早朝、文月学園正門前にて。
一人の美少女がチラシを配り、道行く生徒たちに声をかける。
「2-F、メイド喫茶『轟』出張店です
宜しければご贔屓ください」
彼女の格好はどう間違っても人目を引き付けるメイド服で、その姿は下手なコスプレなどではない、まさに完璧なメイド。当然ながら生徒らは誰もがその彼女に目を奪われ、正門前は人ごみでごった返しとなっていた。
「これって、清涼祭の宣伝?
まだ先じゃないのか?」
そう、祭はまだ当分先だ。
しかし、
「いいんじゃないのか? 前もって何をやるのかを知らせておこうってことだろ
あと可愛いし、あの子」
そう答えてまた一人、男子がメイドに近づいてゆく。
「すいませーん、この『轟』ってどういうお店なんですかー?」
「よくぞ聞いてくれました」
彼としては話を弾ませようと質問したに過ぎないのかもしれない。しかし少女のほうは、それを待っていたとばかりに、彼女が働くであろう喫茶店の紹介を始めた。
「『轟』は秋葉原にて店舗を経営しているとうわさのメイド喫茶です。その実態は残念ながら、私自身が従事しているというわけではないので詳しくは知れません」
そう前置いて、しかし、と言葉を続ける。
「清涼祭にて開店予定の『轟』にはその店舗で稼動しているという科学の粋を集めたメイドロボ、ハナ初号機が応援に駆けつけてくれることとなっております。
それは他の喫茶店などでは決して味わえない特別な情緒となって、ご来店していただくご主人様がたにも至福の時間を吟味して頂けることでしょう」
おぉ~、と演説を耳にした生徒らが、一様に声を漏らす。誰しもが見惚れる、そんな演説姿であったからなのだろう。
だが、
「へぇー、メイドロボかー、それって――」
男子の一人がそんな声を漏らしながら、ある一点を見、
「――バイク型に変形して生徒を撥ね飛ばしているアレのことじゃないよな?」
「その辺りはきれいに記憶をリセットして、当日ご来店ください」
表情を引きつらせて尋ねる男子に、実に平然とした笑顔でメイドの美少女は答えた。
その背後では、「うちのメイドにちょっかいかけてんじゃねぇぞオラァ!!」と絶叫しながら男子生徒を中心に撥ね飛ばすバイク型の『何か』が、昨今のアニメで見るような縦横無尽の動きで無双をしていたという――。
『第9話
承認! ゴルディオンクッキング!』
一先ず、宣伝のためにチラシの配布を終えたメイドはFクラスへと帰ってきた。言わずと知れた明久その人である。残念ながら『少女』ではない。
「チラシを配り終えました、宣伝としては十分かと思われますが――」
「やぁ、ご苦労様だね」
教室に入ったそこで待っていたのは、何故か先日消臭炭へとシフトチェンジさせてしまった男性教諭、竹原教頭が優雅そうにしていた。
「教頭先生? 何故ここに?」
「いや、それがだな、」
と、答えるのは雄二。少し面倒臭そうに、彼を指差して、
「この先生様は、俺らがこの教室で食事を提供することを中止するように言ってきやがった。
喫茶店だからそれを止められたらどうすることもできねえのは明白だろうに、わざわざご来店してのご注意だよ」
機嫌はすこぶる悪そうである。無理もない。
「でもねぇ、衛生面で問題がありそうだろう、ここじゃあねえ。
だから、折角だけれどキミ達には別の出店をお願いできないかと思ってね」
「白々しぃぜ、先生。
残念ながらこちとら本職メイドが提供する料理ってことでもうチラシも配っちまったんだよ。それを今更覆されるなんざ、営業妨害以外のナニモノでもねぇ」
「そうかい、それは困ったねぇ」
「潰すつもりかよ、ウチを」
「このままだとそうなるかもしれないねぇ」
二人の視線が交差する。他のクラスメイトらはその緊迫した空気に何も言えなくなっている。
そして明久は、何故こんな事態に? と若干他人事でそれを傍観していた。
しかし、その脇で動いていたある物体に気づく。
「まあ、やれるものならやってみな」
「?」
それが動くことを止めようとした。しかし明久の手はそこまで届かない。竹原の頭上には――、
――『5t』と、わかり安すぎる衝撃表示の成された錘が、命綱一本でゆらゆらと揺れていたのだ。
そしてその命綱は今まさに、ハナの振り下ろそうとしている青龍刀によって切り離されようとしていた――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『悔しいのなら、料理とやらを持ってきてみたまえ
それが本当に食べる価値のある料理というのなら、僕が責任を持ってキミ達に出店の許可をおろすことを約束しようじゃないか!』
フハハハハ、と打ち所が少々悪かったのか、頭頂部から諾々と流血しつつ高笑いした教頭を尻目に、現在仮設キッチンである。
「そう言われてしまったので、今から調理開始だ」
「よくそれだけで許してくれましたよねぇ」
若干舌打ちしつつ、雄二は料理のできるメンバーを選別して連れてきていた。
メンバーは自己申告制で選別されたのだが、現在このクラスにいる者ではメインキャストとは言えない。主力として稼動予定であった土屋康太ことムッツリーニは未だ登校しておらず、期待されているのは女子力の高そうな姫路にメイドモード明久程度だ。
「店長、スマネェ……
俺が仕留め損なったばかりに……」
「気にすんなハナ
また機会もあるさ」
「死、前提だったのですか?」
がっくりと地に手を突くポンコツメイドも、一応は選別メンバーである。
「とりあえず調理を開始しますが、仕込みも何もそろえていない状態では何もできません。
ハナさん、先手をお願いできますか?」
「任せろ
この俺が!
