ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム 【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】 作:監督
「伏せろ! 束、横島!」
言下に窓際の壁が爆発する。
とっさに横島は束を抱えて飛ぶが、束の悲鳴 -いや笑い声か- が部屋に響く。
「真耶! 『対処』するぞ、続け!」
言い終える前に千冬はISを装着し、爆発の続く最中、飛び出してゆく。
家の外、ごく普通の街並み。
ここ最近開発された、建て売り住宅が並ぶニュータウン。
整備された公園。
街を貫く大きい川。
ここしばらくの曇天がウソのような快晴の空、街の上空を二機のISが舞う。
家を飛び出た横島達は、騒然とする人の流れとは反対方向に、千冬達が向かった先へ走りはじめる。
「やっぱり新種だね~。あいつ、見た事ないや」
束の分析は走りながらも続く。
やけに冷静な分析に横島は苛立ちを募らせながらも、遠くにその姿を視認する。
千冬の家を襲ったのだろうそいつは、『DD』に対する天敵であるはずのISをモノともせず、悠然と二人の攻撃をいなし続けていた。
「……あいつ」
ガーゴイルと同じ、人型をしている。
しかし新たに確認できたDDは、羽を全身にまとい、IS以上の動きで空を闊歩している。
近づいては離れ、離れては近づき、二機のISの機動を読み、時にはISを『蹴り落とす』。
落下するISを追いかけ、更に追撃を加え、また距離を取る。
距離を取った上で、何かを飛ばし、狙撃する。
シールドバリアーで防げているとはいえ、エネルギーがいつまでも保つ訳ではない。
ISに疎い横島であっても、千冬と真耶が苦戦しているのは理解できた。
「! やべっ!!」
空で展開される戦闘、千冬と真耶が戦う相手の手元が、かすかに光った気がした。
横島はとっさに横に躱すが、立っていた道が大きく削られ、瓦礫が宙に舞い、重力に従って落ちてくる。
「束!」
「大丈夫だよ~よこっち」
束は出会った時に装着していたIS -束曰く簡易型だそうだが- を展開し、物陰に伏せていた。
研究心が先に立つのか、分析の必要があるのか。
理由は知らないが、『この』戦闘の現場に居合わせるのは不味いと横島は判断した。
なぜなら確認したDDは、今回のような転移事故 -あれは時空転移に関係する事件だったが- の際に遭遇した敵。
狙撃を得意とする、魔族の暗殺者。
鳥と人の姿を模した、ハーピーだったのだ。
「束、逃げろ! あいつ、こっちに気づいたぞ!」
「何を言ってるのさ、よこっち。分かってるんでしょ、あれが知性を持ってるってさ!」
「……!」
「あいつらの進化はきちんと記録しておかないとね~。言ったよね、よこっちが来てくれたおかげでこの世界は面白くなりそうだって!」
「んな事いってっと、とっとっと……!」
狙撃が続き、転げ回る横島を見て心底楽しそうに笑う束。
瞳の奥に灯る光は、一体何であったのだろうか。
横島を愛しの実験対象と言ってのけた希代の科学者は、皆が苦戦し、ハーピーが暴れ回る様子に心が満ち足り、うきうきするような、明るく、愉快な気分でさえあった。
「くそっ!」
建物の影に退避した横島は、空戦の様子を確認する。
千冬と真耶の二人はハーピーの動きに翻弄され決定打にかけ、ずるずる引き回され、やがて突破された。
突如始まったDDとの戦闘に、あたりの混乱はまだ続いている。
が、ハーピーは一直線にこちらへ向かってくる。
逃げ惑う一般人などに興味はないと言わんばかりの態度に、ジリジリと横島のテンションが上がる。
