ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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第7話

「……疲れた」

 

 

一夏は、ぼすんとベッドに身を投げ出した。

疲労が溜まった体に、ふかふかのベッドが嬉しい。

このまま眠気に体を任せていたいが、そうもいかない事を理解してはいる。

明日に備えてやる事が、まだ山ほど残っている。

だが、一夏は、今日の出来事を思い起こさずにはいられない。

 

 

「今日の『定期便』……千冬姉は落ち着いてたけど……あれに慣れる方がおかしくないか?」

 

 

久々の外出許可で街に繰り出した一夏が遭遇した、定期便と呼ばれる、IS学園近郊へのDD襲撃。

うわさ話程度には聞いていたが、最近DDがなりをひそめていたせいか、一夏が入学してからは初めての出来事だった。

 

 

「結局何もさせてもらえずに終わっちゃったし」

 

 

迎撃態勢の整った学園において、一年生の出る幕などなく、まして自分の様な素人が介入する余地が無いのは理屈ではわかってはいても――――――それは、はがゆい物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小島に建設されたIS学園と外界をつなぐ数少ない交通手段の一つである懸垂式モノレールが、快調に市内へ向かって走り続ける。

海上を滑るように移動するモノレールは車窓からの景色が美しい事はもちろん、緑豊かなショッピングモールへも直結しており、IS学園に勤める教師、生徒達共に重宝している。

もちろんそれは、出入り管理が厳重である事の裏返しでもあるが、高くそびえる尖塔学舎と同じようにIS学園の象徴ともなっていた。

倍率一万倍を超える難関を突破したエリート達しか乗る事の出来ない『特別列車』とも揶揄されるモノレールは、行き帰り共に乗客は限られている。

生徒、教職員、研究職、整備部門と規模の割には人数が多くないIS学園、しかも普段は基本的に学内での寮生活となり、勢い同じ車両に顔見知り同士が乗り込む事になるのだが、今日はどうしたのか、四両編成のモノレールの最後尾車両に乗り込んでいたのは、一夏とシャルロットのみだった。

規則で取り決められたとおり、白を基調とした学園の制服に身を包む二人だが、久々の外出で浮かれ気味の一夏と反対に、シャルロットは仏頂面をしたまま、窓の外をずっと眺めている。

 

 

「さっきからどうしたんだよ、シャル。調子でも悪いのか?」

 

「乙女の純情をもてあそぶ男は、馬に蹴られて飛んでいくといいよ」

 

 

間髪入れずのとがった返答に、一夏はシャルに何か悪い事をしたか、と首をひねる。

『買い物に』つきあってくれとお願いしただけだったのだが、もしかしてシャルロットの都合を考慮していなかったのだろうか。

常にではないにせよ、デュノア社へのデータ提供に関わる仕事は他の国家代表候補と同じに、立て込むときもあるだろう。

無理強いをしたつもりはなかったのだけど、と考え込んでいると、シャルロットが深い溜息をつく。

 

 

「いいよもう……どうせそんなことだろうと思ってたからさ……はぁぁ~」

 

「もしかして体調が悪かったのか? もしそうなら、誘った俺が悪かった。送るから、帰って休ん」

 

「………………あのね」

 

 

言葉を遮ったシャルロットに、じぃぃと眼を細めて抗議されれば、一夏は訳がわからずも、謝るしか無く。

シャルロットは不平を言いながらも、パフェとケーキと飲み物と、いくつかの条件を飲ませることで、結局は許したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、手をつなぐって。人が多いから迷いそうなのは分かるけど、本当にこれで許してくれんの?」

 

「ううん、これがいいの。これでいいの。もう大丈夫、怒ってないよ?」

 

「そうか?」

 

 

華奢なシャルロットの手は握ると壊してしまいそうで、そっと触れるにも気恥ずかしいのだが、これで許してくれるならと指を絡める。

 

 

「へへっ」

 

 

