ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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第11話

 

一夏は、訓練を終えると汗も拭かないまま、ベッドに体を投げ出していた。

もし箒との同居がまだ続いていたならものすごい剣幕でシャワーに追い立てられたのだろうが、男一人、気にするような事もないし、そもそもそんな気にもなれなかったのだ。

 

 

「あーもー。駄目だ、すっきりしない」

 

 

このご時世に、姉が誰とどうしようと、そんな事気にしている場合ではない。

わかりきった事だ、一夏は自分にそう言い聞かせる。

 

 

「俺は、男で唯一ISを起動させる事が出来る。世界中の男共が見てるんだから」

 

 

箒に言われた様に、今すべきことは、自分を鍛え抜いて地力を蓄える事。

全く、その通りだと思う。

頼んだぞ、と親友の弾の言葉におくられ、身が引き締まる思いでIS学園の門をくぐったのはこの春だったが、それも随分前に思える。

それくらい、学園に来てからの生活は濃密だったし、ISの知識など皆無で、いかにも促成な現状をどうにか支えてきた『芯』は、自分が代表なのだから、という強い思いだった。

『定期便』に驚いている暇も、今まで月に一回も家に帰ってくればいい方だったくらいの、微妙に縁遠かった姉の生活を垣間見て驚いているくらいならば、その時間でISについて何か一つでも学ぶべきだ、と理屈では理解出来たのだが

 

 

「やっぱ気になる……」

 

 

正直な心情を吐露して、深い溜息をつく。

いくら体を動かしても、頭に張り付いた霧は晴れない。

 

 

「千冬姉に言えば、多分笑い飛ばされるんだろうけれどな」

 

 

DDの攻撃が引き続く中、一夏が物心ついたときから両親はおらず、箒や弾のような幼なじみ達と遊んでいても埋めきれなかった寂しさは、姉と過ごす時間が埋めてくれた。

幼い自分を親代わりに育ててくれた、だた一人の姉。

人にも自分にも厳しく、その厳しさに裏打ちされた優しさを持ち、心根は強いけれど、だけどなぜか、少なくとも家ではだらしなく、家事がとても苦手で、卵焼き一つ焼けず、たまに家に帰ると服を放り出してマッサージをせがんでくる。

そんなだから嫁のもらい手がないなどと言うと、鉄拳が飛んでくる男勝りな姉。

大好きで、大事な姉だ。

心配して何が悪い、といっそ一夏は開き直った。

 

 

「でもなあ。直接千冬姉に聞くってのも出来ないし……横島って先生とはあんまり面識ないし」

 

 

サポート関係で顔を合わせる事は多いと横島は言ったが、一夏の白式は専用機である以上に、製作に失敗した試作機を改造したという特殊性を持つワンオフ機、削り出しのアルミの様な『一度限りの製造品』であるため、整備は常に特定の整備班 -束の指示書を携えた- が行っており、横島は関わっていなかった。

また、その他の専用機も同じようにデータ取得のための試験機であったり、パイロットに合わせピーキーな調整を施された特殊形態機であったりしたため、やはり特定の受け持ちがあり、開発部である横島はあまりタッチしていないようであったので、周りの専用機持ち達からも横島の事を聞く機会は多くない。

これは、どちらかと言えば、横島は打鉄のような汎用機の『整備』と兵装の開発を行っていて、また『定期便』で損耗する二、三年生の機体を相手どる事が多かったからだが、これは一夏が知るところではなかった。

 

 

「いつまでもこうモヤモヤしてても仕方がないしな……会長とか、クラスの女子にでも聞いてみるか」

 

 

よし、と声を上げた一夏はベッドから跳ね起きる。

すっかり汗の染みこんでしまったシーツを荒々しく引っ張り上げると、自身の服や下着と一緒に洗濯機に放り込む。

真っ裸になった一夏は洗濯機の上につり下げたままにしてある洗い物を目にして、案外姉の事を笑えないかもしれないな、と苦笑いしながら、浴室に入った。

思い切り熱くしたシャワーが、今日一日の埃を洗い流していってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長く引き続く、職員会議の席上。

