かに試合には勝ったが、向こうのエースであるレイフォンには手も足も出なかった。

 相棒のシャンテの手を借りても、だ。

 

 「流石は元、天剣授受者というわけか」

 

 全く腹立たしい、と毒気づくゴルネオは、自身の小隊メンバーが待つ控室の扉を開いた。

 

 「へぇ、君ってゴルネオ隊長の弟さんなんだ」

 「はい、セヴァドスと言います。 いつも兄がお世話になっています」

 そこには小隊の仲間達以外に、異物と言える者が存在した。

 親しげに小隊メンバーと話すその姿を確認して、ゴルネオは唾を飲み込み、後ずさりしてしまう。

 その行動に気付いたように、こちらに振り返り笑みを深める。

 「あ、お久しぶりですね。 兄さん、お元気でしたか?」

 人懐っこい笑みを浮かべる弟――セヴァドスに、ゴルネオはようやくの口の奥底から声を捻りだす。

 「あ、ああ。 五年ぶりだな、セヴァ」

 「最近、編入してきたのでご挨拶が遅れて申し訳ございませんでした」

 「お? 流石はゴルネオ隊長の弟さん、やっぱり礼儀正しくて凛としている。 やっぱり隊長の弟さんですね」

 「あ、ああ」

 

 深々と頭を下げるセヴァドスを見て、小隊の一人が感心したように声を上げる。

 しかし、ゴルネオは動揺のあまりその言葉対し曖昧な返事しかできなかった。

 

 「なぁ、五年も会ってないんなら積もる話もあるんだろう? 隊長とゆっくりと話していけよ」

 「それもそうだな、じゃあ、隊長お疲れ様です」

 「ありがとうございます」

 

 気を利かしてか、先に帰る小隊のメンバーにセヴァドスは笑顔で見送る。

 扉が閉まったのを確認すると、セヴァドスはこちらに振り返った。

 

 「お久しぶりですね、兄さん。 実は今日、試合を見に来たんですよ」

 「そうなのか? ならありがとうと、言っておくべきか」

 「別に気にしなくていいですよ。 来ていた友達は皆、レイフォンの小隊を応援していましたしね」

 セヴァドスが何でもないようにレイフォンの名を親しく呼んだ時、ゴルネオは思わず眉を顰めてしまう。

 そのことに気付いているのか気づいていないのか、セヴァドスは特に表情を変えることなく周囲を見渡し、壁際に置いてあるベンチを指差して提案した。

 「五年も会ってなかったんですから、ベンチに座って話でもしませんか」

 「わかった」

 

 セヴァドスの提案に、ゴルネオも特に気にすることなく頷いて、セヴァドスの座ったベンチに並んで座る。

 機嫌の良さそうな笑みを浮かべるセヴァドスは、五年前と全く変わらない姿だったため、ゴルネオはグレンダンで日々を思い出し、懐かしさを感じてしまう。

 だが、同時に思い出すのは、若干十歳の少年が天剣授受者であるサヴァリスと殴り合い、額から血を流し、右腕を折られても楽しげに笑う異常な光景であった。

 その時、ゴルネオは悟った。

 兄であるサヴァリスは勿論のこと、五つ下の弟のセヴァドスにも自分は敵わないということを。

 才があるのは知っていた。

 だが、サヴァリスとセヴァドスは、他の人間とは違う何かを持っていた。

 それは同時に、先程戦ったレイフォン・アルセイフにも当てはまることである。 

 

 思わず思考の渦に入りかけたゴルネオを止めたのは、隣にいるセヴァドスの楽しげな声である。

 

 「しかし、兄さんってツェルニにいたんですね。 連絡とかが来ないから気付きませんでしたよ」

 「父上には定期的に連絡はしていたはずだが?」

 「そうですか、私はそんなことを一度も聞かされたことはないですね」

 

 何でもないようセヴァドスは言うが、ゴルネオにはそのことが不審に感じた。

 確かにグレンダンを出るときは、色々と忙しかったせいで伝えることはできなかったかもしれない。

 だが、ツェルニに着いてからは、実家には最低でも一年に一回は手紙を出していた。

 その中には、セヴァドス宛てのものも含まれており、こちらの事情等も書いて送ってある。

 確かに父親や兄のサヴァリスからは返信が来たのに対し、セヴァドスだけは一度も返信が帰ってこなかったため、気分屋であるセヴァドスだから忘れているのだろう、とゴルネオは思って諦めていた。

 だからこそ、ゴルネオはサヴァリス以上にセヴァドスが扱いにくいと感じているのかもしれない。

 

 色々と不審な部分があったが、当のセヴァドスは何でもないように会話を再開させていた。

 

 「しかし学園都市というのは、グレンダンと違う意味で、中々面白いところですね」

 「ああ、そうだな」

 「ご飯も美味しいですし、娯楽もたくさんあります」

 「そうだな」

 

