織田信奈の野望〜ぬらりひょんと狐の嫁入り〜   作:海野入鹿

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黄泉ヶ沼の素、採取は続いています。


探求の四

「六ちゃんじゃん。」

 

「六さん。」

 

「あら、六様。」

 

 幻灯館陣は三者三様に勝家の登場に驚きを表す。

 だが、これに意を唱える者がいた。

 いや、意を唱えるどころでは無い。

 

「貴様ら! 柴田様に向かって何て口のきき方を!」

 

 怒りの言葉を口にした人物、それは池田恒興だった。

 腰の刀に手を掛け言葉にこそしないが平伏を要求している様だった。

 だが、だがそこは曲者揃いの幻灯館陣

 

「だって六ちゃんじゃん。」

 

「そうです六さんです。」

 

「そうで御座いますわねぇ、六様で御座いますですのよ。」

 

 軽い感じで言葉を返す。

 緊張感なんて物は全くない。

 眼前の三人の態度に恒興の脳裏に一人の男の姿が思い出される。

 数日前に出会った無礼者。

 平然と家老の頭をハリセンでシバキ倒し大名に対しても軽口を叩くそんな男

 脳裏に浮かぶ無礼者と目の前の三人組が重なり少々頭の固い、いや、武家の者なら当然の思考を持つ恒興はプルプルと震えながら

 

「何時から織田家は尾張の民草にこうも舐められる様になったのですか! 柴田殿! これは忌忌しき事態ですぞ!」

 

 勝家に喰って掛る。

 矛先を向けられた勝家も事態が飲み込めず「いや~」と頭をかくばかり。

 そんな沸騰状態の恒興の袖が何者かに引っ張られる。

 違和感を感じ振り向く恒興。

 そこには……前田犬千代、その人がいた。

 犬千代は何時も通りの無表情気味の顔で

 

「舐められている、それは違う。」

 

 ゆっくりと首を左右に振りながら口を開く。

 恒興は犬千代のこの発言に怪訝な表情を見せるが、犬千代は露にも解さず言葉を続ける。

 

「この人達はこれで平常。優先順位が他とは違う。それに………」

 

「それに?」

 

「下手に対立すれば織田家がつぶれる。」

 

「えっ!」

 

 犬千代の発言に恒興は驚きの意を表す。

 それもそうだろう、目の前に居るのは女性が三人、たったそれだけ。

 それなのになぜそれが織田家滅亡に繋がるのか。

 

「長秀が言ってた。織田家は幻灯館にすごい借金があるって。」

 

「えっ!げんとうかん?それに一体どんな!」

 

「年寄りや森様の飲食代、殿の飲み代、姫様の買い物、勝家の甲冑の代金、長屋のお花見や盆踊りや年越しの費用、あと………」

 

「あと?」

 

「犬千代のういろう代。」

 

 最後はさも申し訳なさそうに犬千代は言う。

 

「まさかそんな事態が?」

 

 恒興は救いを求める様に視線を勝家に向ける。

 対して勝家は……視線をずらし一言。

 

「すまん。」

 

 その一言だけを口にした。

 それで全てが理解出来た。

 犬千代が言った織田家の危機は真実だと。

 その時恒興の頭脳は逃避を図る様に別の疑問点を提示する。

 

「犬千代。優先順位が他とは違うとはどう言う事ですか?」

 

 この問いに犬千代は少し困った様な表情を浮かべ

 

「簡単に言うと……」

 

「簡単に言うと?」

 

 オウム返しに言葉を返す恒興。

 

「朝廷、将軍、諸大名、何ぼのもんじゃい。」

 

「えっ?えーーーーーー!」

 

 大げさとも取れる驚きの声を恒興は上げる。

 それもそうだろう、それほど犬千代の言葉は信じられない物だった。

 隣で聞く勝家もさすがに苦笑いだ。

 だが当の幻灯館メンバーは、………………何を当然な、と清々しい表情。

 

「ね、ねえ、あなた達、一つ質問いいかしら?」

 

 若干腰が引けた感じで恒興が幻灯館メンバーに話かけた。

 

「いいですよ。」

 

 と事もなさげに源内が代表して答える。

 

「この尾張で………一番偉い人は?」

 

 この恒興の質問に驚いたのは勝家&犬千代。

 こんな質問、尾張に住む者ならばいともたやすく答えられる。

 小さな幼子だって答えられる質問だ。

 なぜ恒興はこんな質問をしたのか。

 恒興は信じたかったのだ。

 目の前の三人組が変人では無い事を。

 あの男の様な人物とは違う事を。

 ゴクリと喉が鳴る。

 はたして三人は何と答えるのだろうか。

 代表者として源内が一歩前に出る。

 その姿を見た勝家と犬千代は恒興の行動が徒労に終わる事を確信する。

 そして、その瞬間が訪れた。

 源内が出した答えは?

