織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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随分と長くなったこのお話も今回で最終回です。


探求の六

 場所を鍛冶場の外れに新たに建設されたギヤマン工房に移し製作は続く。

 真円を作るのにかなりの苦労があったが、それは水に浸した木型を使う事で解決した。

 だが、それは小さい物だったからこそ成功したにすぎなかった。

 

「やっぱりこの大きさだとヒケがすごいねぇ。」

 

「そうで御座いますわねぇ。」

 

「削り出すとかは?」

 

「そうなると……二倍半、くらいの大きさになるので御座いますですのよ。」

 

「そっかぁ。」

 

 製作は暗礁に乗り上げていた。

 小さな物ならそれほど気にならないのだが、雫の指定寸法の物を創ろうとすると、ガラスが冷めた時の収縮が大き過ぎるのが懸案事項だった。

 二人は意見を交わし、解決方を模索する。

 その中でモルジアナは胸の前でポムと手を合わせると足早に工房を後にする。

 美奈都は何が何だかと言う表情を浮かべるが突破口が開けるならとモルジアナの帰りを待つ事にした。

 ひょっとすると解決方では無く、お茶とおまんじゅう片手に戻って来る可能性は半分ほどあるのだが。

 それほどの時を待たずにモルジアナが帰って来た。

 その手には小さな木箱が握られている。

 モルジアナはニコニコと妖艶な微笑みを漏らしながら、こう切り出した。

 

「ヒケが酷いので御座いますですのよ。ならば、ギヤマンの量を減らせば良いので御座いますですのよ。」

 

「う、うん。それはそうなんだけど……」

 

 美奈都の歯切れの悪い返事にモルジアナは声高らかに宣言する様に

 

「だったら、核を入れれば良いので御座いますですのよ。」

 

「核? それはそうだろうけど、核には何を使うの? 鉄とかだとすごく重くなるし。」

 

「それで、これを使うので御座いますですのよ。」

 

 言ってモルジアナは小箱の蓋をそっと開ける。

 薄暗い工房の中、数本の蠟燭に照らされ現れた物は

 

「モルさん、これって紅玉(ルビー)?」

 

 美奈都の言う通り小箱の中には売ればどれだけの値がつくのか解らない程の大粒の赤い、血液を思わせるほどの深紅に輝く石が収まっていた。

 ルビー、ピジョンブラッドと呼ばれる物だった。

 しかし、モルジアナは蓋を閉じると

 

「うふふーなので御座いますですのよー。」

 

 と、いたずらっぽく笑いながら工房の外に出ると、こいこいと美奈都を手招きする。

 美奈都は何事と首をひねるが指示に従い表に出る。

 これでもかと言う青空の下、モルジアナは再び小箱の蓋を開ける。

 そして、その中から現れた物は……

 

「る、瑠璃(ラピスラズリ)!」

 

 そう、中から現れたのは深い藍の輝きを放つラピスラズリ。

 美奈都は混乱する。

 モルジアナが箱の中身を入れ替えた様子は無い。

 こんな状態の中、自分を騙して遊ぶ様な人でも無い。

 だったら何故?

 何故、ルビーがラピスラズリに変わるのだろうか?

 事態が把握できずポカンとする美奈都にモルジアナは種明かしを開始する。

 

「それではこのまま工房へ向かうので御座いますですのよ。」

 

 そう言って美奈都を連れだって工房の中へ。

 もちろん小箱の蓋は開けたまま。

 万点の青空の下から薄暗い工房へ。

 そして小箱に納められた物は藍から深紅へ。

 

「モ、モルさんこれって!」

 

 美奈都は驚きを口にする。

 いや、驚きと言う言葉では言い表せないほどだった。

 

「これはアレキサンドライトと言う石なので御座いますですのよ。」

 

「あれきさんどらいと?」

 

「はい、なので御座いますですのよ。」

 

 モルジアナは美奈都にアレキサンドライトに対して自身が知っている限り説明する。

 とは言ってもそれほど多くは無かったが。

 しかし美奈都にとっては驚きの内容だった。

 美奈都とモルジアナの会話も終わり、いよいよ雫嬢からの依頼品の製作を開始する。

 失敗が許されない一発勝負。

 ガラスを木型に流し込み、その中心にアレキサンドライトを置く。

 そして間髪入れずにもう一つの木型を合わせる。

 しばしの間放置した後木型を開ける。

 緊張の一瞬、成功か失敗か。

 

「うふ、なので御座いますですね。」

 

「うん。成功だね。」

 

 言って二人はハイタッチで喜びを表した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 ギヤマン工房での作業が一段落し、その後の磨き作業も終了し雫特注の品物は完成した。

 現在、主の居ない幻灯館主人の屋敷で主要メンバーによるお披露目が行われている。

 この場に居るメンバーは平賀長五郎、源内親子、村上花梨、鉢屋弥乃三郎、孫六美奈都、モルジアナの六人。

 弥助と後藤又兵衛は仕事の為欠席となっている。

 六人は円を描く様に座りその中心に依頼品が置かれている。

 

「しかしお嬢様の依頼がこのような物とは。」

 

「そうですな。失った物をこのような物で補うとは。」

 

 先陣を切って長五郎と弥乃三郎が口を開く。

 それは単純に賛辞の言葉だった。

 

「でもホントにこれでいいじゃんか?」

 

「なにが?」

 

 花梨の問いに美奈都が答える。

 

「奇天烈じゃん。」

 

