ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム 【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】 作:監督
「あ、あの女……! 美神さんよりひでえ」
浜辺に打ち上げられた溺死体、ではなく。
横島忠夫 -IS学園教師- が誰もいなくなった浜辺で呟く。
太陽はそろそろ地平線に向けて足を速める頃合いではあったが、今の時間なら女生徒達がビーチで自由時間を楽しんでいるはずだと、必死の思いで海底から浜に戻った横島の目に映ったのは、ただただ閑散とした砂浜のみ。
下手に期待した分、落胆も大きく、横島は浜辺で盛大にうなだれた。
ぜいぜいと乱れた呼吸音だけが、波音に紛れて響いては、砂地に吸い込まれて消えていく。
「『あいつら』を拘束するための霊糸結束バンドで簀巻きにした上に、潜り込んできたスーツケースには霊力霧散の御札……美神さんですら鋼鉄製のチェーンだったぞ」
そも横島の来訪予定は最終日で、余計な混乱を嫌った千冬に初日参加は絶対禁止だと厳命されていたのだが、それを守るような横島でもない。
だが命令を守らない者に甘い対処をする千冬でもなく。
ごめんなさい横島さん、という申し訳なさそうな真耶の言葉と同時に、海に投げ捨てられたのだった。
「ったくよ……へそくりの『これ』がなけりゃ、マジでやばかったっての」
左手から浮かび上がった3個の『これ』は、文字通り横島の奥の手であった。
だからこそ管理は厳重にしていたが、こうして体内に『個体』化し取り込める様になった後も、ほぼ全てが『お前に預けていてもロクな事にならんだろうし、新パーツ開発の為の部材にでもした方がいい』と千冬に取り上げられていたのだが
「ふうう~ん。上手い事隠してるもんだね~よこっち?」
「えっ?!」
不意に伸びてきた手に、残った最後、全てを奪われる。
「ひっさしぶりー。元気だった、よこっち?」
「たった今元気じゃなくなったよ、どちくしょう」
兎耳型のマニピュレーター、いやカチューシャか。
ふしぎの国のアリスから抜け出てきたような、この青空に不釣り合いなロングドレスを纏った女性は、不敵に微笑む。
「束よう。返してくれねーかな、それ。マジで最後の虎の子なんだけど」
「どうせ二、三日すれば出来るんだし、この天才にサンプルを預けるのに数は多いに越した事はないさ~。あんな『不細工』な仕掛けを作ってるよりは、よっぽどスマートだよ」
「何言ってやがんだ、その不細工なモン作らせたのはお前らだろーが……って、もしかして出来たのか、あれ。例の『空中給油』計画に基づくやつ」
「おっとっと。さすがによこっち、察しが早いねえ。ナンパの時もそれくらいなら、無駄な努力をしないでもいいんだろうにねえ」
「無駄な努力って言うな。必要あってのことだろーがよ」
「まあね~。趣味と実益を兼ねて、ついでに世界平和にも貢献できる簡単なお仕事、だよねえ」
「出来るだけ効率的に動くのにこしたことはねーよ。なんせ、今に至っても仲間はごくわずかなんだから」
「下手に素性がばれると、最悪、銃弾でばあん、だからねー」
「二十一カ国会議内のパワーバランスな。たく、政治ってのはどの世界でも厄介だよな……」
抜けるような青空の下、久々に顔を合わせた二人は長閑なようでいて、どこか剣呑な雰囲気を漂わせる。
カモメの群れが視界をかすめ、岬の向こうに飛び去っていく。
「空を飛んでるのがああいうのだけだったら、この世界もちょっとは落ち着くのかもしれんけどな」
「『あいつら』がいなくなっても、変わらないかもしれないけどね。結局、世界が混乱してはっきりしたのは、降りかかる火の粉は自分で振り払うしかないって事だけさ」
実質的に人間側の世界を動かしている二十一カ国会議。
先進国グループ、つまりは金持ちによる貧困層の切り捨て、浸食される南半球からの撤退、ISの寡占、対DDを名目にした現有軍事力の掌握。
歪んでいく世界に溢れてくるのは、決して賛美の声などではなかった。
「ま、霊力がどんだけ強かろうと、軍隊に物量で来られたら勝てねえよ。かといって俺がISに乗るには問題ありだしな」
「そこんとこはどうにもねえ。まあ、計画に沿う機体は出来たんだけど」
へっへん、と胸を張ってから、束は珍しく溜息をつく。
