織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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本章最終話です。


第八話

 廃寺を出てから幾日かの後一行は小谷城へと辿りついた。

 城の中へは浅井の母娘、有脩が入城し、他の者は馬屋近くでの待機となった。

 一方謁見の間では上座の一段高くなった場に小谷城城主、浅井久政が座り、下座には小野殿、その後ろに有脩、新九郎が控え、部屋の左右には浅井家の家老、重鎮達が控えている。

 まあこの時代、謁見の間と言っても板張りの簡素な部屋なのだが。

 その謁見の間で下座の三人は姿勢を正し深々と頭を下げていた。

 

「面を上げよ。」

 

 久政の低い声が響く。

 まずは小野殿が頭を上げ、一歩遅れて後の二人が頭を上げた。

 

「まずは無事の帰郷嬉しく思う。よう戻った。事の詳細は六角の使いから聞いておる。」

 

 その言葉に小野殿は短く「はい」と返事を返す。

 だが、久政の視線は小野殿では無く後ろに控える新九郎に注がれていた。

 

「して、後の者は何者ぞ。六角の話では賢政は荼毘に伏した……と聞いておるが?」

 

 小野殿は再度短く「はい」と言葉を返し今までの事を久政に話した。

 だが、話したのは八割ほど。

 幻灯館メンバー、ことより幻灯館主人のしでかしたペテンについては相当ぼかして説明した。

 話が新九郎に及ぶと部屋の両サイドからは「おお」と驚きの声が挙がる。

 しかし久政の表情は硬い。

 浅井の跡取りが生きている事は素直に喜ぶ事なのだろうが、六角との関係を考えれば素直に喜べない。

 その表情を見つめる有脩の細く流麗な眉がピクリと跳ねる。

 どうやら久政の態度が有脩の何かを刺激したらしい。

 それまでは御供の者として一歩下がった姿勢を貫いていた有脩だったが、おもむろに立ち上がると久政の前に歩みでた。

 そして座る久政に上から不遜な視線を投げかける。

 

「浅井久政、何が不満じゃ。申してみよ。妾、直々に聞いてやるぞ。」

 

 大胆不敵に声をかける。

 この態度に反応したのは浅井家家老達。

 口々に無礼な、立場をわきまえよ、従者ごときが、と口にする。

 中には腰の刀に手を掛ける物までいた。

 そんな中、有脩は平然とした態度で家老達に視線を向けると

 

「無礼じゃと? 立場をわきまえよじゃと? 従者ごときがじゃと? 妾を誰と心得る! 妾は土御門、土御門有脩ぞ! 身の程を知れ!」

 

 そう一括した。

 家老達は土御門と言う朝廷や公家達の覚えも明るい名を聞き一同にひれ伏した。

 有脩は一時、土御門と言う性を捨て世捨て人となっていたが、幻灯館メンバーと触れ合うにつれそれが酷くちっぽけな事に思えてきたのだった。

 しだいに使える物は何でも使えとでも言う様な気が前に次第に変わって行った。

 だからこそ今、土御門と言う名を出した。

 この場で、この閉塞した場で一気に流れを自分達に引き込む為に。

 そして視線を再度久政に移すと

 

「かの者は新九郎。賢政のとは双子の産まれじゃ。それは妾が、若狭、土御門が確証しよう。」

 

 腕を組み仁王立ちの姿勢で久政を睨みつける。

 久政は一度諦めの様なため息を漏らすと家臣達に向かい

 

「確かにこの者は我が子、浅井の後継者である。依存のある者は?」

 

 そう問いかけた。

 無論これに反対する者はいなかった。

 皆、薄薄解っていたのだ、目の前の少女が新九朗が何者なのか。

 それを確認した有脩は久政の前に正座し頭を下げた。

 

「ご無礼を申し上げた。申し訳御座いませぬ。」

 

 久政は驚愕した。

 目の前に居る娘は土御門の党首になっていてもおかしくは無かった娘だ。

 久政とて城持ちの大名、そして領地は北近江。

 だから知っていた、家督争いを放棄し家を出た土御門家次期党首の事を。

 そんな娘が地方の一大名にすぎぬ自分に頭を下げている。

 

