織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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謎解き編です。


第六話

 出立の朝、観音寺城の門前には一台の西洋風馬車が主賓の到着を今か今かと待っていた。

 西洋風とは言っても形がそれっぽいと言う程度で造りの方は突貫工事の急造造りと言った所でお世辞にも上等とは言えない、そして引いている動物は牛だった。

 伊賀の里で無理を言って譲ってもらった特別な牛。

 この時代の日ノ本に居るはずのない白と黒のゴシックな身体を持つ者。

 種名はホルスタイン、そして彼女の名は座布団。

 ピチピチでバインバインな脂が乗ったレアな女の子。

 もちろん名付け親は我らがやんちゃ姫様。

 最初は勝家と言う名にしようとしたらしいが、彼女の旦那の鉄拳と共に却下された。

 御車台には柿渋染の作務衣を着た男が乗っており、色の抜けた毛皮を羽織った男と小柄な赤毛の少女が護衛についていた。

 その中城門へと階段を降りて行く一行があった。

 蒲生賢秀の家臣団を先頭に中央に小野殿、そして後方に蒲生賢秀と中禅寺秋彦。

 階段を一歩一歩ゆっくりとしたスピードで降りる小野殿の表情はどこかほっとした感が見受けられたが目の下にははっきりとクマが見てとれる。

 その後を歩く二人は誰にも気取られぬよう細心の注意を払いながら言葉を交わしていた。

 

「蒲生殿、此度の件感謝いたします。」

 

「いや、それを言うのなら某の方。京極堂殿なにとぞお二人を……」

 

「みなまでおっしゃるな。お二人はしかとあるべき場所に。お約束いたします。」

 

 誓いの旨を言葉にすると同じく、一行は階段を降り終わり馬車モドキの元へと到着する。

 それを確認した毛皮を羽織った男が馬車モドキの扉をコンコンと二度ほどノックをする。

 それを合図に扉が開き一人の少女が降りて来る。

 行人包を被り、淡い藍色のアオザイの様な衣装を着た少女。

 しかし蒲生賢秀はその少女を一目見るなり前に出て腰の刀に手を掛ける。

 

「上杉謙信、何ゆえ近江の地に。」

 

 この行動に中禅寺秋彦は素早く行動し、蒲生賢秀の刀の柄に手を掛ける。

 

「刀を収められよ。」

 

「京極堂殿、貴殿は越後の者だったのか?」

 

「良く見られよ。この娘は別人だ。」

 

 蒲生賢秀は目を見開き驚きをあらわにしながら少女の顔をジッと見つめ

 

「ま、誠か?」

 

 判別がつかなかった。

 しかしこれは当然の事だった。

 現代ならともかくこの時代、戦国の世での近江と越後の距離は遠い。

 だからこそ上杉謙信と言う軍神の名と白兎の様だと言う外見的特徴は聞き及んでいても実際には見た事も会った事もなかった。

 

「左様。この者は私が以前飛騨で封印した白き狐。その宿主となった少女ですよ。」

 

「な、なんと! この少女は狐憑きであったのか!」

 

「なんか私、酷い事言われてる。」と呟く白い少女に「まあまあ」となだめる赤毛の少女。

 そんなアクシデントもあったが、小野殿は西洋風馬車に乗り込み白い少女が従者として同乗し一行は蒲生賢秀とその家臣団に何度も頭を下げ観音寺城を出立する事になった。

 テクテクガラガラと馬車が行く中、毛皮を羽織った男、薄田兼相がおもむろに口を開いた。

 

「大将。そろそろ今回の種明かしをしてくれませんかね。」

 

「そうだなぁ、どこから話すか。」

 

「まずはあの卵は何ですか。」

 

 横から赤い髪の小柄な少女、ブリュンヒルデが会話に加わった。

 

「ああ、あれか。」

 

 御車台に作務衣を着た男、森宗意軒と共に腰かけていた幻灯館主人が声を上げる。

 

「あれはな、石灰だ。」

 

「せっかい? せっかいって、あの、あれですよね、石灰(いしばい)。」

 

「ああ、そうだ。その石灰だ。」

 

 幻灯館主人はブリュンヒルデの問いに悪党の笑みを漏らしながら答える。

 この答えに兼相もブリュンヒルデも驚きの声を挙げた。

 理由は一つ。

 それは、あの卵状の石灰の硬さにあった。

 サラサラの粉末である石灰を手で握ったとしても形は簡単に崩れ、水などを加えて練ってみた所でドロドロの物体が出来るだけ。

 兼相もブリュンヒルデもそんな事は解っている。

 だからこそ二人の頭に?マークが浮かぶ。

 

「じゃ、じゃあ大将はどうやってあれを作ったんで?」

 

 兼相が根源的な疑問を口にする。

 隣ではブリュンヒルデがうんうんと首を縦に振っている。

 幻灯館主人はクスリと僅かに笑うと

 

「そうか、お前達には話して無かったか。」

 

「何がです?」

 

 縦に振っていた首を横に傾げブリュンヒルデが声を挙げる。

 

「俺が里を出る時に依頼していた事だよ。」

 

「それって黄泉ヶ沼の調査ですよね?」

 

 幻灯館主人はブリュンヒルデの返しに一度頷き返すと再び口を開く。

 

「そうだ。だが事の本質は調査じゃぁ無い。沼の正体が俺の想像通りだった場合にその後製作する物だ。」

 

「へー。一体何を創ろうと?」

 

 今度は兼相が問いかけて来る。

 

「ああ、それは二つあってな、今回使ったのはその中の一つ油圧プレスと言う物だ。」

 

