「えーと、改めて。これが我が家で雇われているメイドロボ、『ハナ初号機』通称ハナさん。紙袋は機密保持のためだそうです」
「オイ「これ」って、人のことを何だと思ってるんだよ」
明久の説明に紙袋についている目が眉をしかめる。説明のままだとそいつは普通の紙袋のはずなのに、何故表情が表れるのかが理解できない。
どうなっているその紙袋。そしてお前は人ではなくてロボだろう、という色々ツッコミ満載の内心をぐっと飲み干して雄二はごく普通に佇むそれに目を向けた。
『第2話
メイドロボと下克上』
紛うことなくロボ、それも男子が想像するようなフィギュアタイプのやつではなく、変形とか出来そうな漫画チックな代物である。
いや、メイドロボと聞いて思わずフィギュアタイプを想像してしまうのは間違っていないと思うのだが、いろいろと納得できない自分がいるのは間違いない、とも同時に思う。
「これがメイドロボねー、なんか想像していたのとは違うわね」
島田もそう思ったらしく、屈んで眺めながらそう感想を漏らしていた。
ちなみに屈んでも正面からは何一つ魅惑的な谷間が現れない、肉感的に残念な女子でもあるという無駄な一文がたった今肉体言語によって磨り潰されたというダイイングメッセージをここに残す。オノレ。
「で、何ができるの、これ?」
見た感じ有能には見えそうになかったのだろう。
誰もが抱いた感想を、若干血にも見える謎の色素で汚れた手をパンパンと叩きながら、島田は明久へと視線を向けた。
それが、命取りとなる。
「特技は、覗き、セクハラ、下着ドロ」
「ちょ! 先に言いなさい! かなり手遅れなんだけど!?」
視線を向けた次の瞬間にはハナは島田の背後に回りこみ、そのホースのような腕でスカートをめくり上げて顔(?)を突っ込んでいた。
寸でのところで気付くことができた島田がスカートを押さえたときには目標を視認していたらしく、ハナは次の標的を目指して動き出し――、
――島田のネリチャギによって、一瞬で物言わぬポンコツへと変わり果てた。
「フゥフゥ……っ! ちょっと吉井! 何なのコイツは!?」
「あー、うん、説明遅れた僕も悪かったと思うけどさまさか初見でスクラップにされるとは思ってもみなかった……」
息を荒げて島田が踏み締めるスクラップにはバチバチと漏電のような現象が見られる。
それを乾いた目で苦笑して眺める明久。
無礼を働いたとはいえ他人様の所有物らしきものに躊躇い無く破壊活動を起こせる島田に、戦慄の眼差しを向けるFクラスの面々。
そして視界の端では、Fクラス一影の薄いことを自認している土屋康太ことムッツリーニと呼ばれる男子が驚愕の表情でハナを見ていた。
女子の写真を撮りそれを他の男子に提供することにて自信の評価を得ている彼にしてみれば、アイディンティティを奪われたことに若干の危機感を覚えたのかも知れない。
「オウフ…………、いいキックといいパンツを持ってるんじゃねえか…………、ツンデレに加えて縞パンとはな、恐れ入ったぜ…………」
「黙りなさい! もう一発食らわせるわよ!」
何気に本日の下着をさらりと暴露されて島田の怒りは有頂天。
さっきまでの漏電現象はなんだったのか、何事もなく復活してきたポンコツは再び地に沈められる恐怖を知る。
「まあ今までの経験上そう簡単には壊れないから気にしないけどね。姫路さんも秀吉も気をつけてね、コイツ声は女性でも中身は中学生男子みたいなやつだから」
「待て明久、何故わしも含まれるのじゃ。正直久しぶりの挨拶にしては冗談が過ぎるぞい」
「冗談じゃないからだよ」
先ほどの処刑に唯一加わっていなかった友人が明久の台詞に待ったを掛けたが、そう一言でさらりと忠告を受けて地に膝を着いた。
いわゆるorzのポーズへと移行する、一見女子にしか見えない男子、木下秀吉。明久は去年からのクラスメイトであり友人でもあるのだが、そう思っている相手からのそういう扱いを未だに継続中である事実にも絶望しているようである。
「なぁなぁ明久ー、あの娘は何で男装してんの?」
「男子だよ。その初代ファミコン並みのCPUにもそのことはしっかりと刻んでおいてね」
「甘いな………………。男の娘ってやつもそれはそれでご褒美です!」
「ほんと、死ねばいいのにねこのポンコツ」
かと思ったら明久の言葉でパアアと顔を明るくした秀吉。どうやらキチンと男子扱いはされているのだということに思い至ったらしく嬉しそうではあるのだが、その様はあまりにも可愛らしく、素性を知らぬ男子生徒ならば惚れてまうやろーと叫ぶのは間違いない。
まあそれはそれとして。にこやかに毒を吐く明久に雄二は、こうなった原因は間違いなくそのロボだな、と改めて理解した。
「え、と……、吉井くん、朝に言っていた目覚ましってひょっとして………………」
「うん。これ」
と姫路の質問にも簡潔に答える明久。
指差された紙袋付き鉄製メイドに、ああなるほど。と、あの表現が間違っていなかったのだなあ、と納得してしまう。
「しかし、仮にもメイドとか雇っているなら普通はもっと余裕ができないか? お前は何で去年は出席日数の足りなくなるような事態に……」
「働かないんだよ、このロボ」
雄二の疑問が一言で解決した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、「確かにあの形状じゃあ羨ましくもねえや」というクラスメイトらの心温まる言葉によって処刑は見送りとなり、ほんの少しだけ優しくなったクラスの絆に涙した少年は、自身が遣らされるはずであった宣戦布告の使者の座を横溝君へとシフトされていた。
