内容の酷さはまあ次回に期待ってことで・・・
立会の教師が一人、少女が二人、野生児が一人にポンコツが一体。ずらりと体育館の片隅に並ぶ。
これより始まるのは生き残りをかけた勝ち抜き戦。勝ち上がれるのは対峙した相手を倒して倒して倒し続けて、生き残れた一組のみとなる。
そう――、
――試験召喚大会の始まりであった。
「両チーム、不備はありませんね?」
『いや、ちょっとまって』
立会教師の問いに少女二人が待ったをかけた。
無理もなかった。
「あの、そこにいる紙袋を被ったメイド服(?)のものはいったいなんですか……?」
「わたしたちの目が確かなら、対戦相手ってそこの男の子だけにしか見えないのですけど」
ちなみに引き合いに出された彼は厳つい不良のような容姿なので、とてもではないが『男の子』という表現なんぞは似合ったものではない。
「安心してくれ、ババ――学園長に許可はとってある」
「そうそう。何も問題はねーよ」
『しゃべった!?』
口を開かずに可愛らしい電子音声を出した物体エックスに驚愕する少女たち二人。
教師はと言うと、事前に聞いていた通りに動いた、ということを確認し頷くと、
「それでは初めっ!」
『ええっ、ちょっとぉ!?』
――何の問題も無さそうだと判断して試合開始の合図を上げた。
「まずは肩ならしだ! 準備はいいかポンコツ!」
「ハッ! 俺を誰だと思っていやがる☆ イックゼェェェェェ!」
『それもっとカッコいい声の台詞じゃないの!?』
少女らのツッコミを皮切りに、戦いの火蓋は切って落とされた。
『第11話
メイド祭り開催中☆ミ』
『いらっしゃいいらっしゃい! うちのメイドは新鮮だよ!』
『うちも負けてないよ! 最強系ツンデレメイドは2-Dだけ!』
『あ? うちが最強だし、2-Cなめんなよコラ?』
『はぁ? たかが一クラス程度上だからってふざけたこといってんじゃねえぞオラ?』
メンチの切りあいをいきなり見せ始めた二クラスを無視して、木下優子は旧校舎を目指していた。
右を見てもメイド。左を見てもメイド。
なにがどうしてこうなったのか、今年の清涼祭はメイド祭りがコンセプトとなってしまっているらしい。
お陰で客の引き合い合戦に歯止めが利かず、設備が良いために客引きが他よりは容易いAクラスでも猫の手も借りたいくらいには忙しい状況なのである。
それなのに――、
「いきなりサボらないでよね工藤さんってば……っ」
清涼祭開催早々、どこからか連絡を受けたかと思えば「Fクラスに行ってくるね☆」と目の横ピースという無駄に可愛らしい仕草で仕事着のままに脱走した工藤愛子。
すぐに戻ってくるだろうと思って待ってみれば早くも二時間が経過。一向に帰ってくる気配がないクラスメイトを探しに、現場責任者を任されている優子が旧校舎へと足を運ぶ破目になったのだ。
文句をぶつぶつと呟きつつ、旧校舎へと続く廊下を曲がった。そのとき、
――木下優子は己の目を疑った。
「――……なに、これ……?」
ずらり、と続く行列。
私服の格好の外部からの客足が、奥のほうへとずっとずっと続いている。
中には程よく着飾った外部の女性も居るには居るが恰幅の宜しい男性が大半を占めており、狭い廊下では空調が利き難いのか空気も少々淀んでいるような気配を感じる。
最後尾には『一時間待ち』と書かれたスケッチブックを掲げた男性が居たりもする。
そんな客らの訝しげな視線が、自分へと注がれていた。
「え、えっと、客じゃないんだけど……」
「あ、そーなの? どーぞどーぞ、狭いかもしれんけど気をつけてね。
おーい、みちあけてくださーい!」
うーい、と返事がそこかしこから返されて、ちょっと身の幅が宜しい恰幅な男性方が廊下の端のほうへ端のほうへと身を寄せて並びを正してゆく。人数と体つきから威圧感すら覚えていたが、意外にも各々紳士的な対応力を身につけているように振舞ってくれる。
その対応の手際の良さに若干申し訳ない感覚も思いつつ、優子は道の先、Fクラスへと足を運んだ。
行列は件のFクラスまで続いていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ジャンジャジャン、ジャンジャジャン、ジャンジャジャジャンッジャンッ、ジャンジャジャン、ジャンジャジャン、ジャンッジャンッジャンッジャンッ!