うって変わってご機嫌なシャルロットに意外に子供っぽいところがあると笑いながらも、彼女がIS学編に編入した事情が事情であるため -ISのデータを盗み出す為、性別を偽った- 外出に危険が伴わないとは言えず、周囲を警戒しながら歩く一夏は、自然と手に力がこもる。

 

 

「あ……」

 

「と、ごめん。痛かったか?」

 

「ううん! そんなんじゃないよ。平気っ、大丈夫!」

 

 

顔を真っ赤にし慌てる様にもしかして体調も悪かったか、と一夏は不安になるがシャルロットは大丈夫だからと繰り返す。

 

 

「ならいいけど」

 

「ほ、ほら一夏?! あそこなんか良さそうだよ、行こっ」

 

「わっ?!」

 

 

青信号になったからと、今度はシャルロットが強く一夏の手を握り、勢いよく駆けだしていく。

活気に満ちた駅前のスクランブル交差点は人々が行き交い、晴れ上がった空では夏の到来を告げる入道雲が陽差しを受けて、一層白く輝く。

ほら早く、と走る二人を見れば、きっとほとんどの人達が仲の良い恋人だと思ったろうが――――――それを許さない者達も、わずかながらいた。

物陰の緑樹から二人を見つめていた、鈴とセシリアである。

 

 

「……あのさぁ」

 

「なんですの?」

 

「……あれ、手ぇ握ってない?」

 

「……握ってますわね」

 

 

セシリアは引きつった笑いをしながら、持っていたペットボトルを握りつぶす。

 

 

「そっか。やっぱりそっか。あたしの見間違いでもなく、白昼夢でもなく、やっぱりそっか――――――よし、叩きつぶそう」

 

 

言った瞬間には部分展開を終えているISアーマー。

さすが国家代表と言えるが、厳密な運用規約を頭のどこかに放り去る乙女の純情に、冷や水を浴びせる声が、背後からかかった。

 

 

「ほう、楽しそうだな。私も交ぜろ」

 

「?!」

 

 

先日、鈴とセシリアが模擬戦で、二対一で敗北を喫した相手。

ラウラ・ボーデヴィッヒが、音も立てずに忍び寄っていた。

 

 

「なっ?! あんたいつの間に?!」

 

「そう警戒するな。今のところ、お前達に危害を加えるつもりはない」

 

「し、信じられるものですか! なんなら再戦してもよくってよ?!」

 

 

一夏の前では出来る限り普通に振る舞い、やりすごしているとはいえ、先日の勝負に負けた事が尾を引いていた――――――の、だが

 

 

「ああ。あのことなら、まあ許せ」

 

 

しれっと言ってのけたラウラに、鈴とセシリアは毒気を抜かれ呆けるが、すぐに持ち直した。

 

 

「ゆ、許せって。あ、あんたねえ……」

 

「はい、そうですかと言える訳が……」

 

「そうか。許さぬというのならそれも結構だが、私は嫁を追うのでな。失礼するとしよう」

 

 

二人を放りだし、一夏とシャルロットが向かった方面へ歩き出すラウラの背を、慌てて追いかける。

なんとか肩を掴んだ手を、ラウラはうっとおしそうにはらう。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

「そうですわ、追ってどうしようというのですか?!」

 

「交ざるだけだが?」

 

 

あっさり言い放つラウラに、二人は逆にひるんでしまう。

ISへの真摯さとは裏腹に、恋愛にこうまでストレートな -キスをしたときもそうだったが- 行動ができるラウラに呆れやら羨望やら悔しさやら、感情がごちゃまぜになってしまって、出てきたのは長い溜息だけだった。

 

 

「ま、まあともかく。今の私たちには、共通の敵がいると思うのですが、いかがでしょう?」

 

 

セシリアが遠慮げに提案すると、鈴も続いた。

 

 

「敵を倒すには、まず情報収集……よね」

 

「……それも一理あるな。だがどうする?」

 

「ここは追跡の後、ふたりの関係がどのような状態にあるのか、見極めるべきですわね」

 

