バカとテストとクロガネカチューシャ   作:おーり

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『この小説の間違いは大概が作者も理解しています』

 

 いきなり非常にメタな話で申し訳ないが、本来の時系列ならば彼が『覚醒』するという事象自体が存在していない。

 

 あえてその可能性を上げると言うならばもっと先の話となるのであろう。具体的に言えば五月に文月学園で行われる文化祭「清涼祭」にての話である。

 しかし、それすらも本来ならば可能性程度の出来事であり、彼が自身のそれを思い知るような事態には決して至らなかったはずなのである。

 それを彼が知る由もないことなのであるが。

 

 そこから逆算すること大体半年分ほど足早に、彼はとある施設にて知らなくて良かったはずの大人の階段を一足飛びに登ることとなってしまった。

 そのことに対して、明久はただ感傷に耽るだけである。

 

――できることなら知りたくなかった。――と。

 

 

  『第4話

   この小説の間違いは大概が作者も理解しています』

 

 

 明久はロングスカートの正統派メイド服をその身に包み、モップを構えて同クラスの面々より一歩前へと進み出た。

 一見すると順調におかしな文章であるのだが、現状がこうなっているのだから仕方がない。 ただそのさまは凛として、どこも恥ずかしいことなどない、と全身で表現しているようですらある。

 

 その堂々とした佇まいには、対峙するAクラスの者たちもぐっ、と怯むほど。自分たちはこんなにまで強大なものと戦うのか、と錯覚まで覚えていた。

 

 結果、誰も前に出てこない。

 

 本来ならば優位に立っているはずのAクラスが、誰もが吉井明久と戦うことを受諾しようとしないという事態に陥っていた。

 

 

「――それで、誰が相手なんです?」

 

 

 その言葉とともにすぅっと睥睨して見せれば、誰も彼もが目線をそらす。

 唯一一勝し実績を上げていた木下優子が、怯みつつも次峰を決めた。

 

 

「さ、佐藤さん、おねがいするわ!」

 

「ええっ!? 無理無理無理無理ムリですよぉっ!? エーネウスさんとか茉莉花さんとか咲夜さんとか! そんな感じのクールビューティ系メイドを髣髴とさせるようなひと相手に私のような地味キャラじゃあ勝手が悪すぎますっ!」

 

「大丈夫よ! メガネっ娘も需要はあるわ!」

 

「美少女に限ります! 私は平凡な『微』少女ですうっ!」

 

 

 その返答だけならば充分にキャラが立っていると感じるのは自分だけだろうか、と思ったのかは知らないが、Aクラスから男子が一人前へと出る。

 奇しくも同じくメガネっ子。一見イケメンの男子であった。

 

 

「僕が出よう」

 

「久保君!? 貴方自分が学年次席だってこと理解しているの!?」

 

 

 久保利光。

 優子の言うとおりに学年次席であるが、その座は本来なら学年で一二を争う立場に立っていた霧島翔子と姫路瑞希のどちらかに宛がわれていたはずである。

 そのことは久保自身も承知している。だからこそ、相手が姫路を戦いの場に出すというならば、自身がそれを請け負おうと身構えていたのだ。

 

 しかし、ここに来て予測できないイレギュラーが現れた。

 

 彼にとってAクラスにとって、これは非常にピンチと読める状況にあり、この場だけでも挽回しないことにはその先での勝利など有り得ない。彼はそう考えていたのである。

 

 

「わかっている。だけど、ここで勝たなくちゃきっと僕らに先は無いんだ」

 

「久保君……」

 

 

 まるで主人公のような台詞にAクラスの面子がぐっと身を乗り出す。その様子は彼の心情を酌み、彼に現状を委ねた故の心の姿勢であろう。

 誰もが勝てる、と楽観視していた戦場はここにはもうない。このピンチを覆す可能性に、Aクラスのクラスメイトらは今ひとつとなっていた。

 

 それらを見て、Fクラスもまたぐぐっと身を乗り出す。だがそれは――、

 

 

「チクショウかっこつけやがって……っ!」

 

「只で済むと思うんじゃねえぞぉ……っ!」

 

「今に見てろよイケメンがぁ……っ!」

 

「バ・ク・ハ・ツ・しろ……っ!」

 

 

――単なる負け犬の僻みでしかないようである。

 

