ある錬金術師の話   作:U-G

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国家試験

 汽車に揺られて一時間、私は国軍中央司令部の入り口前に立っていた。

 随分と長い階段だ。そして階段が長いとはすなわち、建造物が高い位置にあり見上げなければならないという事だ。往々にして権力者の住居、或いは職場は高い場所に構える場合が多い。初めて見た目の前の司令部(そ れ)も例外に漏れず、さすがは大総統閣下と顔を上げざるを得なかった。

 気が付くと、門番がこちらへ何事かと声をかけようとしているのが確認出来た。慌ててそれを制し、私が此処へ来た目的を述べ返事を待つ。危うく不審人物として尋問されるところだったが、何も突然訪れた訳では無い。事前にしっかりと受験の申請は取り付けていた。

 もっとも、申請したからと言って誰もが試験を受けられる訳では無い。軍が推薦とでも言うべきか、少なくとも向こうから声をかけてもらえなければ申請する事さえ叶わないだろう。私の場合は、過去に受け持った患者の何人かが軍人で、評判を聞きつけた上層部が推薦した、らしい。らしいというのは、私はこの時点でその上層部の方にはまだ一度もお会いしていなかったからだ。

 まだ本格的な研究に着手する以前の事だ。軍の使者が私の家を訪ね簡単な説明をされた後、受験までの要点が書かれた手紙を渡されたのみだ。一瞬本物かどうか疑いもしたが、この国で軍を騙る者がどうなるかは想像に難くない。なにより、その手紙には大総統府の封蝋がされていた。

 

 閑話休題。

 

 ともかく、晴れて受験の第一関門を突破出来た私は、こうして司令部前に立っていた。

 門番が――通達に向かったのだろう――この場を離れて少し時間が経過していた。どれ程離れているのかは知らないが、この類の待ち時間はいつも永く感じられる。まさか律儀に直接部屋まで走って行ったわけは無いだろう。そんな事をせずとも、今は電話という文明の利器がある。

 いや待てよ、もしかして受験の旨が下位の兵士まで伝わっていなかったのだろうか。となると、私は怪しい奴としてこの場で取り押えられるかもしれない。そうなっては(まず)い、第一印象が最悪ではないか。その場合どうすべきか、大人しく捕まるか、それとも術を使い逃げるか。いやいや逃げてどうする、それでは不審人物その物ではないか。かと言って捕まるのもいただけない。――等と根拠の無い不安に駆られる。

 だが、そんな考えは間も無く霧散した。

 

「お待たせしました。案内致します」

 

 緊張が解け、安堵の息を吐いた。意味も無く自分一人で緊迫してしまった。こういう(ネガティブな)思考は私の悪い癖だ、改めなければならない。

 さて、この先に待ち構えるは国家試験。試験項目は事前に通達されてはいたが、たとえ何が来たとしても相手にとって不足無し、いや、不足どころではない相手だ。襟を正し、背筋を伸ばし、前を往く兵の後ろを案内されるままに付いていく。

 

 通されたのは少し広めの個室、その中央に机と椅子が用意されていた。此処が筆記試験の部屋らしい。試験官に促され着席し、説明を受ける。ふと、かつての学び舎を思い出し、年甲斐も無く学生気分になってしまった。これではいけない。気を引き締め、開始の合図と同時に机上の問題用紙へ挑み掛かる。

 結論から言ってしまえば筆記問題の空欄は難なく埋められた。もちろん、難しい分野や事例を織り交ぜた国家試験に相応しい内容ではあったが、この日まで培ってきた知識を総動員すれば(つまづ)く部分はまるで無い。全ての空欄を埋め、解答を見直しても時間が余ってしまった。

 これはもしかして楽勝なのではないだろうか。

 危険な驕りが顔を覗かせるが慌てて振り払う。慢心は破滅のもとでしかない。

 