 花梨の視線の先には室内の薄暗さの中で深紅の光を照らす瞳。

 いや、眼球その物があった。

 

「うーん。」

 

 美奈都も薄々そう感じていたのか小さな唸り声を洩らすのみ。

 しかし、この花梨の言葉に意を唱える者がいた。

 御解りだろう、平賀源内その人である。

 

「何を言うんですか花梨さん。紅(あか)い瞳の旦那様……素敵じゃないですか! お揃いですよ、お揃い。薄暗い夕闇の中、見つめ合う紅玉の瞳。奇麗だよ源内。そんな! 旦那様の瞳の方が! そして抱き合う私と旦那様。二つの紅は徐々に近づいて……もう! いやん、いやん、いやん、いやん、いやん、いやん、いやん、いやん。」

 

 自身を自分の腕で抱きしめクネクネと体を揺らす源内。

 最近もう日常的になっているかのように花梨はうんざりした視線で源内を見つめた後、視線を源内の義父長五郎に移す。

 視線の先の人物、幻灯館名代にして番頭、平賀長五郎は目をつむり、目がしらを抑えながら源内の発言を肯定するかの様に何度も頷いていた。

 おそらく、この老人の頭の中では幻灯館主人と源内の子、自身の孫を抱く自分の姿が見えているのだろう。

 もはやこうなってしまっては止めるすべが無い、花梨はそう判断しこの件は見なかった聞かなかった事にした。

 そして不自然極まり無い言葉で強引に力づくで話を本題に戻す。

 

「で、じゃん。ホントにこれを五十鈴さんに……じゃんか?」

 

「紅いのがダメなの?」

 

 花梨の懐疑的な言葉に美奈都が返す。

 

「いや、そうじゃ無いじゃんか。」

 

「じゃあ、藍い(あおい)のがダメ?」

 

「そうでも無いじゃん。」

 

「なら、何がダメなの。」

 

 美奈都が再度問う。

 花梨としても疑問を口にはしたがこれと言ってダメな所がある訳ではなかった。

 と言って只難癖をつけたかった訳でもない。

 何かが胸の奥につかえている。

 花梨自身は気付かないのだが、花梨の胸につかえている物、それは常識と言う物だった。

 しかし、これまで沈黙を守って来たモルジアナの言葉によって花梨の常識は粉々に砕かれることとなる。

 

「紅でも藍でもないとすれば、色が変わると言う事なので御座いますのでしょうね。」

 

 にっこりとほほ笑みながらモルジアナは口を開く。

 

「そうじゃんねぇ。何かそこに違和感があるじゃん。」

 

「あらあら。ですが、日ノ本の言葉にもあるので御座いますですのよ。」

 

「何がじゃんか。」

 

「目の色が変わる、と。」

 

「それは、つかう所がずれてるじゃん。」

 

 花梨は的確なツッコミを入れるがモルジアナは頬に手を当て「あらあらうふふ」とほほ笑むのみ。

 まさに、のれんに腕押し、である。

 そんなモルジアナだが、決してふざけている訳では無い。

 これが彼女のペース。

 恐らく交渉術、会話の主導権を握る事に関しては相当の実力者。

 そして、モルジアナは本題にはいる。

 

「花梨様、この雫里の里には色々な人が居るので御座いますですのよ。」

 

「う、うん。そうじゃんねえ。」

 

 モルジアナの急な真面目なトーンに花梨は驚きながらも返事を返す。

 だが、当のモルジアナはそんな事露にも解さず話を続ける。

 

「この部屋の中を見て下さいな。ブリュンヒルデ様、弥助様が居ないのが残念で御座いますですが、白い肌、蜜色の肌、日ノ本の人達の肌の色。目の色を取ってもで御座いますですのよ。そうそう、髪の色を取っても千差万別。こんなに色々な人達が打算も無く、猜疑心もなく素直に幸せに笑っていられる場所なんて日ノ本に、いえ、海の向こうにもきっと無いので御座いますよ。」

 

 モルジアナの言葉にこの場に居る全員が息をのむ。

 ただ一人源内を除いて。

 彼女はまだ夢の中。

 それはさておきモルジアナの話は核心へ。

 

「そんなわたくし達をまとめ導いてくれている旦那様。その人の瞳の色が変わるくらい何でも無い事なので御座いますですのよ。と言うよりも……これだけ様々な人々をまとめ上げている人物なので御座いますから、目の色を変えるくらいの芸当はして頂かないと、なので御座いますですよ。」

 

 このモルジアナの無茶苦茶とも取れる理論展開に大爆笑が起こる。

 美奈都は腹を抱えて転げ回り、花梨は畳を叩きながら笑う、目に涙まで浮かべて。

 これにより、雫特注の義眼は完成を見、伊賀へ送られる事になった。

 

 

 

~追記~

「お前はいつまで悶えてるじゃん!」

 

 言って花梨は源内を踏みつける。

 

「はっ! ゆ、夢?」

 

「違うじゃん。妄想じゃん。それでどこまで行ってたじゃんか?」

 

「旦那様と私と、義父さまと、私と旦那様の愛らしい御子とでお宮参りに。」

 

「……そうじゃんか。」

 

 その一言を残し、花梨は本日何度目かのウンザリした目をするのであった。

 

 




前書きでも書きましたが、長くかかったお話も今回で最終話。

次回からは場所を近江に移して、怪異やらペテンやら今回製作したあれやらでお送りする”ぬらりひょんと囚われの姫”が始まります。
少々お待たせするとは思いますが、楽しみにしていただけるなら幸いです。

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