千冬が、報告を行っていた。

 

 

「我々にとっての幸運は、彼らの狙いが必ずしも我々の活動を阻害しない事です。高エネルギー帯の制圧には熱心でも、工場や農場、物流などの経済活動には興味が無い。それらの破壊は、過去の被害を受けたエリアなどとあわせれば、どこまでも高エネルギー帯制圧のおまけにすぎないと考えられますし、彼らの狙いが判明した以上は、難民キャンプの設営場所、拠点の移動も、今までよりはスムースに行えると考えます」

 

「移転した先でシールドの展開は可能なのですか?」

 

「それは……不可能です。致し方ありません」

 

 

千冬はぎゅっと唇を噛む。

地脈のエネルギーを利用した『シールド』は、当然、力が弱い場所では展開出来ない。

難民の保護、都市部より移転したインフラの保護などにはただでさえ不足しているISを使用するしか、選択肢がなくなるのだ。

しかしながらISをインフラや難民保護に回せるかというと、すぐに回答は出ない。

いや、はっきり言えば『回せない』のだ。

地脈から外れれば可能性自体は低くなるとは言え、DDが襲ってこないとは、誰も保障できない。

シールド自体がなかった以前と比べれば贅沢な悩みとも言えるのだが、しかし、シールドにしても大規模な展開を続ければ、やがては地脈の力を使い果たす。

地脈が枯れれば、土地は荒れ、やがて居住にも適さなくなる。

しかしながら、大都市がなぜその場所に発展したのかといえば、それは居住面でも、政治・経済面でも、また軍事面でも立地的に極めて利点が大きいからこそであった。

単に移転すれば、DDの攻撃を逃れられて皆がハッピーだ、とはいかない。

だからこそインフラの保護や地脈の減衰を考慮すれば、ISとシールドの展開は一体で行われるのが一番効率的であったのだが、状況の変化がジレンマを生んでいた。

 

 

「稼働可能なISはようやく大台に乗るところですが、学園にある訓練機などの機体を除いた数で、全世界をカバーは出来ません。現有ISに対するパイロット数にしても、稼働時間や交代要員を考えれば、まだまだ数が欲しいところです。結果として『無理な』稼働を続けざるを得ず、絶対防御を誇るISとはいえ、損耗率は上昇しています。ただでさえ国連……いえ、二十一カ国会議主導の撤退作戦で対象となった地域からは、先進国による第三世界の切り捨てだと、悲鳴にも似た非難の声が上がっております。もし可能ならば、全ての人達を『保護』したいのですが、それは現実として不可能です。だからこそ『亡国機業』の様な者達がはこびる。ここにいたって、人類が団結できていないというのは、全く歯がゆいものです」

 

 

会議室を沈黙が支配する。

深く長い静寂の後、轡木は傍目にも大仰な溜息をつく。

皆を見渡し、強ばっていた顔つきを幾分か柔らかくし、静かに告げた。

 

 

「本日提出されたデータは、この何年かの検証データです。単なるコンピューター上での予測、と切って捨てるわけにもいきません。が、今すぐにDDが都市部に殺到してくる訳でもありません。まずは『選択と集中』が次の段階に進んだ事を喜び、学園として、生徒達の保護と育成にますます力を注ぎましょう」

 

「はい」

 

 

教員全員が力強く、頷く。

誰の目にも、悲嘆にくれた暗い影はない。

落ち込むのは簡単だが、ただ現状を憂い、沈んでいるばかりでは何も解決しない。

ならせめて、より明るくあれるよう努力しようというのが、教員全員の暗黙の了解であったし、それが学園の雰囲気に直結している。

 

 

「貧しても、鈍じてはなりません。我々は『反撃』の基礎を築き、確固たる物にしていかなければなりません。そして生徒達が普段通りの学園生活が送れるよう、今までにも増して、尽力しましょう」

 

