最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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第八話

 

 短い……実に短い春休みが終了した。

 いや、日数的に言えばそこそこあったような気もするのだが、春休みの初めにクウネルさんのところで聞いた話とかやるべきことを見つけたのであっという間に時間が過ぎたのだ。

 特に『時間』に関する魔法というと、歴史上成し遂げた魔法使いは存在しない。

 存在しないのだが、限定的にならば時間のズレを引き起こすことが出来る魔法は存在する。

 それって時間に関する魔法の開発してるってことじゃね? と思うかもしれないが、あくまで仕切られた場所において時間の流れが違うだけということで、厳密には『違うモノ』として扱われているらしい。『時間跳躍(タイムスリップ)』と『時間凍結(コールドスリープ)』は別物、ってことだろう。

 だが、結界で仕切った内外の時間の流れをずらす魔法はある。原作でも出てきていた『別荘』がまさにそれである。

 強力な結界で仕切った、最早一つの異界とも呼べる状態にすることで世界の修正力から身を守る。決められた時間を結界の内外で調整することでことなきを得ているそうだ。

 代わりに内部にいる状態では外部に接触はおろか内外での情報のやり取りすら不可能にする。

 

 ちなみに結界をゆるくし、内外の情報のやり取りや接触などを可能にした場合、世界からの修正力を受けて体に多大な負担をかける。理論の段階ではまだ可能のような気がしたので、いろいろな文献を読む傍らで開発をしてみた。

 結果、作れてしまった。

 

「凄いものですね、これは……」

「体にかかる負担が大きいこと。準備にかなり時間をかけないと出来ないことが難点ですね」

 

 ぶっちゃけ『固有時制御』だ。

 あれは固有結界を用いて自身の体内の時間の経過速度を変化させるというものだが、こちらは固有結界ではなく普通の結界を用いているせいで準備に時間がかかる。

 その分、世界から受ける修正力は小さい。固有結界そのものが世界からの修正を受けるので、それを用いないで行った場合は負担が段違いに小さくなると予想した。

 まぁ、実際は「持って生まれた肉体と外界との遮断」は概念的に最も無理がないため、固有時制御の発動における固有結界の負担なんぞあまり関係ないのだが。

 そもそも固有結界自体簡単に使えるものではないため、普遍化そのものには意味がある。型月世界と違って知る人数が増えると魔術・魔法の威力が下がるということもないのだし。神秘は別だけど。

 

「私もそれなりに長い間生きていますが、このような魔法を作ったのはおそらくネギ君が初めてでしょう」

「失敗のリスクも大きいですからね」

 

 結界の緩みが大きいと修正力からの力が大きく働いて発動しない。緩みが小さいと世界からの修正力で反動が大きくなる。

 どっちに転んでも利点は少ない。精々局所的に速度を倍加させることで九死に一生を得られる程度か。それでも準備さえしておけば多少の実力差を覆せる分、有用ではあるはずだ。

 その準備が一番大変なわけだが、これは次の課題としておこう。

 

「協力感謝します、クウネルさん」

「いえいえ、私も面白いものを見せて頂きました。欲を言うならもっといろいろとやってほしいものですが、教師としての仕事がありますからね」

「よくて週一、下手をすると長めの休みまで来れないこともあるかもしれません」

「こうなるとどこかに専用の工房を用意してあげたいところですが……生憎、ネギ君はまだ立場上見習い魔法使いですからね。担当のクラスを卒業させた後なら、私から口添えして工房を用意出来るようにしましょうか?」

「まぁ、予定は未定ですよ。今後やることが無ければそれでもいいかもしれませんが、一応目標はありますから」

 

 世界を救うなんて大仰なことをやろうというのだ。彼も一応魔法世界のことは知っているはずだが、情報のすり合わせが面倒だし、実際に魔法世界に行ってみなければわからないことも多いだろう。

 協力を仰ぐのはその時でも遅くはない。夏休みに『完全なる世界』が引き起こす事件さえ乗り越えられれば、の話だが。

 戦力的にはアーチャー一人でも何とかなりそうな気さえするが、俺が足手まといになっていては話にならない。

 ……やっぱり、俺の自衛は急務か。アーウェルンクスシリーズを相手取っても時間稼ぎ程度出来なければ、アーチャーを従えていても宝の持ち腐れにしかならない。

 非常時に使える令呪という切り札もあるが、これは上限三回。

 聖杯戦争じゃない以上はサーヴァントを自害させるために一画残す必要もないが、何時までいるかわからない以上はあまり使いたくないのも事実。使い方次第では自前の魔法をブーストすることも出来るかもしれないし。

 令呪も人の手で作られた魔術(魔法)には違いないのだから、自分でも作れるはずだとは思うのだが。このあたりも課題ではあるな。

 

「それでは、また会える日を楽しみにしていますよ」

「はい。そう遠くないうちにまた来ます」

 

 クウネルさんとも案外仲良くなれたのは、大きかった。

 

 

        ●

 

 

 新学期。

 『三年A組!』『ネギ先生ーっ!』という盛大な声を聞いて苦笑しつつ、全員揃っての新学期を迎えることが出来た。

 何人かとは春休みの間も何度か会ったのだが、基本的にクウネルさんと魔法の開発をしたり文献をあさくったりでそれほど印象に残っていない。

 

「……ん?」

 

 こちらをじっと睨みつけるような視線。視線の元はマクダウェルさんで、まぁ当然かなという気持ちが湧き上がる。

 ここ数か月必死に隠しながら血液を集めていたようだが、俺の場合はアーチャーに頼んでそれを妨害できる。超長距離から狙撃できるって、それもう弓って呼ばないんじゃないかと思ったのはここだけの話である。