 セヴァドスが言っていることは、ゴルネオも初めてこの地に踏み入れた時にそう思った。

 汚染獣を知らない世界。

 ゴルネオもその恐怖と対峙したことはないが、念威からその戦闘を何度も見たことがある。

 故に汚染獣との戦いは避けられないものだと思ったのだが、どうやらグレンダンの環境が特殊すぎたのだとツェルニに暮らしてみて気がついてしまった。

 汚染獣と戦ったことのないツェルニの環境は、グレンダンの武芸者達からは温い環境だと言われるかもしれない。

 それでもゴルネオにとって、ツェルニは安らぎを覚えた第二の故郷であった。

 

 「しかし、そのツェルニも崖っぷち、今回の武芸大会に負ければ、滅びを迎えるというわけです」

 「それは、俺の不甲斐なさを言っているのか」

 五年間も在籍して何をやっている、とそう言われた気がしたが、セヴァドスがそんなつもりでいっているつもりが無いことは百も承知であった。

 失礼しましたと、頭を下げるセヴァドスに、ゴルネオもバツが悪そうに顔を逸らす。

 

 「別に武芸者一人の問題ではありませんよ。 学生の行う戦争とはいえ、たった一人の武芸者でひっくり返すことができるほど甘くはありません。 まあ、レイフォンなら、そうでもありませんが」

 

 何でもないようにレイフォンの名を呼ぶセヴァドスに、ゴルネオは思わず口を挟んでしまう。

 「レイフォン・アルセイフか……セヴァ、何故お前はそんなに気安くアイツと話ができる?」

 

 レイフォン・ヴァルフシュテイン・アルセイフ。

 ツェルニにいたゴルネオですら、彼の活躍は耳にしていた。

 そして、レイフォンが起こした最後の事件についても。

 だからこそ、目の前の弟であるセヴァドスが何でもないようにその名を呼ぶことが信じられなかった。

 怒りが疼くゴルネオの心境を知ってか知らずか、セヴァドスは当たり前のように口を開く。

 

 「ふむ、友達だからですよ」

 「何をわけのわからないことを言っているっ!! わかっているのかっ? アイツは俺達兄弟の大恩人のガハルドさんを斬った男だぞっ!?」

 

 セヴァドスの言葉に思わず、座っていたベンチをゴルネオは殴ってしまう。

 だが、その感情は正しいモノだとゴルネオは理解していた。

 ゆえに弟のセヴァドスが、何でもないように友達と言えることが理解できなかった。

 「闇試合で多額の金を巻き上げる金の亡者に、ガハルドさんは斬られたっ!! お前は理解しているのかっ!」

 「知っていますよ。 あの試合会場に私もいましたから……確かに私も、アレにはびっくりしました」

 「なら――」

 

 笑みを消すセヴァドスに、ゴルネオはほっとした様子で息を吐く。

 だが、セヴァドスの言葉は、ゴルネオの期待していたモノとは反するものだった。

 

 「開始一秒も待たずして斬り伏せられるなんて、ね、思わず笑ってしまいましたよ」

 

 冷徹な表情で笑い声を上げるセヴァドスの姿に、ゴルネオを怒りを忘れて思わず唾を呑んでしまう。

 

 「……何を言っている?」

 「やけに自信満々でしたが、あの程度の実力と浅はかな考えで、本当にレイフォンに勝てると思っていたのでしょうか? もしそう思っていたのなら、本当の道化というものです。 天剣を舐め過ぎてますね」

 

 呆れたように溜め息をつくセヴァドスの姿に、怒りが頂点に達したゴルネオは、右腕を振り上げる。

 衝剄を纏った一撃にベンチが破壊されると、破片が周囲に飛び散る。

 ゴルネオが立ちあがると、部屋の中央には既にセヴァドスがいた。

 着地し、互いに向き合う。

 

 「っ!! ガハルドさんはアイツに口封じされようとして斬られたんだぞ?! そして武芸者として戦うこともできなくなってしまったっ!!」

 「まあ、それに関しては気の毒ですね。 私も、もし戦うことができない身体になってしまったら、惨め過ぎて死にたくなりそうです」

 「セヴァドスッ!!」

 目の前の弟が許せなかった。

 兄のようで優しかったガハルドを葬った悪魔を友と呼ぶセヴァドスが。

 

「っ!!?」

 

 怒りのあまりにセヴァドスの襟首を掴みあげようとしたゴルネオの右手が停止する。

 喉の水分が一瞬で蒸発し、額から血の気がなくなる感覚。

 行き場をなくし、宙を漂う右手の先が微かに震えてしまう。

 「兄さん――お互い五年間も会わなかったのですから話したいことは山ほどあるでしょう。 ですから、少し広いところで話をしませんか?」

 

 笑みを浮かべるセヴァドスの周りには膨大な剄の余波からか、風が渦巻いて発する闘気と混ざり合う。

 恐れも油断もないその堂々とした立ち姿は、天剣授受者である兄のサヴァリスを彷彿させるものであった。

 ゴルネオは、この時初めて気がついた。

 目の前にいるセヴァドスが、怒っていることに。

 

 


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