「普段通りの学園生活。それが政治的なアピールを兼ねているにしても、ですか?」

 

 

最初の報告を終えた後、ずっと沈黙を保っていた横島が呟く。

誰に当てたのでもないだろう -もしかすると二十一カ国会議に向けたのかもしれないが- が皮肉をかたどった口元がゆるむ事はなく、轡木もまた、視線を動かさず言った。

 

 

「IS学園はどの国家にも所属しません。ですから、政治的なアピールなど必要がありません」

 

 

詭弁も良いところですが、と轡木は心中で呟く。

 

 

「ですが、市民を安心させ、また生徒達を『きちんと』育成するという点でIS学園が平常通りに運営されている事に意味はあるのですよ。だからこそ、状況がどれだけ重く変化するにしても、我々は常に平静であらねばなりません。わかりますね、横島先生」

 

「……余計な事を口にしました。申し訳ありません」

 

 

神妙に頭を下げる横島に、周囲の教師は苦い表情をしていたが、千冬などは呆れきった顔つきながら、口元に薄い笑みを浮かべてすらいた。

横島がなぜ、このような事を『今このタイミング』で口にしたのか理解していたからだ。

いわば『部外者』の横島が泥をかぶる形で、生徒達の政治利用への牽制を改めて確認したようなもので、それは他の教師も想像出来る事だったが、千冬は敢えて横島に鉄拳を喰らわせ、机に横島の顔を叩きつけた。

 

 

「大変失礼しました、理事長。横島にはよく言って聞かせますので」

 

「いってーな、千冬……ぐげっ」

 

「だから黙ってろと言ってるだろうが」

 

 

あげかけた顔を、再び押しつける。

その『茶番劇』に轡木も付き合って、出来る限り重々しい態度で横島に注意を告げ、ほどなく、会議の終了が宣言された。

千冬に締め上げられる横島の背中に、ほどほどにねと皆がささやいていたのを、二人が気づいていたかどうかは分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全休日から一週間ほど経った、昼時。

セシリア、鈴、シャルロットの三人は中庭でランチを囲みながら、観察の結果を話しあっていた。

 

 

「……あの教師、私たちにはあまり関わりないですのに、案外とISの周囲にはおりますのね」

 

「そりゃあ兵装開発の中心にいるんだし。整備とかもしてるのかな」

 

「二、三年生の打鉄とかの整備はしてるみたいだけど。こないだなんか、訓練機を触ってるからどうしたのかと思ったら、一機一機に大丈夫かって話かけてたよ。言葉で治る訳じゃないのにね?」

 

 

この前五人で集まった『会議』は結局、ラウラと箒は離脱するということになったのだが

 

 

「……篠ノ之さんもラウラさんも、つれないですわね」

 

「まー箒は仕方ないんじゃない? こそこそするのは性に合わない、私は私の剣に聞いてみるって言われたら、そうなのってしか返しようがないわよ」

 

「ラウラみたいに、これ以上調べる必要もないっていうのも頷けるんだけどね……」

 

 

あまり害をなす行動をしている訳ではなさそうで、だから危険を冒して深入りする必要はないというラウラの意見にシャルロットも賛成していたが、間を置かず繰り返されるナンパにはうんざりしていたし、鼻息の荒いセシリアと鈴を放り出すのも気が引けた、というのが正直なところだった。

 

 

「そう言えば、一夏さんもあの教師の事を気にされていましたわね」

 

「あ、あたしも聞かれた。なにか知ってる?って」

 

「ばれたのかと思ってどきっとしちゃったよ、私」

 

「あまり深く気にされているようではなかったみたいですけれど。知らないならいいんだっておっしゃっていました」

 

「あれだけ派手にやってるんだから、同じ男としては気になるんじゃない?」

 

「かもしれないねー。僕だって、身近に毎朝ナンパを繰り返すような女の子いたら、どうしたんだって思うもん」

 

 

もっとも横島の事を気にするくらいなら、もっと自分たちに目を向けて欲しいものだ、と目を見合わせて、三人は深い溜息をつく。

 