「箒ちゃんに、その機体をプレゼントして、派手にデビューって考えてたんだけどさあ。コメリカの連中が余計なことしてくれて、ごらんの有様だよ!」
人っ子一人いない浜辺に、束は大声で悪態をつく。
「余計な事……?」
「ちーちゃんのビキニ姿見たかったのにっ!! んもうっ!!」
「そっちかい?! ってまあ。確かになあ。あいつのマイクロビキニ姿、見たかった……」
持参し破棄された特製ビキニを思い出す横島。
「ものすっごいちっちゃな布の隙間からたわわんと揺れる果実をこーね、もぎゅっと背後からねっ」
「上から下から組んずほぐれつなっ」
視線を交わした二人は、思わず手を握る。
「うん、やっぱりよこっちは仲間だよねっ。実験対象なだけだけど!」
「あいつに恥ずかしい格好させたいってだけで『仲間』っていわれんのも嫌だけどな!」
どちらにせよ変態な二人の乾いた高笑いが波を押し返す勢いでしばらく響き渡っていたという。
◇
「ねえセシリア、なんでこうなったのかわかる?」
「分かるわけがありませんわ……ってなんで隣のクラスの貴方がこちらにいますの」
「宿の広間に荷物まとめて集められてるんだから、別に多少移動したっていいでしょ」
悪びれないいつもの鈴の態度にセシリアも苦笑いを浮かべるが、珍しく賛意を示したのはラウラだった。
「分からんでもない。この分では、宿からも移動することになるかもしれんしな」
「せっかく楽しかった自由時間を切り上げて、やってる事と言えば帰り支度だもんねえ……初日にそりゃないよって思うけど、織斑先生達も何も言わないしね」
「やまぴーが『緊急事態です』って言った後は、何か変な手話使い始めちゃったし。ラウラ、あんた読めなかったの?」
「知らん」
鈴が興味深げな視線を向けるが、ラウラは柳に風と受け流す。
「仮に知っていても、軽率に話せるわけが無かろうが。読唇術の可能性すら避けて、オリジナルの手話を交わすくらいだ。余程差し迫った事態なのだろうし、そもそも」
セシリア、シャルロット、鈴。
それぞれ専用機を持つ各国代表を眺め、声を潜め言い放つ。
「あの教師の身辺調査をした時に、学園側の動静に深入りはしないと決めたのではなかったか? 詳細は分からんが、これは明らかに待機命令ではなく撤退準備だ。専用機・訓練機、教員搭乗機も含めて30は下らん数のISが集中している『部隊』が逃げを打つ理由……想像したくもないのが正直なところだ」
「確かにそうですわね。深入りしようにもどうにもなりませんが」
「余計な動きはしないほうがいいか。なんか危なそうだしね」
「それがいいだろう。私とて、嫁に意を決して水着姿を披露したというのに台無しなのだ。気分がよろしくはないしな」
「ラウラの黒いビキニ、凄く似合ってたのにねえ」
口をとがらせたラウラにシャルロットが微笑むと、どこか照れたようにはにかんで、視線を踊らせる。
その先には、箒と二人で壁際に佇む一夏の姿があった。
「……どうした一夏、難しい顔をして」
「へ?」
まるで今まで箒に気づかなかったように呆ける一夏に、箒は頬をつねる。
「あたたたたたっ?!」
「千冬さんが何も言わないからって、またお前は何か考えすぎていただろう。待機命令がどうなるかわからんが、これが終わったら竹刀でも振るか?」
「うげ。千本ノックじゃないんだから、勘弁してくれよな」
「そのくらいの方がいいんじゃないか。千冬さんの下着を手にしてぼさっとしているお前を見た時は、ついにいかれたかと頭を抱えたからな」
「だからそれは誤解だって」
千冬が旅行に同行していた指揮車のオペレーションルームに籠もってしまったため、一夏が千冬の分まで荷物をまとめていたのだが、つい考えふけり、仕事の途中で手を止めてしまったのだ。
一夏にしてみれば姉の下着を洗濯するのも日常の一コマであったので、年頃の女性がはしたないとは思いつつも、別に欲情したりはしないのだが、いつまでも集合しない一夏を呼びに来た箒にしてみれば、十分におかしな光景ではあるのだった。
「まあ、そのくらいの方が、け、けけけけけ、健全ではあるのだろうがな……思春期の男子としては」
「だから誤解だって!」
最近、横島のせいで男というものに酷い誤解が広まっている気がしてならないと、一夏は頭を抱える。
横島が学園に復帰してからこちら、なにかと世話を焼いてくれるのは嬉しいのだが、面倒の種を蒔いてくれてもいる。
こないだなど『おう、一夏。今日も朝○ちしてるかー?』などと大勢の女生徒の前で口走り、慌てて口をふさいだのだが後の祭り。