神経を集中させ、目を細め、腰を浮かす。
「――――――この野郎!」
横島が叫ぶ。
千冬がISを装着するのと変わらない間に『栄光の手』を大きな盾へと変化し、更に右手で霊波刀を作り出し構える。
「はっ!! 一番強いのが相手してくれないなんて、つれないジャンっ?!」
更に三発の狙撃。
横島は盾を変化させ力を逸らし、勢い近くの家々に穴が穿たれる。
すれ違いざま、ハーピーを下段斜めから鋭く斬りつける。
しかしハーピーは避けもせず、霊波刀に狙撃を加えいなし、更に横島の腹めがけて蹴りを入れ、吹き飛ばす。
内臓が衝撃に耐えられなかったのか、横島は口から血を吐き出し、シャツが赤く染まる。
が、横島は倒れたまま、追撃を試みる。
霊波刀を右手から『打ち出した』のだ。
「ちいっ?!」
ハーピーに急迫した霊波刀は、羽根を打ち抜き、その機動力と安定性を奪う。
予想していなかった後方からの一撃に、ハーピーは体をひねり、天と地が何度も入れ替わりながらも、どうにか飛翔した。
しかし、その間に二機のISが、傷ついたハーピーを取り囲む。
「……今度は逃がさんぞ」
千冬がそう呟いた瞬間、ハーピーは皆を見渡し、冷笑する。
「はっ! 誰が誰を逃がさない、だって……?」
ハーピーが傷ついた羽根をゆっくり持ちあげる。
街のあちこちから、ガーゴイル達がわいて、出た。
「なっ?!」
ガーゴイルの群れは、見せつけるように、街の周囲を取り巻いていく。
「気を取られすぎた……?!」
真耶は得意とする遠距離の射撃で次々ガーゴイルを撃ち落としていくが、渦巻くガーゴイル達の『物量』に追いつく物では無い。
「しばらくそいつらの相手をしてるといージャン! あたいはゆっくり回復させてもらうジャンっ!」
「こら待ちやがれっ!」
「横島、今はあいつらの相手が先だっ!」
「くそっ!」
空を飛べない横島は飛び去るハーピーを追う事は出来ず、かといってガーゴイル達との戦闘に参加する事も叶わない。
歯噛みする横島に、先ほどから物陰で戦闘を『観察』していた束が、ささやいた。
「このIS、使ってみる?」
自身が装着していたISを、横島に向けて差し出す。
量子化によりブレスレッド状になったそれを、戸惑いながら見つめる。
束が言う以上は自分にも使用出来るのであろうが、それよりもコア -霊体の精製物- を利用したモノを使う事に、抵抗を感じたのだ。
だが。
「……貸せよ」
束の手から、ISを奪う。
展開には、霊力を流し込めばいいだけだと束は言う。
横島には、ISスーツもいらないだろうと。
「フォーマットもフィッティングもしない初期の簡易型だから、性能には期待しないで欲しいけれど~」
「どうでもいいから、さっさと操作方法教えろ!」
「操作方法はコアが教えてくれると思うよ~? 千冬ちゃんはいつまでも初期型のコアを『不細工』って言うけどさ~。ぶ~」
「コアが教えるって……まさか!」
「ふふふ~ん。あたしはこっちのコアの方が好みなんだけどね~」
横島の抗議に、束の片頬に笑みが浮かんだ。
「全部のエネルギー体をそのまま……いくつもの霊体をそのまま閉じ込めた『コア』のが、会話も出来て楽しーじゃん? 誰も彼も話しかけてくると、ちょっとうっとおしいけど~」
「正気か……?!」
コアとはなにか聞いて分かっていたとはいえ、横島は吐きそうな程の無力感に襲われる。
エーテル体だのアストラル体だの、自分の世界では区分けされていなかったが、それでも。
除霊という行為を通じて最低限の敬意を、世をさ迷う者達にはらってきた横島には、霊を兵器として利用することに何の疑問も持たない束に大きな違和感を覚えざるを得なかった。
