ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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第10話

 

「……いっくら考えてもわかんねーなあ」

 

 

朝日の差し込む『研究室』で一人、横島がこぼす。

夜通し続けた作業を切り上げ、何日か前、地下室で千冬や真耶に吐露した『この世界に神族が生まれてこない』原因を考えていた。

しかし、絶対的に情報が不足する中で、原因にたどり着こうはずもなく、ただタバコの吸い殻ばかり増えていくのだった。

無精ひげの伸びた顎をさすってみても、今更良い考えが思い浮かぶわけでもなく、苛立たしげに最後の一本を灰皿に押しつけて、紫煙を深く吐き出す。

 

 

「濃い光と深い闇は表裏一体のはず……なんだがなあ」

 

 

横島は正式に除霊事務所に就職してから、雇い主であり、師匠であり、そして未来の恋人(本人に聞かれれば折檻どころでは済まなかったろうが)であるところの美神に、霊能についてきちんと師事し、少なからぬ内容を教わっていたし、宇宙の始まりに神魔が生まれた理由も当然そこに含まれていた。

『乳とブラジャーの関係ですね!』などと言って、美神に殴りとばされもしたが。

自分達と生存所属の違う存在、というだけでなく、彼らには彼らなりの矜持があったのを、横島は良く覚えているし、それは元の世界での魔族との交流から、実感として得た経験でもある。

神、あるいはその神に追従し代行者として存在する天使たちが掲げる「善」の旗印に対して、敢然と「悪」の旗印を掲げて徹底的に敵対する者たちこそ『悪魔』であった。

彼らは本能として破壊衝動を持つが、より高位の存在になるにつれ、それすら世界の『調和』を維持する体制の一部と認識し、それでもなお、『悪』として存在していた。

所詮カードの表と裏に過ぎず、本質的には同じ存在なのだと言ったのは誰だったろうか。

彼らには「無神論」、あるいは自分たちすらも『神々の一人』であるとみなす思想などがあり、その思想に基づいた哲学、美学があった。

それがどれだけ人間に迷惑を及ぼすかはともかく、彼らの哲学、欲求に基づいて『魂の牢獄』から抜け出そうとした魔族側の実力者 -アシュタロス- などは、その調和を求める『体制自体』を破壊しようとしたのだが、それは世界の調和を願う宇宙意志と、実際その世界に住まう人達の力で、最終的には阻止された。

 

 

「同じ事がこの世界で起こっても、全然不思議じゃないんだけどな……」

 

 

この世界の魔族『DD』はただひらすらに破壊衝動を満たすばかりで変化がない。

それはつまり、対となる神が存在していない証左でもあるのではないか。

どうやら地脈の確保には動いている様だが、単純な生存目的以外に果たしてそれが何を目指しているのかはわからない。

 

 

「うーん……」

 

 

こういう時、横島には考えるツテがない。

改めて考えれば無茶な話だが、バイト時代にはきちんと『教わる』という事がなく、常に実戦でのトライアンドエラーの繰り返しで、どちらかと言えば戦闘技能ばかり先行してしまったため、今なお知識の蓄積が足りないのだ。

それでも、就職してからは美神は教育を施してくれたし、事務所には様々な文献があって、分からないところがあれば美神はぶつぶつ言いながら解説してくれたし、フォローしてくれる仲間もいた(主におキヌ)ため、それほど苦労はしていなかったのだが、霊能の専門家一人いないこの世界では、乏しい自分の知識と頭を頼りにしていくしかない。

であればこそ、地道に実地調査(偽装を含め)を繰り返し見聞を広め、この世界に関する情報を集めてきたのだが、結論を導き出すにはほど遠かった。

もちろん、横島はどこまでいっても『異世界人』であり、その能力を含め、かなりの行動制限がかかっていた点も、『DD』に蹂躙されるこの世界の現状打開を遅らせていた一因ではあったが。

考えがまとまらず、悩み、逡巡していた横島を思考の淵から引き戻したのは、携帯にセットしていたタイマーだった。

 

 

「だー! そろそろ職員会議の時間じゃねーか。今日は理事長も来るんだよなあ……さすがにさぼれねーか」

 

 