『一夏君って……』『でも男の子ってごにょごにょ』『そもそも朝立○ってなに?』『それはry』 などと噂され、いたたまれなくなったのを覚えている。
箒にしてみれば、もうちょっと私たちに多少積極的になってくれというニュアンス以上の物では無かったが、一夏に天を仰がせるには十分だった。
「そうじゃないよ、箒……俺が思ってたのは、みんな良く笑ってられるなあってさ」
「笑って……? ああ、なるほどな」
詳細こそ知らされていないとはいえ、この場にいる生徒達は、未だに笑みを絶やさない。
まるで今ここに付いたばかりと言われれば、信じたかもしれないほどに、皆普段通り、朗らかに見えた。
一夏の目には、先ほどまでの自由時間と変わらないようにすら映った。
「別に、苦しい顔をしていれば何が変わる訳でもないからな。いい加減お前もわかってきたんじゃないのか? みんな、笑っていようとしてるのさ。こういう時こそ、いつもと同じようにって」
「かもな。だけどさ、なんていうか、屈託がないんだよな。ここの女の子達の笑顔には」
言葉が適切かどうかはわからなかったが、少なくとも、自分の周りにいた連中とは違うと一夏は思い返す。
無差別に降り注ぐ悪意に堪え忍んで、苦しんで、それでもどうにかひねり出した、拾い上げた笑顔だった。
どうにかしたい、でもどうにもできない。
そんな中でみなが浮かべる笑顔には魅せるモノもあったが、同時に逃げだしてしまいたいという願望や自分だけは助かりたいという生臭さ、何をしても同じなのだと厭世的な暗さを感じさせるモノが多かったのも、また事実だった。
「本気で信じてるからだろ。努力がイコールで結果に結びつく訳じゃないけれど、自分たちが、みんなを守る楯にも、矛にもなるんだって」
「……随分訳知りな事を言うんだな、箒は」
「私はそう思ってるからな。みんなにもそうあって欲しいと思ってるだけかもしれないけれど」
「強いな、箒は」
「何を今更。ISでも剣道でも、お前に負ける気はせんぞ」
とぼけて言ってみせる箒に、一夏が笑う。
案外、ISに女性だけが乗れるのは、彼女たちが強いからなのかもしれないなと一夏は感じた。
なら自分は男の代表として、引けを取らない様な強さを手に入れたか、と考え、苦笑した。
所属不明機が襲来した時、自分が口走った『守る』という言葉。
理想に現実を追いつかせるには、何もかもが足りないのはわかっていたし、ぼさぼさしていると『現実』が一夏に追いついてしまう。
その際に焦ってみても遅いのだ。
だからこそ、こうしているだけでいいのかと忸怩たる思いが浮かんでは消え、隣に座る箒に呆れられるのだった。
◇
「ちーちゃん、来たよ~」
「よっす」
「二人とも遅いぞ」
薄暗い指揮車内のオペレーションルーム。
千冬はモニタを見据えたまま、振り返りもせずに告げる。
海に投げ捨てたのはだれやねん、とぶちぶち愚痴る横島に真耶は申し訳なさそうに手を合わせる。
「やーやーやー、予想外の事態だからねー。そんなに怒っちゃいやだよ」
「お前は発生当初からモニタリング出来ていたろうが」
「ありゃ、ばれた? さすがちーちゃん……って言いたいところだけど、そうでもないんだよねー」
「束さんでも、今回の状況はモニタリング出来ていなかったんですか?」
キーボードをタッチする手を止めて、真耶が問いかける。
真耶を一瞥した束は、いつものように受け流し、量子展開したキーボードを無言のまま叩く。
当然のように指揮車のコンピューターに割り込んだ束に今更真耶は驚かないが、モニタに表示されたリアルタイムデータには目をむいた。
「私は箒ちゃんにあげる予定の紅椿の仕上げにかかっていたから、アラートに気を配ってなかったんだけどさ。終わってからデータ見て、ちっと後悔しちゃったよ」
「これは……まさか、コアを意図的に暴走させたんですか?! 人を乗せながら?!」
各数値が異常を示し、システムエラーを警告しつづける。
「そうだよん。私が実験機でやったけどさ。人乗ってなかったけど。ただアレを見て、なにか気づいたみたいなんだよね、コメリカ。エネルギーバイパスに細工したみたい。あーほんと、なんでもっと早く気づかなかったんだろ。こんな面白い人体実験」
「どこから情報が漏れた?」
千冬が初めて振り返り、束を睨み付ける。
怒気の激しさに、横島がたまらず後ずさりするほどだったが、束は薄笑みを称えて微動だにしない。
