ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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1話 異世界!

快晴であった。

事務所の玄関を出て空を見上げた横島忠夫は、昨日の激しい雨がウソのような青空に向かって気勢を上げた。

 

 

「よっしゃ、いっちょうお仕事しますかね」

 

 

このところ続いたデスクワークからようやく解放され、凝り固まった肩を思い切り伸ばすが、スーツが邪魔になる。

しゃんとしなさい、といつも美神に注意されているので、いっそ上着を脱いでから、とも思ったが、いちいち脱ぐのも面倒だと、十分に肩を伸ばした後にようやく姿勢を元に戻す。

なあに、しわになったらなったで、クリーニングにでも出せばいいのだ。

そのくらいは稼いでいるのだからと、この場にいない美神に言い訳をする。

 

 

「ま、昔みたいにいつもジージャンとか着てられればいいんだけど、そういう訳にもいかんしな。スーツは堅苦しくていけないや、と。さて文珠の数は……ひい、ふう、みい……」

 

 

手元に輝くのは、世界でも忠夫一人しか作り出せない、霊力の凝縮体である文珠。

キーワードを込めれば、意図したとおりの効果を発揮するという便利なアイテムの数を確かめ、気合いを新たに拳を握りしめる。

 

 

「ま、美神さんは珍しく風邪で寝てるし、文珠で移動してもうるさい事言われねーだろうし。ちゃっちゃと終わらせて、帰ってくっか! んでもって、その後は弱った美神さんの寝込みを……」

 

 

ぐへへ、とだらしなく惚けた顔を見て、通行人が悲鳴を上げて走り去る。

それにも全く気づかない忠夫は、『転』『移』の文字をそれぞれ込めて、解放用の微弱な霊力を流し込む。

輝きを増していく文珠。

視線を上げて、ビル群に囲まれた古びた事務所を見上げる。

人工の幽霊が憑依した建物は、その佇まいもいつもと変わりなく思えた。

 

 

「んじゃ行ってくっから、留守番頼んだぜ?」

 

「はい、お気をつけください。横島さん」

 

 

建物自体が答えた事に、事実を知らない者ならきっと驚いたであろうが、横島は慣れた様子でじゃあなと答えると、輝きが頂点に達したとき、転移した。

そして――――――この世からしばらく、消え去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

快晴の海空を、飛行機とは違った、人型機械が飛行している。

IS -インフィニット・ストラトス- と呼ばれる本来宇宙用に開発されたパワードスーツは、とある理由により大気圏内の飛行も可能なほど発展し、今も技術改良が続き、飛躍し続けていた。

 

 

「あ、ちーちゃん! こっちだよこっち~。観測したエネルギーポイント。早く早くっ!!」

 

 

遙か遠くに走らせる視線と、頭の上に装着された二本の -有り体に言えば、ウサギの耳のような- マニピュレーターが連動し、方向を指し示す。

たいそう興奮した様子で、ちーちゃんと呼んだ女性をたきつける。

 

 

「分かってる、だから少しは黙ってくれないか、束。ISの背中に人を乗せて飛ぶなんて慣れない事をしてるんだ、集中しないとお前が落ちてしまうぞ」

 

 

蒼い空に映える真っ白なスーツを操る女性は、気だるそうに答える。

 

 

「実戦でも、モンドグロッソでも圧倒的世界1位の織斑千冬嬢が何を言いますか~。それに今は私も、初期の簡易型とはいえISを着込んでるんだから、例え落ちても大丈夫だよん」

 

「ふん。まあ、奴らに捕捉されても面倒だ。お望み通り急ぐぞ、しっかりつかまっていろ」

 

「きゃ、ちょっちょっと、千冬ちゃん~?!」

 

 

千冬のISが前触れもなく急加速し、空に雲を引いた。

夏の海に似合いの飛行機雲だったが、背中につかまるので精一杯の束には、そんな感慨にふける間もない。

もしかすると、千冬はかしましい同行者を急激なGで持って黙らせようとしただけだったのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだここだっ、あの莫大なエネルギーを放出してたポイントはっ! ……て、人?」