 

 

 

「旦那様です。旦那様以外あり得ませんよ。」

 

 

 

「え?」

 

 恒興は驚きのあまり間抜けな声を漏らす。

 それほどに源内の答えは堂々とし、断定的だった。

 

「あの、すいません、もう一度お願いできますか?」

 

 自身の耳が信じられないとでも言う様に恒興は言葉を返す。

 その言葉は武家の者が町民に掛ける様な物では無かった。

 

「旦那様です。」

 

 しかし源内の答えは同じ物だった。

 

「だんなさま?」

 

「はい。旦那様です。」

 

「一番偉いのが?」

 

「旦那様です。」

 

「あ、あのね、大名ってしってる?」

 

 恒興の恐恐とした質問いに源内はどこ吹く風と

 

「知ってますよ。失礼ですね。」

 

 憤慨だと言う様に源内は答える。

 恒興はほっとした。

 知っているのならば彼女の今の言動は冗談だったのだろう。

 武家に対しての言葉遣いは問題だろうが勝家や犬千代とかなり親しそうなのでまあ良しとする事にした。

 だが、だがしかし、平賀源内と言う少女は恒興の想像の斜め上を行く。

 

「でも、それがどうかしましたか?」

 

「はい?」

 

 突然の源内の言葉に間抜けな返事で返す恒興。

 源内はこの瞬間を逃すまいと言う様に人差し指を立て恒興に近寄り「いいですか」と口を開く。

 

「いいですか! この尾張、いえ、日ノ本で一番偉いのも、偉大なのも、カッコいいのも、優しいのも、素敵なのも全て旦那様です! 異論は認めません! 決定事項です! 世の理(ことわり)です! 旦那様に比べれば朝廷や将軍家なんてうんkoムギュ!!!」

 

 源内の発言が少々危険水域に達したため花梨が両手で口を塞ぐ。

 

「何をするんです!」

 

「暴走しすぎじゃん!」

 

 花梨のたしなめなど何言う者ぞと源内は腰に手を当てながら

 

「暴走とは失礼な! 私は真実を語ったまでです。」

 

 二人の口喧嘩紛いの会話は続く。

 日常的に二人の状況を垣間見ている勝家と犬千代はいつもの事と静観を決め込んでいるが恒興は違う。

 恒興は犬千代に耳打ちする様に疑問を囁く。

 

「ねえ、犬千代。」

 

「なに。」

 

「彼女の言っている旦那様って………」

 

「恒興は知らない? 五十鈴さまの事。」

 

「五十鈴?」

 

「真中五十鈴さま。雫里の里の里長みたいな人。」

 

「はあ。」

 

 恒興は頭の中で件の人物を想像してみる。

 どんな人だろう?達振る舞いは?仕草は?目つきは?顔立ちは?様々な想像を巡らせてみる。

 その中で一人の人物が浮かぶ。

 以前、織田家の姫君、吉姫の御供で行った幻灯館。

 その店の中で一目で店の重鎮と解る立ち振る舞いの人物。

 壮年ながら凛とした佇まいで、周りに適度な緊張感を持たせていた人物。

 恒興は確信する、あの人物が目の前の少女が言う旦那様なのだろうと。

 あの姿勢、あの佇まい、織田家の家老達にも見習ってもらいたいと思えるほどの人物象。

 ならば納得せざるえないかも知れない。

 だが、恒興の想像は間違っていた、恒興の想像の人物は幻灯館名代兼番頭の平賀長五郎その人だからだ。

 その時、一人見当違いに納得する恒興をよそにモルジアナから業務連絡が発せられる。

 

「終わったので御座いますですよー。」

 

 その声に現場全員の視線がモルジアナに注がれる。

 その中で花梨がトコトコと歩み出ると手桶の縄を外し中を確認し

 

「ほんとじゃんね。奇麗に濾過されてるじゃん。」

 

「ホントですね。」

 

 同様に源内も手桶を覗き見る。

 だが、同時に二人の表情は曇る。

 その理由は……

 

「この時間かかってこれだけの量だと、手桶一杯になるのにどんだけの時間がかかるじゃんか?」

 

 そう、源内と花梨の覗く手桶の中の黄泉ヶ沼の素は、手桶の底一センチにも満たない量だった。

 それを直視した我らが平賀源内の明晰な頭脳は一つの解決策を提示する。

 

「それなら桶の量を増やしましょう。」

 

 源内のこの発言に花梨とモルジアナは頷きで肯定の意を告げる。

 つまりは同時進行、物量作戦と言う事だ。

 「行ってくるじゃん」と花梨が里へ手桶の追加を取りに行こうとした時に源内がストップをかけた。

 そして花梨に耳打ちする様に小声で囁く。

 

