教師一名と一クラス分の生徒が倒れ臥した謎の食中毒事件から数日後のことである。
この頃には他の生徒たちも学園祭の準備に精を出し始めており、学園自体が俄かに活気付いてきたようにも思え始めた。
ただなにをトチ狂っているのか、大概のクラスがメイド服を購入または製作し準備に充てているとの確認がとられた。誰しもが客の懐から楽に金銭を引き落とせるであろう商業文化に目をつけたのか、はたまた準備初日に目にしていたメイドが印象に残っていたのか、最早『学園祭』というよりは『秋葉原電気街祭』と改名したほうが良さそうなメイドの飽和率であるという。
そんな折、一人の少女が校門から現れる。その格好はまたもやメイド服。学園祭の準備も相俟って、どこかのクラスに属している生徒なのだろうな、と誰もが気にするそぶりもない。
「――ここに、メイド長がおるわけやね……」
少女はそんな意味深な台詞をポツリと漏らして、誰に咎められることもなく悠々ととある教室を目指して歩いていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『歌?』
ところ変わってこちらはFクラス。異口同音に大概の生徒らがとある人物の台詞に疑問符を浮かべていた。
普通の食中りとは思えない威力を各イに与えた謎のホットケーキを喰らい、その後遺症から復活してみれば、学園祭はメイド祭に発展しそうな予感にさすがのFクラスでも焦りが出る。喫茶店としての最低限ラインである食事までをも封印された今、何とか起死回生の一手を捻り出そうとクラスが一丸となって悩み抜いていた。
ちなみに件の食中毒は『内臓にくる』と言うよりは『脳に来た』と被害者が語った謎の破壊力。未だに退院できていないという竹原よりも、一足早くに復活できたというのは、偏に若さの差なのかもしれない。
それはともかく、そんなクラス内から出された意見。出したのはクラスメイトではなく、一体のメイドロボであった。
「そ、店に流れるだろ? BGM
そこに注目するのもいいかと思ってな」
と、至極まっとうな意見であるのだが、
「だ、だいじょうぶ、ハナ?
まともな意見よ?」
「脈もボケどころも、ありませんよ……?」
「俺そんなにおかしなこと言ったかな」
どこかオロオロとしている島田そして姫路。出会ってからまだそれほど経っていないというのに、二人にとってハナのキャラはある位置で完全に定まっていたらしい。
ハナらしくない台詞を耳にして、目にわかるほどにうろたえている二人である。
「だがまあ、いい意見ではあるな
よし、それぞれなんかCDでも持ち寄って……」
「オイオイ、なにを言い出すんだよ」
「?」
とりあえず意見を取り入れようとしていた雄二に、何故か言いだしっぺのハナが待ったをかける。
何かおかしなことでも言ったのだろうか? と全員がソレの続きを待った。
「主題歌作ろうぜ! って言ってんの!」
『作るの!?』
思わず全員が同じように驚愕した。
『第10話
わーるどいずまいん』
鎖骨の部分が大きく開けた改造メイド服を各員に着させ、すらりと並ぶ2-F美少女軍団(総数4名)。内訳のうち半分は男であるのだが、見た目としては美少女なので気づかれる事も問題にもならないだろう。
それよりも、若干一名に問題がありすぎた。
言わずとも知れた姫路瑞希だ。
彼女は豊満な胸部を持つために開けた部分からわずかに視点を下げるだけで、一見グラビア雑誌のように目立つ胸の谷間がその双丘の存在を主張する。彼女は恥ずかしそうにそれを両手で隠しているのだが、Fクラス男子にとってはその仕草だけでご褒美です、と絶叫しそうな勢いである。
その背景には己の乳力(ちちりょく)では太刀打ちできないと悟ってしまったのだろう。島田美波が世の無常を嘆き、斜に影の入った表情で落ち込んでいた。
彼女は彼女でスレンダーながらも細い腰や脚線美なんかが男子たちの劣情を逆撫でているのだが、圧倒的な戦力差を前にして己に自身が持てないだけである。その魅力は、それはそれできっと輝く日が来るだろう。
ちなみに、そんな美少女たちの艶姿を前にして、土屋康太ことムッツリーニは血溜まりの海にて撃沈していた。
「……こういう露骨な格好は好みではないのですが」
「うむ……、
しかも儂らまでこの姿になるのはどうにも……」
内訳二名の男子勢もまた、同じような鎖骨の開いた改造メイド服である。胸部の装甲こそ某ポニテ女子とどっこいなレベルであるにもかかわらず、その美少女力だけで直視を躊躇う可愛さが漂う。
見てくれだけでなれるのならばそのままアイドルにでもなってしまえ、と言われてもおかしくない可愛さであった。当然性別の段階で普通は弾かれるのだが、世の中にはそれを主軸にしたメディアというものも存在するというのも事実。たとえば『少女少年』とk(以降2000字に渡って長々と書き綴られておりましたのでカットします)。
「よし! 勝てる! これなら勝てるぞ!
