ある錬金術師の話   作:U-G

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雷閃に至るまで

 私の錬金術は珍しいとよく言われる。

 つい先日も天幕での休憩中に兵士の方に指摘された事だが、私の様に自身の中で術が完結している術師は見た事が無いそうだ。また、どうやら他に参戦している医療系術師は裏方のマルコー医師くらいなものらしい。その会話の際にも説明した事なのだが、元々アメストリスの錬金術が科学方面に偏っている所為もあり医療に直接使おうとする術者が少ないのだ――こう説明すると聞いた者は大抵が「勿体無い」と感想を述べる――。これにはもちろん理由があり、この科学重視の錬金術は我が国の成り立ちや歴史に密接に関係している。大きな理由としては歴史的に我が国アメストリスは軍主権の国家であり、それに関連する分野が優先で研究されるのは必然だという事だ。特に国家主導の下で行われる研究は無駄を嫌う傾向にある。絶え間無く戦火が燻っていたアメストリスにとって、軍備の補強は文字通り国是と言うべき最優先事項だったのだろう。それ故にまずは科学分野が大きく発展した、という訳だ。

 最近噂に聞く機械鎧(オートメイル)はその集大成と言っても過言ではない。工業と医療の見事な融合、あれこそ理想の科学の形だ。まだ市場では見る事が少ない新しい義肢だが、悲しいかなこの内乱を経て大きく発展するに違いない。

 逆に東方のシンという国では医療に特化しているという錬丹術があり、私の錬金術が珍しいといわれる所以はここにもある。父の遺品を整理していた際、偶然読んだ本が錬丹術に関する内容だったのだ。科学技術としか認識していなかった物が他国では医療に携わっているという事実に私は大変な衝撃を受けた。幸い父とは違い錬金術の才能が幾許か在った私はその本を頼りに錬丹術を併せて学び、自分が目指す医者の在り方を構築する事が出来た。

 

 しかし個人の力量だけではどうしても限界が訪れる。医者として本格的に働き始めた頃にとうとう行き詰ってしまった。

 早い話、誰も錬丹術を知らないのだ。国内では全くの無名と言っていい他国の毛色すら違う錬金術だ。たった一冊分の内容では程度が知れており、過去に師事していた師匠を初め著名な錬金術師の方々に教えを求めても返事は芳しくなかった。中には私の方から錬丹術の概念を説明しなければならなかった方も居るくらいだ。もちろん自分の研究内容を無闇に晒すまいと知らぬふりをした方も居るかも知れない。だがあれだけ書店や図書館で探して見つからなかったのだ、何処かの陰謀説よろしく裏の世界でのみ息づいている等という事も無いだろう。

 ならばと本場であるシンの書物を求めようにも、当時から情勢が悪化していたイシュヴァールを経ての輸入である。私が依頼しようとした商隊は皆首を横に振った。探せば依頼を受けてくれる隊は居たのかもしれない。だが結局は出会わず仕舞いで八方塞、打つ手が無くなったかに思えた。

 そんな折、当時担当していた患者の一人が私にある情報をもたらしてくれた。軍の狗と揶揄されて久しい国家錬金術師資格の話だ。彼らが持つ各種特権の内に『特殊文献の閲覧許可』という物があるのだとか。「狗のくせに」と彼は悪態をついていたが、それを聞いた私は言葉を失ってしまった。

 診療を終えると早速調べ上げ、それが間違いない情報だと分かった時私に震えが走った。一般には公開されない正に機密の文献だ、市井の図書では足元にも及ばない膨大な知識があるのだろう。その特殊文献とやらを閲覧出来れば錬丹術に関する情報が見つかるかもしれない。たとえ見つからずとも、損になる事など絶対に無いはずだ。私はそこに一縷の望みを託し国家錬金術師になる事を決意した。

 

 その道程は決して容易い物では無かった。確かに私の医療系錬金術は珍しいが、それだけでは価値が無い。その珍しさに更に有用性を持たせ、国を納得させなければ国家資格など夢のまた夢だ。自作の医療用練成陣の構築式を分解し、式の簡略化あるいは結果までの効率化を図り、思いついては実験し失敗を繰り返す。一から研究し直し僅かでも可能性を見出せば徹底的に検証するという、当ても無く終わりの見えない生活が続いた。

 やがて幾月か経ち身も心も憔悴しきった頃に、ある結論に至った。

 相手は”軍”なのだ、と。

 本当は初めから気付いていたのだが、どうしても認めたくなかった。私は医者だ。人を診て治し、癒すのが私の在り様だ。これまで培った知識や技術は全てその為だけに積み上げてきた物だ。

