ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム 【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】 作:監督
「別にどうもせんけど……」
「はい?」
どうもしない、という横島の返答に千冬は唖然とする。
何を思い出したのか、横島は身震いしながら両腕で自分自身を抱きしめる。
「仇討ちかあ……あー。吸血ノミがいないと、いいなあ」
「吸血ノミ?」
「いやさあ、仇討ちにつきあったことはあるんだよ。いっかい。だけどその仇討ちの対象ってのが、オーディーン(主神)を食べちゃった事もある、伝説級のオオカミ(大神)でさあ……。あくまでも補助だったから周りでうろちょろしてただけだったけど、オオカミの毛皮から、俺より大きい吸血ノミが出てきてね」
ぶっすうと針刺して俺の血を吸うんだよ、ぶっすうぅと。
身振り手振りで、そりゃあ大変だったと半泣きで訴える横島の様子は、千冬の目にも可笑しく映った。
本気にしたのかしないのか、千冬は笑いながら問いかける。
「世界を作った神様を食べたという化け物と、よく闘えたものだな」
「そりゃあ逃げらんなら逃げたさ。つうか、逃げたら化け物に食い殺される前に、真っ先に美神さんに殺されただろうし……」
「美神さん?」
「ああ。除霊事務所の所長でね、これがまたありえんくらいに、いー女なんだけど」
「手が嫌らしいぞ、横島」
わきわきと両手を動かす横島に、千冬が顔をしかめる。
「と、悪い。まあその人が雇い主だったんだけど、殺すつったら本当に殺す人だからなー。どっちかと言うと、オオカミよりも美神さんのが怖かった」
「……どういう雇い主なんだ」
「霊障で困り果てて泣きついて駆け込んできた人に『で、いくら出すの? お金ある?』って返すような雇い主? つか俺なんか少し前まで時給255円だったんだぞ」
「ありえん」
横島が栄光の手と呼んでいたエネルギー体を物質化した長剣 -変幻自在に形態を変える- だけでも、千冬には十分驚きに値するものだ。
お前の能力は、そちらの世界では一般的なモノだったのかと聞いたときも、そうでもないという答えだったと千冬は記憶している。
「希有な能力を持ちながら、時には殺すと脅され、時給が255円。お前が余程に使えないヤツなのか、それとも弱みを握られていたのか?」
「いや、つうか最初に俺が土下座して雇ってくださいって頼んだんだったなあ。もー本当にぼんきゅっぼんって、見たこと無いくらい良い女で。一目見た時にもう飛びかかってたし」
「……飛びかかるな」
千冬はこめかみを押さえる。
横島の話はいちいち非常識だが、そんな横島を雇った方も十分に非常識だからおあいこだなと思ったが、口には出さなかった。
なぜ彼が雇い主の元を離れなかったのか、理由に思い当たったからだ。
どことなく自分に似た横島の雇い主に、千冬は溜息をつく。
「その雇い主の元に、しっかりとお前を返さなければいけないが……しばらくの間は、協力してくれないか」
「仇討ちに?」
「そうだ。……あまり面白い話でもないが、聞いてくれるか。束などもまだ来そうにないしな」
「今日はその為の日だろ」
「だったな。……コーヒーが冷めてしまった。入れ直そう、誰かのせいで寝不足だしな」
「いーじゃん、サメのせいで死にかけたんだぞ。俺」
「つまらんことを覚えてるヤツだ」
苦笑いをした千冬は席を立ち、横島のカップと二つ、インスタントコーヒーにお湯を注ぐ。
カップから立ち上った湯気を、朝日の残り香が照らしていた。
◇
その『高エネルギー体』の出現は、唐突だった。
南米の奥地で、偶然軍隊の踏破訓練中に発見されたものであったらしい。
らしい、というのは未だに発見時の詳細は機密とされ、千冬であっても詳細を確認出来ていないせいだ。
ただ、発見時、森の奥に横たわっていた、鋭い犬歯を備えた巨大な骸骨と太く真っ黒な右腕などの破損したパーツ -後日分かった事だが、その他の部分は、同時期に世界各地でバラバラに発見された- はこの世のモノならぬ『悪魔』を想起させ、最終的に英語で悪魔を呼称する『a devila demon』を略し、『DD』と呼称される事となった。
