ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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12話 臨海学校!

「海っ! 見えたぁっ!」

 

 

車中は歓声に包まれる。

IS学園の恒例行事となっている、臨海学校初日。

海で遊べるというだけで、生徒達のテンションは普段とは違った意味で、高まっている。

学園では対応できない実験や訓練の実施というお題目はついているにしろ、特に初日は全休日と変わらない扱いであることから、普段厳しい授業や訓練に耐えている生徒達は、なによりこの日を待ちわびていたからだ。

情勢の悪化に伴い中止も検討されてはいたのだが、日本は南半球などの第三世界に比べればまだ落ち着いているし、パイロット養成校であるIS学園までもが非常時の体制に入る意味合いの大きさを考慮し、例年通り開催される事となった。

警備の手配なども例年より手間がかかったのだが、そんな裏事情とは関係なく、晴れ渡り陽光を受ける海面は美しく輝き、ゆったりたなびく潮風を心地よさげに受け止めており、女生徒達はただただ、海辺での『活動』に期待に胸を膨らませていた。

セシリアが宣う『淑女の海の楽しみ方』なども、そのご高説をクラスメイト一同微笑ましく見つめている。

 

 

「みんな、海に来たってだけで嬉しそうだね。ねえ一夏?」

 

「……あ、うん。そうだな」

 

「……朝からどうしたの?」

 

 

一夏は出発してからずっとこんな調子だ。

今もあまり話を聞いていないし、窓辺に視線を落としたかと思えば、すぐ何かを案じたように考えふける。

らしくない、いや一夏らしいのかとシャルロットは首をひねる。

一夏は何かにつけて気負いすぎる一面を持っているし、気負う理由(世界でただ一人ISを操縦できる男性)も理解出来る。

だから、それが普段の行動に結びつくのもわかるのだが、それにしても今日はおかしい。

 

 

「なんでもないよ、ごめんなシャル」

 

「なら、いいんだけど」

 

 

なんでもなくないよね、と心で呟いて、シャルロットは苦笑いした。

そんな顔を見せられて、気にしない方が無理だけれど、こういう時の一夏に何を言っても無駄だと分かってもいるので、シャルロットは一夏をそのままにしておいた。

視線を移せば、一夏の隣で随分と大人しくしているラウラがいた。

普段とは真逆に縮こまってしまっているラウラの事情は、シャルロットにはよくわかっていたので、時折挙動不審に周囲を、特に一夏を見つめ顔を赤らめたりしても特には不安には思わなかったのだが。

 

 

(ラウラってば、ここのところで、本当に可愛らしくなったよね。でも、もしかしたらこれが彼女の素の表情なのかな? だとしたら、本当は僕も安心してたらいけないんだけど……)

 

 

一夏を横目に、うつむき加減に恥じらう彼女を見れば、やっぱり可愛いよね、と納得してしまう。

先日の学園付近へのDDの襲撃後、シャルロット達は改めて皆で水着を買いに出かけた。

ラウラから水着選びの協力を求められた時つい笑顔になってしまったのは、多分恋敵としてはいけない事なのだろう。

だが、その時も、そして今も。

シャルロットはラウラの変化を友人として嬉しく思っていた。

ラウラは純粋な軍事目的に『作られた』試験管ベビーであることは、シャルロットも本人から聞いていたし、対DD戦が激しさを増すにつれ感情を消去され、戦闘に特化した一兵士として『調整』されていったのも、いわば『自然な』成り行きだったろうが、

だから、恋の行方はともかくとして、ラウラが少しずつでも、確かに笑顔を取り戻していくのは、シャルロットにとって何より喜ばしいものだった。

そして、笑顔を取り戻したのはラウラだけではないとも、シャルロットは思う。

箒も、セシリアも、鈴も、そして自分も、一夏と出会って、ちゃんと笑えるようになったのではないか、と。

DDによって、生き方になにかしらの影響を受けたのは、なにもラウラ一人ではない。

言い方は悪いが、シャルロットは万一に備え血筋を残す『バックアップ』として生まれた事をもう理解していたし、セシリアは複雑な関係らしかった両親を、DDの襲撃で失い、貴族の末裔として今も苦労している。

箒は束の家族というだけで、要人保護プログラムの適用を受け全国各地を転々とせざるを得なかったというし、鈴はISに関わった事で両親の意見が食い違い離婚、そして一夏も同じようなものだという。