だが、頭上で行われている戦闘は、単なる人の介在を許さない。
出会った時、緩慢に滅びていくしかないんだよ、と呟いた束の言葉の意味を、横島が本当に実感できたのは、このときかもしれない。
この世界には、選択する余裕など、ないのだ。
地べたを這いつくばるしかない今の自分に選択肢はないとはいえ――――――この世界は、本当に自分の世界とは違うのだと、街の上空で輝き続けるISを見上げた。
いっそう胸が、重くなる。
「正気だよん。いーじゃん、今のコアはアストラル体を取り除いてコア自体に明確な意識はないし。それに」
うすら笑いを続ける束は、横島にのたまう。
「死んでも生きられるんだからさっ」
「……!」
不意に事務所の同僚の顔がよぎる。
その昔、優しい幽霊だったおキヌから聞いたのと同じ言葉に、今の横島は怒りしか感じなかった。
「お前に聞きたい事は山ほどあるけれど……とりあえず」
束を睨み付けながら、ISに霊力を流し込む。
神通棍 -霊力を利用した除霊用の棍- を扱うように、手のひらから細く、しかし強く、堅く。
コアからのエネルギーの展開により、一瞬でアーマーが形成される。
「……これでいいのか?」
「大丈夫だよん」
初期型であるこの機体は、千冬達のようなパワードスーツではなく、単に作業用のマルチフォームスーツと言った方が良い姿をしていた。
だが、細部を確認する間もなく、コアと直結した横島の『中』に、コア『達』が入り込んでくる。
元の世界で直接聞いていたとは言え――――――霊達の呻き、叫びが頭の中で直接響く事は、決して愉快ではない。
頭の中に入り込まれ抉られ続ける不快感は、慣れようとしても慣れるモノでない。
加えて、霊能者である横島には、彼らの姿もはっきりと視えてしまう。
横島がどうにか耐えようと苦悶していると、悲痛な叫びを上げる霊達の中から、恐らくはかつて子供であった――――――霊が、横島にこのISの使い方を教えてくれた。
自分が死んだ事に気づかず、ただ目の前に現れた -と思っているのだろう- 横島に、自慢のおもちゃの遊び方を教える様に。
いたたまれなくなった横島は、目を閉じ、意識の中で、そっとその子の頭を撫でてやる。
にっこり微笑んだその子がいっそ哀れであったが、今は一緒に戦うしか、なかった。
「やるぞ、ガキんちょっ!」
◇
「真耶、下がれ!」
「頼みます、千冬さん!」
群れに向かってミサイルを撃ち込みながら、真耶は後退する。
連携を取る二人は巧妙に街へのガーゴイルの侵入を阻みながら、群れを河口付近へと誘導していた。
だが、多勢に無勢、抜きんでた二人とは言え、劣勢に回り始め
「くそっ! 数が多すぎる……処理が追いつかん!」
千冬が迫り来るガーゴイルに雪片を振るおうとした瞬間、突然複数のガーゴイルがバラバラに飛び散った。
落ちていく破片、虚を突かれた千冬の視線の先に舞っていたのは、一機のIS。
戸惑う千冬は、現れたISの右手に煌めく刀を見、理解する。
「手伝ってくれるか、横島!」
「ああ! とりあえず、死にたくねーしなっ!!」
「……頼むっ!!」
普段、千冬は戦闘で昂揚や浮つきを見せる事はない。
力と技と闘志とが一体となった、誰が評しても、理想のIS乗りだと言えたが、この時ばかりは -本人に自覚はなかったが- 頬を紅潮させていた。
コア・ネットワークで千冬の様子を見取った真耶は目を丸くしたが、クスリと笑うと、すぐさま二人の援護にうつり、瞬時に群れに向け銃弾を放つ。
正確な真耶の狙撃に惑わされ乱れた群れの中に、千冬と横島が相次ぎ飛び込んでいく。