 

「……どうみても人だな。それも男」

 

 

降り注ぐ陽光に焼き付いた砂浜、白い入道雲や椰子の木、貝殻以外は何もない海辺に、スーツを着こんだ男が倒れていた。

オアシスを求めて砂漠で力尽きた旅人のように横たわっている姿は、ここが無人島ということもあいまって、お世辞にも景色に溶け込んでいるとは言い難かった。

 

 

「おい、大丈夫か。意識があるなら返事をしろ」

 

 

気絶しているようで、千冬が肩を揺すってみても反応はない。

束はつまらなそうに男の頬をつつきながら、つぶやく。

 

 

「へんじがない。ただのしかばねのようだ」

 

「つまらない事を言うな……奴らに襲われて捨てられた人間だとしたらどうする」

 

「ん、別にどうも思わないよ? 他の人間がどうなろうと、私はちーちゃんとかいっくんや箒ちゃんが無事ならそれでいいしー」

 

「……聞いた私がバカだった」

 

 

千冬は男を担ぎ上げると、木陰へと移動する。

木の幹に男をもたれさせ、改めて状態を確認したが、ISスーツを利用しての簡易分析では、気絶している以外に特に外傷などはないようだった。

男は長身でやせ形だが、スーツ越しにも肉付きは良いと分かる。

ネクタイもきちんと締め、オールバックにした髪はワックスで固め、伊達にこんな格好をしているのではないだろうが、なぜこんなところにいるのかがさっぱりわからない。

男の確認もし、周囲を見渡し、危険は無いと判断した千冬はISの装着を解除した。

厳しさをたたえた鋭いつり目が、幾分か柔らかくなる。

 

 

「気絶してるだけだな。すぐ起こす」

 

 

気付けにとバックから水を取り出し、飲ませようとしたところで、束が妙な事を言いだした。

 

 

「う~ん? あれ、でもこの人からもエネルギーが計測出来るよん……んんんっ?!」

 

「どうした?」

 

「こ、これ見て見て、ちーちゃん!」

 

 

束の頭上マニピュレーターから空中投影されたデータ。

示されたエネルギー量は、ISを動かすコア -束以外には生成出来ない- のエネルギー総量をも凌駕する規模であったのだ。

 

 

「な! こんなことがあり得るのか……?」

 

「さっきの観測データには及ばないけど、十分に凄いよ! ねえねえねえ。ちーちゃん、この人解剖してもいい? さんざ実験した後にホルマリン漬けにして標本にって、いひゃいいひゃいっ?!」

 

「冗談もほどほどにしておけ、束。気絶してるだけだと言ったろうが。すぐに起こす、大人しく待ってろ」

 

「相変わらず容赦のないアイアンクローだねえ、ちーちゃん。ちぇ、かる~い冗談なのに。束ちんはそんなグロいことしませんしー。ちーちゃんのいけず。ぶーぶー」

 

「お前が言うと冗談に聞こえんのだと、何回言えば分かる」

 

 

ISを開発したというだけで常人とは違うんだとささやきながら、千冬は男の頭から水をかける。

程なくうっすらと目を開けた男を、千冬とISを着込んだままの束がのぞき込む。

 

 

「……気づいたか? どうだ、私が分かるか」

 

 

意識が戻りきらないのか、ぼんやりした目で二人を見つめる男に、千冬は軽く頬をはたく。

何度か繰り返した時、突然千冬の手がぎゅっと握られ

 

 

「ずっと前から愛してましたぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

「のわああああああああああああああっ?!」

 

「あたしのちーちゃんに何するのー?!」

 

「どげふっ?!」

 

 

起き抜け飛びかかって押し倒した男に、とっさに対応出来ない千冬をかばうように

束が一撃をたたき込み、男が勢いよく飛び跳ねて砂浜にめり込む。

以下に初期の簡易型ISとはいえ、パワードスーツの容赦ない一撃は男をまた失神させるのに十分であった。

 