自分たちと周囲、社会との関わり様がDD一色に塗りつぶされるのは、決して愉快でも面白いものでもない。

だけれども、そこに一夏というファクターが加わって、掛け値のない優しさに触れる事が出来て、それがどれだけなのか、自分にも他人にも推し量る事は出来ないけれど、確かに、心からの笑顔を取り戻す事が出来た。

一夏を自分のモノにしたいのなら、ラウラの足を引っ張るのが本当なのだろうけれど---とシャルロットはまた苦笑する。

そんな慈愛ともおおらかさともつかないシャルロットの思いを他所に、一夏は相変わらず難しい顔をしていたが、他の女生徒の盛り上がりように、同乗していた教官、千冬から注意が飛ぶ。

 

 

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 

 

彼女の一喝にさっと着席した皆に、普段からの千冬の指導力がうかがい知れたが、一夏は思い出したように顔を上げたかと思えば、ただ彼女の後ろ姿を眺めていた。

先日、横島と千冬のやりとりを見て、姉に良い人が出来たのかと一夏はそれはもう、慌てた。

隣にいた箒の、深い溜息に気づきもしないほどに。

彼にとっては唯一の肉親で、いずれ誰か似合いの人と姉は一緒になるのだろうと思っていたし、そうなるべきだとぼんやり考えてはいても、現実感など全く伴っていなかったのだ。

当然、一夏は横島とはどういう人物か知ろうとした。

気にくわなければ、出来る範囲で『それなりの対応』を取ろうとも考えていたし、実際、難癖をつけてごねてやろうというくらいには思っていたのだ。

良い意味でも悪い意味でも奔放な姉であるから、横島も似たような感じなのかと思っていたのだが、実際接してみた横島は姉以上に奔放で、振り回されるばかりだった。

ただ、それが決して不快ではなかったのが、余計、一夏を戸惑わせていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、横島先生」

 

「ん? ああ、千冬の弟さん……確か一夏君だっけか。どうした?」

 

 

放課後、整備場に入った一夏。

姉を呼び捨てにするな、と喉もとまで出かかった言葉をぐっと飲み込む。

 

 

『この時間ならあそこじゃない?』

 

 

整備課の先輩に聞いたとおり、横島を見つける事が出来た。

夏の日は長く、未だ自主訓練を行う生徒達で騒がしいアリーナにくらべ、ここはシンとした空気だけが静かに居並ぶISを包んでいる様に見えた。

横島は一夏を一瞥するとすぐに打鉄に目を戻し、手元の金槌で細かく打鉄を叩いてその音を聞いては、チェック表に何事か書き込んでいる。

忙しそうに立ち回る横島に遠慮した方が良いかと感じたが、うじうじしても仕方がないと一夏は思い直し、口を開いた。

 

 

「すみません、ちょっとお伺いしたい事があったんですが……何されてるんですか?」

 

「ん? ああ、ぱっと見じゃわかんねーか。音を聞いて、金属疲労とか、異常を探ってるんだよ」

 

「そんなことが出来るんですか。ISって精密機器の塊だと思ってましたけど……」

 

「検査する項目によっては、慣れれば出来る。どっか悪ければ音が違うし、手応えも何となくな。まあ量産機だから出来る話だけど、そもそもISがそんなヤワだったら、試合も戦闘も出来ないだろ」

 

「かもしれません。でも、量産機だからっていうと、白式だと無理なんですか?」

 

「無理だな。ああいう専用機は、パーツ自体もワンオフ……共通規格でない特注品も多いから、一定の基準を設定できる量産機とはちいっと違う。だからお前さんの白式は、専用機の専任チームがメンテナンスしてるだろ?」

 

「でしたね。たまに自分でメンテナンスしてる人達もいますけど……生徒会長とか」

 

「あんな化け物共は参考にならねーだろ……IS学園に入ってくる連中が世界中から選り抜かれたエリートなのはわかってっけど、近くで見てると嫌になるよなあ」

 

「……先生でもそう思うんですか?」

 

 

一夏は思わず笑いをこぼす。

そもそも横島は、そのエリートが集まるIS学園の教師ではないか。

 

 

「当たり前じゃねーか。大体、俺は昔っからエリートなんて言葉を聞くと、さぶいぼ出るんだよ」

 

「そんな人達相手に、毎朝ナンパしてるのに?」

 