既に7時を回ったらしい。

仕方ない、と席を立った横島は襟首が汚れよれたワイシャツとほどけたネクタイを直しもせず、少々髪に櫛を入れ、軽く顔を洗っただけで部屋を出た。

サボらないだけマシだろうと考えたし、実際身なりを整える様な気もあまりなかった。

元々気を遣う方でもないが、どうせ用があるのは提出する報告書なのだ、別に俺を見る奴はいないだろうと誰にでも無く言い訳をした。

が、今日、特に気力の無い原因は、ここ何日かの『パーツ作成』の影響だった。

ドアノブに手をかけたまま振り返ると、テーブルの上に無造作に積み上げた『新パーツ』が目に入る。

ISの新パーツと言えば大概の者は目の色を変えるのだろうが、作成者として『ネタ』が分かっている横島は、さもつまらなさそうに一瞥すると、ゆっくりドアを閉じ、呟いた。

 

 

「たく、この世界でも元の世界でも、どうしてこう女ってのは人使いが荒いのかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園の朝は早い。

それは教師も例外ではない。

生徒達は六時に起床(規則上そうなっている)し活動を始めているし、運営側となれば、五時に出勤している者もいる。

七時過ぎに職員会議が執り行われるのは他の一般的な学校においても同様だが、今日に限っては全休日(全校的な休日)に執り行われる臨時会議であり、かつ轡木理事長が出席するという点で、大いに通常とは違っていた。

遅刻、欠席は許されないのだが、急に『困った同僚』の事が不安になった千冬が真耶に問いただす。

そもそも、今回の主役は横島なのだ。

 

 

「真耶、そう言えばアイツ起こしたのか?」

 

「何言ってるんですか先輩? 横島さんだっていい大人なんですから」

 

「……いい大人が毎朝、教師生徒構わずナンパするか?」

 

 

大丈夫ですよ、といいかけた真耶に言葉を重ねる。

寮長としての仕事の他に、厄介事ばかり増やす横島にほとほと呆れた様子で千冬が溜息をつく。

 

 

「こんな良い朝だろうが、どんよりした憂鬱な朝だろうが、関係ないからなアイツは。いっそ雨が降ったら出勤しないとかしてくれた方が良い」

 

 

珍しく、千冬が愚痴る。

真っ当すぎる反論に真耶が困っていると、渡り廊下の向こうから横島が歩いてきたのが目に入る。

 

 

「あ、横島さ……じゃない、横島先生ー! おはようございまーす」

 

「おーおはよう真耶ちゃん」

 

 

気だるそうに横島が片手を挙げる。

自分はわざわざ『先生』と呼んだのに、ちゃん付けで返された真耶は不満げだが、『らしくない』横島の緩慢な動作に、つい千冬と目を見合わせる。

普段なら、挨拶代わりのセクハラがあってもいいくらいなのだが

 

 

「どうした、悪いモノでも拾い食いしたか?」

 

「言うに事欠いてそれかいっ!!」

 

 

千冬の悪態に声を荒げる横島を確認して、真耶はどこかホッとし、苦笑いした。

 

 

「お二人とも、元気ですねえ……」

 

「元気じゃねえよ、ったく。徹夜で千冬に頼まれた仕事してたんだっての、ほれ」

 

 

こめかみを痙攣させた横島が、ポケットから試作品の『パーツ』を放り出す。

手を振りかざし掴んだ千冬は、徹夜仕事だったという、ごく小さなパーツを見つめ、やがて胸元で握りしめた。

 

 

「すまんな。こう早く仕上げてくれるとは思わなかった」

 

「時間はかかるにしても、作るのは特別難しくはねーしな。ただ『材料』の確保が面倒なだけで」

 

「そうか?」

 

「今まで貯めた『材料』も返してくれると嬉しいんだがな」

 

「さて、どこへやったやら。寝起きで頭がぼやけていてな。すぐには思い出せそうにない」

 

 

ジト目でにらむ横島を、千冬は人を食った様子で受け流す。

 

 

「ドちくしょう、俺はどこ行ってもこんな扱いかっ……」

 

 

あれは俺が『創る』ものなのに、と小声で愚痴る横島に千冬がちくりと一刺しする。

 

 

「諦めろ。そもそもお前にあんなもの、大量に持たせたらロクな事にならん。いつだったか、寮の警備システムを無効化して女生徒の風呂覗こうとした事があったな?」

 

「かんにんや、しかたなかったんや……!!」

 

「『材料』の生成に煩悩が必要だというのなら、ほれ、いくらでも真耶を貸してやる」

 

 

千冬は真耶の肩をつかんで、ぐいと押しやる。

 

 

「ええっ、わ、私ですかっ?!」

 

「じゃあ真耶ちゃん、早速くんずほぐれつ、お願いしまっ」

 