三味線でも鳴らしているかのようなテンポの良い壮大な音楽が流れだし、舞台の上の影がそれに合わせて腕を振るう。
クラス内よりわずかに高めに立てられた台の上で踊るのは優子も良く知る観察処分者だ。しかし、と彼女は己の目を疑う。
チャラランチャラランチャラララチャラララ、チャラランチャラランチャラララッチャラチャラララ、
チャラランチャラランチャラララチャラララ、チャラララララララジャンジャンジャジャンッ!
その格好はメイド服ではなく、丈の短いスカートにも見える和服の振り袖。腕を振るうたびにひらりひらりと袖ははためかせられ、踊るその姿は誰よりも愉しそうで、その表情もまた酷く蠱惑的で、見るものすべてを魅了する、芸者のようにも思えてしまう。
そんな『彼女』が、前奏の終わりと共に口を開く。『唄』が、始まる。
「だいt
~以下自粛~
荘厳なステージが終わり、それに魅入っていた全ての観客が歓声を上げた。
優子もまた魅入っていた一人である。
はっ、と気付けば舞台上の艶姿に釘付けとなっていた自分に思わず恥じる。そもそも当初の目的があったはずなのであるが、彼女は立ち見のままに一曲分をすべて見終えてしまっていた。
そういえば料金を払い忘れていた。と。
「――って、違う違う、そっちじゃなくて工藤さんだったわ……」
己の責務すら忘れてしまう威力に、あのステージは魅惑の魔法でもかけているんじゃないかと、召喚獣が存在するのだからあってもおかしくないかも、そんな荒唐無稽な妄想が浮かびかける。
その妄想を振るい落とし、客席をざっと眺めてみれば目的の人物を見つける。というか居た。恰幅の良い男性が多数を占めているものの、客席のその最前線は女性も居る集団で。メイド服の少女であるという特徴も相俟ってよく目立っていた。
『キャー! おっ姉さまーっ!』
非情に頭の悪い発言をしている彼女目掛けて、人ごみの中を掻き分け進む。
「随分と楽しそうね、工藤さん……?」
「そりゃあもう! お姉さまを中心としたライブなんて仕事サボってでも見る価値が、」
言葉の途中で止まり、ゆっくりと振り向いた。
『さぁーて、メイドのアキちゃんカバー曲『チェリーブロッサムサウザント』でしたっ!
お次は我が2-Fが誇る四人娘で、『無表情』です! どうぞお聞きください!』
そんな中、そうナレーション役の声が聞こえ、
「あっ、次が始まるよ優子! これは見る価値ありだよ!」
「誤魔化すんじゃないのっ!」
その恐怖すら忘れたように再び舞台へと視線を戻す工藤愛子。優子もまたその彼女に怒声を浴びせるが、
ジャァァーーーン………………、
聞こえ始める耳朶を擽るベースの前奏に、思わず彼女も目を向ける。
そこには、
ダダッ、ダダッ、ダダッ、ダダッ、ダダッ、ダダッ、ダダッ、ダダッ、
いつ着替えたのか舞台上で踊っていた『少女』も含む四人のメイドが思い思いの箇所で並ぶ姿、そして、鳴り出すドラムの音に合わせて身体を揺する姿、
ダダッ、ダダッ、ダダッ、ダダッ、ダダッ、ダダッ、ダッ、タタタタ、ピー!
