部室のドアを開けると雪ノ下雪乃はいつも通りのイスに座り本を読んでいた
「こんにちは」
「おう」
挨拶を済ますと雪ノ下は視線を本に戻す。
俺もいつもの席に着き、本・・・っとその前に、さっき平塚先生から貰った目薬を差すか。
俺の行動を不審に思ったのか、雪ノ下がこちらを見つめる。普段美人からじっと見つめられるとか無いのでやめて欲しい、不整脈になるだろ。
「あら比企谷君、目薬なんて珍しい。」
俺の不審な行動の正体がわかってすっきりしたのか、また視線を本に戻す。
「ああ昨日ちょっと遅くまでゲームやり過ぎてな、視界がぼやけて見えるんだよ」
目薬を差しながら答える。しかし、目薬の容器ってもっとどうにかならねぇの?全然上手くはいらねぇ・・・
「そう、でもあまり意味が無いと思うのだけれど」
不思議なものを見ている顔で雪ノ下が言う。
やっと上手く差せた、でもほんときついなこの目薬。
「は?なんでだよ?キターーーーって感じにすっきりするぜ?」
幾度か瞬きをする俺に構わず雪ノ下が続ける
「いえ、あなたがどう思おうと構わないのだけれど・・・その濁りきった目は綺麗にならないと思うのよね」
あれ?何かなぁこの目から零れ落ちてる雫は、きっと目薬だよね?くっ、へいへいどうせ俺の目は綺麗にならないよ
・・・いやでもね雪ノ下さん、俺の目は確かに綺麗にならないが、濁っていても良く見えるんだぜ?そのドヤ顔のかわいい微笑みとか・・・思わずちょっとドキっとしちまったじゃねーか
話していると、不意打ちのようにドアが開かれ勢い良く由比ヶ浜が入って来た
「やっはろーゆきのん」
「や・・・こんにちは、由比ヶ浜さん」
一瞬勢いに押されそうになったのか、挨拶が不穏になる。
「あ~おしい、もうちょっとでゆきのんに言って貰えそうだったのに~」
「何の事かしら」
キッと冷たい視線を由比ヶ浜に向ける
構わずに由比ヶ浜が続ける
「ゆきのんってヒッキーと話してる時結構油断してるんだよねー、だから狙ってみたんだけどーたははは」
何くだらないことを狙ってるんだか・・・
「な、そんなことはありえないわ由比ヶ浜さん、どこをどう見たらそんなおかしな事になるのかしら」
少し狼狽気味に雪ノ下が言う
ほぅ雪ノ下に限ってそんなことは絶対無いと思っていたが、結構気を許されてたんだな俺
と悪い気はせずに、やりとりを見ていたのだが雪ノ下が指でこめかみを押さえながら言い放った。
「由比ヶ浜さん、比企谷君の前で油断するなんて、オオカミの前に丸腰でいるようなものよ」
やはりそんなことはなかった・・・いや、俺どんだけ凶暴なんだよ、何なら赤毛の熊倒しちゃうの?
