ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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第2話

互いの名乗りなど全くなしに、戦闘は始まった。

千冬は小手調べなど必要ないとばかり、一瞬ISをたわませ、空を『跳ね上がった』。

迫り来る、背中に翼を背負った醜悪なガーゴイルの群れ、最初の一体。

みぞおちに蹴りを潜らせ、突き破り

足を振り抜きざま、二体目の頭にヒットさせ、落下させる。

三体目のガーゴイルは素早く接近すると不適な笑みを浮かべ、体当たりで千冬を下に飛ばす。

これが地上の戦闘であれば、片足でもなんでも付けて落下を止めるのであろうが、あいにく空中では止める物は無く、放物線を描いてそのままでは海に落下すると思われた直前、はあっと仰け反るようにISのブースターを最大に出力し、反転。

勢いのついた、すれ違いざまに千冬のISである白騎士唯一の武器、雪片と呼ばれる刀を抜き放ち、両断する。

時間にすれば、わずか数瞬の出来事。

だが圧倒的な千冬の攻撃にもガーゴイルはひるまず、それまでバラバラに飛行していた彼らが誰からともなく統率の取れた行動に移り、千冬の動きを乱し、その白く輝く体にまとわりつき始める。

だが直接的な攻撃には至らずガーゴイル達は奇声を上げ

臭く穢い液体を連続して口から打ち出し、白騎士のボディを腐食させていく。

千冬は慣れたこととはいえ、歯噛みし、距離を取り体勢を立て直す。

瞳の奥に不気味な光を宿すガーゴイル達。

数十匹を越える群れを始末するには、多少時間が必要だと認識しなおし

 

 

「さて、どうするか……」

 

 

見渡す限りの広く蒼い空と海の真ん中。

かすかに光を称える雪片を、ゆっくりと構え直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん、さすがのちーちゃんもあの数にはちみっと苦労するかな~?」

 

「いや苦労するかな、じゃなくてさ」

 

 

現状、浜辺から観戦するしかない横島は、束の落ち着きぶりにかえって不安を覚える。

ロングスカートと、捉え所のない薄笑みは束の本心を隠すには十分すぎた。

 

 

「ガーゴイルってのは、あれで結構手強いんだぞ?」

 

 

機動力や防御力もそこそこ高い上に、下級な妖魔にしては知恵も回り、加えて強力な溶解液を使う。

数が集まると、やっかいな相手なのだ。

どうやら彼女たちは対処に慣れている様だが、GSとして重ねた経験が、何も出来ない横島を焦らせていた。

しかし束は横島を見ながら、右の親指で千冬達を指し示す。

 

 

「ん、大丈夫だよ、よこっち。結局のところ、どうやって片付けるかの問題でしかないからさ」

 

「そりゃそうかもしれんが、あの数だぞ?」

 

「よこっちは元の世界でGS?とか言うのだったんでしょ。ああいうときはどーしてたのさ」

 

「逃げた」

 

「……はぁ?」

 

「いや当たり前だろ、多勢に無勢、さんざ殴られたり蹴られたり、痛いんだよ?! フルボッコだよ?! しまいに溶解液ぶっかけられた日には、皮膚とけんだぞ?! 美神さんとか他のGS達がいたらともかく、普通逃げるだろ! だいたい、今だって出来るなら逃げてんぞ?」

 

「ぷ、くくくく……あははははははははは!!」

 

 

横島の返答に、束が腹を抱えて大笑いする。

 

 

「いい! いいね、それ! そっか、逃げるかあ。そりゃ逃げるよねえ。あ~、あたし以外にそう思う人がいるとは思わなかった……おっかしい! よこっちは薄情だね~!」

 

 

解決してあげなきゃ、困る人がいたんだろうにさ、と横島の肩を何度も叩き、いつまでも笑いやまない束。

またぞろ『逃げんな!』と突っ込まれると思っていた横島は戸惑いつつも、千冬の様子を遠目に伺う。

動いた。

そう感じた瞬間、千冬は間合いを詰めていた。

 

 

「……早い!」

 

 