 規定時間よりも早めに答案用紙を提出し、すぐに次の部屋へ移動となった。

 ここまで問題は無い。体調も良好、集中力も理想的な形で発揮されている。この状態を維持しなければならない。

 次の試験は精神鑑定だ。――なのだが、その感想については敢えて特筆すべき事が無い。

 精神鑑定の方法は精神科の親しかった同僚から教わった事があり、この試験でも(おおよ)そ同じ手法が採用されていた。無論、だからと言って有利になる様に答えた訳ではない。それはそれ、これはこれ。国家資格を得て、国に仕えようと志す者がそんな卑怯な手を使っていい筈が無い。

 真面目に、真剣に、ジョージ・スティールという自分を飾らずに答えていく。後で(おこな)った自身の鑑定では『勤勉な性格で社交性もあるが、過度な協調を苦手とし内に篭もりがち』という結果が出た。実に的を射ているではないか。

 

 さて、小休止を(はさ)み次はいよいよ本命の試験、実技試験の時間だ。今までの試験は形式的な、知識と常識さえあれば通過可能な項目でしかない。

 だがこの実技は違う。この試験で、自身が国家に仕えるに値する人材だという事を証明しなくてはならない。どれ程の知識があろうとも凡庸な人間では意味が無い。もちろん逆もまた然りだ。

 最後の部屋へと案内され廊下を歩く。徐々に心音が高鳴り、気分が高揚していく。決して悪い気分ではなく、心地よい緊張という表現がぴったりだった。

 

 ついに扉が開かれ、最後の試験会場へと通される。

 随分広い部屋だったのを覚えている。正面の壁には大総統紋章が描かれ、部屋の両脇には警戒の為の兵士が、そして吹き抜けになっている二階部分には、軍のお偉方らしき方々がこちらを覗き込んでいた。皆、興味津々といった様子でこちらを観察している。未だ数少ない国家錬金術師、その一人にならんと門を叩いてきた人間だ。私も逆の立場だったなら、是非とも見学したい。

 試験官の説明も終わり、実技開始となった。練成陣を描く道具の有無を確認されたが、私には必要無い。私の四肢にはすでに刺青で陣が描かれているのだ。

 かつて刺青を剥がす手術(オペ)をした事があるが、まさか自分に刺青を入れる事になる等その時は思いもしなかった。実際私の術はわざわざ刺青で描かなくとも、効果こそ落ちるが陣を写した服を着用すれば事足りる。しかし、それでは軍に技術提供をしただけで終わってしまう。私でなければ使えないと、”研究の余地あり”と思わせなければいけない。術を使用する為には、刺青を施さなくてはならない、そう思わせるのだ。

 なによりこの術は国家資格を取るためだけに作り上げた物で、錬丹術研究への足掛かりに過ぎない。あくまでデモンストレーションであり、実際に使用されては困るのだ。もし全軍で使用されれば、今後展開される戦線は更に酷い物と化すに違いない。

 私の本分は”治す”事だ。そこを見失ってはいけない。

 

「では、始めてください」

 

 正面に立っている試験官が開始を促し、周りの様々な視線が私に集中した。真剣な眼、興味本位の眼。注目される妙な気恥ずかしさから、私はその視線を避ける様に部屋を見回す。この部屋でも披露出来ない訳では無いが、少しだけ色気を出してみる事にした。

 

「すみませんが、屋外へ移れないでしょうか。ここは少し狭いので。……あと自動車と運転する方もお願い致します」

 

 先も言ったが、この部屋は充分に広いと言えるだけの空間がある。数十人は余裕で納まるに違いない。だがせっかくの晴れ舞台だ、どうせなら派手に披露させてもらおう。

 

 屋外にある演習場、そこに私は案内された。流石にかなりの広さがある。各所では兵たちが、それぞれ鍛錬に励んでいるのが見て取れた。

 私の隣には、移動の際に頼んでいた自動車が並んで停まっていた。もちろん運転手付きだ。そして私達の正面、その100(メートル)先には審判役の兵士が立っている。

 これから私が披露するのは、術を使用しての車との競走だ。この提案をした時の試験官達の顔は今でも覚えている。まるで、聞いた事が無い外国語を初めて聞いたかの様な、意味不明な何かを聞いたかの様な、なんとも言いがたい不思議な顔だった。