 

ふむ、と顎に手を当て、ラウラはいくらか考えた後に呟いた。

 

 

「確かに私もデュノアの事はあまり知らんしな……ではそうするとしよう」

 

 

ラウラはともかく、鈴とセシリアは後をつける事にどこか後ろめたさを感じていたのだろうが、自分を納得させる理由を見つけたとたん、先ほどまでの剣呑とした雰囲気はどこへやら。

シャルロットという共通の敵を打ち負かすために、三人は行動を共にする事にしたのだった、が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追いかけた三人が見たものは、女性水着売り場の更衣室から『二人』で出てきた、仲よさげな一夏とシャルロット、それを正座させ咎める千冬と真耶、それと先日紹介のあった、開発部の教師 -確か、横島と言った- が

 

 

「休日にこんな可愛い娘と二人っきりで水着の買い出しやなんて! しかも更衣室の中でまで一緒だとっ! 美形、美形は……美形は俺の敵じゃあどちくしょぉぉぉっ!!」

 

「ぐあぁっ?! む、胸が痛いぃぃぃっ?!」

 

 

泣き叫びながら、わら人形に五寸釘を打ち込んでいる姿であった。

 

 

「だぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 

また律儀にコケる鈴とセシリア。

ラウラは、あの攻撃はどういう理屈だと冷静に分析していた。

 

 

「ああっ織斑君っ?! 」

 

「ちょっと一夏っ。だ、大丈夫っ?!」

 

 

胸を押さえて苦しむ一夏をシャルロットと真耶が介抱しているあたり、しっかり効いている様であり、慌てた千冬が横島を殴り倒す。

 

 

「人の弟に何をしとるか、何をっ!!」

 

「うっさいわい、こんなケダモノ退治してしまえばいいんだっ!!」

 

「なにがケダモノかっ!! だいたいお前が『水着の買い出し……水着の買い出し行きたい……俺も行きたい……水着の買い出しぃぃぃぃぃぃぃい』などと血の涙を流して頼み込むから仕方なく連れてきてやったんだろうがっ!!」

 

「俺はいくら声をかけても少ーしもひっかからんというのにっ!! ちょっと顔がいいからってなんだ、どチクショー! マルクス主義は死んだっ!!」

 

 

うわーん、と地団駄を踏む横島をいっそ気持ちよく壁に蹴り飛ばし肩で息をする千冬に、いつも見せる威厳はかけらもなかったが、千冬は一夏の痛みが収まったのを確認してから

 

 

「そこの三人! 見てないで出てこいっ!!」

 

「は、はいぃぃぃっ?!」

 

 

柱の影から飛び出す三人を怒鳴り睨み付けて、深く溜息をつく。

 

 

「全くお前らはそろいも揃って……」

 

「あ、あれ? セシリアさんに鈴さんにラウラさん? 皆さんも水着の買い出しですか?」

 

「……そうだろう。真耶、我々はさっさと買い物を済ませて退散するぞ。そこのバカはほおっておいて」

 

 

床に横たわる血まみれの物体を投げ出して、千冬は水着の物色を始める。

真耶は動かない横島と売り場を歩く千冬の間で視線をきょろきょろ動かして、迷った末、結局は水着を手に取り選び始める。

教職員である二人も、かなりの土壇場準備らしかった。

 

 

「千冬と真耶ちゃんにはこのスリングショットがいいと思うなっ!」

 

「ひぇっ?! よ、横島さんっ?!」

 

「そんな紐水着が生徒の前で着られるか馬鹿者っ!!」

 

「生徒の前で無かったらいいんやなっ?!」

 

「そう言う意味で言ったんじゃないっ!!」

 

「仕方ないやんか! 見つけちゃったんだから、これはもうたわわに実った巨乳の二人に着て貰うしか――――――!」

 

「い・い・か・げんにしてくださいっ!!」

 