「最初は、未確認の物体、それも全く異質な生命体らしきものが発見されたことで、地球外生命体の可能性を探っていたようだ」
回収されたパーツ -肉片、と言った方が正しいかもしれない- は各国の研究施設へと輸送され、それぞれ分析される事となった。
だが、その過程で不可解な現象が起きた。
「サンプルが一斉に行方不明になったんだ。もちろん別に情報共有をしていた訳でも公開されていた訳ではないから、ニュースにもならなかった。が、一部サンプルが残留したところもあったんだ」
「日本の研究施設とか?」
「察しがいいな。なんで残ったのか、理屈はわからん。だが問題は、これが終わりではなく始まりだったということだ」
サンプルが消えてしばらくたった後、世界各地で異変が起こり始めたのだと千冬は言う。
人型の鳥が民家を襲った、巨大な蛇が山裾を削っている、ダイオウイカによって船が沈んだ、などと最初はゴシップの域を出ないものだった。
「家が破損したとか、けが人が出たとか、せいぜい熊のせいだろうと笑われていたさ。だが笑い話で済まなくなったのは、某国の軍事衛星がグレムリンによって破壊され、それが地域紛争にまで発展してしまってからだ」
それがグレムリンのせいだとわかったのも後の事だったがと、千冬は眉をひそめた。
日本も参加している宇宙ステーションや、独自の偵察衛星も同様に『原因不明』の被害を受ける可能性があり、早急な対策が望まれたが
「その時、宇宙開発事業団に束がいた、と言えばわかるか」
「……なるほどね」
千冬の説明に、事の次第を想像出来た横島だったが
その一方、グレムリンを排除するために、美神に幽体のみで宇宙へと飛ばされたという非常識な思い出に渋面を作っている。
「この事件を契機とし、ISや関連技術の開発が急激に進んでいった。後はお前の想像の通りだ。どういう経路だったかは知らんが、ISのエネルギー源候補として、そのサンプルの初期分析結果が提供された。束の頭脳と正体不明の高エネルギー体、それらが結びつくのにさほど時間はかからなかった」
「……そして誕生したのが、ISコアってわけか」
「そう。お前が霊力と呼ぶ、未知のエネルギー源を引き出す為の核。私も全てを知っている訳じゃないが、ISがただの宇宙用パワードスーツではなく、あいつらに対抗するための手段となり得た瞬間だ。……だが、この時点では、単なる束のおもちゃに過ぎなかったんだ、ISは」
「と、言うと?」
「繰り返しだが、グレムリンによる衛星の破壊は、その時点ではグレムリンのせいだとまだわかっていなかったし、あいつらによる一般的な被害も微少だったからだ」
「……その先は話さないでもいいぞ」
カップを握りしめる姿を見た横島の気遣いに、千冬は顔を伏せ、やがて礼を言った。
「……すまないな。だが、ああは言ったが、別に珍しい事ではないんだ。親無し子無しなど、なにも私に限った事じゃあない。私の行動など、せめてもの手向け(たむけ)のようなものだ」
一夏が、弟が無事だった。それだけでも幸せ者だと、千冬はいっそ寂しげに呟く。
「一時は酷いモノだった。対抗手段を持たない側は、一方的にやられるしかなかった。救いだったのは、あいつらの絶対数が少なかった事くらいか。しかし、束がISを武器として利用出来るようにしてから、状況は変わった」
「そう、か」
横島は腕を組み、目を閉じる。
いくら美神と数々の除霊現場をこなしてきたとはいえ、最初のうちなど、泣き叫び、小便を漏らしてまでも逃げ回るしかなかった。
リアルに死の恐怖を感じたとき、足がすくんで動けなかった事が、生々しく思い出される。
だけどそれも、美神が除霊してくれると心のどこかで頼っていればこそだったかもしれない。
何も出来ず、ただ殺されていく人達の心はいったいどうだったかと、想像だにできない。
「だから、横島」
「ん?」
千冬は、横島の目を捉え、これ以上なく真剣な口ぶりで告げ
頭を、下げた。
「どうか、協力して欲しい。私達に、お前の持つ『退魔』の技術を教えて欲しい」
「いーよ」
「そうか、さすがに虫がいいか……って、え?」