 だが私は本気だ。私は自分が編み出した術を使い、本気でこの自動車に勝つつもりで提案したのだ。理論上は――あくまでも理論上は――術による強化と治癒を繰り返せば勝てる筈だ。

 たとえ競走に勝てなくとも、車と並走出来るだけの力がある事を示せば、試験としては私の勝ちと言えるだろう。

 

 まだ半信半疑の表情を浮かべた兵士が傍らに立つ。彼の手が振り下ろされれば、それが開始の合図となるのだ。

 私が作り上げた理論は実用できる術となった。己の力に耐えられる様に自身の体も鍛えた。傷付いた身体はすぐに治せる様に再生の陣を施した。

 懸念すべき事は何も残ってはいない。前を見据え、四肢に描いた陣を発動させる。練成反応とは別に放電現象が起こり、同時に体の筋繊維が脈動し始める。

 出し惜しみはしない。今持てる力を最大限発揮させよう。

 

 兵士の右腕が大きく振り下ろされる。

 その瞬間、地面が大きく抉れ、私は終点(ゴール)を駆け抜けていた。

 

   ――――――――――――――――――

 

「――大総統キング・ブラッドレイの名において、汝ジョージ・スティールに 銘”雷閃”を授ける。……おめでとう、スティール君!」

 

 後日、試験合格の通知を受けた私は、中央司令部の一室で拝命証と銀時計を授与されていた。大総統に代わり授与して下さったのはレイブン少将、私の推薦責任者でもあった方だ。

 

「いやはや聞いたよ。なんでも自動車と競走して勝ったんだって?そしてこの銘、また実に洒落た二つ名じゃないか!」

「ありがとうございます。”雷閃”の銘、謹んでお受け致します」

「うんうん、君を推薦した者として私も鼻が高いよ」

 

 がはは、と豪快に笑うレイブン将軍。会うのはこの日が初めてだったが、まるで昔馴染みの友人であるかの様に親しげに話しかけてくる。お偉方という人種は堅いものだとばかり思っていたが、こういう方と会うと考えを改めざるを得ない。

 

「さて、国家錬金術師の資格を得るにあたっての制限は先程述べた通りだ。また、軍属になる以上、軍及び国家へは揺ぎ無い忠誠を誓うこと。もしも上がこれらに反していると判断したら、資格はあっという間に剥奪されてしまうよ。解ったかね?」

 

 だが時折見せる鋭い眼光と迫力は、やはりこの方が生粋の軍人であるという事を意識させられる。自然と私の背すじが伸びた。

 

「よろしい!……いやぁ、まさか国家錬金術師誕生の瞬間に立ち会えるとは。なかなか貴重な経験をさせてもらったよ、ありがとう!」

 

 将軍と固い握手をかわし、こちらも改めて礼を述べ司令部を後にした。

 

 帰りの汽車の中、抑えても抑えても口角が吊り上がる。込み上げる喜びを噛み締めながら賜った銀時計を撫でた。

 何度も蓋を開閉してしまう。意味の無い無駄な行動、それでも無性に触りたくなる。まるで、新しい玩具を与えられた子供の様だ。こうして手の中に在っても、夢ではないかと考えてしまう。だがこの感触が、紛れもなく現実なのだと教えてくれた。これからは国家錬金術師として、存分に錬丹術の研究が出来るのだ。

 そう、出来るはずだったのだ。

 

 資格を得てから七十六日後、あの『大総統令三〇六六号』が発令。

 私は人間兵器として、イシュヴァール殲滅戦に参戦する事となった。




ようやく内乱編に戻ります。

原作との食い違いや誤字等があれば、ご指摘願います。

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