「私は漏らしてないよん。そんなことしてもメリットないし、いやあったのかな? こんなデータ滅多に取れないしー」
「ふんっ!」
肩をいからせる千冬。
状況が把握できない横島は、おずおず真耶に耳打ちした。
「い、一体何がどーなってるの?」
「その…コメリカが保有するISの内の一機『福音』が暴走したんです。先ほどの束さんのデータからは、恐らく、パイロットを乗せたまま『意図的に』」
「パイロットを乗せたまま意図的に、って。過負荷で魂がばらばらにされんぞっ?!」
「ナターシャがそんな実験に同意するはずがない。制御出来ると思っていたのだろうが、この茶番を仕組んだ輩には、相応の報いを受けて貰う」
千冬がいっそ冷静に呟くが、かえってその怒りの激しさがうかがい知れて、さすがの横島も軽口がたたけない。
「が、状況はよろしくない。だからこそお前にコールを送ったんだ、束」
「まあねえ。さすがの束さんも、ちょっと頭に来てるよー。ぷんぷん」
無数の文字の羅列がモニタを滑り落ちていく中、次々分割ウィンドウが開いていく。
メインモニタに照らし出されたポイントに重なるウィンドウは、十名からのISパイロットのプロフィールを表示していた。
その中には、横島が兵装テストで見知った顔もいくつかあった。
「こんだけのパイロットの魂を回収し損ねたなんてねー。ただでさえコアの材料が不足してるんだから、戦闘するなら、海で無く陸でやって欲しいよ」
「束っ!!」
千冬が振りおろした右手を、すんでの所で横島が受け止めた。
厳しい面持ちの横島は、千冬の震える拳をつかんだまま、束に問いかける。
「いくら『暴走』したISとはいえ、実戦経験を積んだ腕利きが十何人もやられるのか?」
「うん。よこっちの言う通りだけどさ。停止信号も受け付けないし、コメリカなら『戦後』を考えて、なにかしらやってきてもおかしくはないよね」
「……あいつらの駆除にも目処が立ってないってのに気が早いこった」
横島は深い深い溜息をつく。
震えの収まってきた千冬の右手をそっと離し、改めてモニタを見つめる。
「このままだと日本の領域に入るのも時間の問題か……」
「コメリカからの救援要請は、未だありません」
「政府への通達は?」
「異常はレーダーで感知しているでしょうが、正式な要請もしくは報告がない限りは、あくまでもIS学園からの暫定報告でしかありません。コメリカは同盟国ですし、スクランブルはかかるでしょうが、日本から迎撃するISも、政府の命令かコメリカの要請が無い限りは、現状では学園配備の機体を活用するしかありません」
悲痛な声で真耶が報告する。
その間にも、刻一刻と『福音』は日本に向けて進行していた。
「本土に上陸すればどうなるか、わからんでもないだろうに……どうせ領海間近にならんと要請も出ないのだろう」
「アラスカ条約を無視した違法改造の機体だもんね。あ、また一機落とされたー」
TVゲームでもやっているかのように、束が呟く。
だが反映されるデータの向こうには、まぎれもない『戦場』が広がっている。
「教員が出撃するのは当たり前だが、この状況でどこまで持つか不透明すぎる。戦力の確定しない……『敵』に予測で部隊を当てるほど愚かしい事はない」
千冬が胸から押し出した『敵』という言葉に、どれだけの想いがこもっていたのか横島にはわからない。
だが、モニタを睨み付けたまま、憤りと怒りを静め、努めて冷静であろうとする千冬の背中が、何よりも彼女の思いを代弁していた。
それから重い沈黙をたたえたオペレーションルームに、真耶の報告が響く。
「束さんの直通回線でなく、こちらのレーダーにも『福音』が反映されました。データを反映……?!」
「どうした?」
「いえ……あれ、どうして……?!」
慌ててパネルを操作する真耶は、不可解な表情を浮かべて、キーボードを叩き続けるが、やがて諦めたようにメインモニタにデータを投影させる。
「その……ありえないことですが……」
「事実だけを正確に報告しろ、真耶」
毅然とした千冬の声とは裏腹に、真耶が戸惑い、つぶやく。
「は、はい。その、位置情報などから間違いはないと思われますが……福音が」
「福音が、どうした!」
焦れた千冬の強い声が、真耶の背を押す。
「福音が、敵性体、つまり……」
つばを飲みこみ、決して間違いの無いよう、慎重に。
しかし混乱を隠せない声で、告げた。
「ナターシャさんの搭乗する『IS』が、DDとして認識されています!」