よく見ると、いきなり見当違いの事を言われた為か興奮で体温が上がり顔が赤くなっている・・・ように見える・・・
あの氷の女王こと雪ノ下のことだ俺の見間違いだろう、濁った目にもう一回目薬を差しておくかな・・・
「え~そうかなぁ~?そんなことは無いと思うんだけどなぁ・・・」
ん?今の話でふと、あることに思い至る。
雪ノ下の方に顔を向けると、一瞬、何見てるの?と睨んだ後、視線の意味を悟ったのか冷静な顔になる。
いや、ゴーゴンばりに睨むとかやめてくれない?超怖いから・・・なんなら石になるまである。
「由比ヶ浜さん、さっき私と比企谷君が話してる時を狙ったって言ったわよね?」
「うん?言ったけど?」
由比ヶ浜は雪ノ下が何を言いたいのか気付いていないようだった
あー俺は知らんぞ・・・
雪ノ下が冷たい視線と声で由比ヶ浜を問い詰める
「では、由比ヶ浜さんはどうやって私たちが話してるのを狙ったのかしらね?」
何を言いたいか気付いた由比ヶ浜が引きつった顔で言い訳を言おうとしていた
相変わらず分かり易いな由比ヶ浜、その顔になった時点でどうにもならん・・・諦めなくてもそこで試合終了だろ
「エーとほら?、丁度声が聞k・・・」
雪ノ下がじっと見つめる
「うわーん、ゆきのんごめんなさい」
手を顔に持っていくと呆れた顔で溜息をつく
「盗み聞きとはあんまり趣味が良く無いわね由比ヶ浜さん」
間髪いれずに由比ヶ浜が謝る
「もう二度としないから許して~」
ひしっと抱きしめながら由比ヶ浜が許しを請う
「何か言い訳もしようとしてたわよね?」
雪ノ下が視線をそらしながら言う
「ほんっともうしないから!私だってヒッキーの腐った目の話に入りたかったのに我慢してたんだからー」
いや、別に入りたい話題でもないだろそんな話、どんだけ話題に飢えてるんだよ・・・
「腐った目の話なんてしてないわ、淀んだ目の話でしょ?ねぇ淀川君」
「俺は琵琶湖から流れる一級河川じゃねぇ、てゆーか、が、しか合ってねーし」
「しかも腐った目でも淀んだ目でもなく濁った目の話だよ・・・」
何これ、新しいいじめの手法なの?お前らの喧嘩で俺傷つけるのやめてくれない?蛍ばりにすぐ死んじゃうよ?
「だいたい我慢してたとか、由比ヶ浜も俺の目は綺麗にならないって乗ることしかできないだろーが」
「いやいやいや、失礼しちゃうなーそんな事思ってないし、ちゃんとフォローしようとしてたし」
由比ヶ浜がフォローだと?嫌な予感しかしない・・・
「よし、どんなフォローをしようとしたか聞いてやろう、言ってみろ」
えーとか言いつつもじもじと指を突き合わせながら由比ヶ浜が言った
「ほら?墨汁入れるなんだっけ?」
「硯かしら?」
「そうそうそれ!あれだって洗えば綺麗になるじゃん!」
とか・・・ダメだった?と上目遣いで俺を覗く。何その自然なあざとさ、なんとか色さんに見習わせてあげたい
見るとまだもじもじしていた・・・いや素で照れるからやっぱり見習わせたくない
「でもあれは墨を磨り卸すためのものだから最終的に濁ったものが入っているのが正しいんじゃないのかしら?まぁ比企谷君にはぴったりなわけだけれど」
雪ノ下が冷たい表情で微笑んだ
「えー?うーん、うーん、んー言われてみれば・・・そうかも!」
結局雪ノ下に言いくるめられて終了か、期待はしてなかったので期待通りのオチだ
二人ともさっきの喧嘩話はもう気にしてないらしい、わざわざ話をそらせてあげるなんて、最近益々由比ヶ浜に甘甘じゃないですかねぇ、雪ノ下さん・・・
まぁ本気で謝っていたようだし、由比ヶ浜のことだ二度とやらないと言ったら二度とやらないだろう、
「俺の目にぴったりなのが墨とか俺の目はどんだけ濁ってるだよ。それはもう由比ヶ浜が作る料理と同じレベルのダークマターのようなものじゃねーか」
「大工?マンタ???」
何その魚の大工とか、新しいゲームでも出たの?泳げ魚の海!みたいなやつ
「ダークマターよ由比ヶ浜さん、暗黒物質と呼ばれるもので、光学的には観測できないとされる仮説上の物質なのだけれど」
「ありがとゆきのん、・・・ってそれって私の料理ばかにしてるってことでしょ!」
多分由比ヶ浜は正しくは理解出来ていないだろうが、感覚的には理解したようだった、流石空気を読むスタンド使い
「ひどーい!ゆきのーん!ひっきーがいじめるー!」
由比ヶ浜が雪ノ下をぎゅっと抱き締め、泣き真似をする
いや、それお前がただ雪ノ下といちゃいちゃしたいだけが為に言っただろ・・・
ほんとスクールカースト上位の奴はコミュニケーションのとりかたが多彩だな
「ちょっと由比ヶ浜さん暑いのだけれど・・・」
雪ノ下が抗議の声をあげるがとりあわない。
逆に由比ヶ浜の抗議の声が俺に聞こえてきた
「むー、ちゃんと上達してるもん!この前ゆきのんとも一緒に練習したんだからー!」
ねーゆきのん?と雪ノ下に同意を求めていた
いや、近い近い顔が近すぎるから!