「だから、それがいかんと言ってるんだろうがっ!!」

 

 

毎度毎度みっともないことしてんじゃない、と体重を乗せ思い切り振り下ろした拳で、横島を地面に叩きつける。

自分でふっておいて、えー、と逆に真耶の方が狼狽えたくらいだったが、千冬は節操がないと聞く耳を持たない。

 

 

「うるせー、ほっといてくれっ。どーせ俺は反社会的な逮捕されなくちゃいけない人間だよ……」

 

 

痛みにのたうった後、倒れたまま、さめざめと泣く横島を見ると、真耶はなにかもう達観した心情になってしまって、気にしませんからと、横島に手を差し出し立ちあがらせ、体についてしまった埃をはたく。

 

 

「うう、真耶ちゃんはどっかの鬼女と違って優しいなあ」

 

「ふん、せいぜい好きに言うといい……しかしお前、そんな格好で会議に出るつもりか?」

 

 

千冬は、肩を竦める。

改めて横島を見やって、その小汚さに眉をしかめた。

だらしなさ、という点では実のところ千冬もあまり横島の事は言えないのだが、少なくとも公の場での身なりに関してきっちりしていたのは、事実だった。

 

 

「しゃーねーじゃん、さっきのパーツ作るのにここんとこ遅かったんだし、昨日なんか徹夜だぜ。評価試験用に数揃えなくちゃいけなかったし」

 

「……そうだな。遅くまですまん、いつも無茶を言うが、助かっている」

 

 

唐突に、千冬が、頭を下げる。

 

 

「え? いや、別にいいけどさ。はは、なんかこそばゆいな」

 

「私からも。本当に、ありがとうございます」

 

 

不意打ちの様な一礼に、横島が逆に慌てていた。

千冬もわずかに照れた表情を浮かべていたところを見ると、口げんかでなく、本当はきちんとした礼を言いたかったのだろうと、真耶は口元をゆるませる。

するとそんな視線を感じたのか、どこかバツの悪そうな様子で千冬が一歩、横島に歩み寄った。

 

 

「今更着替えてこいとも言えんが、せめてネクタイくらいはしっかりしておけ」

 

 

手に取ると、素早くウィンザーノットに形を整える。

 

 

「ほら、出来たぞ」

 

 

ぽん、と横島の胸を軽く叩くと、時間がないと呟いて、千冬は逃げるようにそそくさ職員室へと足を向けた。

何しろ、千冬がこんな事をすると思ってもおらず、呆気にとられていた横島は、慌てて後を追う。

真耶はそんな二人の様子をどこか不思議そうに目を瞬かせ、最後にぱたぱた追いかけていった。

 

 

「ホント、仲が良いんだか、悪いんだか……」

 

 

苦笑いするしかなかった真耶の、足取りはいかにも軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、良い朝稽古だったなあ」

 

「どこがだ」

 

「うっ」

 

 

大仰な身振りで、一夏が胸を押さえる。

あいたたた、と痛いそぶりを見せた一夏の頭を、箒が軽くはたく。

 

 

「気はそぞろ、竹刀は定まらん。私にすら散々に打ち込まれて、何が良い稽古だ」

 

「ま、まあたまにはこういう事もあるさ」

 

「どんな人間でも波があるのは理解出来る。だが、今日のお前はあまりに酷いぞ。全国大会で負けた連中が今のお前を見たらどう思うだろうな」

 

 

容赦ない箒の追撃に、今度こそ一夏は本当にうなだれる。

箒の言う事に間違いはない。

今の自分は、確かにおかしい。

それは何より、自分が一番よく分かっている事だが、竹刀を構えて、剣を交える相手に嘘などつけない事もまた、よく分かって『は』いたのだ。

 

 

「……あいつらに恥ずかしくないだけの鍛錬は重ねてるつもりなんだけどな。どうも、あれを見ちまうとな」

 

「定期便、か」

 

 

一夏は、ものごごろ付いたときには、DDとの戦いが始まっていた世代だ。

DDの襲撃なら、幾度も経験したし、ただそれだけであるのなら、極端に言えば、今更な事でしかない。

だがしかし、今の一夏には、その襲撃が別の側面から見える。

見る事が出来る、いや、見なければならない――――――立場にあった。

 

 

「ただ見上げる事しか出来ないってのは、さ……なんてのか、悔しいな」

 

「……」

 

 