 

「でも一夏が気にしてるなら、いったん止めた方が良いのかなあ。ややこしい事になりそうじゃない?」

 

「かもしれませんが……いいえ! 得体の知れない人間に多少なりとも教わったり世話になったりするのは我慢できませんわ。命懸けで事に当たる場面で、ああいったセクハラでおちゃらける輩が教師などと名乗るのは許せません」

 

「まーねー。セシリアほどでなくとも、私もそれには賛成だわ。あんまり気を散らされて事故につながっても嫌だし」

 

「それもそうだよねえ……でも、これ以上どうやって調べるの? セシリアは英軍のツテを使ったんだろうし、鈴はあんまり芳しくなかったんでしょ? 僕は僕で、父さんとかフランス政府のツテは使えないしね……」

 

 

皆が頭をひねりながらも結論を見いだせず、バスケットのサンドイッチがただ乾いていくのに任せていた中、セシリアが手を叩いた。

 

 

「そうだ、これならいけるかも……!」

 

「なによ?」

 

「……あの教師って、基本的にアホですわよね?」

 

 

そう言って、二人に耳を寄せるセシリアは、淑女らしからぬ不気味な笑顔を浮かべていた。

少々悪辣と言っても良いほどの表情に、鈴は呆れ、シャルロットは冷や汗をかいていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽も中天を下り、夕暮れへとさしかかる、午後の一時。

通常授業を終え、教師や生徒それぞれが、夜までの課業をこなそうと学園内に散っていく最中、ISの格納庫へ向かう横島に、走り寄る人影があった。

 

 

「横島センセ~イ」

 

「はっ?! 美人のねーちゃんが俺を呼ぶ声がするっ?! どこ、どこやっ?!」

 

「うふふ。こちらですわよ、セ・ン・セ・イ?」

 

 

仮に擬音をつけるならきゃぴるーん、とでも。

セシリアは小走りに近づいた横島を、上目遣いで見つめる。

ポケットに、さっき使った目薬を隠し持ちつつ。

 

 

「おおっ、君は確かイギリス国家代表候補のセシリアちゃん! はっはっは、美しいお方。この横島になにかご用でもっ?!」

 

「御用というほどでもございませんの。ただ、いつもお世話になっております先生に、せめても労をねぎらって頂きたくて、このセシリア、お食事を用意いたしましたの! どうぞお仕事の合間に召し上がって頂けませんこと?」

 

「え?」

 

 

大仰な動作でセシリアが差し出したバスケットに、横島はついきょとんと呆けてしまう。

少しの間が空いて、さすがに唐突だったかとセシリアが焦りを覚え始めた瞬間、横島は盛大に笑った。

 

 

「はっはっはっはっはっは! ついに……ついに美少女が俺にお手製の弁当を……! ピートのおこぼれじゃなく、美神さんのゲテモノ料理でもなく、チーズ餡シメサババーガーでもなく、真っ当な弁当がついに俺の手に!!」

 

 

横島はただ目の前の現象にむせび泣いていた。

実際セシリアを世話した事など全くなかったのだが、そんな事実は綺麗さっぱり空の彼方にとんでいっている。

 

 

「つまり美少女が俺に愛の告白を、そうか、それならすぐにでも俺と一緒に大人の階段をー?!」

 

「どの階段ですかっ?!」

 

 

思わず手が出たセシリアに、横島はのけぞり倒れ込む。

なんだい、夢くらい見たっていいじゃねーかとぐずり出す横島にセシリアは正直腰が引けていたが、それでは目的が果たせないと意を新たに話しかける。

 

 

「ともかくですわ。ゆっくり味わって食べてくださいね?」

 

「言われなくなって、もう味がしなくなるまで咀嚼して味の向こう側がわかるまで食べちゃいますよ、ええっ」

 

「そ、そうですの……あの、ところで先生?」

 

「なに?」

 

 