「ぎゃあああああっ?! さすが元代表候補生の真耶ちゃん、関節技もものすごいってか、この感触は久しぶりでちょっといかん、てかカイカン――――――?!」

 

「ああもう! なんなんですか、横島さんっ?! もういやぁー!」

 

「構わん真耶、今この場で仕留めてしまえっ!!」

 

「アンギャアアアアアア!!」

 

 

千冬と真耶の二人に何度叩き付せられても、すぐに復活する横島に生徒達は目を白黒させるばかりで、しばらく事の次第を呆然と見つめていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃ、じゃあ横島先生は預かって行きますねー。ほら、みんなもついてきてー」

 

「水着ー! ねーちゃんの水着-!!」

 

「は、はぁ……」

 

 

慣れた?手つきで縛り上げた横島を引きずっていく真耶は、シャルロット達四人を連れて行く。

いい加減にしてください、と首筋に手刀を落とし、真耶は横島を黙らせる。

その様子に四人は若干気後れしながらも、距離を取ってついて行く。

 

 

「だ、大丈夫なの、あれ?」

 

「ああ、お前は気にしなくていい。その内、嫌でも授業で関わるしな」

 

 

苦虫を噛み潰したような顔をした千冬はぐったりとして椅子に座り込む。

盛大な溜息をついてしばらく、千冬が口を開いた。

 

 

「一夏」

 

「え? な、なんですか、織斑先生?」

 

 

真耶の妙な気の使い方といい、入学以来久しぶりに名前で呼ばれたこともあって妙にぎくしゃくした反応になってしまったが、一夏の面食らった顔がよほど可笑しかったのか、千冬は声を上げて笑った。

 

 

「他に誰もおらん。授業中でもないし、この場ではただの姉弟でいいだろう」

 

「わ、わかった。よ、うん」

 

 

どうも姉弟水入らずらしいが、女性水着売り場に姉と二人で残された一夏は何を言えばいいかわからない。

重くはないが、妙な沈黙が数十秒流れ、やがて千冬が口を開いた。

 

 

「……どうだ。学園には慣れたか?」

 

「慣れては……いないかなあ」

 

 

ついて行くのが精一杯で、と一夏は苦笑いする。

そうかもしれんな、と千冬は答えながらも、晴れない顔をしていた。

そしてどこか哀しそうな目で一夏を見つめ、噛んで含めるように切り出した。

 

 

「だけどな……来てしまった以上は、慣れざるを得ん。なぜなら」

 

 

と、千冬が言いかけた時、突然大きな衝撃があたりに走った。

 

 

「なっ?!」

 

「……早速おいでなさったようだな」

 

 

館内に避難警報が鳴り響く。

遮断シールドがより強固に展開され、扉が降り各部に次々ロックがかかり、店員が誘導を開始する。

今すぐに、真耶やシャルロット達との合流は出来そうにない。

 

 

「大丈夫だ、あの程度でここの遮断シールドは打ち抜かれん」

 

 

落ち着き払った千冬は、気がはやり今にも走り出しそうな一夏の肩を抱き、告げた。

 

 

「出撃はできんぞ。恐らく既に三年の精鋭達が迎撃に当たっている」

 

「でも、相手が何かも分からないで!」

 

「相手が何かは分かっているさ。『あいつら』だ」

 

「……DD!」

 

 

ああ、と千冬は深く頷く。

 

 

「気にするな。この程度、いつものことだ。学園では『定期便』と呼んでいるくらいでな。良い訓練代わりだ」

 

「そんな気楽に……!」

 

「落ち着け」

 

 

千冬は言葉を切った。

立ち上がり、わずかに自分よりも高くなった弟の目を見つめ、言った。

 

 

「お前は、本当に優しい。ラウラ達に『平等に』わけてやれるくらいにはな。だが、良く聞け。分をわきまえない優しさは、優しさとは言わん。ISに乗る限り、ただ『甘い』だけの優しさはいずれ、お前自身を……殺す事に、なる」

 

 

 

 

 

 

 

頑張って続け。

 


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