バカとテストとクロガネカチューシャ   作:おーり

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『Aクラス戦と明久の本気』

「それで代表、貴様と霧島翔子女史との関係を聞かせてもらおうか。――その身にな」

 

「ただの幼なじみだ! それより戦争に気を使えバカ共!」

 

 

  『第3話

   Aクラス戦と明久の本気』

 

 

 眼の部分だけ穴を開けた黒い三角頭巾を被った面々は、それぞれが重い思いの鈍器を携帯している。

 ここは戦場として指定されたAクラスの教室であるのだが、リアルに戦争どころかすわ黒ミサか学級崩壊か、と予期される格好の相手クラスの登場に、Aクラス側は大体の面子が引きまくっていた。

 威圧を出すという点では充分に及第点なのだが、その手段に難が在りすぎてそのクラスの代表である雄二自身も頭痛を覚える始末である。

 

 

「ええと、そ、それじゃあ始めましょうか。まずは私から、誰が何の科目で来るのか、先手を譲ってあげるわ」

 

 

 優子が場を取り持つように宣言した。

 代表ではないのだが肝心の代表が無口な少女で、しかも色々とクラスを纏めることに目を向けないワンマンアーミーなタイプなことから、代表の替わりみたいな役割を任されているらしい。

 優子自身も優等生だという評価を請け負っているので、そのことには特に気にとめていないようではあるのだが。

 

 

「そうね、それじゃあまずはウチがいくわ」

 

 

 それに対峙したのは島田美波。ペッタンコ、もとい勝ち気な釣り目とポニーテールが一際目立つ美少女である。

 断じて表現を間違えたわけでも脅されたという事実もない。

 

 

「科目は?」

 

「数学」

 

『試獣召喚≪サモン≫!!』

 

 

 承諾したあと互いに頷き合い、同時に宣言する。

 

 床には幾何学の文様が浮かび、お互いにデフォルメされた自身の分身『召喚獣』が呼び出された。

 何気にこれがこの小説初の登場である。

 

 それはともかく、召喚獣の頭上にそれぞれディスプレイが現れ、それぞれの点数が表示される。

 

 

島田美波 数学 186点

 

木下優子 数学 276点

 

 

 小説屋が単純に志向した末に設定されたような、九十点ほどの差のある点数が両者の実力の差を晒す。

 結果はすぐに出た。

 

 

「勝者! 木下優子!」

 

 

 一瞬の交叉の後、Aクラス担任であり学年主任、そして審判を勤めている高橋教諭が判定を下す。互いの召喚獣が突貫し合い、明確に90という差を残したままに島田の召喚獣が無残に砕け散った。

 

 

「数学に自信があったみたいだけど、残念だったわね」

 

「ゴメン皆、負けちゃった……」

 

 

 勝ち誇る木下には何も言えず、とぼとぼと戻ってくる島田。

 対してFクラスの面々は比較的穏やかであった。

 

 

「気にするなよ、島田」

 

「そうそう、相手が木下さんじゃ無理だって」

 

「胸でも勝てそうにないのは目に見えていたしな」

 

「いや、木下さんはそれほど大きいわけじゃないだろ」

 

『ぶち殺すわよあんたら』

 

 

 慰められていたはずが最後の二言で台無しである。

 しかも余計な部分を比較された木下優子もまた、島田と異口同音に青筋を立てていた。

 

 

「まあまあ、大丈夫だよ島田さん、まだ一回負けた程度なんだし」

 

「そうだな。それじゃあ次は明久、お前に行ってもらおうか」

 

「え、やだよ」

 

 

 ぅおい! とFクラスの面子が思わず平手裏拳でツッコミを入れる。

 慰められた島田もまた同じような仕草でそれに乗っていたから、負けた申し訳なさはとっくに払拭されているらしい。

 

 

「っつうか、お前今回の戦争じゃろくに戦ってないだろうが。いい加減お前の本気を見せてみろよ」

 

「ふっ、雄二、僕に本気を出せだって……?」

 

 

 諭されて静かに笑う。その様は明らかに実力者のそれであると、Aクラスのものでも錯覚してしまいそうになる。

 

 

「吉井って、実は強いのか……?」

 

「でも、観察処分者ってバカの代名詞だったはずじゃあ……」

 

「実は本気を見せていなかっただけなのか」

 

 