「ばかやろ、アレは挨拶みてーなもんだ。例えエリートだろうがなんだろうが、そこに美女がいるなら、ナンパするのが男ってもんだろ」

 

「……ですか?」

 

 

呆れたような乾いた笑いをする一夏に、横島は顔をしかめ

 

 

「んだよ。黙っててもモテて仕方ないヤツにはわかんねーか」

 

 

今度は横島が、へっと皮肉な薄笑いを浮かべる。

 

 

「モテて、って……そんな事ないですけど」

 

「ああんっ?!」

 

「あだだだだだだ、なにするんですか先生っ?!」

 

 

だが、さらっと流した一夏の態度は横島にとって憎たらしいどころではない。

持っていた金槌で殴ってやろうかと思ったが、そこは多少なりとも経験を積んだ大人としてこめかみを思い切りぐりぐりする程度で許してやった。

 

 

「うるせっ。ピートみたいに余裕ぶりやがって」

 

「余裕ぶってませんよっ!!」

 

 

ふと手がゆるんだ隙に、一夏はどうにか抜け出す。

じんじん痛むこめかみを押さえ涙目になりながら、抗議の声を上げるが、横島は我関せずとまた打鉄に目を向ける。

どちくしょー、俺だって高校ん時は多少はなー、やっぱり多少もモテてねー、などとさめざめ涙を流しながら

 

 

「んで、何よ? 用事があったんだろ?」

 

 

と、手を動かし問いかける。

一夏は一夏で

 

 

「あ、えっと。はい、そうでした」

 

 

乱れた髪をなおしながら、呟く。

言ったは良いが、いざ、姉とどういう関係なのかとは面と向かって直球では聞きづらく、つい押し黙り、考え込んだ末に浮かんだ言葉を口から押し出した。

 

 

「……いえ、先生とは同じ男同士なのに、あんまりお話しする機会がないなあと思って。周りが女の子ばかりだと、気が休まらないじゃないですか」

 

 

いかな女好きとは言え、接点のない横島に話しかける理由としては違和感のないものだと一夏は思ったが

 

 

「お、俺にその気はないぞ?」

 

 

横島が板書を尻に当て、凄い勢いで後ずさる。

 

 

「違いますよっ!!」

 

「本当か? 本当だな? 更衣室で『一緒に着替えようぜ』とか言って肩を抱いたりしないよな? そんなことしたら泣くぞ俺」

 

「しませんからっ!! えーと、ですからね? ともかく。せっかく学園にいる数少ない男性同士なんですから、もうちょっと交流を深めたいというか」

 

「おホモだちは遠慮します」

 

「ですからっ!!」

 

「だから冗談だよ。頭かてーなあ」

 

「……こんなおちょくられれば、多少怒っても仕方ないと思いますけど」

 

「まーなー。まあでも、ようやっと『普通の』表情になってきたじゃん」

 

「え?」

 

 

手をひらひらさせた横島は書類を整備用のデスクに置いた。

胸元のタバコを取り出そうとし、格納庫は禁煙である事を思いだし、バツが悪そうにポケットに戻した。

やれやれと気だるそうに打鉄に背を預けて、一夏を見据える。

手持ちぶさたな横島はデスクの上に用意していた缶コーヒーを一夏に投げ渡し、自分もプルトップを開けた。

 

 

「いや、なんか堅い顔してたからさ、話すんなら、肩の力が抜けた方がいいだろ。ま、俺も、お前に全く関わらない訳じゃないしな。模擬戦とかも出張先で見てたし、白式のデータ解析なんかも手伝わされてるからな。でもさ、その度思ってたんだよなあ」

 

「……何をですか?」

 

 

かー温い、とわかりきった愚痴を吐く横島の次の言葉を、一夏は待つ。

一気にかき込んだ温いコーヒーが、喉を滑り落ちていく。

 

 

「お前くらいの年頃だったら、こんな環境にいたら、なおのこと、ちちしりふとももー! とか騒いでたり、もうちょっとぎらぎらした目をしてた方が自然かなって。お前、やっぱりホモなのか?」

 

「だから、ホモじゃありませんっ!!」

 

 

なにをさも決まった事みたいに、と一夏は抗議の声を上げる。

 

 

「わははははっ、まあ許せよ。こっちは、散々モテねー高校生活送ったんだから、多少やっかんだってバチはあたらんだろ」

 