百合百合しすぎて目には良いんだがドキドキしすぎて心臓に悪い・・・
雪の下を見ると目を反らして頷いていた
「え、ええ・・・」
「ほら~へへん」
と、得意げに由比ヶ浜が胸を張る、色々と困るのであまり胸を張るのは控えてほしい
ああ、これはあれだな、本人は出来てると思っているのに、他の人から見たらダメダメというパティーン
カメラが下からグイッとパンしてタイトルロゴがドーンってやつだ
まぁタイトルロゴじゃなくて、由比ヶ浜の料理がドーンと意見を浴びちゃうんだけれど
「ほう、どれだけ上達したのか教えて貰おうか雪ノ下」
あえて雪ノ下に振るとキラキラとした目で由比ヶ浜が雪ノ下を見ていた
手に持っていた本を閉じると、観念し俯きながら言った
「まず、ちゃんと本を見るようになったわ、それと私がいなくても料理の準備が出来るようになったし」
あとはアレンジせずにちゃんと分量と時間をはかってくれれば、とこめかみに指を押し当て青い顔でぶつくさ小さく呟いていた
いや、それ全然変わってないだろ・・・
それでも由比ヶ浜を見るとドヤ顔で俺を見つめていた。
いや、お前それでいいの?まぁお前がいいならそれでいいけど
はぁ、と溜息を吐き出して、気を取り直し雪ノ下は言った
「でも私、澄んだ黒は嫌いじゃないわ」
由比ヶ浜がそれを聞くと、えーそれってやっぱり私の料理が黒いってことー?うー・・・と唸っていた
「いや、単純に色の好き嫌いの話だろ」
とフォローしてやると納得して、胸を撫で下ろしていた
いや、単純に色のことなのは本当なんだが、返答に困って話題を無理矢理変えただけだな、てか無理矢理すぎだろ
強引に逃げたなとジト目で訴えると、本を開き視線を戻していた・・・まぁ言わぬが花か
ふぅ、と息をつきチラリとまた雪ノ下を見る
「まぁ俺も黒は嫌いじゃない・・・な」
と雪ノ下が小首を傾げ不審げにこちらを見つめ返してきたので思わずそっぽを向いてしまった
むぅと唸りつつ由比ヶ浜が雪ノ下を見ながら拗ね気味に言う
「・・・髪、黒に染めようかなぁ」
まて違う、そうじゃない、ほら黒って大体何でもあうだろ?服とか何も考えないで買えて楽だし?別に雪ノ下をチラ見した特別な意味なんて無いぞ
雪ノ下は由比ヶ浜の意図を察したようで(俺の意図では無い)、すばやく目線を本に戻した。
日差しにあたっているせいだろうか、顔が赤く見える
「いや由比ヶ浜似合ってるんだから別に変える必要ねーんじゃねーの?」
素直に感想を言っただけなのだが、由比ヶ浜は照れながらそ、そうかな?と言って団子髪をくしくしいじっていた
何この甘いシチュエーション、過去のトラウマを色々思い出しちゃうんですけど・・・
自身を戒めつつげっそり机にもたれかかっていると、ドアからノックの音が聞こえてきた