「あ、頭を上げられよ有脩殿。浅井はあなた様の心使い感謝いたします。」

 

 そう言って久政は頭を下げた。

 これに習って家臣一同も頭を下げる。

 これで終わった。

 全てが丸くとは言えないがやり遂げる事が出来た。

 そう確信し有脩は腰を上げる。

 部屋を退出しようとする有脩の背に久政は声をかけた。

 

「有脩殿、あなたは何故我らの為にここまで?」

 

 有脩は振り向き狐の笑みを浮かべると

 

「妾の一存では無い。これは全て妾の主様が望んだこと。それに、浅井の為などでは断じて無いわ。これは全てそこな娘の為。そうでなければ妾の主様は動かぬ。」

 

 久政は驚きを隠せなかった。

 それはそうだろう、今回の事柄全て、六角を欺き土御門の名を使い浅井に嘘を吐き通させる。

 これほどの大事をたった一人の少女の為だと言うのだ。

 

「有脩殿、有脩殿の主様とは……?」

 

 この問いに有脩はうっとりする様な妖艶な笑みを浮かべ

 

「性は言えぬが名は………」

 

 さて何と言おうかと有脩は思い悩んだ。

 そして言うべき名を閃いた、あの廃寺で鉢屋の者から聞いた名を

 

 

 

 

「信長。」

 

 

 

 

 その名を口にした後、有脩は思い出した様に口を開く

 

「そうじゃった、そうじゃった。久政殿、もし浅井家が妾の主様の意向を違える事があれば………………地獄の閻魔を引連れてこの小谷の地を炎で埋め尽くす。良いな。くれぐれもこの地を魍魎巣くう檻にせぬように。」

 

 その言葉を最後に幻灯館メンバーは北近江小谷城を後にした。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ねえ道順。」

 

「なに?」

 

「あなたはどうして此処にいるの?」

 

 現在新九郎は小谷城の天守から外を眺めていた。

 その隣で当然の様に手すりに腰かけるパイナップル頭の少女。

 六角家の子飼であった道順がなぜここにいるのか、その疑問を新九郎は口にした。

 

「いやー今回の依頼の料金が莫大なものでね~。払えませんよ~って旦那様にいったんですよ。」

 

「うん。」

 

「そしたらね~。」

 

「そしたら?」

 

「体で払えって。」

 

 道順の発言に新九郎は驚愕した。

 よりにもよって体で払えは無いのではないか。

 いやしかしあの人がそんな事言うのだろうか?

 

「そ、そ、それで……払ったの?」

 

「今払ってる。」

 

「え?」

 

 新九郎には道順が何を言っているのかが解らなかった。

 それを察したのか道順は補足説明に入る。

 

「あのね~、わたしは今莫大な借金を背負ってるんだよ~。それで旦那様に返せませんよ~って伝えたところ」

 

「ところ?」

 

「なら家で働けと。」

 

「はあ。」

 

「それで、給金をやるからそれで払えと。」

 

 なるほど、それなら納得できる。

 しかしなぜ道順が此処に居るのかはまだ謎だ。

 

「それであなたはどうして此処にいるの?」

 

「これがお仕事だから~。旦那様から言われた仕事はあなたの護衛~」

 

「私のか?」

 

「そう。」

 

 そうか、ホントにあの人は……。

 そう思う新九郎の心は暖かな何かで満たされていった。

 

「なあ道順。」

 

「なに~。」

 

「あの人の名前、信長って言うんだって。」

 

「らしいね~」

 

「私はほとぼりが冷めたら浅井の党首を引き継ぐのだが、新たな名は、あの人から一文字を貰って長政にしようと思うんだが?」

 

「浅井長政?」

 

「そう、浅井長政。」

 

「いいんじゃない。」

 

そう言って二人は微笑み合う。

 

 

 この一年後、新九郎は新たな浅井家当主となり名を浅井長政と改める。

 しかし有脩の進言は久政によって無下にされる事になる。

 そして小谷城は浅井家は……。

 




取りあえずは一安心の浅井家ですが、これから大変な事になりますね。
次章からは場所を清州に戻して少し悲しいお話になります。
そして、本小説では何年かぶりにあの娘が!
少々間が空くと思いますが、楽しみにしていただけると幸いです。

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