Dクラスへの宣戦布告。それによって一つの命が風前の灯となったことは特に何の感慨も湧かないままに、舞台は試召戦争へと向かってゆく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
対Dクラス戦に引き続き行われた対Bクラス戦、それらに辛くも勝利を収めたFクラスは破竹の勢いのままにAクラスとの対談を始めようとしていた。
別の時系列では様々なことが起こり、大体文庫小説一冊分はそれで尺を稼げそうなのではあるが、起こったことといったら特筆すべきこともない。
敢えて上げるとしたら以下の程度であった。
・Dクラス代表平賀を姫路が単独で撃破。
・Bクラス代表根本をクラス内におびき寄せ、クラス内の備品を破壊している様子を盗撮。それを証拠品としてBクラス代表以外に通達。戦争の結果でも教室交換を行わない旨を伝え代表の首を差し出させる。
・各クラスにAクラスへ宣戦布告(の準備がある)として向かわせ、その結果にかかわらずCクラスへと攻め入る準備を要求し準備完了。
ちなみに個人間にて発覚した事情は以下の通りである。
・Dクラス女子『清水美春』が島田美波に懸想。
・むしろ島田が男らしすぎて女子人気が圧倒的。
・Bクラス代表『根本恭二』の不人気が天元突破。
・今回の戦いで発言権は下の下へと地殻直下。
・宣戦布告は横溝の役目。
・明久、仕事しろ。
と、まあ別の時空列ならばもっといろいろあったはずじゃね? という何某かの声を感じないこともないが、この世界線で起こったことといえばこの程度である。
Fクラス代表を務める雄二は詰め将棋のように相手の周囲の行動を予測して罠を張り、実質的な稼働時間を切り詰めることに注心していた。その理由は互いの点数の彼我であったり、二年に上がったばかりだという戦争経験の無さ。そこを上手く突くことで戦線の穴を突くことに決定打は遺される。
そんなこんなで、下克上対談は今より始まる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まあ俺達からのハナシはこれだけだ。B・Dクラスに続けて攻め入られたくなければ、代表同士の一騎打ちで決めようぜ、ってな」
「………………随分と勝手な言い分をしてくるわね」
対談に臨んだのはAクラス代表……ではなく、その補佐役でもやっているのだろうか、木下秀吉の姉・優子だった。
苦虫を噛み潰した、といった表情ではないが、下位クラスに攻め入られているという点に納得できないらしく、若干顔をしかめているのは見てわかる。
「それほど悪い話でもないと思うがな。そっちは俺たちと戦うだけでB・Dからの戦争も回避できる。そこは保証するよ、設備を交換して攻め入られるなんて、目も当てられないしなあ」
雄二の言い分はどう聞いてもFが勝つことが前提である。挑発で優位であるというプライドを煽り、激昂させることで判断力を下げようとでもしているのか。
「狙いも見え見えな挑発に乗る気はないわ。こっちからすればどれもこれも下位クラス、たとえ最後に貴方たちFクラスが漁夫の利を狙おうとしてもそれまでに戦争の経験を積めるというなら悪いものでもないしね」
が、モノともしなかった。優子は鼻で笑って雄二の挑発を華麗にかわす。
そう易々と話が進むわけでもないか、と雄二も想定していた答えに内心頷き、さてどう話を切り詰めていこうか、と脳内を切り替え始めた。
しかし、
「受けてもいい」
「代表!?」
Aクラス代表・霧島翔子が静かに雄二の背後に現れた。
「………………翔子か」
「久しぶり、雄二」
「今朝も会ってるだろうが……」
若干げんなりとした表情で応える雄二に、両クラスの面々はどういう関係だ?と訝しげな表情を見せる。
「それより代表、受けてもいいって……」
「一騎打ち、こちらが出す条件を満たすなら、受けてもかまわない」
「ちょ!? せめて3対3、いや5対5にしたほうが! こいつらがどういう手を出してくるのかは目に見えてるでしょ!?」
優子は3対3と提示しかけたが、それでは先に2勝したほうが勝ちになる。そうなれば代表同士の対戦は必要なくなるし、そもそも代表戦で相手側にいる才女・姫路瑞希を出されたらそれで決まってしまう恐れもあるわけだ。ここは無難に手堅く5対5で行うべきだと提示するが、雄二はそこも理解できているのか鼻で笑い返し、
「随分と余裕のない、代表がそれでいいって言うんならそれで行こうじゃ――」
「雄二が私と付き合うのなら、一騎打ちを受けてもかまわない」
「――5対5だな。よし、木下姉の提案、しっかり承った」
提示された条件を即座に切り捨て、優子の提案を承諾した。
さらりと自分の利を拾おうとしている幼なじみに、雄二は背中にドッと冷や汗が湧き出る感触を覚えていた。
もし今の話を深く聞かずに受けていれば、たとえFクラスが勝利しても自身の身は破滅である。
「私はかまわない」
「科目はどうするか」
「そうね、交互に決定権を持つということにしましょうか」
「ああ、それでかまわない」
「雄二、聞いてる?」
Aクラス代表の言葉をそっちのけで戦線が決定されてゆく対談。
その端ではFFF団なる集団が再び嫉妬の火を灯そうと活動を再開し、片クラスの代表がその毒牙に晒されようとしていたという。