この手に!
ヒネリをかけて!
作る!」
「ヨリをかけてください」
一声上げるたびに変形してゆく豪腕。最終的には『ゴルディオーンクッキーング!』などと聞こえ出し、更にはどこからか『承認!』と女性的な声も響く。
甚だ不安を掻き立てられる宣言であった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
淹れたての紅茶が温かそうな湯気を立てる。香りはシンプルにアールグレイ。しかし、茶葉以外にも隠し味のようなものが浮かんでいる気がする。
気がするというか、実際目に見えて異常なのであるが。見たとおりにそのティーカップには、
――そのティーカップには、女性用下着が混入されていた。
『………………』
「これが俺の創作料理№23! 下着紅茶≪パンティー≫だ!」
絶句し、何も言えないクラスメイト&客。しかしどこか誇らしげに、変態メイドが料理名を轟き叫ぶ。その瞬間、
「なんてもん出してんのよアンタはぁああああ!?」
「ブゲラバッ!?」
飛来したちゃぶ台の直撃を受け、ロボが錐揉み吹き荒ぶ。
その隙に、失礼しましたと恭しく、メイドが紅茶を回収した。承認されたゴルディオンクッキングの名声も、はらりと空しく地に落ちる。
*件の紅茶はスタッフがおいしく頂くそうです。
「頂くなっ!?」
ちなみに使用された下着はどうやら島田女子のもののよう。謎のテロップに恐怖を覚えた島田は、慌てて回収された紅茶の行方を追ったという。
「では、改めまして
こちらをお召し上がりください」
「ほぉ、カレーですか」
そんなやり取りを一切なかったことにし、明久が料理を運んできていた。
竹原もまた、今のやり取りをスルーするつもりのようである。
「一般的かつ、ポピュラーな料理ですね
ふむ……
香りは合格ですね、カルダモンが効いている
じっくりとブイヨンで煮込まれ、野菜も甘みを出し煮崩れず、カレーの裏に隠れている……この味は、
ココナッツとヨーグルト、か
悪くない」
「全部言い当てた!?」
「すげぇ!」
驚くのはモブとなっていた背後のクラスメイトら数人。しかし明久も表情にこそ出さないが、そこまで舌が肥えていたのか、と内心驚いていた。
「だが、良くもない」
カレーを食していた竹原の手が止まる。
スプーンを置いて、明久を見下ろした。
「この味は良くも悪くも普通の味だ
工夫された努力も見当たらない。
この程度の味はどこにでもある……
そう、たとえばS&A²社製の『了承カレー』とかと同じ味だっ!」
勝ち誇ったように宣言された言葉に、明久は気圧されるかのように一歩下がり、
「ですよね」
「けっこう美味しいんだよな、このレトルト」
さらりと軽く、頷いた。
いつの間にか来ていた雄二もまた、件のパッケージを手に納得の表情であった。
「まんまかい!!!」
思わず微笑み忘れた顔となりツッコミを入れる竹原。その絶叫はそれまでのやり取りすべてに対しての心の叫びであったのかもしれない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なにが本職メイドの料理ですかねぇえ!? 出来合いとセクハラグルメしか提供しない店が出てきていいと思ってるんですか!?」
竹原のツッコミも当然の如く、出てくる料理は悉くがそういった代物ばかりで、雄二としてもこれは予想外であったらしい。
「おい、どういうことだよ明久」
「といわれましても、私の働いていたメイド喫茶はこんなもんでしたよ?」
「むぅ、そうなるともうちょっと別口で考えてみるか?」
いっそ料理そのものを撤廃してもいいかもしれない。と心の棚に案を浮かべる雄二と違って、なにやら鬼の首を獲ったかのように喚きたている竹原が教室の真ん中にいるのだが、仮設キッチンではほぼスルーの方向性。
いっそ、滑稽にも見える。
「も、申し訳ございません、こちらをどうぞ」
と、そんな竹原に差し出されたのはどうやらホットケーキの様子。持っていったのは姫路であった。
「? あれって誰が作ったのですか?」
「え、お前じゃねえのか
姫路か?」
恐らくは彼女が自身で作ったものなのだろう。時間がかかったらしいがようやく出来上がった料理を、テーブルの上に追加で配膳する。が、
「ああ、もういいですよ
この店の料理がどういったものかはよくわかりましたからね
衛生面での許可は下ろしませんから、飲食店としての許可も却下ということでよろしいですね?」
そんな言葉で姫路の料理には目もくれない。
その言葉が聞こえてきても、明久と雄二としては別段問題ないと考え始めていたのだが、その場にいる姫路には違った。
「え、そ、そんな、困ります」
自分の責任とも思い始めたのかもしれない。
実際はハナか明久の行動の結果なので関係のないハナシであるのだが、今までの過程を見ていなかったのだろう。席を立とうとする竹原に、どうすればいいのかオロオロと焦りうろたえだす。
その姫路に助言をするべきだ、と明久が仮設キッチンを出たところで、それは起きた。
「せ、せめて一口だけでも」
「くどいですよ」
差し出されたホットケーキを手で払い、竹原は席を立つ。
その払われたホットケーキはというと、姫路の手からも離され、教室の床へとべちゃりと落ちた。
「……っ、あ……」
「この店の料理は、食べるに値しません」
静まり返る教室。
落ちたホットケーキにすべての視線が集まり、その視界の隅には涙を浮かべている姫路の姿が見える。
『――っテメェ!!!』
――ガァン!!!