ユニット名は『明朗会計』とかでどーだ!?」
「落ち着いてくださいハナさん」
どこからどう字を当てたのかわからないユニット名を叫びつつ、機材調達を終えたハナが現れる。
正直着替えの段階でいやな予感しかしなかったので、前もって雄二や須川などに連行させての別行動であった。
それはそうと、調達した機材はそれはそれで立派な代物ばかりなのだが、いったいどこから調達してきたのだろうか……?
「さて、いきなり歌を作れ、と言われたところで簡単にできるものでもないだろうからな
なんかの参考になるかと思って俺が作ってきたのからご視聴いただけるかね?」
「すでに作ったんですかっ?」
「じゃあそれでもいいんじゃないの?」
「というか本業以外は手早いですよね」
どっちにしてもこの格好のままではまず歌わせられそうだ、と思いつつ、実はまんざらでもなさそうだった姫路と島田が揃って聞く。
思わず呆れた声を上げたのは明久だ。その手際のよさを本業にも充てろと云わんばかりで。
対して、ハナはどこか自慢げに応えた。
「巷じゃ流行ってるじゃねえかよ歌ロイドとかさ」
「それとハナさんとなんの関係が?」
「ソレにできて俺にできない道理はねぇー」
このポンコツ、よりにもよって初音●クと自分を同列に置いておる。あまりにも不遜な台詞に、そのうちエジソンに罰を当てられても可笑しくないレベルだと誰もが思う。
「それでは、聞いてください
――『ブレイクタイム』」
『休憩時間』?と数名が脳裏に疑問符を浮かべ、音楽が流れ出す。
そして、ハナは生声で歌を紡ぎ出した。
『破壊の時≪ブレイクタイム≫!』
♪ブレイク!!
時は満ちた
今こそ理性を破壊しろ!
俺の触手を見せてやる!!
なめるように目をつけたぜ!
覚悟してくれ隣の女子更衣室!!
(SE:あんさんそらあきまへんて
ブレイク!! 壁をぶち破れ!!
ブレイク!! お騒がせしてスミマセン!!
そんな妄想で過ごす午後
ブレェェク・ターーーイム!!!♪
それにしてもこのポンコツ、ノリノリである。
「二番!!」
「――待ってください。」
ヒュゥーウ!! とノッリノリで続きを続行しようとするハナに待ったをかけたのは姫路であったが、間違いなくそれはこの場の者すべての総意であっただろう。
「うるさいです、とか、くつろぎは? とか、そもそも店内BGMにそういう系統はどうか、とも色々と言いたいこともあるんですけどとりあえず、」
いろいろと辛辣にも取れる台詞を述べつつも、何故か顔を赤らめて、言葉を選ぶように続ける。
「その、声が可愛いって卑怯ですよね」
「普段のろくでもない発言とのギャップに思わずドキリとさせられるわよね」
「え、なに、俺褒められてるの? 貶されてるの?」
後に続いた島田の言葉に、思わずハナですらも戸惑わざるを得ないようであった。『困惑』の表情を表すかのように、紙袋の後頭部分にでっかい汗玉のマークが浮かぶ。
『歌詞は完璧没だけど』
「なんで!?」
異口同音に評価を下す女子二人に驚愕するハナ。当たり前である。
「ハァーア、駄目かー
カラオケでもなかなか歌われてもらえねえんだよなぁ」
『楽曲配信してるんかい!?』
と、誰もが思わずハナに対して、ぐりんっ、と驚愕の目線を向けたときだ。
「いやぁ、いい歌だとは思うけどな」
耳にした記憶のない声が場に響く。
意見もそうであるがどこのどちらさまだ、とハナに向いていた視線が再びそちらへと、教室の扉の場所へと向けられた。
そこにいたのは、やはり見知らぬメイドであった。
「あー、誰だ?」
それもそこそこの『美少女』と呼んでも差し支えの無いレベルのメイドであるのだが、雄二はというと臆することなく声をかけた。
幼なじみが美少女なのでそのレベルは見慣れているとでも言いたいのだろうか。クラス中数名の男子がそう捉え、こっそりと黒い三角頭巾をそれぞれその手に用意している。
「このクラスにメイドはおる?」
「そこの四人くらいだが……」
返ってきた言葉は若干要領を得ないもの。それでも一応の返答をすると、彼女は一人の人物に目をつけた。
「――っメイド長!