 Fの面子はいとも簡単に納得してしまっていた。このあたり、互いの知能指数を明確に晒しているようで雄二は思わず頭を抱えたくなってしまいそうになるが。

 

 

「それじゃあ須川君、次はキミの番だね」

 

「よっしゃあ任せ……ってなんで!?」

 

 

 余裕な表情のままに須川へとバトンタッチする明久に、その場のあらゆる者がずるぅっとずっこけた。吉本新喜劇張りの劇場芸である。

 

 

「オイコラ明久ぁ! ふざけてないで本気でやれよ!」

 

「だが断る」

 

「何でだよ!」

 

「黙秘します」

 

「せめてまじめに取り合えやぁ!」

 

 

 取り付く島もない、とはまさにこのことで。

 

 

「まあ仕方ねえやなあ、本気を出すってことはアレってことだろうし」

 

 

 と、そこで事情を知っていそうな声が聞こえ、誰もがそれに目を向けた。

 

 そう、それは件の紙袋メイド。ハナ初号機である。

 正直FFF団の面々の見た目がアレ過ぎてその中に埋没していたのだが、改めて見ると異様な姿があったことに初見のAクラスらがぎょっとしていた。

 

 

「なんだ? ハナは理由でも知っているのか? というかいたのかお前」

 

「まあな。面白そうだから昨日から見ていた。あと明久の本気がどうこうって話は……」

 

 

 そこまで言ってちらっと明久へと目を向ける。

 話したくない、とでも言いたげに明久は顔を背けたままであった。

 

 

「見たほうが早いか」

 

 

 が、その台詞にぎょっとして、明久が振り向いたときには、ハナの両肩には仰々しい二門の大砲が担がれその矛先は既に明久へと向けられている。

 

 

「ちょ! ハナさんそれ……!」

 

「ファイヤー」

――ギュワアアアアアア!!

 

 

 次の瞬間には大砲から発せられた熱線が明久を包み込む。よんどころのない轟音を響かせながら火柱の如きヒカリの柱に晒された明久は叫び声を上げる間もなく撃滅された。ように、皆の目には見えていた。

 

 

『ウォオオイ!?』

 

 

 誰も彼もが紙袋メイドにツッコミの声を上げる。

 当然である。

 

 

「何してんだポンコツ!? あとお前それメイドっつうより兵器の実装じゃねえのか!? お前こんなところでウロウロしていて大丈夫な存在なのかよ!?」

 

 

 アラスカ条約とかに抵触しそうな存在に対して至極真っ当なツッコミを入れる雄二に、ハナはのほほんとしたような表情(に見える紙袋)で答えた。

 

 

「平気平気、兵器じゃねえって、いやこの場合のへいきっていうのは武装のことじゃなくてだな」

 

「質問に答えろぉ!」

 

「まあ聞け。俺のプログラムの中にはクロスクラッシュフィールド、という代物があったんだけどな、それを基にしてまったく正反対のシステムをこの間導入してみたんだわ」

 

「クロスクラッシュフィールド? なんだそりゃあ?」

 

「衣服破壊を目的とした、特殊な電磁振動で繊維を粉微塵にする力場だな。

 早い話がネギまの脱げビームみたいな」

 

 

 その説明で、ああコイツらしいな、となんだか納得した。

 そしていかにも中学生男子が欲しがりそうな兵器を持っていたポンコツメイドに、Fクラスの男子たちは尊敬の目を向けている。

 

 

「明久にぶち当てたのはそのシステムを基にした逆補正光線だ。ちなみに名称は『アーマードドレスシステム』早い話が「服を着せる」システムな」

 

 

 あくまでマイペースなハナに対し、それほど危険なものでもないのか? と未だにヒカリの柱に包まれている明久へと目を向けてみる。その間も説明は続く。

 

 

「この光線を使えばあら不思議、魔法少女のような変身ギミックをお手ごろ価格で貴方の家庭へゴファラァァァ!?」

 

 

 と、そのとき。通信販売のような台詞回しでノリノリな説明をしていたハナの紙袋に、どこから飛んできたのか一本のモップがゴメシャアアとめり込んだ。

 

 錐揉み回転をしながら吹き飛ばされるポンコツメイド。

 絶句した表情でそれを見送る戦場の面々。

 そしていつの間にか治まっている光の柱があったところへと視線を向けると、そこに立っていたのは明久ではなく、凛とした佇まいのメイドであった。

 