一夏は右手を何度か開いては閉じ、やがて握りしめる。

『分をわきまえない優しさはお前自身を殺す事になる』と、千冬はそう言った。

所属不明機の襲撃事件でも、ラウラの暴走事件でも、自分なりに、命懸けで事に当たった。

だけれども、それらともまた異質な、生存所属の違う種同士が生き残りをかけた『戦い』を一夏は目の当たりにした。

どこまでも高い、ぬけるような青空に展開するISとDD。

殺し殺されるという究極の暴力。

命を供物に参加を許される、厳かさと美しさ、荒廃と凄惨が同居する原初の戦いに、一夏はまだ立ち入る事が出来ない。

今までとは違い、決して傍観しているだけでなく、その戦いの入り口に立つ資格を持ってはいても――――――だ。

 

 

「早くみんなを守れるように、一人前になりたいと思う。いや、俺はそうならなきゃならない。そのために、この学園にいるんだから。弾よけくらいにしかならなくて、歯噛みしてる世界中の男共の代表なんだから……だけど、なんかよくわからなくなっちまって」

 

 

殺し合いに慣れたくはないけどさ、と呟く。

 

 

「……知恵熱だな。ISを扱えるからと言って、考えすぎだ。大体、お前がISに触れてからどれくらいの時間が経った? 多少結果を残したからと言って、自分に大それた事が出来るなどと、思い上がりも良いところだ」

 

 

剣道だとてそうだろうが、と箒は厳しく指摘し

 

 

「それに」

 

 

指をピンと立て、一夏の前に突きつける。

 

 

「そう遠くないうちに、否が応でも私たちは『社会』に組み込まれる。『個人』などよりよっぽど大きいシステムに、世の人一人一人の期待を背負ってな。その時押し流されないように、お前がきっと言いたいように、誰かを助けられるくらいに、より強くある為には。今出来る事、やるべき事は、自分を鍛え抜いて地力を蓄える事だと思わないか」

 

「それも剣道と変わらないか」

 

「そうだ。急がば回れ、だ」

 

「学科は追いかけるだけでやっとだから、急ぎたくても急げないけどな」

 

「……それは私も一緒だ」

 

 

箒は、一夏の胸を、ぽんと叩き、にかっと笑う。

一夏と箒は視線を交わし、やがて吹き出す。

幼い頃からずっと、言葉を交わすのと同じように剣を交えてきた二人は、互いに遠慮無く肩をたたき合う。

 

 

「……ん?」

 

「どうした、一夏」

 

「あれ」

 

 

不意に一夏が指さした先には、渡り廊下でなにやら会話する千冬と真耶、そして横島がいた。

思わず箒が、眉を顰める。

 

 

「ああ、あの助平教師か……」

 

 

箒が呟いてほどなく、千冬が横島のネクタイを整え、逃げるように職員室の方へ歩き去る。

後を追いかけた横島と真耶もいなくなった。

遠くから見つめていた箒は、驚きに目を見開いたまま

 

 

「あの千冬さんが男のネクタイを直す、か。珍しいところを見られたな、一夏?」

 

 

動かした視線の先には、金魚のように口をぱくぱく動かす一夏の姿があった。

え、あれ、と壊れたロボットのように繰り返し、呆けた表情で立ち尽くしている。

 

 

「……全く、忙しいヤツだな」

 

 

戯けてみせたり、悩んだり、笑ってみたり。

ころころ変わる豊かな感情は、しかしひとつも嘘がない。

その明け透けなところも好ましい、と箒は思う。

なぜか人の好意にだけは恐ろしく鈍い事も含めて、一夏とは、そういう人だと感じている。

だからこその恋、なのだが。

まだブラコンが治っていなかったか、と箒は深い溜息をつくが、きっと一夏は、それにすら気づいていないのだろう。

 

 

「また後で、道場に行くか」

 

 

体を動かせば、一夏の気持ちも多少は晴れるだろうと、箒は考えていた。

事は、そう単純でもなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「轡木さん、会議には出席なさらなくてよろしいんですか?」

 

「なに、しがない用務員はこうやって、部屋で将棋を指すのが精々じゃて」

 

「あら、そんなご老人みたいな事おっしゃってると……あら、王手ですわね」

 

 

楯無が自慢げに扇子を開く。

『まいったか』と書かれているのが、いっそ清々しい。

 

 

「負けてしまったかな。いや、さすがは生徒会長は強いの」

 

「学園最強ですから」

 

「確かにの。しかし、せっかくの全休日にわざわざこんな爺のところにこんでも」

 

