夜半過ぎ、雨音が止んだ事で目が覚めてしまった俺は一人屋外へと出た。
丁度雲が切れたのか見上げた空は星が降る様だった。
手近な岩に腰を下ろし庵内では我慢していた煙管を吹かす。
紫煙を吐きながら今日一日の事を思い出していた。
「眠れぬのか?」
後ろから声がかかる。
俺は振り向かず
「そうじゃないさ。」
「さようか。」
「あんたは何をしに?」
「ふふっ。お主が出て行くのに気付いてな、一言謝ろうと思うてのう。」
「謝る?」
その言葉で俺は振り返り、後ろに立っている有脩を見つめた。
有脩は寝間着なのだろう薄紫色の着物を着、髪を後ろで一つにまとめている。
俺はそんな有脩の黒目がちな瞳を凝視し
「なぜお前が謝る必要がある?悪いのは全部俺だと思うが。」
「なるほどのぅ。お主はそう言う男(おのこ)であったか。では、聞かせてはもらえぬか?なぜあんなにイラついたのかをな。」
俺は有脩から視線を外し
「………人の命を守る。それは素晴らしい事だ。」
「そうじゃな……」
「だが、全ての人となるとその夢、いや彼女の場合使命か……。それが彼女を壊してしまう。その結果へ自分の意志でその事に気付かずに行こうとしているのが気になってな。」
「なるほどのぅ。妾が危惧しておった事と同じじゃな。」
「そうなのか?」
俺の問いに有脩は小さく頷き『隣に座っても良いか?』と聞き俺の隣に腰かける。
「あれは、ヒルデはの、純粋過ぎるのじゃ。」
「そうだな。だから夢に殺される。」
「ふふっ。恐ろしい言葉を使うのぅ。」
「だが事実だ。彼女は知らなければいけない。全ての人を救うと言う意味を。それは恐らくほんの僅かな感謝と膨大な憎しみの感情を受けると言う事を。救った命を次の瞬間奪わなくてはいけない時があると言う事を。そして、………全ての人の味方になると言う事は、全ての人を敵にまわすと言う事を。」
有脩は俺の肩に寄りかかり
「詳しいのう。その様な者を知っておるのか?」
「いや、知らないさ。ただ、そう言う物語を識っていただけだ。」
「ほう、物語か。して、その物語の主人公はどうなったのじゃ?」
「数多くの命を救い、救うためにそれ以上の命を奪い、最後は一人で死んで行った。」
「さようか。されとてその主人公は幸せだったのかのぅ?自分の夢が叶って……」
「いや。死んだのち、過去に戻って自分自身を殺そうとした。」
「何と………。悲しい話しじゃ。ヒルデがそうなると?」
「解らない。だが、一人で見る大き過ぎる夢は何時か自分自身を壊してしまう。手段と目的が解らなくなってな。」
話しが途切れ有脩は俺の肩に寄りかかったまま俺の手をそっと取る。
「五十鈴殿、妾の話も聞いてはくれぬか?」
俺は返事の代わりに有脩のきゃしゃな手を握り返す。
「妾はな、必要の無い人間なのじゃよ。」
「どう言う事だ?」
「妾には弟がおってな、まあお主も気付いておるとは思うが妾の家は武家では無いにしても結構な家柄での、その弟と妾で家督の争いが起きたのじゃよ。」
「そうか。」
「それでな、妾は見てしまったのじゃ。人の醜さと言う物をの。」
「今の時代、名家なんかでは当たり前じゃ無いのか?」
「そうじゃな。………しかし妾は嫌じゃった。今まで家族の様に接していた家臣達が自身の損得だけでいがみ合うのがな。」
「そうか。そうかも知れないな。」
「じゃからな、妾は家督を弟に譲り世捨て人になったのじゃよ。ヒルデの事が心配なのも妾が無くしてしまった物を持っておるからやも知れぬ。」
そう言った有脩は何かにすがる様に俺の手を強く握る。
「そうでも無いだろう。俺から見ればお前も十分純粋な女の子だ。」
「妾がか?しかし妾は必要の無い者じゃ。」
「自分で決め付けているだけだろ。望めば居場所なんて何処にでもある。本来なら居てはいけない俺にも居場所があるんだからな。」
「居てはいけない?どう言う事じゃ?」
「さあな。気になるなら調べて見ればいい。新たな居場所と一緒にな。」
そう言って有脩の指触りの良い髪を撫でる。
「のう、五十鈴殿。妾の願いを聞いてはくれぬか?もちろん褒美も出そう。妾が今持つ最上の物を。」
「ほう。で、その願いとは?」
有脩は初めて俺の瞳を真っ直ぐに見つめ
「明日の決闘でヒルデの夢を使命を壊してほしい。欠片も残さずに……」
「いいだろう。俺は壊す事しか出来ないからな。」
いかがでしたか?
嵐の前の静けさ。
有脩も女の子、誰かに甘えたい時もあります。
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