一瞬で復活して小躍りする横島の背に、セシリアは問いかける。

 

 

「普段、あまり授業では先生をお見かけしませんけれど、いつもなにをなさっておられるのですか? 私、ぜひとも先生にもっとご教授賜りたいと思っておりまして……」

 

「いつも? いつもは兵装開発で研究室とか地下室とかにいるなあ。授業はコマ数そんなにないから、それ以外はISの整備で格納庫にいたり、居合わせた上級生とかにISの状態確認したりとか、そんなかな」

 

「そ、そうでしたの」

 

 

ち、とセシリアは舌打ちする。

そんな程度の情報は、下調べで分かっているのだ。

せっかく手間をかけたのだから、せめてもう少し情報を引き出さねばならない。

 

 

「で、でも先生って凄いんですのね。なんでもISに話しかけて状態を判別されてるとか? 先生ほどになれば、それだけで機械の様子もわかるのかしら?」

 

「ああ、あいつら機械っつーか、生きも……なんつーか。まあ、機械も人も休みがないと疲れるだろ。ねぎらいを兼ねて声をかけてるだけさ」

 

「そうでしたの。先生ってお優しいんですのね!」

 

「いやいやいや。不肖横島、全ての女性に、いついかなる時も限りない優しさを持ち合わせておりますとも!」

 

「きゃあ、なんて素敵なお方!」

 

 

セシリアは、心の中で舌を出す。

横島を適当にあしらいつつ、先ほどの言葉を反芻する。

あいつら、と言った後に何か言いかけた。

恐らく生き物、と言いたかったのだろうが、ISが生き物とはどういうことかと頭をひねる。

最先端技術の結晶でありこそすれ、バイオテクノロジーが介在しているとは、専用機持ちのセシリアですら聞いた事がない。

もしかして、ISの最深部に存在するという『意識のようなもの』を指しているのかもしれないが、ごく限られた操縦者以外にそれに接触できたという事例は、なかったはずである。

 

 

「ISって本当に奥深いんですのね」

 

「奥深いっていうのかなあ。どっちかって言えば、無茶した機械だなって印象のが強いけどな」

 

「と、申しますと?」

 

「オーバーテクノロジーの塊だからな、ISって。扱う方も『扱われる方』も無茶しないと形にならな……」

 

 

いけね、と横島は口をつぐむ。

頭をかきながら、誤魔化すような笑顔を見せた後、真面目な顔つきをして言った。

 

 

「俺くらいでよければ、いつでも相談してくれよ。弁当ありがとな、ありがたく食べさせて貰うわ」

 

 

扱われる方、という言葉に疑問をいだきつつも頃合いと見たセシリアは、横島に向かってさも照れくさそうな様子で告げる。

 

 

「ええ、そうさせていただきます……あら、申し訳ありません。先生を長く引き留めてしまいましたね。私はこれで失礼いたしますわ。お仕事、頑張ってくださいましね」

 

 

じゃあ、と来たときと同じように小走りで去っていくセシリアの後ろ姿に、横島はあぶねーと呟きながらも、手元のバスケットを見た。

どうしても顔がにやけてしまうのを、押さえられない。

 

 

「しっかしお手製の弁当かー。愛子じゃないけど、青春だねーホント……地下室で食うかな。あそこなら邪魔も入らんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

 

物陰から様子を見つめていた鈴とシャルロットが、セシリアに確認する。

どこか釈然としない様子のセシリアは先ほどの言葉を二人に伝えつつ、言う。

 

 

「全然意味のわからない言葉がいくつか出てきましたけれど……なんて言うんですの、まあ、私にかかれば、ですけれど。あの先生……」

 

 

さも誇らしげに胸を反らして告げた。

 

 

「ちょろいですわね」

 

「……あんたにだけは言われたくないと思うわ、その台詞」

 

 