「だって虚はルームメイトとどっかいっちゃったし、簪ちゃんは相変わらず相手してくれないんですぅ」

 

 

ぐすんと泣いたふりをする楯無に、ほれと茶菓子を差し出す轡木は、慣れたものだった。

ありがとうございます、と嬉しそうに口に放り込む様子は、年相応の娘に見えるのだが。

 

 

「こないだ、戦闘を『覗いた』一年生達と遊ぼうかとも思ったんですけど、彼女たち、なにか楽しい事してるみたいで。邪魔しちゃ悪いかなーって」

 

「邪魔するのが生き甲斐なんじゃろうに」

 

「違いありません」

 

 

はっはっは、と轡木は屈託無く笑い、楯無もつられて笑う。

長年の友人のような二人は、しばらく笑いあい――――――やがて。

うって変わって、剣呑な雰囲気を湛えた轡木が問いかけた。

 

 

「で、どうかの。連中は」

 

「着実に強くなっていますね。まあ、ゴキブリ駆除を続けていれば、耐性のある種類が出てくるのと一緒でしょうけれど」

 

「けれど?」

 

「ミステリアス・レイディも『進化』しますから、現状は問題ないかと」

 

「ISが、ではなくて、ですか」

 

 

轡木の視線を真っ向から受け止めて、楯無が不敵に微笑む。

 

 

「ええ。『私の』可愛いミステリアス・レイディが、ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が中天を下り始めた頃合い、寮の一室。

壁に背をつけ、伸ばした手でドアを静かに、だが確かにノックする人影があった。

 

 

「山」

 

「……川」

 

 

鈴が型どおりの合い言葉をささやいた後、セシリアが深い溜息と共に、さも気だるそうにドアを開ける。

招き入れる手にもいかにもやる気がないのは、決して見間違いではない。

 

 

「……どうぞ、はいって下さいな」

 

「つか、何でそんな面倒くさそうなのよ」

 

「……面倒くさいんですもの。なんでせっかくの全休日にこんな事しなくてはなりませんの」

 

 

なんですって、と叫びたい気持ちをぐっとこらえる。

ここで目立ってはせっかくの合い言葉も台無しだと、少なくとも鈴は考えている。

 

 

「なによ、あの横島って先生の事をかぎ回ってるんだから、それなりに気をつけないと駄目でしょうに。緊張感ないんじゃないの?」

 

「ルームメイトはもうトレーニングに出てる時間帯ですし。部屋に入ってしまえば特に気をつける必要もないのではなくて?」

 

「なによ、食堂で話してて、楯無会長に首突っ込まれたらやっかいだとか言ったのはセシリアでしょうに。あの会長、神出鬼没なんだから、気をつけるにこした事ないでしょ。退職に追い込もうとか言ってたのは聞かれちゃったけどさ」

 

「……確かにそうだが。今時、日本人でもそんなベタな合い言葉は使わんぞ」

 

「全くだ。大体、相互認証したいのであれば、互いのISを使えば簡単だろうに」

 

「ラウラって頭が回るようで回らないわね。んなことやったら、一発で織斑先生にばれるでしょーが」

 

「あ、あはははは……」

 

 

セシリア、箒、ラウラは鈴に冷めた目線を送る。

一人シャルロットだけは苦笑いを見せていたが、鈴は気にするそぶりも見せず、セシリアのベッドに遠慮無しに腰を下ろす。

そんなでは埃が立ってしまうと、セシリアがこぼす。

 

 

「せっかく私が、とっておきの紅茶を用意して差し上げましたのに……」

 

 

小さなラウンジ・テーブルには、アフタヌーンティーが整えられていた。

ティースタンドにはスコーン、マドレーヌ、パウンドケーキが行儀良く載せられている。

お手製ですわよ、と澄まして言うセシリア。

 

 

「鈴さんには、ダージリンのセカンドフラッシュだの、MUS(マスカテル)がフレーバーがどうの、と申し上げてもおわかりにならないんでしょうね」

 

「また気取っちゃってさ、どうせシャルロットあたりに手伝って貰ったんでしょ。自分じゃなにも出来ないブルジョワジーが」

 

「そ、そんな事ありませんわ」

 

 

目を泳がせるセシリアとシャルロットのどうにも困った顔が、何よりも事実を雄弁に語っていたが、英国淑女は悔し紛れに言い放つ。

 

 

「……全く、おこちゃまは大人の慎みという物を理解いたしませんのね」

 

「あんたとあたし、同い年でしょーが」

 