斬撃を、立て続けにガーゴイルに浴びせかける。

反撃の隙を与えず、千冬が雪片を振るう度に、群れ全体が大きくうねる。

近接してきた個体には、爆竹のように途切れることなく、爆弾のように激しい打撃を加えていく。

千冬の四肢には、固いガーゴイルの皮膚を突き破り破裂する、嫌な感触の手応えが残り、彼らが四散していく様が分かるが、嫌悪している暇はない。

それでも次から次へと襲いかかるガーゴイルに、さすがに千冬も疲弊していくだろうと思われ、横島は束に問いただす。

 

 

「ISってモノの事はわかんねーけど、あれで大丈夫なのか?」

 

「そんなに心配しなくても、大丈夫だよん。この大天才、束さん開発のIS補助機構、PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)も、ハイパーセンサーも、コア・ネットワークも、シールドバリアーも、ついでに絶対防御も全て絶賛正常作動中! ガーゴイルの群れの一つや二つ、ちゃちゃちゃーっと片付けてくれますって!」

 

 

だが、『ちーちゃんなら』ね、と束が呟いたのを果たして横島は聞いていただろうか。

程なく言葉通りにガーゴイルの群れは全滅し、千冬は島へと降り立った。

さすがに疲弊していた千冬を気遣い、休養を取った彼らが帰還しようとする頃には、忍び始めた夜の闇が、懸命に夕暮れの太陽を追い立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰路、飛行する三人。

背中には束、ブランコ状のロープで横島を運ぶ千冬は、思い出したように問いかける。

 

 

「そう言えば、横島。お前、どこか暮らすアテはあるのか……と、ないだろうな」

 

「まあな。似ている部分はあるとはいえ、GSが存在しない以上は、縁のある人達がいるとも思えんし……」

 

「よこっちのDNAマップくれるなら、あたしん家に泊めて上げてもいいよん♪」

 

「DNAマップ? DNAだって?! それは遺伝子、つまりこんな美少女が、一晩俺にヤラせてくれ」

 

「あ、手が滑った」

 

「ちょ、千冬さぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ?!」

 

 

あああああ~ん、とドップラー効果を伴いながら海原へ落下していく横島を、千冬は冷めた目つきで見送っていた。

 

 

「束」

 

「なあに、ちーちゃん?」

 

「せっかく、現状を解決する糸口になる鍵が現れたと思ったのだが……あんなんに頼っていいんだろうか?」

 

「別に頼らなくてもいいんじゃない? 利用すればいいじゃん。DNAマップだって、あたし割と本気だよ? もし必要なら、よこっち自体をコ……」

 

 

言いかけて、束は口をつぐむ。

何を言いたかったのか、朧にでも『分かる』千冬は、深い溜息をつく。

 

 

「またお前はそんな事を……」

 

「でもそうしないとどうしようもないし、出来ないなら同じ事の繰り返しだよ。このまま、緩慢に滅んでいきたい、ちーちゃん?」

 

「……」

 

 

束の言葉にとっさに応える事が出来ず、千冬は月の輝く星空を見上げる。

街の灯りがない星空はこんなにも綺麗だったかと、寂しげに微笑む。

今は小康状態であるにしろ

いつも、あれだけ自分の街を、みんなの住み家を守ろうと苦労しているのにな、と。

 

 

「しかし束、アイツが他の世界から来たという話、本当に信じていいのか?」

 

「信じる、というか信じざるを得ないよね~。平行世界に関わる理論は確立されてる訳で、移動手段がなかっただけ。よこっちはどうやらその手段を行使して、この世界に来ちゃったみたいだし。しかもこの世界の人間では到底不可能な『物証』を示されちゃあ、どうにもね~」

 

「まあ、な。エネルギー体を物質化するなど、ISコアを利用して初めて可能になった現象を生身でこなす。これだけで世界はまた、ひっくり返るだろうよ……」

 

 

神や悪魔が気づけば隣にいるような世界。

千冬は真摯に考える。

あくまでも人間の概念上の存在でしかないと思っていたモノが現実として存在する世界とは、一体どのような世界だろうか?