と、クラス中の憤怒の声が響いた瞬間、竹原の眼前を何かが通り過ぎ壁にぶち当たり、とてつもない轟音が響いた。
はらり、と、通り過ぎた『何か』の衝撃で切り払われた前髪が落ち、『それ』に目を向ける竹原。
教室の壁には、一本のモップが突き刺さっていた。
「………………、え……?
え゛え゛え゛え゛え゛!!?」
「――謝りなさい」
「ヒィっ!?」
幽鬼のように、ゆらりと寄ってくる姿に心底恐怖を覚える。
たかだかモップ一本を見事に凶器へと変貌させるその未知が、静かに、だが確実に、竹原へと迫っていた。
「姫路さんの料理は私やハナさんのようなふざけ半分で作られたようなものではありません
それを、そのように粗末に扱うなどと
たとえ教師であろうと許されることではありませんよ」
びりびりとした気配が、教室中を震わせる。
窓ガラスがテーブルが、そしてクラスメイトらを含むすべての人が、明久の殺気によって小刻みに振動させられる。
それを自覚して、竹原は悟った。
――殺される。と。
「――選びなさい」
「――……へ?」
「食すか、それとも――」
その視線の先は、床に落ちたホットケーキ。
当然ながら、竹原の選択は『それ』を選ぶほかに生き延びる道などない――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
死or食の選択を迫られた教師・竹原教頭がFクラスを去っていった中で、どこかしょんぼりと落ち込む姫路。
考えてみれば、彼女自身のせいだと思い込んだままフォローを入れるのを忘れていたのかもしれない、と明久も思い出す。
「姫路さん、そんなに落ち込むことはありませんよ」
「……でも、私のせいで……」
「いえ、元からこのクラスでの飲食店というのは暴挙だったと雄二も考え直しているところですから
今日のところは新しい可能性が見つかったとして
それでいいじゃないですか」
「あ……」
メイド長が柔らかに微笑み、それを間近で見た姫路が悟る。それは仲間のメイドを決して見捨てない、そんな優しさの表れなのだと。
「おねぇさま……」
だから、思わずそう呼んでしまったのも間違いではないのであろう。
いや、確実に道を踏み外しているのであるが。
「それより、ホットケーキのタネはまだ残っていますか? せっかくなので皆さんで試食しましょうか」
「はいっ! おねえさま!」
そっちは荊の道だ。早く戻って来い、姫路。
そんな天の声が届くわけもなく、二人が仮設キッチンに入っていったそのとき、教室の戸を開き土屋康太が現れた。
「………………報告がある」
「ん、どしたムッツリーニ?」
「………………竹原教頭が救急車で運ばれた」
ぴしり、と教室内の時間が止まる。
それに疑問を抱きつつ、康太は報告を続ける。
「………………? 原因は食中りだと推測されているが……」
「あー、そうか、うん
………………そうか」
やはり、床に落としたものを食べさせたのが問題だったのだろうか。と雄二が思わず、追い詰められたような犯罪者の如くに脂汗を浮かべる。
シチュエーションによっては教師イジメにも発展しそうな光景であったので、内心ちょっと焦っているのだ。
「ホットケーキができましたよー」
「残念ながらタネが少なかったので
一口分ずつですよ」
とりあえず、甘いものでも食べて気持ちを落ち着かせよう。
そう自身に言い聞かせ、それぞれがテーブルの上に用意されたホットケーキを一切れずつ口へ運ぶ。
――バタバタと、次々にクラスメイトらが倒れていったのは、また別の話――。
やだなにこれこわい
なんだかホラーっぽい終わり方になりました
第九話でした
地雷を踏むだけの、簡単なお仕事です
ちなみに連続投稿でしたが八話目は飛ばしてもかまいません
書きやすい九話目をやる前に難産だったのが八話目ですが、仕上げてみればなんだか微妙な形に
やや、不満
ネギまばかりに手が行き、ほかの作品を手がける暇がなくなるという本末転倒な仕様となっておりますがどれも完結させたいというのは本音です
止める、と言うまでやってみますから、気長にお待ちください