「まあ、同い年ではありますわね。少なくとも生まれた年は同じですわね。ええ」

 

 

鈴の胸元に視線を落としながら、ゆったり紅茶を口に運ぶ。

クリティカルな反撃を行いながらも様になるその姿が、余計、鈴をくさくささせる。

 

 

「ふん!」

 

 

どうやらお高いらしい紅茶を一気にがぶ飲みしてから、マスカットフレーバーの香りに包まれた毒を吐く。

 

 

「えーそーだわねー。同じだけ生きてきて、今まで紅茶以外の美味しい物を知らなかっただなんて、イギリスの方はお可哀想だこと。今度はあたしの部屋で中華料理を振る舞って上げるから、楽しみにしてなさい」

 

「そ・れ・は・ど・う・い・う・い・み・か・し・ら?」

 

「あーら、言ったとおりの意味ですけどー? わからなかったかしら?」

 

「もう、ふたりともやめなよ」

 

「「先にこの方(こいつ)がっ!!」」

 

「はいはい、二人とも喧嘩しないの。お茶するならしようよ、せっかく良いの用意してくれたんだし。篠ノ之さんなんか、さっきからちゃんと楽しんでるじゃない」

 

 

ねえ、とシャルロットに話しを振られた箒は意表を突かれたのか、眼をぱちくりさせ、曖昧に答える。

 

 

「……ん、ああ、ああ。そうだな。うん」

 

「どうしたの、篠ノ之さん?」

 

「いや、なんでもない。本当に美味しいな、この紅茶は」

 

「そうでしょう? やっと貴方にも、高貴な人間の嗜みという物がわかってきたようですわね」

 

 

誇らしげに胸を反らすセシリアに、箒は愛想笑いをする。

実のところ、とっととどこかへトレーニングへ出かけてしまった一夏のせいで、モヤモヤした想いが振り切れなかった事に加え、手元のカップが一客ウン万円と聞いてしまって、間違って欠けさせてしまわないかと心配で、味を楽しむどころではなかったのだ。

 

 

(全く、小市民だな)

 

 

苦笑いを隠すように努めて平静に、カップをソーサーに戻す。

改めて見つめてみれば、セシリアが持ち込んだティーセットは、確かに箒であっても見惚れるほどの品を持っていた。

淡く優しい色使いのラベンダーは、箒の心をいつになくふうわり柔らかくさせ、心密かに、いつか一夏とこういうティーセットでお茶の時間をもてたらいいと思わせたが、口にしたのは別の事だった。

 

 

「まあ、合い言葉の件はともかく、鈴の言い分もわからんでもないが、な……教員を探る、という行為自体、咎められる可能性もある」

 

「そうかもしれないけど……」

 

「いや、その通りだろう」

 

 

皆の喧噪など素知らぬ風に、一人カップをくゆらせていたラウラは、呟いた。

 

 

「IS学園自体、その成り立ちから特殊な背景を持ってはいるが……軍事的な側面はぬぐいきれない。パイロットの教練所であり、かつ研究所でもあるからな。『公開されていない情報を取得する』という目的の行為自体が、あまりよろしいものでもないだろう」

 

「……織斑先生にばれたら、どうなるんだろ」

 

「グラウンド十周?」

 

「……勘弁してくれ」

 

「あはは……その程度で済めばいいけどね」

 

 

非常時には、学園は補給地、宿営地となる事は生徒達にも周知されている。

もちろん普段はISの訓練所でもあり、一周五キロと『無駄に』広いIS学園のグラウンドは、何周かランニングするだけでも息が切れてしまう。

学園に在籍する鍛え上げた生徒達ですらそうだが、千冬は一周何分と時間制限を課してくるので、なおさらだ。

 

 

「もう、話しが進みませんわ。どう取り繕うかは、見つかってからでも遅くはないでしょう。夕食まであまり時間もないですし、まずは互いに報告いたしませんこと?」

 

「ま、それでいいか。で、アンタは収穫あったの?」

 

「……いきなりそれですの?」

 

 

自分は何もなかった、と言わんばかりの鈴にセシリアはあきれ顔だ。

またぞろ言い合いが始まりそうな気配に、箒がこれ幸いと手を上げた。

身の丈に合わない高級品を扱うのに疲れていたし、落ち着かない他人の部屋で、飲み慣れないお茶を飲んでいても仕方ないと思っていたところだった。

部屋で閉じこもっているよりも、体を動かしたくて仕方がない。

社交的でない自分に思うところはあるが、これも性分だと溜息を飲み込む。

 