 実際イケメンである久保の今の決意にはAクラスの内幾人もの女子らが思わずホゥっと頬を染めた。それぐらいには格好よく、若しかすれば惚れた娘もいるやも知れぬ。

 その様に、不細工で屑でやる気も決意も頭も無い負け犬筆頭の集団であることを既に自覚しているFクラスの男子は嫉妬の炎を燃やしたのだ。

 しっとマスクですらたじろぎ兼ねない底辺らに、幸あれ。

 

 まあそれはともかく。

 

 

「次峰は決まりましたか」

 

「ああ、よろしくお願いするよ」

 

「こちらこそ」

 

『試獣召喚≪サモン≫!!』

 

 

 互いにやる気を、意気込みを見せた第二戦。

 非常に嘘臭いのだが、この熱さでまだ二戦目だったりするんだぜ……、と野球部らしき少年が呟いた気もする。

 

 叫ぶと同時に幾何学模様の召喚陣が地面を照らす。

 其処から現れるのはお互いが小さくデフォルメされた召喚獣。

 久保の召喚獣は豪奢な鎧を着飾り、死神を髣髴とさせる大鎌を携え。

 明久は――、

 

――また、メイド服を着ていた。

 

 

「いや、何でだよ」

 

 

 誰も聞いていないが思わず雄二がツッコミを入れる。

 

 明久の召喚獣はメイド服を着飾り、ウィッグまでつけ、どう見ても女子の召喚獣かと見間違うくらいの可愛さを有し、武器は――明久が今手にしているような――デッキブラシを抱えていた。

 

 これだけ見ると普通に弱そうなのであるが、

 

 

久保利光 総合 3784点

 

吉井明久 総合 1056点

 

 

――訂正、どうやら実際に弱かったらしい。

 表示された点数に誰もがずるぅっと転びそうになり、吉本新喜劇張りの劇場芸が再び炸裂した。

 

 

「オイコラ吉井ぃぃ! 何だその点数はぁぁぁ!?」

 

「全力出してもそれじゃ意味ねえだろォォ!?」

 

「俺らの期待を返しやがれぇぇ!」

 

 

 Fの面子からはブーイングがたちまち飛び交い、

 

 

「な、なんだ、ハッタリか……」

 

「まぁ、考えてみれば観察処分者が次席に勝てるわけないよな」

 

「マジで騙された……」

 

 

 Aの面々は口々にほっと安堵の息を漏らす。

 

 しかし、

 

 

「――ふぅ、どうやらただのハッタリだったようだね。キミには悪いけど、勝たせてもらうよ!」

 

 

 久保の召喚獣が明久の召喚獣を討ち取ろうと、大鎌を振るった。が、

 

 

「――ん?」

 

 

吉井明久 総合 1056点

 

 

 攻撃は外れる。

 

 

「外れたか、運がいい。だが!」

 

 

 再び振るわれるが、

 

 

吉井明久 総合 1056点

 

 

 再び外れる。

 

 

「……、どういう、」

 

「――そんな大振りで、当たるとお思いですか?」

 

 

久保利光 総合 2976点

 

 

「――は?」

 

 

 自身の目を疑う。

 点数が減っていた。それも千点近く。

 

 久保は思わず明久に目を向けた。

 明久は攻撃指示を出していないように見えたのに、何故? と疑問が脳裏を掠める。

 

 

「久保君!? 何をやってるの!?」

 

 

 優子の声が届く。

 思わず振り返ると、

 

 

「こっちを見ない! 召喚獣を見なさい!」

 

 

 叱責され、慌てて召喚獣へと目を向けた。

 

 

『そうだ、自分は戦っているのに、何故召喚獣を見ていなかった?』

 

 

 見ると同時に疑問が沸いた、がその疑問はすぐには解決されない。

 目を向けた次の瞬間には、

 

 

「削りなさい――!」

 

 

 明久の召喚獣が、モップにて久保の召喚獣を掃除している姿が目に映っていた。

 

 

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

『なんだ、これは』

 

 

 誰もが自分の目を信じられずにいた。

 それもそのはず。

 学年、いや学園最底辺であるはずの観察処分者が、学年筆頭に並ぶ成績の点数≪実力≫を圧倒しているのだ。

 

 どう見ても掃除としか思えない攻撃方法で。

 

 最初は攻撃が外れた、そうとしか見えなかった。

 しかし二度目の大振りをしゃがんでかわし、カウンター気味にモップの先が久保の召喚獣の脇を掠めた。

 そのことに誰もが絶句した。

 