 

「まったく……、本人に断りもなくこんな格好をさせるとは、相変わらずしつけの行き届いていないメイドですね」

 

 

 紛う事なきメイド。ロングのスカートはふわりと翻り、佇まいは泰然自若。どこぞのポンコツメイドとは比較にならないほどに完成度漂う女性である。

 しかもこの場に居ながらもそれが違和感に繋がらない。そのあまりにも違和感のなさに、誰もが彼女がいったい何処から現れたのかを気にしなくなるところであった。

 

 

「ちょ、ちょっと、あなたは誰ですか? ここは学校ですから関係者以外は立ち入り禁止なのですが……」

 

 

 慌てて職務を思い出した高橋女史がそのメイドに声をかける。言われて皆そのことに思い至った。

 しかしながら、既にいたはずのハナに対しては全力スルーであるのは、まあお約束というやつである。

 

 

「高橋先生、私ですよ。吉井明久です」

 

『は?』

 

 

 メイドの簡潔な自己紹介に誰も彼もが異口同音の疑問符を呟いた。

 Aクラスの面子はなにを言っているんだ、と首を捻り。

 Fの面子はそういえば顔立ちが似ているような、と親族かと思いかけ。

 比較的明久に近しい者たちはその顔を見て、髪はウィッグだろうかと当たりをつけ、普段の顔と今の声とを脳内で比較し検証し、思い至ると同時に、

 

 

『あ、明久あああ!?』

 

 

 とりあえず、雄二・秀吉・ムッツリーニが絶叫していた。島田・姫路は絶句である。

 

 

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 一人称に佇まい、口調まで変わっているその女性にしか見えないメイドを果たして本人と承諾していいものかと誰もが思い悩んだ中、モップによって迎撃されていたロボがヨロヨロと起き上がる。

 

 

「そいつは本人だぜ」

 

「いやポンコツメイド、それが信じられないから誰もがこうなっているんだが……。とりあえず、どうしてこうなっているんだ」

 

「明久はその格好じゃないと本気を出せないんだよ」

 

 

 どうやったらそんなけったいな体質へとシフトするのか。環境か、性格か。

 目がありありとそう問い質しているので、続きを促されたと判ったのだろう。ハナは続ける。

 

 

「コイツのバイト先がとある秋葉原のメイドカフェでな、そこでバイトしているうちに本格メイドの風格を身につけて週間連続一位の人気まで獲得した猛者だ」

 

「コイツのバイト先ってメイドカフェだったのかよ……。通りで言いたくないわけだ」

 

「ご明察の通り、明久はその状態の自分を別人だと自己暗示することで精神的に安定するようになっちまったがな。

 ただし、一見分裂症に見えるかも知れないが間違いなく本人の意思も働いている。名づけて明久完璧形態≪パーフェクトモード≫、今の明久は普段とは比較にならないほど――強いぜ」

 

 

 その説明は至極真面目で、誰もがごくりと生唾を飲み込み戦慄の眼差しで明久を見遣る。

 が、その中で秀吉は思わず小首を傾げつつ、疑問符を浮かべていた。

 

 

「(メイドに強さとは、必要なのかのう……?)」

 

 

 それに応えられるものは、とりあえずこの場にはいない。

 

 

「さて――、」

 

 

 メイドin明久が口を開く。

 皆ははっとなり、彼女、いやさ彼? の言葉に耳を傾けざろう得ない。

 

 

「私の本気を見たいというのでしたね。いいですよ、誰でも好きなようにかかってきなさい。ただし――」

 

 

 音もなく歩き、ハナに刺さっていたモップを手に身を翻し、再びもとの位置へと戻ると悠然とした態度で微笑んだ。

 それは、

 

 

「――全力の私に、対抗できると言うのなら」

 

 

 誰もが見惚れるような、そんな魅力的な完璧なメイドであった――。

 

 

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「あ、ハナさんは後でお仕置きがありますから。覚悟しておいてくださいね」

 

「え!?」

 

 

 きれいな笑顔のままに告げられた追加折檻。あの一撃で最早生まれたての小鹿以下に成り下がったポンコツに、更に追撃を入れようと言うのか。

 その事実を理解し戦慄し、誰もが思った。

 

 

『もう止めて! ハナのライフはとっくにゼロよ!』

 


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