見つけましたよっ!」
明らかに明久のことであった。
「おいあk……ってどこに行こうとしてるっ!?」
説明を求めて視線を振れば、なんと窓に手をかけて今にも飛び降りようとしているメイドを発見してしまう。
思わず待ったをかけつつ、駆け寄る――前に、
「もー、ダメですやんメイド長
いきなり窓からあいきゃんふらいしようやなんて」
めっ、とデコツンしつつ、少女がいつの間にやら明久のことを拘束していた。
あまりのスピードに誰もが絶句する。まったく目に映らなかった超スピードに、新手のスタンド使いかっ! と思わず叫ばれてもおかしくない。
一方腰に手を回されての背後からのハグという形で拘束された明久は、ぎ、ぎ、ぎ、と以前にも見た覚えのある仕草で振り返る。
「ひ、久しぶりですねみとさん
元気にしてましたか……?」
「はいっ!」
あのパーフェクトモードが言い淀んでいるという珍しい事態を目撃し、誰もが彼女の評価を上方へと修正。恐らくは、天敵であるのだろう。明久の。
天真爛漫な笑顔のメイドとは対照的に、完璧メイドは珍しくも冷や汗をかいていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「で、どこのどちら様なんだ、こいつは?」
「雄二、彼女はこう見えて大学生ですよ?」
マジで? という視線をものともせず、差し出された飲み物をストローでヂュゴゴゴと飲んでいる若干のロリ系メイドに疑問が尽きない。
見た目は良くて中学生。下手すれば小学生にも見間違えられそうな低身長&寸胴スタイルに、この場にいる全員が年下だと認識していたようである。
「彼女は小林 美兎、以前バイトしていたメイド喫茶の後輩その2ですね」
「ってことはアレのお仲間か……」
明久の紹介に、Aクラスの実技型保体少女が皆の脳裏に浮かぶ。
「あとできれば彼女のいる間は私のことは『アキちゃん』でお願いします……っ
まことに、遺憾ですが……っ!」
「どれだけイヤなんだよ」
呼ばれることに嫌がっていたはずの呼称を、今にも血反吐を吐きそうな顔色で要求する明久。まさに苦渋の決断という奴だ。
「というか、ひょっとして男だってことは隠してるのか……?」
「隠したくは無いのですが……
……以前ばれた工藤さんの反応から、これがほか多数の元同僚にばれると一体どういう反応になるのか予想がまったくつきません……
なので、できれば以前の印象のままに対応したいです……」
「お前も大変だな……」
そういえば工藤の反応がやたらと好意的だった、と思い出す雄二。苦労の絶えない友人に思わず同情の目を向けた。
「そういえば、そこのメイドロボって『轟』の所属やなかった? なんでおるんよ? お前」
ちょっと放置していれば、美兎はいつの間にかハナに視線をロックオンしている。顔見知りだったりするのだろうか。
「………………?
誰だっけ……?」
かと思えば疑問符しか浮かべないポンコツメイド。美兎が何気に向けていた剣呑な視線も暖簾に腕押すように効果がない。
座ったままずっこける、という器用な真似をしたロリメイドはうがーっと吠えて怒って見せた。
「お前らに潰された『響』の元巫女メイドや!
一年前に熱く対立したコスプレ喫茶対決を、忘れたとは言わせへんで!?」
「あ、ああー、
あったあった、
うんうん、わすれてねーよ、うん」
あ、コイツこの反応は完全に忘れてるな。と誰もが思う。挙動不審なロボに、ぷんすか怒っている美兎が少々哀れにも見えた。
「コスプレ……」
「? どした、アキh、あきちゃん」
「いえ、ちょっと妙案が浮かびました
みとさん、ちょっとお願いが、」
「はいっ、なんですかメイド長っ」
怒っていたはずの美兎が一瞬で笑顔となって明久に向き直る。
これは確かに男だとわかったときの反応がどうなるものか、知れたものではないな、と超スピードの対応力に雄二も慄いていたという。
別に美兎ちんはオリキャラってわけじゃないっすよ
いえほんとに