バカとテストとクロガネカチューシャ   作:おーり

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『VS工藤愛子』

 

 クラスメイトらの前へと戻り、ぺこりと頭を下げた。

 自身は責任を果たせなかったのだから、謝罪は当然である。彼の様子はそう物語っている。

 

 

「申し訳ありません、負けてしまいました」

 

 

 出てくるのは怨嗟の声か。

 少なくともかけられる言葉は優しくないであろう。

 

 そう、少年は思っていた。

 しかし、

 

 

「気にするなよ、吉井」

 

「ああ、学年次席を消耗させたんだ、大したもんだぜ!」

 

「よくがんばったな! あとは任せろよ!」

 

 

 口々にかけられるやさしい言葉に、思わず目頭が熱くなる。

 

 ああ、僕はここにいてもいいんだ――。

 おめでとう、おめでとう、おめっとさん、おめでとう、おめでとう――、ありがとう。

 

 

「いや、なんだこれ」

 

 

 前話丸々存在を無視されていたFクラス代表、坂本雄二がこれってバカテスか? とツッコミを入れた。

 

 

  『第5話

   VS工藤愛子』

 

 

「さて、これで2-0だ。久保を倒せなかったのはもったいなかったが、相手の戦力を削るって役割なら十分に果たしてくれた。でかしたぞ、明久」

 

「申し訳ありません」

 

「………………、いや、もう休んでろ。うん。そのメイド服も脱いでいいから」

 

 

 どうやら完璧メイドの明久相手だと勝手が違うらしく、なんだか調子の出ない雄二。思わず優しい言葉をかけなくてはならない強迫観念に駆られていた。

 

 

「……雄二、吉井を脱がせてどうする気?」

 

「どうもしないしお前はA組だ、向こうへ戻れ」

 

 

 前回出番が丸っと無かったのはこちらも同じであるが、あなたの出番はまだなのです、とばかりに押しやられる霧島翔子。

 実際彼女が出張ると話が進まないので、渋々Aクラスへと帰らせられる。

 

 

「では、失礼して」

 

「へ?」

 

 

 と、しゅるっ、と明久がメイド服をその場で脱ぎ始めた。

 ちょ、おま! と島田が、女子にあるまじき声を上げてそれを抑えに係り、土屋がカメラを構え、Fの面子が齧り付きになる。姫路はあまりに突飛な行為に硬直していた。現状役立たずである。

 

 

「ばっ、バカ! いきなり脱ぐやつが――って、あ?」

 

「ふぅ、はーつかれた」

 

 

 ばさっと脱ぎさったそこにはブレザーを着ているいつもの明久の姿が。

 あまりの早着替えに皆が絶句していた。

 

 そしてそのまま、ぱたりんこと倒れる。

 

 突然の現状に誰も対応できなかった。

 

 

「ぐぅああああ……!」

 

 

 唸って身悶えする明久。慌てて駆け寄るのは秀吉ぐらいで、この場では誰しもがどう対処していいのかわからなかったようである。

 

 

「って、ああ、ひょっとしてダメージのフィードバックか?」

 

「? それは一体……?」

 

 

 雄二の呟きに思わず口を挟んだのは久保であった。

 A組クラスメイトらに囲まれていた中を抜き出て、雄二へと目を向ける。

 

 

「観察処分者だからな。召喚獣が物理干渉を行える代わりに、コイツはその召喚獣が受けたダメージの何割かを自分も受けるとか言う話だ」

 

「なっ!? それは本当なのかい!?」

 

 

 問いかけられるも、明久は手当てに来た秀吉の膝枕で唸っているだけの現状である。完璧形態を解除したことで受けたダメージを我慢しきれなくなったのだろうか、見た目美少女の膝枕で恍惚とするような余裕はなさそうである。

 だと言うのに怨嗟の気で溢れ返るFクラス面々。見た目が女子なら誰でもいいのか、と雄二はため息をついた。

 

 

「お前ら、とりあえず明久には休ませてやれ。あと久保もそんなに気にするな」

 

「しかし……、」

 

 

 確かに、現状の犯人はどう考えても久保である。

 だが、

 

 

「何はともあれお前は勝者だ。そのお前が気にしていたんじゃアイツも立つ瀬が無かろうよ」

 

 

 そう言われれば渋々とだが引き下がざるを得まい。雄二にとっては既に終わった久保よりも、次こそが大事な一戦なのだ。彼に付き合うつもりはない。

 現に言われた久保は引き下がり、それを見送って雄二は自陣に声をかけた。

 

 

「さぁてもう後がない、頼むぞムッツリーニ!」

 

 

 呼ばれて立ち上がるは無口な少年・土屋康太。通称寡黙なる性識者≪ムッツリーニ≫と呼ばれる、ちょっと写真撮影と保健体育が得意な、どこにでもいそうな男子であった。

 

 

「――どこにでもはいないわよそんな奴……。やっぱり出してきたわね……、頼むわよ工藤さん!」

 

 