 そして久保が点数に気を取られた、その瞬間には明久の召喚獣はモップを手に飛び掛かり、仰向けに押し倒しぐわしぐわしと擦ったのである。

 まさにデッキブラシの正しい使い方としか思えず、しかしそれが攻撃になるのかと思えば、久保の点数は見る見る削れて行く。

 ブラシの先には洗剤でも仕込まれているのか、いまや久保の召喚獣は泡まみれであった。

 

 

久保利光 総合 2857↓↓(点数過減中)

 

 

「と、とりあえず早く起き上がらせて!」

 

「あ、ああそうだった! 起きるんだ! 早く!」

 

 

 生徒たちは本来、召喚獣による攻撃、というと突貫させるくらいしか命令系統を知らない。それもそのはずで、彼らは根本的に経験が足りないのだ。

 だからこそ、点数によるごり押ししか思いつかない。

 だからこそ、久保も『攻撃』指示を出して後は放置、という形になっていた。

 

 だが、明久は観察処分者という召喚獣を日ごろから扱っていると言う『経験』のメリットがある。

 格好がメイド服になっているのは明久自身知らぬ存ぜぬことであるが、この戦い方が彼の経験を拠り良い形で引き出していることには違いない。

 

 もはや独壇場にしか見えない。

 

 

「くそ! 弾き飛ばせ!」

 

「甘いですよ」

 

 

 久保の召喚獣が鎌を振るうも、明久の召喚獣は掃除半ばでひらりと跳び離れる。

 顔面泡まみれで起き上がる久保の召喚獣。心なしかビキビキと怒り心頭に見えなくもない。

 

 

久保利光 総合 2478点

 

 

 あっという間に元の点数から1300も削られていた。

 そのことに歯噛みし、久保は油断したことを恥ずかしく思う。

 

 間違いなく明久は強い。

 点数が上であるだけで、それを何故甘く見た。

 彼が強いと言うことは、その雰囲気から誰もが読み取ったはずじゃなかったのか。

 

 互いに距離を置き、明久の召喚獣がモップの先を向けて構えていた。

 久保はぐっと怯み、思わず一歩後ずさる。

 アレだけの攻防で、心が折れかけていた。

 

 

『ウ――オオオオオオオオォォォッ!!!』

 

 

 そのときFクラスの面子がどっと沸いた。現金なもので、誰もが口々に明久を褒め称える。

 

 

「すっげぇぞ吉井!」

 

「勝てる! これなら勝てるぞ!」

 

「やっちまえ吉井ぃぃぃ!」

 

 

 本来ならば受けるはずのない賛美賛辞、拍手喝采。

 しかしそれに応えることもしない。

 久保から目を離さない。

 今は仕事中≪戦闘中≫だ、と全身で表現しているその様子に、誰もがプロだ、と改めて明久を捉えた。

 

 

「そろそろ準備運動も終わりにしましょうか」

 

 

 まだ、本気じゃない。

 そう言っているのか。

 

 明久自身がモップを構え、その場から動かずに久保へと突きつけた。

 

 

「労働賛歌!」

 

 

『Hallelu――jah!!』と召喚獣が叫んだ。そんな気がした。

 

 その瞬間には、明久の召喚獣のラッシュが始まる。

 モップによる高速の突き、それが久保の召喚獣を連続で突き刺した。

 

 

「う――おおおおおおおおおっ!!!?」

 

 

 その脅威に、久保は思わず絶叫する。すると、かわす、そらす、防御する。そういう意思が召喚獣へと集中して向けられ、久保の召喚獣は必死で防御の姿勢を取っていた。

 

 ここにきて久保は無意識に動かす術を会得したように見えたが、この程度は召喚獣にも備わっているシステムである。

 使い手の集中力に伴って動く。これが召喚獣のデフォルトであることを理解している生徒は、存外に少ない。

 

 だが、それでも防御は間に合っていた。

 譬え、

 

 

久保利光 総合 1658点

 

 

 800点以上削られていたとしても。

 

 

『オオオオオオオォォォ!!!』

 

 

 再び沸き立つFクラスの面々。

 蒼白になるAクラスの面々。

 その両方に晒されている久保は、すでに満身創痍にも見えていた。

 

 

「ナイスだ吉井ぃ!」

 