最後の甲高い音と共に一斉に動きが激しくなり、
ジャージャンジャージャジャージャンジャージャン、ジャージャンジャージャジャージャンジャージャン、ジャージャンジャージャジャージャンジャージャン、ジャージャンジャージャジャージャンジャージャン
妙に長い前奏に合わせて、ラインダンスのように脚を跳ねさせるように並んで踊るその姿はセクシーにも見えてくる。
それを見てると、自分もあんな風に踊れるようになれるのか、と淡い期待が生まれるほどに。
そしてどうやら、歌い出しが始まる。
「あいまi
~以下自粛~
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「すげぇ盛況だな……」
召喚大会の一回戦を勝ち抜いてきた雄二が、裏からその様子を眺めながらぽつりと呟いた。
三曲目四曲目と突入して行き、今では秀吉と明久が仲の良い姉妹のように手を合わせつつ「いーあるふぁんくらぶー♪」などとスリットの入ったチャイナ服で唄って踊っている。
喫茶店で回転率を稼ぐのではなく、ライブをやって絶対数を確保する。その出展内容を聞いたときは単純な作戦であるし、そもそも知らぬ高校生らのライブで言うほど稼げるわけもない。と耳を疑ったが、日にちが経つ毎に捌かれてゆくチケットの枚数に「これは行けるんじゃないか?」と始める一日前には大勝利も確信できていた。
しかし、未だに謎であるのはこの現状である。明久は一体どんな手を使ったというのか。
「別にな、そこまですげぇ手品ってわけでもないんだよ。これは」
今では自分の相棒役をやっているポンコツメイドの声が聞こえる。その声に振り向けば、裏方スタッフの半被が微妙に似合っている紙袋メイドがドヤ顔で登場していた。
「どういうことだ?」
「明久は自分の過去を受け入れただけさ
――秋葉一のメイドをやっていたというかつての伝説を、な」
そう。『彼女』がやったことはそれほど多くはない。
単純にかつての伝手である店に声をかけて、文化祭三日限りの復活ライブを行う、と自分のファンに告知しただけであった。
あとは精々、踊るための衣装を発注した程度でしかない。
それでも『彼女』のファンは集まった。
その数は当時の『ご主人様(お客様)』のほぼ全員。更には当時『彼女』に憧れていたという秋葉原のメイド見習い数百人。
三日で売れ切ったチケットは総じて一万枚に届くほど。
そんな世界を垣間見て、雄二は思う。
「馬鹿だろあいつら」
そうやって馬鹿をやることがメイド喫茶を楽しむコツである。と、何処かの高校の電波な教師が風の噂で嘯いた。
実質思いながら雄二も、その世界を目の当たりにしてしまっては足を洗えないのではないか、と内心戦々恐々としているのであるが、まあそこはそれ。ご愛嬌ということにしておこう(人、これを現実逃避と呼ぶ)。
「それにしても、楽しそうに唄って踊るなぁ……
あいつ、こういう世界が嫌だからバイトもやめたんじゃなかったのか?」
「よく見ろ、明久のあの表情。目が死んでる」
正確には死んだ目というよりは、全力で己に暗示をかけているトランス状態である。『彼女』はハイライトの消えた目であったがしかし、ファンサービスには余念を微塵も漏らさない、徹底したプロ根性を滲ませていた。
メイド服を着たことによる『変身』と同じ理屈で、『彼女』は自分の感じている恥を恥と思わなくなっている。
云わば強力なペルソナを被った状態。
舞台上の『彼女』はもはや完全なる別人であるのだ。
そんなことをつらつらと説明された暁には、思わず雄二も目頭が熱くなる。「あいつ、全力で取り組んでるんだなぁ……(;_;)」と。
そのとき、ハナの手の中にあるケータイが震えた。
どうでもいいことではあるが家電(ロボ)がケータイ(電話)を扱う姿はシュールのはずなのに、ハナの姿を見てしまうとどうしても違和感が生まれない。実は中に誰か入っているのだと言われても納得の仕草であるので。
「どうした?」
「その『アキちゃんふぁんクラブ』からの秘匿通信だ」
「おいちょっと待てなんか不穏な単語が聞こえたぞ」
「なんでもマナーの悪い客がこのステージにいちゃもんつけてる姿を見かけたからって全員に通達してら。モヒカンと坊主の二人組みだとよ」
「止めたのに聞いてくれねえし! って、もう出たか」
「予定通り、か?」
「そうだな。よし、俺らの仕事だ
いくぞ、ハナ」
「合点承知」
教頭が開始前にクラスに来たときから、彼らの中には『いやな予感』が燻っていた。
それに対処できるだけの人海が都合よく手に入ったのは予想外であったけど、手を出してきたのなら突き返すことも可能である。
自分たち裏方の仕事はこのステージを守ることだ。
そう決意を新たに、輝くステージを尻目に二人は駆け出した。
『それでは午前最終曲となります!
HANA~鉄のメイド~AKICHAN.Ver!
張り切って、どうぞ!!!』
「みんな~! いっくよーっ!!!」
~以下自粛~
ボカロ、結構好きです