 

「では、私から報告するが、なにか訓練を受けたわけで無し、観察の域を出ないのは了承してくれ。しかしあの先生、怪しい、と言えば怪しい部分が目立ちすぎて、かえってよくわからないのが正直なところだな」

 

「って言うと?」

 

 

シャルロットが生クリームを添えたスコーンを口に運びながら問いかける。

 

 

「学園の風紀を教師が思い切り乱している、という点もそうだが。毎日のように学園でナンパ、あれでよく問題にならないものだ」

 

「……確かにそうだよねぇ。それでいて全敗ってのも凄い話だけど」

 

「剣道部の先輩方にもそれとなく聞いてみたんだが、大体は辟易していたな。ごくわずか、まんざらでもない人達もいるようだが」

 

「うわ、趣味悪」

 

 

大仰に肩をすくめる鈴に、シャルロット以外の皆が頷く。

好みは人それぞれなんだからせめて物好きってくらいに、とシャルロットが言いかけて、それ余計に失礼だから、と鈴が返す。

 

 

「それなのに、織斑先生や山田先生とは仲が良いようだしな」

 

 

朝の一件は省いて、端的な報告のみを行ったのは恋敵への無意識の牽制だったろうか。

 

 

「よく一緒に居るよねえ」

 

「てか大概、織原先生にシメられてない?」

 

「……ですわよねえ。こう、ネクタイをきりきりと両端から思い切り」

 

 

皆の見解はまとまらないが、箒はさらに付け加える。

 

 

「後、肩書きだけでも開発部『教員』であるのなら、もう少し授業に力を入れてくれても良さそうなんだがな。確かにサポート関係で世話になる上級生は多いようだが……」

 

「最初に授業はあまりしないって宣言してたもんね。楯無会長が言うように、ISの武装、対DD兵器の開発に忙しいのなら、仕方ないのかなあ?」

 

「私もひっかかるのはそこですわ」

 

 

セシリアは堅めのビスケットをぱきん、と鳴らす。

 

 

「開発に忙しいのであれば、少なくとも学園にはいるはずでしょう? だけど、あの先生は長期出張に出られる事も多いとか……しかも、ただの出張なら良いのですけれど」

 

「出張なら、なによ?」

 

 

頬杖をついた鈴が、パウンドケーキに手を伸ばしながら問いかける。

 

 

「どうやら出張先は他国の研究所でもなく不特定の世界各国。しかも『国連軍』と行動を共にしているらしいんです」

 

「国連軍、ねえ。この学園に在籍する人は特定の国家に属さないっていう建前があるんだから、この情勢で各国を訪問するなら、ある意味で当然じゃない?」

 

 

皆が頷く。

『DD』が跋扈する以上護衛は欠かせないし、実際、セシリアやシャルロットなどがIS学園に赴く際も警備は厳重だったのだ。

しかし、『DD』への脅威に備え自国の兵員を簡単には割けない事情もあるため、国連軍が活用される事が多い。

 

 

「いえ、それだけならまだしも、どうやらあの先生……」

 

「訪問先で、試作兵器の『実証実験』をしているらしいな」

 

「ってラウラさん、私の台詞を取らないでくださいまし!」

 

 

抗議を示すセシリアに、ラウラはどこ吹く風。

気にした様子もない。

 

 

「なに、私も似たような事を掴んだが、な。結論から言えば、たいした情報でもない」

 

「そ、それはどういうことですの?」

 

「私の場合、副官が優秀だったという事だが、なに。一兵員、一学生が、短期間に掴める情報に価値などありはせん。そうする必要があるかどうかは知らんが、なにか隠すものがあるのだとしたら、試作兵器の実験自体が、別の目的を覆い隠すためのフェイクだろうな」

 

「……そ、そうかもしれませんけれど」

 

「まあ、あたしはそこまでの情報を期待して『調べよう』って言ったんじゃないけどね。ま、セシリアのいらないお国自慢『込み』で、長々聞かされるよりは良かったんじゃない? どうせ情報を掴んだイギリス軍はすごいんですのよ、とか言ったんでしょ?」

 

「なんですってぇ!」

 

 

図星だったのか、顔を真っ赤にして鼻白んだセシリアの眼前に、鈴はマドレーヌを突き出した。

 

 

「あんまりガミガミしてると糖分が不足するわよ?」

 

「怒らせているのはそちらではなくて?!」

 

 