 

「こ、こら束やりすぎだっ! 下手すると死んで」

 

「ふん、小汚い男が身の程を知りなさ……」

 

 

十分であった、のだが

 

 

「あー死ぬかと思った」

 

「「どえええええええっ?!」」

 

 

あっけなく砂から飛び出て立ちあがる男に、後ずさる二人。

 

 

「傷一つないしっ?! もしかしてこいつ、あいつらなの?! それとも仲間っ?! ちーちゃん、ちゃんとスキャンした~?!」

 

「した、ちゃんとしたぞっ! お前こそ、過剰なエネルギーを検出した時点で拘束するなりなんなりだなっ!」

 

「ちーちゃんだってISの装着解除したじゃない~?!」

 

「! そうだいかん、IS装着……!」

 

 

再びISを装着した千冬は、今度こそ隙無く構え

束を背後にかばい、男と十分な距離を取り相対する。

千冬と束は相応の警戒心を持って男を観察していたが

男はおもむろに束を指さし

 

 

「こらてめぇっ! マリアじゃあるまいし、んな物騒なもんで殴りやがって! 危うく死ぬところじゃねーか?! せっかくその美人のほっぺにぶちゅうーとだな! ……ってあれ? いない?」

 

「「やっぱり死んでしまええええええええ!」」

 

 

絶海の孤島の空、人型をした弾道弾が雲を引きながら飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、で、君は横島忠夫君、ね……」

 

「あたしはみんなのアイドル篠ノ之束だよ~」

 

「…こいつのことはともかく。私は織斑千冬という。改めて、よろしく」

 

「こっちこそ、よろしく」

 

 

互いに気を取り直し、握手を交わす。

木陰のブルーシートには水筒と、いくらかのレーション(軍用食料)も広げられ、三人は島に似合った長閑な雰囲気をたたえてすらいた。

 

 

「で、で、で。繰り返しだけど、よこっちは人間でいいんだよね? だよね?!」

 

「よこっち?」

 

「……いやすまん、こいつ少々おかしくてな」

 

 

千冬は申し訳なさそうに顔を伏せたが、横島は気にする様子もなかった。

 

 

「いや別に。昔そう呼ばれてたこともあったし。束ちゃん美人だし悪い気はしないよ?」

 

「えっへっへ~。わかってるじゃん、よこっち~」

 

「……そうなのか。ならいいんだが、多分束は研究対象として横島君を見てるだけだぞ?」

 

「えー」

 

 

あからさまに落ち込む横島と、研究の材料が増えたと無邪気に喜ぶ束を見て、千冬はいたたまれなくなり、今度は空を見上げた。

 

 

「しっかし二人とも、俺の話信じちゃっていいの? 俺もそんな、カオスのおっさんでも作るの無理そうなパワードスーツ見せられりゃ、転移が失敗したなーくらいはわかるけど」

 

「平行世界論とかコペンハーゲン解釈とか、多少なりとも知ってるならすぐに理解出来る事だからね。もっとも、実例を確認したのはこの束さんでも初めてだけど。そのカオスのおっさんて人にも会ってみたいな~。よこっちには感謝だよ~」

 

 

うん、と束はとても満足そうに頷いた。

 

 

「俺はよくわからんけど、二人が納得してくれたんならいいや。カオスのおっさんはもう半ば人間じゃねーけどな。なんせ千歳だし」

 

「はあ~。さすがに平行世界、てか可能性世界? むちゃな事がまかり通るんだねえ」

 

「束ちゃん達も大概無茶だと思うけどねー」

 

 

量子化され、ブレスレッドサイズにまで縮小されたISを見つめながら横島が言う。

 

 

「まあともかく、俺は人間だよ。GSではあるけれどね」

 

「GS? と言うのはなんだ」

 

「ああ、そこまでは説明してなかったっけか。あ、千冬さん、俺は横島でいいよ?」

 