「先生が言うみたいに、モテてなんかいませんよ……女の子におもちゃにされてるだけです。何かって言うと、人を景品にして遊んだり、竹刀ではたいたりするんですから」

 

「あー、剣道部の……箒ちゃんだっけか? 榊原先生が嘆いてたな、そーいや」

 

「センセー、榊原先生にまで手を……」

 

 

男運が悪い事で有名な榊原が今度は横島に引っかかったのか、いや、それなら姉はどうなるなどと一夏は想像したのだが

 

 

「ちげーよ。お前らが竹刀をばんばか折ったり壊したりすっから、俺のところに修理依頼が回ってきてるだけだっての。ちょっとは自重しろ」

 

「いや、それを僕に言われても……」

 

 

だが全く無関係とも言えず、一夏はバツが悪かった。

普段の練習でも打ち込みの数は多いし、竹刀が痛むのはまだしも、折れるのは大概箒の機嫌が悪いときだ。

一夏もそれで被害を受けるのだが、まさか横島にまで迷惑をかけているとは思っていなかった。

 

 

「……先生、竹刀直せるんですか?」

 

「直せるわけねーだろ。職員の間で便利屋になってるだけだよ、めんどくさい事はあいつにまわせーってな」

 

「災難ですねぇ……」

 

「片棒担いでるお前に言われたくねーけどな。終いにはセシリアちゃんの弁当食わせっぞ、このやろう」

 

 

味も見た目も常軌を逸している、かつて美神に食べさせられた霊力増進のイモリの黒焼きなどに匹敵する弁当のせいで、腹をこわして欠勤してしまったのは、横島の記憶に新しい。

なぜセシリアがわざわざ自分に弁当を作ってきたのかはいまいち分かっていないが、このモテ男に痛い目見させてやる、と横島は息巻いたのだが

 

 

「……割と食べてます……」

 

 

お昼時、たまにですけど、なぜだかみんながお弁当作ってきてくれて、全部食べなきゃ帰れないって雰囲気になるんですよ、と一夏は遠い目をして呟いた。

いっくら教えても全然上手くならないんですよねー彼女、と口から魂が抜け出しそうになっている。

 

 

「あれを割とか……」

 

「ええ……」

 

 

不意に憐憫の情が湧いたのか、横島は一夏の肩を叩き、そっと右手を差し出した。

 

 

「イケメンにゃイケメンなりの苦労があんだな……」

 

「センセー」

 

 

ようやくあの苦しみを分かってくれる人が、と胸を熱くした一夏は手を取って

 

 

「アバババババババババババババババッ?!」

 

「わははははは、油断すっからだ!」

 

 

感電し、しびれて床に倒れ込む。

いろんな女の子に弁当作ってきてもらえるだけで勝ち組だバカヤロ、と笑みをたたえる横島。

彼が打鉄から引き込み、右手に仕掛けた電気配線を一夏はもろに握り込んでしまい、悶絶する結果となってしまったりしていた。

ちなみに100vなのでぎりぎり大丈夫だ。

 

 

「束謹製の絶縁コーティングはさすがだなー。後でレポート挙げとこう」

 

「大人げ……ないっす……よ、センセー……?!」

 

 

その後怒った一夏が横島が追いかけ回して、アリーナで白式を展開してまでやり込めようとしたのだが、ゴキブリのように逃げ回る横島に攻撃は当たらず、結局千冬に見つかって、二人とも折檻されたりしたのだが。

ただまあ、その日、横島が一夏をからかったのは結局これくらいだった。

ひとしきりの喧嘩を終えた後は、どうしても一夏が警戒したにせよ、その後はなにかにつけて横島は一夏の面倒を見た。

白式のメンテナンスは出来ないにせよ、データモニター役を買って出たり、割と装備の似通った打鉄と比較した上でアドバイスもし、一夏にとっては学園の中で気の置けない存在として、横島は精神的な助けにもなっていった。

結局のところ、横島も横島で、学園内で、年の近しい同姓の知り合いが欲しかったのかもしれない。

自身の暇と一夏の油断を見つけては気晴らしにからかっていたのだけれども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら一夏、みんな降りてるよ?」

 

「え? ああ、そっか。ありがとな、シャル」

 

 