ここにも光と闇は存在する。

だが神の声は届かず、『あいつら』の攻撃だけは疑いようもない現実として、眼前にある。

今日まで自分や束がやってきたこと、横島が現れた『理由』。

今までとこれからと、二つの時間が交差して、より大きなうねりとなって自分たちを襲う。

そう思えて、ならなかった。

 

 

「……なんにせよ、明日からだな。今日はもう疲れた。一夏がいれば、マッサージでもしてもらいたいところだが」

 

「いっくんのマッサージ、気持ちいいもんね~。あたしん家の箒ちゃんは、最近反抗期で悲しいけど。いい加減にしないと殴るぞ、とか殴ってから言うの。最近会えてないけど。ぐっすん」

 

 

頭上マニピュレーターが、束と同じように俯く。

自業自得だ、と千冬は思わないでもないが、口には出さないでおく。

 

 

「しかしまた、頭が痛いな。異世界の男がああスケベだとは思わなかった。一夏とはえらい違いだ」

 

「あはははは。いっくんみたいな鈍感魔神を基準にするのもあれだけど、よこっちは多分、向こうでも十分すぎるほど変態だと思うよ~。警官に『変質者は取り締まらねばならん!』とか言って、追いかけ回されてそう」

 

「はっ、違いない」

 

 

風と波の音だけが月明かりの下で煌めく中、二人は声を上げ、笑い声が朧月夜に溶けていく。

 

 

「……ん? そう言えばアイツはどーした?」

 

「さっき、ちーちゃんが海に落としたじゃ~ん」

 

「! 早く言わんか、束っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サメ、サメがっ!! 俺はおいしくないぞ、あっちいけ!! こら足噛むなっ!! 畜生、女なんて女なんて、女なんてー!! 死ぬのはイヤああああぁ――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日がカーテンの隙間から顔を覗かせた頃合いに、千冬は横島の部屋を訪れる。

窓を開けはなし明るくなったが、横島はまだベットの上に横たわっていた。

というか、動けない。

 

 

「よく眠れたか、横島?」

 

「おかげさまで、ぐうううううっすりと」

 

 

横島は、両手両足を拘束するISアームを嫌味たらしく見せつける。

が、千冬は平然と答える。

 

 

「……一晩で三回も夜這いに来る馬鹿に着せるふとんは、それくらいしか思いつかなかったのでな」

 

 

あれだけの警備をどうやってかいくぐったんだお前は、と千冬はかえって感心した様子を見せる。

 

 

「こんな美女と一つ屋根の下で夜這いをかけないなんて失礼だって、俺の本能が告げるんだもん! しかたなかったんやっー!!」

 

「全く。私が魅力的なのは否定せんが、おかげでこちらも寝不足だ。今日は今後の事含め、しっかりと話を話を聞かせて貰うからな。とっとと用意してこい」

 

 

言いながら、千冬は部屋を出て行く。

扉が閉まる瞬間、ISの量子化によって拘束が解かれた。

全く用心深い事で、と横島は手をさする。

 

 

「……あれだけいい乳してるんだから、一回くらい触らしてくれても罰は当たらんのになあ。減るもんで無し」

 

「何か言ったか、横島?!」

 

「いえ、何も申し上げておりません! サー!!」

 

 

敬礼した横島に呆れた視線を送り、再び、千冬は勢いよく扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか。とりあえずは朝食だ、食え」

 

 

手早く身支度し、階下に降りると

インスタントコーヒーにシリアルコーンと牛乳だけの簡素な食事が用意されていた。

元の世界での朝食 -事務所に居候するおキヌが作る朝食- を思い出して、横島は少しわびしくなる。

 

 

「……なんだ、朝食は不満か? 贅沢なヤツだな」

 

「いや、そうじゃないんだ。ありがたく頂くよ」

 

「なら、最初から素直に食べろ。足りなければ、バナナもあるぞ」

 

 

少し昔は、まともに食べるのにも事欠いていたのにな、と自重して

差し出されたバナナを手に取る。

メイドイン台湾とある、元の世界と同じなら、確か高級品だったはずだ。

 

 

「じゃ、こいつもありがたく。しかし千冬はそんだけでいーのか? 昨日の戦闘にしろ、俺たちの……と言ってもいいか、体が資本なところがあるだろ。食わないと、その内倒れるぞ?」

 

 

横島の言いように、千冬は目を向いて、大声で笑う。

 