「そうか、なら私も千冬でいい」

 

 

頷くと横島は一度言葉を切り、咳払いをして先を勧めた。

 

 

「ゴーストスイーパー。悪霊を祓ってお金を貰う、霊能力者の事。知ってる?」

 

「知らないな、霊能力者なんて、TVで胡散臭い連中をたまに見たくらいだ。そもそも、私たちの世界には妖怪とか悪霊なるものが顕在化することがない。いや、無かったというべきか」

 

「そだね~。あの高エネルギー体が発見されるまでは、の話だったね~。さっき見せて貰った、よこっちの高密度エネルギー体も凄いけど~」

 

「栄光の手(ハンズオブグローリー)のこと?」

 

「そうそう。まさかISコアと同じエネルギーを生成出来る人間がいるなんて思いもしなかったよ~。て、別世界の人間なんだから当たり前か」

 

「霊力を知らない人が、霊力を利用する機関を作り出した事も、凄いと思うけどね……」

 

 

大天才ですから、と宣う束に横島はただ頷くしかない。

この人とカオスのおっさんを会わせたら、マリアの魔改造とかしそうだなーとおぼろげに思いながら

海風に撫でられ、心地よさそうな千冬を横目に見た。

 

 

「んで、そのパワードスーツ。ISだっけか、千冬……が世界で一番乗りこなせる訳だ」

 

「まあな。開発初期の段階での宇宙用作業スーツであったなら、ここまで真剣に乗りこなそうと考えることは、恐らく無かったろうが……事情が変わった」

 

「あの高エネルギー体とあいつらの出現、それに伴うISの大改良。マッチポンプみたいだけれど、ISは今の人類にとっての騎士そのものになっちゃったからね~。いよ、白騎士さん!」

 

「うるさいっ!」

 

「あだだだだだ、ちーちゃん痛い痛い痛い痛いよっ?!」

 

 

千冬がまた見事なアイアンクローを束に決め、そのまま立ちあがり持ち上げる。

その腕力に、思わず横島は後ずさる。

 

 

「大体あれはお前が悪いんだろうが! いくら、奴ら相手の戦力が必要だったとはいえ、ミサイル2000発はやりすぎだ!」

 

「だってあいつら相手に通常戦力じゃ役に立たない事は分かってたから、せめてもの目くらましに……て、だから、ちーちゃん痛いってば?!」

 

 

マニピュレーターがあちこちぐるぐる、ぴょこぴょこしているのは、束の感覚とリンクしているからなのか、せわしなく動き回り止まらない。

くわばらくらばらと、横島は距離を取りつつも、束のスカートを覗こうとして、すぐさま頭に束が『落ちてきた』。

千冬が、束を離したのだ。

頭を強打しのたうち回る横島には目もくれず、千冬は束に確認する。

 

 

「おい、束。この反応は……?!」

 

 

千冬は空の彼方、ある一点を見つめて動かない。

束は頭をさすりながら返答する。

 

 

「ててて……そーだね、あいつらだよちーちゃん。さすがにあんだけ派手なエネルギー放出があれば、集まってもくるか」

 

「ち、面倒な事だ。二人とも、退避していろ!」

 

 

千冬は言うなりISを装着すると、砂浜を蹴り、軽やかに空中に飛翔する。

『白騎士』と呼ばれたISは、南洋の陽差しを受けて、一層眩しく鮮やかに煌めいて

空の向こうから迫り来る者達を、千冬は撃退すべく飛び立つ。

 

 

――――――『あいつら』

 

 

ある日突然、この世界に現れた存在を、二人はそう呼んでいる。

それは横島には馴染みの深い、ある意味で、転移の失敗によるストレスを和らげてくれる存在でもあった。

 

 

「ガーゴイル!」

 

 

妖怪、悪霊、それとも悪魔とでも呼称されるべき存在。

この世界には存在していなかった『はず』の者達が、横島の目の前に迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

続け。

 


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