 地の文にボソッとツッコミを入れつつ、優子が中堅を指名する。

 呼ばれて出てきたのは、ショートカットのちょっとボーイッシュな感じもある美少女、だが。

 

 

「……? 誰だ……?」

 

 

 見覚えの無いその女子に雄二を筆頭としてFクラスの面々が首を捻る。

 

 

「知らないのも無理は無いわね、この子は今年入ってきたばかりの転入生だから。でも一言言わせて貰うけどね、保健体育が得意なのはそこの彼だけじゃないってことよ」

 

 

 優子の紹介に雄二は思わず焦りを見せる。

 そこまで自信があると言うことは生半可な腕じゃないってことだ。しかも所属がAクラス。他校の試験と採点システムが違うこの学校で、すでにそこにいるのである。

 恐れるのも当然であった。

 

 が、当の少女は前へと進み続け、

 

 

「……?」

 

 

 出てきた土屋を素通りし、雄二の横を通過して、Fクラスの面々を無視し、秀吉の膝枕にて寛いでいる明久のそばへと近寄っていた。

 

 

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「大丈夫かのう明久……」

 

「あ゛ー、だいぶ痛みも引いてきたー……」

 

「だったらいい加減にそこを退きなさい。いつまで膝枕なんてしてもらっているの……?」

 

「そうですよ。わたしの膝ならいつでも……」

 

 

 若干まったりしてきた明久を謎の寒気が襲う。が、その正体は謎でもなんでもない、島田から発せられる闘気であった。お陰でそのすぐ後に呟くように続いた姫路の台詞は聞こえることなくスルーされている。

 

 そんな集団に、近づいてくる女生徒がいた。

 

 

「あれ? 何か用なのかしら?」

 

「えー、何……。………………なんで?」

 

「明久?」

 

 

 やってくる女子に首をかしげた島田に、釣られるようにその方向へ目を向けた明久は、そのまま固まって世界に問うた。

 その様があまりにも寒々しいので、気になった秀吉が思わず明久の顔を覗き込む。

 明久はと言うと、その姿勢から反対側へと身体の向きをごろりと変えるところであった。

 

 

「久しぶりです、メイド長」

 

「………………人違いじゃないですか?」

 

 

 やってきた女子のその台詞で、すべての視線が明久へと集まる。どう考えてもさっきまでメイドをやっていた明久が当人である、と誰しもが判断できるのに、本人は下手な返答ではぐらかそうと必死であった。

 

 

「ボクが見間違えるわけ無いじゃないですかー。なんなら証拠写真でも出します? ここに写メもありますよ?」

 

「……、愛子ちゃん、なんでここにいるの……?」

 

「ちょ、ちょっとアキ、じゃなかった、吉井、知り合いなの?」

 

 

 まさかの下の名前で呼ばれる少女の登場に、一応は去年クラスメイトをやっていた島田が若干に焦りを覚える。咄嗟に呼びたかった名称で呼びそうになってしまうほどに。

 

 

「……うん、バイト先の、後輩」

 

 

 その言葉に、密かに耳を傾けていた他の者も納得する。そーいえばコイツ、メイド喫茶でバイトしていたんだっけ。と紙袋メイドが齎した情報に古典的に手を打った。

 

 

「ほんとに口調違いますねー、同一人物とは思えないですよ」

 

「あー、まあね。っていうか、愛子ちゃんはまだあそこでバイトしてるの?」

 

「ええまあ。メイド長は戻らないんですか?」

 

「出席日数がヤヴァイからねー、去年いっぱいで終わりです」

 

「もったいないなー、人気だったのに。実際店長とか探してましたよ? アキバ中に貼り紙したりとかして」

 

 

 そう言って取り出したのは一枚のビラ。そこには明久メイドVerが佇んで、『迷子のメイド捜してます』と書いてあった。

 明久からすれば悪夢である。

 

 

「ちょ! これアキバ中に貼ってあるの!?」

 

「戻らないんですかー?」

 

 

 事此処に至って明久はようやく気づいた。

 この娘、何気ない顔をして自分を探すためにメイド喫茶が送り込んだ刺客である、と。

 

 が、負けるわけにはいかない。

 既に負けている気もするが。現状アキバではもう表を歩けない程度には。

 

 

「……戻りません」

 

「もったいないなー。あ、じゃあボクが勝ったら店長に居場所をリークするってことで」

 

「――っ!?」

 

 

 言いたいことをそれで言い切ったのか、戦場へと舞い戻ってゆく工藤愛子。

 なんかもう逃げ場がなくなっている明久はそれでも動くことができない。痛みは引いても身体はまだ不自由なままだ。それ以上に工藤の醸し出すものが、なんだか威圧感みたいに思えていた。

 

 そんな彼にできることといったら、友人の勝利を必死で祈ることだけだ。

 

 

「ムッツリーニ……! 頼む、絶対勝って……! 僕の安らかな学生生活のために……!」

 

 

 本人が聞いたら確実にやる気の殺がれる応援である。

 

 

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「ごめんね、待たせちゃったかな」

 

 