 だが、もしもこれを他の為に利用すれば、それこそ軍事に転用すれば絶大な効果を上げられるだろう。なにせ練成陣さえ敷く事が出来れば大抵の怪我は後遺症も無く一瞬で治せる程にまで高めた技術だ。逆に言えば、陣さえあれば相手にどのような影響を与えるかも思いのままという事である。それこそ、陣の構成を分解で留めればあっという間に人は壊れる。人体という物は我々が考えている以上に頑強だが、それ以上に脆いのだ。

 私は葛藤した。国家資格を忘れ今までの様に患者を診る安寧な生活に戻るか。それとも培った物を全て使い軍の狗に成り下がり、その先のまだ見ぬ知識に賭けるか。食事が喉を通らず体は痩せ衰え、次第に私は追い詰められていった。

 そしてその末に、私は後者を選んでしまった。

 

 考え方を替えてからの研究は皮肉にも予想以上に捗った。私が新たに目を付けたのは、体の筋肉を動かす為の神経に走る電気信号だ。ヒトに限らず動物は脳から発生する電気信号で体を動かすことが解明されている。金属と機械の塊である機械鎧が動くのはこの信号を神経より受信している為だ。

 ある説によると、常日頃ヒトの筋力は最大値の30%しか使われていないという。つまり、その信号を操作してやれば人体の秘めた力を強制的に引き出せるのではないかと考えたのだ。制限されている筋力を自由に引き出すのが可能になれば限定的な超人を生み出す事が出来、この軍事国家への大きな貢献と映るだろう。

 肝心の電力源は静電気を採用した。あまりにも身近すぎて軽視されがちだが侮ってはいけない。たかが静電気といえど、その最大電圧は1万ボルトにまで達する。普段の生活中、身体への影響が少ないのはこの電圧を通す電流が無いからに過ぎない。膨大な電圧に練成陣で適度な電流を与え操作出来れば、この技術は確固たる物になる。

 問題は増幅した力に、体がどれほど耐えられるのかという点だ。無論電撃自体も危険極まりないのだが、先述の通りこれは自身の筋力に掛かっている抑圧を無理矢理外すというとてつもなく危険な行為だ。ヒトの体は意味も無く筋力を抑えている訳ではない。もしも最大出力で活動しようものなら筋力に筋肉自身が耐え切れず、瞬く間に筋繊維は全て千切れてしまうだろう。永い進化の過程で種が学んだ身を守る知恵という訳だ。

 そこで私は術を使い切れた筋繊維を繋いで治す、即効性の治療用練成陣も並行して組み上げた。こちらは普段治療で使用している陣に僅かな手直しを加えるだけで済んだ。効果はあくまで応急のそれだが、必要なのは発動から治癒完了までの早さだ。掲げた目標である超人、即ち戦場で活動する者を想定するなら確実な完治よりもすぐさま戦闘に復帰できるタフネスが求められる筈だ。少なくともこの軍事国家において軽視されるような物ではないだろう。

 本命の電流陣は実験をしながら煮詰めていくしかない。言ってしまえば自身を感電させる術だ、下手をすればそのまま死んでしまう危険性がある。事は極めて慎重に運ばなければならない。実験用の服に幾つもの練成陣を描き、微弱な電流から始め、流れ方や流す場所を変え、その都度詳細な記録を取っていく。同じ強さの電流でも全く効果が無い箇所もあれば強く反応する箇所もあるのも解った。まだまだ人体には謎が多い。

 そして苦渋の決断からおよそ七ヶ月経った日の早朝、度重なる実験の末なんとか使える程度にまで作り上げる事が出来た。試しては構築式を直し、また試しては筋繊維を治す。少なくともこの時点での私の身体は到底健康体と呼べる物ではなかった。極度の疲労から気を抜くと意識を手放してしまいそうになる。頭の中ではもっと早く選べばよかったという後悔と、本当にこれで良かったのかという疑問が渦巻く。決して良いとは言えない体調で何度も吐きかけたが、それ以上に研究の成果が私を奮い立たせた。

 まだだ、まだこの成功を記していない。ここで倒れてしまうのは簡単で、とても魅力的な選択だ。だがそれは研究者としてあってはいけない事だ。自身の研究が実ったのであれば、その最後まで記さなければならない。それが研究者としての義務なのだ。

 

 今にも倒れそうな体で研究記録を書き終えた私は、そのまま糸が切れたように意識を失った。




いわゆる説明回です。

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