「「ゆあつぷれす?」」

 

 再度二人の頭に?マークが浮かぶ。

 

「そうだ。まあ、実物は里に帰ってから現物を見てもらうとして、これでやれる事は物体に圧力をかける事だ。」

 

「「圧力?」」

 

「そう、とんでもない力で物体に圧を加える。」

 

「そうやってあの卵を作ったと言うんで?」

 

「ああ。詳しい製作説明は後で源内に聞くと良い。あれが黒幕だ。」

 

 そう言った瞬間背後の馬車モドキの中から「失礼な!」と言う声が響いたが幻灯館主人は涼しい顔で無視を決め込む。

 

「それで話の続きだが、あの石灰製の卵は泉の白濁にもつながっている。」

 

「そうなんですか!」

 

 ブリュンヒルデから驚きの声が挙がる。

 兼相も声こそ出さなかったが、表情は同様だった。

 

「これは道順から泉の正体を聞いて思いついた事なんだが……」

 

 幻灯館主人は言葉を濁す様に、悪戯がばれた子供の様な表情で口を開く。

 

「あの泉は炭酸泉と言われる物でな、お前らも聞いた事ぐらいはあるだろ? 口に含むとシュワシュワする水。」

 

「「ああ」」

 

 二人が納得の意を示す。

 横を見ると柿渋染めの作務衣を着た男、森宗意軒も手綱を持ちながら頷いている。

 

「その炭酸泉、いや、炭酸水と言った方が良いか。それに石灰を溶かした水、石灰水を混ぜると白濁現象が起きる。俺はそれを利用して今回の怪異をでっち上げた訳だ。」

 

 悪びれもせず幻灯館主人はそう語った。

 しかし、まだ疑問はある。

 

「しかし大将、俺が見た限り卵は相当な量が有りましたぜ。一体どうやって観音寺城にまで?」

 

「うん? ああそれか。簡単な事だ。任務が終わって城へ帰城した道順は当然の事ながら仕事が無い。」

 

 話を一旦切った所で皆がうんうんと頷いた。

 

「それでも仕事って言う物は回って来る物でな、道順もそうなる訳だ。今回道順に回された仕事の一つは賢政の警護。もう一つは……泉の警邏。」

 

 幻灯館主人がその言葉を言った瞬間、全員の表情がひきつった。

 

「じゃ、じゃあ大将、あの卵って……」

 

「ああそうだ。道順が警邏を担当している時間帯に芽衣や鉢屋の者がばらまいた。後はそうだな、口八丁手八丁でいつも通りの展開だ。」

 

 そう言って腕を組む幻灯館主人。

 だがまだだ、まだ謎は残っている。

 

「それで主殿、賢政様はいずこへ。」

 

 沈黙を守っていた森宗意軒が口を開く。

 

「彼女か? 彼女なら井戸の中、だな。」

 

「死んだ、と言う事ですかな?」

 

 言われた幻灯館主人はニヤリと悪党の笑みを浮かべると

 

「中で芽衣が受け取って排水溝から脱出、とか。」

 

 そう言われた森宗意軒はクツクツと笑みを浮かべる。

 

「しかし大将、排水の場にも警邏の眼は光っているのでは? いや、そんな場だからこそなおさら。」

 

「そうだな。確かに厳重だろうな。何せその時間警邏に当たっていたのは蒲生賢秀殿の家臣団だからな。」

 

「蒲生。と言う事は大将。」

 

「ああそうだ。簡単な事だ蒲生殿を味方に付けた。」

 

 三人の表情がひきつった。

 しかし、そんな事は露にも解せず幻灯館主人は話を続ける。

 

「だがな、蒲生殿は六角家を裏切った訳では無い。逆に六角家を守ったと言える。」

 

 ひきつった表情が今度は疑問の表情に変わる。

 

「良く考えてみろ、浅井賢政は女の子だ。手篭にされて子が出来たらどうなる。」

 

「子供が産まれますね。」

 

「そうだ。子が産まれてそれが男子だった場合、その子にも六角の当主として家督継承権が生まれる。そして……上の兄達が何らかで全て死亡した場合は……」

 

「その子が六角家の当主に。」

 

 ブリュンヒルデがボソリと呟く。

 

「そうだ。そうなった場合、六角家は御終いだ。六角家は実質上浅井家に支配される事になる。」

 

「だから蒲生殿は……」

 

「ああ。それを心配して今回の事に手を貸してくれた。」

 

「しかし大将。そんなに簡単に行く物で?」

 

 兼相が疑問を投げかけるが幻灯館主人は涼しい顔で

 

「俺が入れ知恵して道順にやらせた。後はまあ、娘の鶴千代の事なんかも交えてな。」

 

 そう言う幻灯館主人の表情は晴れやかな物だった。

 罪の意識など微塵もなく。

 それを見やる兼相とブリュンヒルデの表情はゲンナリした物だった。

 それは嫌悪から来る物では無く、この短期間で良くもこれほど手の込んだ芝居を打てる物だと言う畏怖からだった。

 

「だがな。」

 

 今までのふざけた様な口調から一転、幻灯館主人は重い雰囲気を滲ませながら言葉を続ける。

 

「だがな、浅井賢政は死んでいなければいけない。」

 

 その一言を幻灯館主人が口にした瞬間御車の中で何かがガタリと揺れた。

 それを感じながらも幻灯館主人は残酷な未来を口にする。

 

「御母堂殿、これから向かう先に一人の者があなたを待っております。その者の事柄はその場に待っている者にお聞きするが良いと思います。」

 




次話では次の章への引継ぎと今章の決着。

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