荒々しくつかみ取ると、いらだたしげに口に押し込んで、ふん、とセシリアはそっぽを向いてしまう。

まあまあ、となだめるシャルロットを横目に、ラウラは続ける。

 

 

「しかし少々気になるのは、IS部隊を同行させている事だ。一機ならともかく『国連軍』が保有している……実質的には二十一カ国会議が保有している、その内の二個小隊が同行しているらしい」

 

「二個小隊、六機も?!」

 

「戦争が起こせる戦力よね、それ」

 

 

どうにも現実感がわきませんわね、というセシリアの言葉に、また皆が頷く。

現実、今の世界でDDに対抗できるのはISのみ。

銀の銃弾など、ある程度一般兵士が扱える武器もあるにはあるが、DDを打ち破る決定打とはならない。

しかもIS学園が出来てから十年ほど、保有機数に対してのパイロットの定員、充足率すら達成できていない。

『世界を守る』には圧倒的に不足しているISを、複数駆り出しての『実地試験』とは一体どういうものか、と疑問がそれぞれの口をつく。

 

 

「それに対しては回答が得られた。まさに言葉通りの意味合いだがな。想像していたよりも、あの教師は乱暴らしい」

 

「らんひょうひょいいふぁすと(乱暴と言いますと)?」

 

「あんたね、せめて食べてからいいなさいよ……」

 

 

そこまでの情報を得てはいなかったのだろう、セシリアがラウラに問いただす。

果てしなくレディの名をおとしめる形ではあったが。

 

 

「そのままだ。実戦で試験しているらしい」

 

「……実戦で?」

 

「……そりゃまた」

 

「通常、最新軍事技術が量産兵器となって現れるまでには、実戦経験を経てなお、五年や十年といった長い年月を必要とするのが普通だ。しかし……」

 

「しかし?」

 

 

シャルロットはすっかり冷めてしまった手元の紅茶を、あてどなく、くるくると回す。

つい先日『観戦』した、楯無達の迎撃線を想像し、つばを飲み込む。

 

 

「現在の情勢を考えれば、そのような長い時間をかける余裕が無いのは、わかりきった話だ。それ故、検証出来る機体は多ければ多いほどいいのだろう。それだけの機体を動員する価値があるのだろうし、まあ、そもそもIS自体がそういった側面を持つ兵器だしな。さもあらん」

 

「確かに、ISは対DDで実戦使用しながら、検証と新たな開発を行っていたものね。トライアンドエラーっていうか、『DD』は待っちゃくれなかったし」

 

「『選択と集中』作戦における撤退支援も兼ねているかもしれんが、そこまではわからん。訪問国は必ずしも作戦とリンクしていないようだしな。しかしまあ、開発者自らが現地に赴く必要があるかどうか知らんが……私はあの教師のことを、少なくとも嫌いでは無くなった。あの軟派ぶりにはいささかまいるが、ただ後方でのうのうとしているだけのボンクラでは無いわけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、報告は了解いたしました」

 

 

轡木理事長が、モニタに展開された画面を見据えている。

情報の吟味はある程度終わっているとは言え、理解の早さに横島は舌を巻く。

地脈を『高エネルギー帯』と名付けた地図データは、何日か前に横島が千冬達に開示した情報と同じ物だ。

色分けされた世界地図には、人類とDD、それぞれの生存領域が示されている。

 

 

「横島先生には、このところの『環境調査』、兵装開発および撤退支援への感謝を。この調査結果は、すぐに国連へ報告いたします」

 

「お願いいたします」

 

 

千冬が、横島の報告に言い足す。

モニタをじっと見つめたままの理事長は、ぽつりと呟く。

 

 

「我々が掴んだ、最初の反撃の種ですか……大事に育てていきませんとね」

 

「……ええ」

 

 

それは出席した者全員に、共通した思いだったろう。

理事長だけではない。

その他の皆もまた、モニタから視線を外せない。

 

 

「これであの作戦案の実行にも目処が立つでしょう。嬉しくはありませんが、急がねばならない理由も出来たことですしね」

 

 

モニタに示された地図の表示が変わる。

DDを示すたくさんの赤い光点は、地脈、高エネルギー帯の変遷予測に伴い、移動し、やがてある位置で停止する。

 

 

「これがそう遠くない将来なのかと思うと、少々気鬱ですが。彼らにとっての『穀倉地帯』、高エネルギー帯の真上に我々の大都市群が存在していたとは、全く、なんと言えばいいのか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土俵際だけど続け。


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