「何言ってるんです花梨さん。いくら近いとはいえ、里までの往復と手桶を積んだ大八車の牽引、結構疲れる作業ですよ。」

 

「じゃあどうするじゃん?」

 

 同じく花梨も小声で応える。

 源内はスッゥと目を細め織田家姫武将達を見つめると

 

「良い人達が居るじゃないですか。適材適所、ですよ。」

 

 言って勝家の下へ歩を進める。

 勝家の隣まで来ると先ほどと同様に囁く様に

 

「六さん、お願い出来ません? やっていただけるのなら私から美奈都に言って甲冑の代金……これぐらい安くするように取り計らいますが。」

 

 そう言って指を一本立てる。

 

「まじか?」

 

 同じく勝家も囁く様に小声で応える。

 

「ええ、マジです。」

 

 勝家はしばし考えを巡らせた後、源内の中指を立てさせる。

 

「これでどうだ?」

 

 源内はVの字にされた自身の右手をじっと見つめるとニヤリと黒い笑みを浮かべ

 

「了解しました。」

 

 簡潔に明確に返事を返す。

 この言葉を確認した勝家は犬千代の襟首をつかむと

 

「よし! 行くぞ犬!」

 

 元気一杯に雫里の里へと向かって行った。

 恒興も慌てて後を追う。

 残った幻灯館メンバーは首を傾げるが源内だけは満足げに頷く。

 

「なあ、いったいどんな取引を持ちかけたじゃん?」

 

 我慢しきれず花梨が問いかける。

 源内は花梨の顔の前にVサインの右手を差し出し人差し指と中指を開いたり閉じたりしながら

 

「これですよ、これ。甲冑の代金からこれだけ割り引いてさしあげますよ、と。」

 

 平然と言ってのける源内に花梨は喉をゴクリと鳴らしながら

 

「に、二割引きじゃん?」

 

 緊張感で顔を引きつらせながら何とか口を開く。

 モルジアナも普段は見せない様な真剣な表情で源内の言葉を待っている。

 それはそうだろう、幻灯館の商品自体、他店と比べると若干割高だ。

 その中で美奈都が創る物はかなりの高額商品となっている。

 それは美奈都自身が自らの手で真砂を集め、精製し、出来た玉鋼を厳選し注文主の為だけに創られる物だからだ。

 それを二割も引いてしまったら幻灯館で働く中堅社員?二、三人の一月分の給金が吹っ飛ぶほどだ。

 だからこそ花梨の声は震え、モルジアナは緊張の表情を浮かべる。

 だが源内は平然と掲げたVサインを遊ばせる。

 

「どうなんじゃん?」

 

 花梨が再度問いかける。

 

「二割? 何言ってるんです花梨さん。これですよ?」

 

「だからじゃん。」

 

「まあ。まあまあ、私も鬼ではありません、二桁くらいにはして差し上げようかと。」

 

「にじゅう?」

 

「はい。二十。」

 

「単位はじゃんか?」

 

「当然………………文です。」

 

「「え!」」

 

 源内の答えに花梨とモルジアナは驚きの声を上げる。

 それはそうだろう、源内の答えが本当なら、源内は織田家の姫武将三人を二十文、現代の単価で言う二百円でパシリに使ったと言う事になる。

 

「大丈夫じゃんか?」

 

 この問いに源内は二、三度首を傾げた後

 

「大丈夫でしょう。私は指を差し出しただけですよ。確認を怠ったのは六さんですから。単位は? としっかり聞いて下されば私もしっかりお答えしましたのに。まぁ、これが義父さまだったら二文、旦那様だったら飴玉二つ、雫ちゃんだったらお米二粒、有脩さんだったら………」

 

「「だったら?」」

 

「お店での二日間のタダ働き、ですね。」

 

 この発言にさすがの花梨とモルジアナもドン引きだ。

 件の面子を引き合いに出し、源内は自分は心優しいと胸を張って言い切るのだから。

 後に六こと柴田勝家が自身の浅はかさを呪っての切腹騒ぎにまで発展するのだが今は別のお話。

 しばしの時が経ち、勝家らが無事帰還を果たし、物量的にも準備万端、黄泉ヶ沼の素はその日一日を掛け必要な量に達した。

 

 




どの時代でもある事。
幻灯館の商品のコピー物は色々と出回っています。

そして恒興。
見事な勘違いっぷりです。
犬千代ではなく勝家に質問すれば源内の言う旦那様が誰か解ったのですが。
ちなみに、勝家は美津理さん、犬千代は源内や美奈都の呼び方にならって五十鈴さまと呼んでいます。

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