考えふけっていた一夏は、バスが目的地に到着した事も気づかず、シャルロットに肩を叩かれるまで、席にじっと座っていた。

女生徒達は、皆足取りも軽やかにバスから飛び出していく。

窓の外にどこまでも広がる蒼の海と高い入道雲に今更ながらに気づいた一夏は、ようやく顔をほころばせる。

 

 

「まあ、千冬姉と横島さんが今すぐどうにかなるって訳じゃないだろうし……」

 

 

一人ささやくと、一夏も皆を追って、バスを降りた。

人工島として整備されたIS学園とはまた違う、強い陽差しが照らしだす緑を湛えた海辺。

一夏は気持ちを切り替えようと、大きく息を吸った。

潮風に流されて、もやもやした胸のつかえも無くなっていく気がした。

 

 

「白式の新兵装テストもするとか言ってたしな。ぼんやりしてたら怪我するぞ、っと」

 

「その通りだ。さっさと集合せんか、バカもん」

 

「うわっ、千冬姉っ?!」

 

「織斑先生だと何遍言えばわかる」

 

 

バアン、と出席簿ではたかれ、頭を抱える。

入学以来何回目か分からないが、臨海学校にまで出席簿を持ってくる事はないだろうにとささやかな反抗を心の中で試みるが、千冬に一にらみされて一夏は縮こまる。

 

 

「なんだ、私の顔になにかついているか?」

 

「な、なんでもないっす!」

 

「なんでもありません、だ。教師へは敬意を持って接しろ」

 

 

そして一夏は再び思い切りはたかれ、うずくまる。

 

 

「織斑せんせーい、ちょっとよろしいですかー」

 

「どうした、山田先生?」

 

「いえ、リストにない荷物が……」

 

 

真耶が千冬を呼んだ隙に、これ以上はたまらないと、逃げるように集合場所に駆けていく。

大体誰のせいでこんな気分なんだ、理不尽だと愚痴るが、あまりに普段と変わりない千冬の様子に、一夏は逆に安心している自分に気がつく。

 

 

「まあいいや。横島さんは臨海学校には最終日しか来ないって聞いてるし、楽しむ……じゃない、せいぜい頑張るか」

 

 

建前でもなんでも、これは『学習』なんだから。

遅いですわよと手を振るセシリア達に向かって、足取りを速める。

そうだ、一人で仏頂面をしていたって、何がどう変わる訳でもない。

一夏はそう思い定めて、花月荘前に整列する一組の最後尾に加わる。

 

その後方では、真耶がISを装着し、どたばた暴れるスーツケースを鎖でがんじがらめにして外洋に投棄すべく飛んでいた。

なぜか千冬がそのスーツケースに向かって『とりあえず私は事前に警告してたよな』と呆れて呟いたとか呟かなかったとか。うじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日夕刻、米国某IS基地。

情報を統括する作戦司令室には、アラートが鳴り響いていた。

 

 

「ええい、うるさくて叶わん。誰か止めてこいっ!!」

 

「しかし司令、規定では後三分は警報は止まりません!」

 

「規定がどうした! それはアホの言う台詞だっ!」

 

 

忌々しげに、足下にあったゴミ箱を蹴り飛ばす。

普段なら震え上がり、すぐさま警報解除に向かうのだろうが、しかし今、司令室にいるスタッフには、彼らのボスを気遣う余裕など無かった。

大型モニターに表示される無数の光点、その中でもひときわ大きく赤く点滅する物体は、周囲の黄色い光点 -DD- を従え、すさまじい速度で西進していく。

 

 

「いいか、絶対に『福音』を回収しろ! 最低限のISを残し、残りは全て捕獲に向ける。この際、回収の手段は問わん!!」

 

「しかし司令、それではナターシャが!」

 

「最優先事項だ! ISの『パーツ』でもっとも高価なパイロットと言えど、コアには変えられん!!」

 

 

わかったか、と部下を怒鳴りつけ、豪奢な革張りの椅子に体を放り出す。

緊迫感に包まれた司令室の喧噪が、彼をますます苛立たせた。

 

 

「万が一にも、『福音』を他国に渡すわけにはいかん」

 

 

深く、深く、そして長く、息を吐き出す。

口元を右手で覆い隠したところで、彼の焦燥は増すばかりだ。

 

 

「『対IS用』ISなど、その存在自体が禁忌なのだからな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年をまたいでもまだ続けっ

 


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