「押し込め吉井!」

 

「いや、ここはもっと適した呼び名があるんじゃないか?」

 

「――そうだな、じゃあせーので」

 

「おう、せーの」

 

 

 そんなFの面子の声援など意にも介さない。

 そういう明久であり、再び先ほどと同じ技を繰り出そうと、モップを構えなおし――、

 

 

『がーんばれー! アーキちゃーん!』

 

 

 野太い声援に、がっくぅ、と力が抜けた。

 

 そしてその様を、ここにきて見逃す久保ではない。

 

 

「!? す、すきありっ!」

 

 

 振るうのではなく、突く。

 鎌の先を槍のように、明久の召喚獣目掛けて突き出した。

 

 

吉井明久 総合 829点

 

 

 掠った。

 それだけでも成功したらしい。

 

 だが久保はもう過信しない。

 カウンターを狙われては辛い、と即座に離れる指示を出す。

 

 しかし、明久からは攻撃の気配が見当たらなかった。

 

 

「あっぶねえ……!」

 

「いや! アキちゃんなら大丈夫だ!」

 

「そうだな! ドンマイアキちゃん!」

 

「いけるってアキちゃん! がんばれー!」

 

 

 見た目が女子ならば中身のことはいったん忘れる腹積もりらしい。

 都合のいい脳みそを持つFの面々だが、軒並み好意的な声援が明久に送られる。

 

 しかし、

 

 

『――――!?』

 

 

 ギン、と明久はFクラスを睨み付けた。

 叫ぶことは無く、静かに底冷えする声が、告げる。

 

 

「私を――アキちゃんと呼ぶな」

 

『Yes! Mam!』

『ヒンヒン! スイマセンでしたぁ!』

 

 

 凍えるような視線に晒されて、縮み上がる者半数。もう半数はその冷気に身悶えし、新しい領域に目覚めかけていた。

 

 そして、その様子を見ているのはFクラスだけではない。

 木下優子はそれが弱点であると、今ならその可能性に賭けなくてはならないと、Aクラスの仲間に小声で呼びかける。

 

 そして、

 

 

「がんばって久保君! アキちゃんを押し込むのよ!」

 

「久保君がんばれ! アキちゃんに負けるな!」

 

「ファイト久保君! アキちゃんを倒して!」

 

 

 口々に、特に『アキちゃん』という名称を強調して声援をかけた。

 非常に間抜けな様子であるが、やってる本人たちは大真面目である。

 

 そしてその声援は、明久にしっかりとダメージを与えていた。

 

 

「ぐぅあああああ!!」

 

 

 何故か頭を抱えて蹲る明久。

 トラウマでも刺激されてるのだろうか。

 

 

「くっ、すまない!」

 

 

 久保の攻撃が明久の点数≪ライフ≫をゼロにした。

 

 

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 高橋教諭が勝ち鬨の声を上げたが、久保はうれしくなかった。

 どう考えてもあの勝利は相手の不調に訴えたものだった。そんな勝ち方で納得できるような、下衆な思考の持ち主ではない。

 

 見ると、メイド服の少年はスクリーンを見上げていた。

 ゼロと表示された点数を見上げるその様に、どう声をかけるべきかわからなかった。

 だが、ここで謝罪しなくては自分は納得できない。

 だからこそ久保は、声をかけようとしていたのだが、

 

 

「――ふぅ、私の負け、ですね」

 

 

 先に切り出され、ぐっと言葉に詰まりかけた。

 が、まずは頭を下げる。

 

 

「すまない。あんな勝ち方、どう考えてもフェアじゃなかった。だが、」

 

 

 だが、だがの次が出てこない。

 久保は勝たなくてはならない。ならなかった。

 だからこそ、言葉にできない。

 

 

「頭を上げてください。これはどうあれ勝負ですよ? 貴方は勝った、今はそれ以外にありません」

 

「しかし、僕は――」

 

「――それでも、それでも納得できないというなら」

 

 

 いったん区切られた言葉に、久保が頭を上げる。

 そのメイドの向けてきた顔を、正面から見ていた。

 

 

「また、勝負をしましょう。次は負けませんよ?」

 

「あ――、ああ!」

 

 

 その柔らかい微笑みに久保は、敵わないな、と理解し、同時に、次こそ勝ってみせる、と決意する。

 どきりと、わずかに高鳴る鼓動を自覚しながら。

 


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