千冬は、横島のあっけらかんとした答えに、言葉をなくす。
「つーか俺の技術なんぞでよければいくらでも。いっつもこんなもんだし」
「こんなもん?」
「そもそも、俺GS志望だったわけじゃねーし。いつの間にか巻き込まれて、美神さんから『逃げんなアホ!』って言われてやってたら気づけばってパターンばっかだったし。今回、この世界に来たのもなんかの縁だと思うし、時空内服消滅液飲まされた時なんかにゃあ……あ、色々思い出したら頭痛くなってきた」
横島は机に突っ伏した頭を抱えた。
「あんだけ尽くしてるのに、手の一つも握らせない美神さんに付き合って、この先、元がとれるのか、どうやっても収支が真っ赤っかの気しかしねー。そもそもアシスタントとゆーより奴隷じゃねーのか、薄給でこきつかいやがって! 色気ちらつけせりゃ何でもすると思いやがって…………ああ、その通りだよどチクショー!!」
と、ぶつぶつ呟く横島の様子を見て、千冬は瞳の奥を細め、吹き出した。
「笑うなよ」
「あははは……いや、すまない。しかし、その美神という所長に、一度会ってみたいものだ。どれほどの美人なのか、見てやろうじゃないか」
「びっくりするぜ?」
「私より美人が、そうそういるとも思えんがな」
「言うね」
「何、事実を言ったまでさ。それに私はただの美人じゃない。『危険』で『甘美』な匂いのする麗人だ」
足を組み、自信たっぷりに胸をそらす。
千冬の端正な顔を横島としげしげと見つめ、千冬は千冬で、ますます機嫌を良くしたように笑顔で髪をかき上げて、しばらく――――――耐えられなくなり、互いに爆笑した。
日は中天目指して昇り続け、次のコーヒーを入れるには、ちょうど良いタイミングだったかもしれない。
◇
束はなかなか姿を表さず、彼女を待つ間、二人は情報交換を続けた。
それぞれの世界でどういう生い立ちであったのかというところから、こちらの世界の現状、あちらでの除霊方法、技術の移転方法など、束でないと理解・構築出来ないだろう部分を除き、出来る限り話しあった。
その内に千冬が几帳面にとったメモから、浮かんだ疑問を横島にぶつけていくという形に変わっていったが、互いのキャッチボールが止まる事はなかった。
だいぶ時間も立った頃、思い出したように玄関のチャイムが鳴った。
「ようやくお出ましか。束、入っていいぞー」
「あの、束さんじゃないです、真耶でーす。お邪魔しまーす」
玄関から、とんとん足音が聞こえ、部屋のドアが開く。
入ってきたのは、千冬や束ともまた違った
優しげな雰囲気を持つ、背はちっちゃいけれど、胸の大きい女性。
「午後からでいいってことでしたけど、呼び出しなんて心配で。どうしたんですか、千冬さ――――――きゃあぁぁぁ?!」
「生まれる前から愛してましたー!!」
「異世界で死ぬ初めての人間になってみろ横島――――――!!」
千冬の右手に握られた雪片は、摩耶に飛びかかった横島の首筋をしっかりと捉えていた。
「や、やだなあ。ジョークっすよジョーク。落ち着いて千冬さ」
「ああんっ?!」
「イヤナンデモナイデススミマセンデシタ」
「あ、あのっ?! 一体何がどーなっているんでしょうか……?」
「ったく!」
雪片を首筋から離した千冬は、横島を睨み付けながら、言う。
「そういうことしか出来んのか、お前は?!」
「いやほら、お約束みたいなもんでー」
「お約束で飛びかかる変態がどこにいるかっ!!」
「ぎゃっ?!」
鉄拳で横島を黙らせた千冬は、ようやく真耶に席を勧める。
「……この娘は、山田真耶。学園の教師だ」
「は、初めまして。山田真耶と申します。よ、よろしくー」
及び腰に自己紹介する真耶に、千冬が呆れた声を重ねる。
「せっかくこれからお前が過ごすことになるだろう職場の同僚を呼んだというのに、何をやってるんだ」
「可愛い娘だしー仕方ないんや、って、ん? 職場の同僚? 学園?」
「そう。実態はともあれ、ISの操縦技術や整備技術を教える国立の学校」
千冬はそこで言葉を句切り、居住まいを正して告げた。
「世界各国からの俊才を集めた、あいつらに対する防衛の要の一つ。お前に働いて貰うと考えている場所。IS -インフィニット・ストラトス- 学園だ」
◇
続きやがれっ