「くっそ……お前ら、わかったから、黙ってろっての!」
ガーゴイルへの反撃を続ける中、コアに取り込まれた霊達の叫びが、横島の頭を叩き続ける。
「振り回されるなよ、横島!」
初期型コアを『不細工』だと形容した千冬は、自身の経験から横島に声をかけ続ける。
意識を持って行かれればどうなるか、千冬自身がよく分かっているからだ。
「俺がどうにかなりそうだったら、お前のちちで挟んでくれればっ!」
「アホかぁぁぁ――――――!」
「でぇっ?!」
千冬の打撃でいくらか頭が軽くなった横島は、ぶつくさ呟きながら迎撃を続ける。
自在に形を変える横島の霊波刀と千冬の雪片が振り下ろされる度に数を減らすガーゴイル達は、慌て、おののき、やがてバラバラに逃走を始めた。
だが真耶は背を向けたガーゴイル達を一匹ずつ、確実に撃ち落としていく。
四散する破片の回収が大変だろうと思わせるほどの狙撃と、追いすがる二人の漸撃。
全身を返り血で汚しながら、鋭く、的確に。
形勢は傾いたまま覆る事はなく、縦横に飛び回る三機のISは、ガーゴイル達を最終的には全滅させるに至った。
◇
街がISの勝利に沸き返る中、気がつくと横島は、自分のつま先を見ていた。
ISの装着は解除され、頭の中を覗かれ抉られる不快感は消えていたが――――――ハーピーか、もしくはガーゴイルか。
抉られた路面になんとか片膝を立て、縋るように姿勢を保っていたが、全身の感覚はなく、しびれ、息をする度に激痛が走っていた。
顔からは返り血と汗が滴り、ぽたぽたと落下している。
「……さすがにきちーな。ネーちゃんのちちか、しりか、ふとももが欲しい……」
「軽口をたたけるだけまだマシだとは思うが……大丈夫か横島」
「大丈夫、と言いてえところだけど……ちょっと休ませてくれ。出来ればお前の胸の中で」
「……死んでしまえ」
喘ぐように息をする横島には、なぜこうなったかは、戦いを終えた今、おおかたの理解は出来ていた。
初期型ISコアとは、自身の霊体といくつもの霊体と直結した『エネルギー循環システム』であり、それ故に操縦者への負担 -霊体をまさぐられる- は限りなく大きい。
そして霊体の中へ流入するエネルギー量に比例して操縦者へのフィードバック自体もまた、大きくなっていく。
この世界の人間とはそもそもの霊力が違う横島には、耐え難いモノだった。
「やーやーやー。すごいね~よこっち、あたしは絶対気が狂うと思ってたけど~」
「そんなもんにのせたんかいっ!!」
さすがにたまらず横島は叫ぶが
「乗るって言ったのは、よこっちじゃ~ん。や~でも、良いデーターが取れたよ~」
悪びれもせず宣う束に、横島はどこの世界にいってもこういう扱いは変わらんなあ、と呟くと意識を手放した。
今度こそ路面に突っ伏してしまったのだ。
「横島?!」
「横島さんっ?」
慌てて介抱する千冬と真耶に、満面の笑みを称えた束は、二人の耳元で呟く。
「今日のデータで、はっきりわかったんだけどね」
もったいぶった束の言葉に、千冬と真耶は振り向く。
「あいつらの進化は、しばらく止まらないよ。この世界は今。創世記なのさ」
「……創世記?」
「誕生、創生、原因、開始、始まり、根源。この世界に、神や悪魔……光と影が今、まさに生まれている最中なのさ。だけど、平行世界間のエネルギーの総量は変わらない。つまりその代わり、どこかの世界。もしかすると、よこっちの世界で」
「横島の世界で、なんだ」
苛立ちを露わにした千冬に、束は、DDを撃退し遮るモノのない青空と同じように、晴れやかな笑顔で宣言する。
「光と影が消滅している最中なのかも、ね」
◇
もう一度続けっ。