 悠々と戻ってきた工藤は、土屋に明るく笑って謝罪する。対して土屋は気にしていない、と言いたげに首を横に振るのみである。

 

 

「ムッツリーニ君、だっけ? 保健体育が得意らしいけど、ボクもけっこー得意なんだ。負けないよ? それに、」

 

 

 言葉を切って、工藤はちらりと明久を見る。

 ビクンと怯えられた。

 工藤からしてみれば不本意極まりないのかも知れないが、彼女の抱えている望みからすればその反応もあながち間違いではない。と工藤自身も思う。

 

 

「キミに勝ったらメイド長がうちに戻ってくる。そうなればまたあの楽しいバイト生活が戻ってくるからね! お姉さまとの甘美な日々が待っている今のボクに死角はないっ!」

 

 

 明久の件のメイド喫茶での扱いが甚だ謎になる発言であった。

 

 そんな場の者たちの疑問を他所に、工藤は一足先に召喚獣を呼び出す。

 デフォルメされた工藤は、またもやメイド服を着用していた。ただしミニスカの。ちなみに武器と思われるものはトレイである。

 

 どういうことだよ、と戦場の疑問は絶えることが無い。件のメイド喫茶はそこで働いたものたちに呪いでも齎しているのだろうか。

 

 

工藤愛子 保健体育 389点

 

 

「見習いメイド・アイコ! 保健体育でご奉仕しますっ!」

 

 

 いろんな意味でツッコミどころ満載の台詞を宣った工藤。しかしその実力は侮れない。

 300点オーバーと言う普通ではありえない点数がディスプレイには表示されていた。

 

 その脅威にFクラスの面々は焦りを見せているが、ただ対峙している土屋だけはまったく焦らず、工藤の前口上にその妄想力でも刺激されたのだろうか、鼻血をぼたぼたと垂れ流しながら静かに召喚の意を唱える。

 

 

「………………試獣召喚≪サモン≫」

 

 

 現れた召喚獣はデフォルメされた土屋。衣装は忍装束を纏っていた。

 

 

「………………工藤愛子、お前はまだまだ甘い」

 

 

 静かに、語る。

 その落ち着いた様に、工藤は訝しげな表情を浮かべながら土屋を窺う。

 土屋は未だに鼻血を流し続けていた。

 

 

「………………上には上がいることを知れ」

 

 

 そう言った。

 その瞬間――、

 

 

「………………うそ」

 

 

ムッツリーニ 保健体育 426点

 

 

 土屋の点数がディスプレイに表示された。

 

 というか、表示名が仇名とはどういうことだこのシステム。

 

 

「くっ……! でも精々40点程度の差だよ! このぐらいすぐにでも覆せる! お姉さま! ボクにチカラを!」

 

 

 持ち前の負けん気をフル稼働させ勝負に意気込む工藤。しかし件のお姉さまが本当にチカラとやらを与えてくれるというのならば、まず間違いなくプラスには働かないと言うことは断言できる。

 無論、そんな胡乱なチカラを与えるべくもなく、

 

 

「………………加速」

 

 

 勝負は、ついた。

 

 

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「な、なに、今の……?」

 

 

 一瞬で工藤の点数をゼロにした脅威のスピードに、島田が理解できない表情で呟いた。

 明久の召喚獣もかなりのスピードを見せたが、土屋のはそれ以上。驚きもする。

 

 

「ひょっとして、腕輪、でしょうか……?」

 

「うでわ?」

 

 

 答えらしきものを返してくれたのは才女・姫路瑞希。その疑問に応えるべく『瑞希せんせいのなぜなに召喚獣講座』が、アイキャッチのように始まった。

 彼女は出番が少ないので、此処で若干の尺を稼いでおきたい所存である。

 

 

「はい。テストで高い点数を取れた子には、ご褒美に特別な能力の使える『腕輪』をもらえるんです」

 

 

 始めろよ。

 一言で終わってしまったために、『瑞希せんせいのなぜなに召喚獣講座』と描かれた看板はすぐさま撤去となる。お疲れ様でした。

 

 

「なるほど、ムッツリーニは400点をオーバーしていたから高速移動ができる腕輪を貰っていたってことか。スゴイヤ!」

 

『………………』

 

 

 抱き合わせの人形役を頼まれていた明久が律儀に返したが、残念ながら講座は既に終わっています。

 実に白々しい沈黙が、場に漂った。

 

 

「――、まぁ、その実力はすごいわよね」

 

「そうじゃの、見ようによってはかっこいいかも知れぬぞい」

 

「そうですね、背水の陣を覆したのですから、まるでヒーローのようです」

 

 

 ヨイショヨイショと土屋の株が持ち上げられる。三人娘(内一名は詳細不明)が口々に褒め称え、件の土屋へと目を向ける。

 そのカッコいい土屋はというと――、

 

 

『………………あの様で無ければ』

 

 

 未だ止まらぬ鼻血の海にて、臨死の恍惚に酔い痴れていたという。

 




一巻終了まであと少し
しかし手元には一巻が無かったりすると言う罠
よって、作中の点数は若干うろ覚えです
メンゴ

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