 

「はは、ありがとうよ。お前は、一夏と同じような事を言うんだな」

 

「一夏?」

 

「私の弟だ。今は理由があって同居していないが、何かに付け役に立つヤツだ。食事を作るのも上手いしな。私は外に出る事が多くて、どうしても料理などは後回しにしてしまった」

 

 

お陰様で目玉焼き一つ作れん、とこれまた豪快に笑う。

一夏がいる時は不自由せんがなと言う千冬の目尻が下がるのを、横島はうらやましく見ていた。

美神姉妹の関係に、千冬姉弟を重ねたのかもしれない。

 

 

「姉弟か、いいな」

 

「お前、ひとりっこか。弟か妹が居そうな気がしたが」

 

「なんでまた?」

 

「理由はない。どことなく、大勢の中で過ごし慣れているような印象を受けたから、かもな」

 

「あー。確かに、大勢の中で過ごしてはいたよ。うん」

 

 

元の世界での事務所での生活は、確かに静けさとは無縁の生活だったと、横島はしみじみ実感し、目を伏せた。

その様子が千冬の目にどう写ったのか、心配そうに声をかけた。

 

 

「……元の世界へ帰る手立ては見つからんのか?」

 

「ああ。昨日も言ったけど、何かに妨害される印象なんだよな。時空転移なんかもこなしちゃあいるから、帰還用のコンパス、頭の中のな、が狂ってるわけではなさそうなんだけど」

 

 

なんにせよ、時間がかかりそうだと言う横島に、千冬は悪いと感じながら、心の中で安堵の息をもらす。

今、横島に帰還されては -今それを認める訳にはいかないのだが- 千冬と束の構想は、根底から崩れてしまうことになるからだ。

 

 

「帰還出来るか分からないお前には悪いが、これからの身の振り方も相談せんといかんしな。私は取り急ぎ、轡木(くつわぎ)さんに連絡を取りたいと思っている」

 

「轡木さん?」

 

「私の勤める職場の用務……いや、実質的な運営者だ。事情を話せば、色々と便宜を図ってくれるだろうさ」

 

「どこまで話せるか、だけどな」

 

「まあ、な」

 

 

コーヒーを口に運びながら、二人は考え込む。

昨日の簡単な情報交換であっても、どれだけの情報を外部に伝えるべきか、図りかねるところが大きかったからだ。

だからこそ今日は、より深い情報の交換と、対価の検討を一日かけて、信用できる者を集めて -この場合、千冬の縁故の側でとなるが- 行うはずだったのだが、束は一向に姿を表さない。

 

 

「アイツは本当に気まぐれだからな。予定通りに顔を出さなくても、いつもの事ではあるんだが」

 

 

今日に限っては困るな、と頭をかかえる千冬。

千冬がそんな様子では、と動きようもない横島。

シリアルも空になり、さてどうしたものかと考えあぐねていると、千冬から口を開いた。

 

 

「細かい事はいくらでも話せるし、話さなければいけないことは山のようにあるが……そうだな、最初の話題はこれがいいだろう」

 

 

コーヒーカップをくゆらせ、しっかり目を見て、告げた。

 

 

「横島。お前の目的はなんだ」

 

「目的?」

 

「そうだ。意図せずこの世界に飛び込んできてしまったのなら、とりあえずは帰還することだろうが」

 

「だな」

 

「それ以外では? たとえば、元の世界では。目指すべきところは、なんだった?」

 

 

自分とは違え、命をかける職業に就いていたのは、それなりの理由があっただろうと千冬は言うが

 

 

「金稼いで美人の嫁さんを貰って退廃的な生活を送ろうかと思ってた」

 

「……お前は本当にアホだな」

 

 

聞かなければ良かったと頭をかかえる千冬に、今度は横島が問いかけた。

 

 

「千冬の目的は?」

 

「私か。私の目的は……そうだな。この世界の現状の打破。……いや、違うな」

 

 

窓の外、道を行き交う人々。

千冬は朝の喧噪が街全体を包んでいく様子を眺め、しばらくしてから、呟いた。

 

 

「仇討ちだと言ったら……どうする?」

 

 

 

 

 

 

さらに続け。


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