冷めた視線の鈴と、苦笑いするシャルロットに、なんですのよと言い放つ。

二人はしばらく上機嫌のセシリアに自慢話に付き合わされ、話の最後に、翌日以降ローテーションで横島から情報を引き出していく方針を確認した。

が、次の日。

珍しく横島が体調不良で休み、拾い食いでもしたんだろうと宣う千冬にクラスメイトは爆笑し、只一人頬を引きつらせたセシリアがいた。

一夏は不思議そうにしていたが、シャルロットは、敢えて何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして再び。

朝から、パンをくわえた鈴が激突してきたと思えば。

 

 

「わ、ごめんなさい。ところで先生って出張先で随分活躍されてるんですってねー。すてきー」

 

「いやあ、はっはっは。褒められるほどじゃないけど大活躍してますよっ!!」

 

「そうなんですかー。じゃあちょっとお伺いしたい事があるんですけどー」

 

 

昼に、わざーとらしく横島の袖に紅茶をこぼすシャルロットがいたり。

 

 

「わ、すみません先生。洗って返しますから」

 

「別にいいよこんくらい。どーせ汚れてるんだし」

 

「いえ、私が悪いんですからそうさせてください。ところで先生って兵装開発の中心なんですってね。すごいなー」

 

「まあ、それほどでもあるかなっ! はっはっは」

 

「そうなんですかー。じゃあちょっとお伺いしたい事があるんですけどー」

 

 

夕方、また差し入れを持って行くセシリアがいたり。

 

 

「ちょ、先生、なんで早歩きになるんですの?!」

 

「いやいやいや、別にそんな早歩きでもないし?」

 

「だからなんで逃げるんですの?!」

 

「逃げてないし、てかごめん。俺会議あったわ。そいじゃ!」

 

「なんですのそのいかにも今思いついたような台詞はっ?! お待ちなさいなっ!!」

 

 

と、まあ。

こんな繰り返しがあって、何日か過ぎて。

再びセシリアの部屋に集まって、うなだれる三人の姿があった。

 

 

「あ、あの先生。思った以上にアホですわね」

 

「まさかあーだとわ」

 

「……そりゃ織斑先生も怒るよね」

 

 

何回も繰り返し聞いていく内に、結構な情報が引き出せたので、つい長話をしていると、その場面を千冬に見つかった。

 

 

「何機密をぺらぺらしゃべっとるか貴様は?!」

 

 

鉄拳を振り下ろし、横島を地面に沈めた千冬は首根っこを引きずっていく。

 

 

「かんにんやー! 下心じゃない、善意なんやー!」

 

「善意でも下心でもどっちでもいいわ馬鹿たれっ!!」

 

 

もう一回横島をしばいた千冬は、硬直していた三人に振り返りもせず言い放った。

 

 

「お前らが聞いた内容は他言無用。漏らせばどうなるか、わかっているな?!」

 

「は、はいぃぃぃ!!」

 

 

と、身の縮むような思いをして、今に至る。

 

 

「まあ、確かに、これ以上探っても藪をつついて蛇を出したでしょうしね。引き際でしたでしょう」

 

「織斑先生があの程度ですませてくれた事の方が恐ろしいけど」

 

「あ、あははははは」

 

 

乾いた笑いが部屋に響き、程なく溜息に変わる。

さすがに、火遊びが過ぎたかもしれない。

 

 

「織斑先生があの調子なら、さすがにしばらくはセクハラもなくなるだろうし……結果的には良かったかもね」

 

 

シャルロットが呟くと、他の二人も頷く。

 

 

「あの先生が何をしているのか、朧気ながらもわかりましたしね。現地に出向いての兵装開発にどういう意味合いがあるのか、も含めて」

 

「ま、ね。あいつには、確実に『何か』あるのが分かった。それだけでも収穫でしょ」

 

 

鈴は軽く息をはいて、続けた。

 

 

「今度の臨海学校。新兵装のテストもやるって事だったけど、あいつが来るんなら、一体何が起きるやら……」

 

 

楽しみにしていた行事に、急に日が陰った気がした。

予定されている期日までは、もうあまり間もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだちょっとだけ続くんぞな。

 


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