ある錬金術師の話   作:U-G

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イシュヴァール内乱

 どうしてこうなったのだろう。

 

 私の目の前には、先程までこちらに銃口を向けていたイシュヴァール人の少年が横たわっている。

 年の頃は十になるかどうかといった程度で、背は私の胸にも届かない。だがその顔は決して、こんな年端も行かない子供のするべき表情ではなかった。涙に濡れ、恐怖と憎悪に染まり、知人や肉親を失った悲しみで歪んだ、二目と見たくない顔だ。結局、撃たれる最期の時まで私に父親を奪われた恨みを叫んでいた。側頭部に一撃、弾は貫通しており動く事はもう無いだろう。

 その傍らにはおそらく父親であろう、成人男性のイシュヴァール人が自らの血溜りの中で絶命している。先の戦闘で私が頚動脈を切り裂き殺めた敵兵だ。血液特有の臭いが辺りに満ち、顔を(しか)めたくなるのをなんとか堪える。

 少年が拾った彼のライフルは既に弾薬が尽きていたのか、あるいは誤作動を起こしたのか。少年が何度引鉄を引いても弾丸が飛び出すことは終に無かった。

 弾が出ないと確信していた訳ではない。ただ、それを避けてはならないと思ってしまった。

 

「いやあ危ないところでしたな!」

 

 背後から声をかけられ振り向いた。全力で走ってきたのだろう、息を整えている皆を待機させたアイザック少尉が立っている。どうやら大きな戦闘にはならなかったようで、少尉をはじめ皆軽度の擦過傷や裂傷は見られるものの人数は変わっていなかった。すぐに指示が飛び、隊列が散開し警戒態勢に移った。

 私を救ってくれたのは少尉らしく、彼の持つ銃の先からはまだ仄かに煙が出ている。

 

「しかし流石は国家錬金術師殿!我々も第一線の兵だとは自負しておりますが、こうも簡単に制圧されると同じ男として些か自信を失ってしまいますな」

 

 依然警戒を怠らない彼が軽口を叩く。

 彼が皮肉を言う性格では無いのは、短くはあるがこの地での付き合いで充分に理解している。

 だが、それ故にその賞賛が苦しい。

 

「いえ、私なんて。他の方の様にもっと派手な術が使えれば、皆さんに負担を強いる事も無いのですが……」

「何を仰いますか!自ら先陣を切り敵兵を倒し、戦場を駆け抜け負傷兵を治す!まさに、雷閃の錬金術師ここに在り!」

 

 誇らしげに声を上げる彼から思わず目をそらしてしまう。彼は悪気があって言っているのでは無い。実直で部下や隊の事を第一に考え行動し、他人への賞賛を惜しまない尊敬できる人物だ。事実、隊の内外問わず彼を慕う兵は多いと聞く。そんな彼が私の働きを称える。

 そうだ。本来私の役目は負傷した者を治療し癒す事、その為に医学と錬金術を学んだ筈だ。怪我人であれば、病人であれば相手が誰でも治療する。そんな医者の、父の尊い背中に憧れてその在り方を志したのではなかったのか。人を治す、その為に国家錬金術師になったのではないか。

 それがいざ有事になってみればどうだ。人を救う筈の手で人を殺め、治す為に学んだ知識は効率よく切り刻む為に活用されている。負傷した自軍の兵を治したところで完治させるのが目的ではない。彼等を再び戦場に送り込み、敵を殺す為に治療しているに過ぎない。私は『殺す為に治す』という矛盾した行為を何度も繰り返している。

 これは戦争だ、殺し合いなのだ。そう何度も自身に言い聞かせた、いや、言い聞かせたつもりだった。心の何処かで”自分は軍人ではない、兵士ではない”と拒絶していたのだ。

 

「……スティール殿、どうされました?」

 

 少尉の呼びかけで思考が止まり我に返る。自分は何をしている、制圧したとはいえ此処は敵陣で戦場の真っ只中だ。こんな体たらくではいつ殺されるか分からない。

 軽く頭を振り目の前の現実に意識を集中させる。警戒を終えた隊員達が戻りつつあるのを見るに、思いの外長く思考の内に浸かっていたらしい。

 

「……大丈夫です。何でもありませんよ」

 

 まだ胸中には言い様のない淀みがあるが、それを表に出してはいけない。誇張ではなく私はこの隊の、延いては軍の主戦力その一角なのだ。私の一挙手一投足が士気に影響する以上、不安な表情を彼等に見せる事は出来ない。

 大きく息を吸い込みゆっくりと吐く。胸の内を空にするつもりで吐き出したが当然そんな事で晴れるわけも無い。しかし少しは気分の切り替えに役立ったようだ。

 辺りを見渡すと、部隊の皆が敵の遺体を迅速に処理し始めている。素早く、それでいて乱れの無い統率された動きだ。もう私がこの場で出来る事は残っていないだろう。私の役目は敵部隊に単身突撃し、自身の身体能力で敵を掻き乱しあわよくば制圧する事。そしてそれが終われば、他の味方部隊の援護及び負傷者の救護だ。そう、それが今の私の役目だ。

 もう一度だけ大きく呼吸をし、気持ちを完全に切り替える。ここは戦場だ。殺すか殺されるか、そのどちらかしか無い。そこに個人の感情は存在してはならない。

 指示を飛ばす少尉に声をかけ、他の部隊の援護へ行くことを伝える。他の場所ではまだ銃声や爆発が続いているのだ、おそらく負傷者が居るだろう。居なくとも、戦力の足しにはなれるだろう。

 

 「スティール殿!」

 

 不意に少尉が私を呼び止める。振り返り見れば真剣な表情の彼が立っていた。何かを伝えたい、だがそれを言葉に出来ない。そんな印象を受ける。

 

 「私は貴方を守るため少年を撃ちましたが、決して後悔の無い選択をしたと信じております……!」

 

 やっと搾り出したのは彼らしくない歯切れの悪い、それでいて彼らしい激励の言葉。どうやら私の顔は私が思ってる以上におしゃべりらしい。自分では誤魔化したつもりが表に出ていたようだ。思わず口元が緩みかけるが、気を引き締め彼に向き直る。

 やはり彼は尊敬に値する人物だ。

 

「ありがとうございます。では、行ってきます」

「どうか御武運を……全隊、作業止め!!」

 

 力強い号令が響き皆がこちらへ向け隊列を組む。私も視線を正面から受け止め、姿勢を正す。

 

「雷閃の錬金術師、ジョージ・スティール殿に敬礼!!」

 

 一糸乱れぬ美しい敬礼。果たして私はこの敬礼に、彼等に応えることが出来ているのだろうか。

 




思いつきで書きなぐりました。
なので更新は不定期になるかと思います。

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