 というか、前回見つけてから昨日に至るまで吸血行為も毎回邪魔させているが、その原因が俺だと果たして気付いているのかどうか。図書館島の時は試験期間ということで見周りが多かったからまずやってないだろうし。

 わかりやすく桜通り一ヶ所でやるから待ち伏せされるっていうことにそろそろ気付いてもいい頃だと思うんだけどなぁ。

 一人も欠けていないクラスで卒業させたいものだが。

 

「では、まず身体測定からあるということなので、この後しずな先生の指示に従って順次済ませてください」

 

 その間ここにいても仕方ないので俺は職員室に戻るが。

 まさか彼女も真昼間から吸血に走ることもあるまい。日中は魔法先生だって碌に動けないが、逆に言うと総攻撃を受ける大義名分を相手に与えることになる。

 教室を出て職員室に向かおうとしたとき、後ろから呼び止められた。

 

「ネギ先生」

「どうしました、マクダウェルさん」

 

 薄く笑っているが、額には青筋が浮いている。これは俺だと気付いているパターンか。

 

「今日の放課後、少し話したいことがある」

「構いませんよ。放課後はあまり遅い時間帯でなければ職員室にいるので、好きなときに訪ねてきてください」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 なんというか、取り繕うのも面倒になったって感じだな。やってることはほぼ挑発だったからああいう態度になるのはある意味仕方ないんだが。

 どんな理由があろうと何の関係もない第三者を巻き込むのは俺の義に反する。それで相手が怒るというのなら正面から対峙するだけだ。

 

 

        ●

 

 

 そして放課後。少し遅めの時間帯に彼女はやってきた。

 後ろにいるのは絡繰茶々丸さんである。原作でもパートナーという話だったから、一緒に来るのはある意味当然かもしれない。

 こちらが何か言う暇もなく狭い範囲で認識阻害の結界を張った彼女は、静かな声で告げた。

 

「貴様、散々邪魔をしてくれたようだが……貴様自身が出てこないのは一体何故だ?」

 

 吸血鬼の視力を舐めてたわけじゃないが、よくわかったもんだ。まぁ超長距離を弓で攻撃してる時点で人間じゃないと思ったのかもしれないが。

 俺が出ない理由なんてわかり切ってるだろうに。

 

「戦いに向いてないからですよ。強い使い魔がいるなら戦闘は任せてしまっても構わない。人形師が人形に戦わせることを咎めているようなものですよ、それ」

「……ふん。父親と違って随分と腑抜けている」

「そりゃあ別人ですからね。血が繋がっていても性格が似ないことはあるものですよ」

 

 というか、ナギと似てないことはウェールズにいたころから散々言われていたしな。あいつほど破天荒な奴は見たことが無かったが、お前ほど真面目に勉強するやつも見たことが無い、とは祖父の談。

 それよりも、俺は聞きたいことがある。

 

「『桜通りの吸血鬼』っていうのは、まだ続けるつもりですか?」

「当然だ。私にはお前の血が必要なんだよ。お前の父親のせいでな」

「……なるほど」

 

 わかっていたことではあるが、原因は俺にあったと。……全面的に悪いのはナギなんだが。俺の血が欲しいなら素直にそう言えばいいものを。死にたくないから血はやらんが。

 個人的にこれ以上一般の生徒に被害を出すつもりもないし、俺たち二人で話が済むならそこで終わらせておくべきだろう。

 学園長やら高畑さんが気付いていないとも思えないが、学園長はともかく高畑さんは出張も多いしな。

 

「では、僕と貴女の二人で話しを終わらせましょうか」

「……何をするつもりだ?」

「いえ、これ以上一般人を襲おうというのならそれなりの覚悟をしていただこうかと」

「ハッ、メガロの連中が好みそうな言い草だな。『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』とやらに憧れているのか? 下らんな」

「その手のものには興味がないんですよ。それに、攻撃したなら攻撃される。罵詈雑言を投げかける相手もまた、罵詈雑言を言う人間なのだと認識しているが故です」

 

 我も人。彼も人。ゆえに平等──当然の摂理だ。

 自分が上位者だから何をやっても許されるなど行き過ぎた傲慢に過ぎない。

 知性があり、理性があり、会話が出来るのならば対等であるべきだ。

 

「引き金を引くかどうかは貴女次第ですが、貴女の『他の何を犠牲にしてでも成し遂げたいこと』を僕は認められない。なので、これ以上やろうというのならそれ相応の覚悟をしてください」

 

 薄く笑みを浮かべつつも一歩も退かない姿勢を見せる。彼女は原作においてネギ少年の師匠になる少女だが、魔法に関していえばそれほど困窮していない。いざとなればクウネルさんを頼ればいいし。

 何より、彼女の在り方を俺は認めない。関係のない一般人を襲って血を吸い魔力を得るそのやり方自体は、なるほど吸血鬼らしいといえる。

 何を犠牲にしてでも──という心意気は確かに称賛しよう。元より六百万ドルの賞金首とはいえ、現状麻帆良の魔法使いを敵に回すことは世界中の魔法使いを敵に回すことと同義だ。

 鎖に繋がれたままでいられるほど安いプライドは持ち合わせていないのだろう。それでも確かに今は平穏そのものだったはずだ。

 それを捨ててでも自由を得ようとする心意気──その勇気を称えることを、俺は否とは言わん。

 だが、それを認めることは俺の義に反する。

 故に止めるのだ。

 

「……ほう。ただの腑抜けではなかったらしいな」

 

 目を細めてニヤリと笑う少女。

 ならばよし、と前置きをし、告げる。

 

「次の麻帆良全域で停電が起こるその日に、私はお前に決闘を仕掛ける。私を認められないというのならば止めてみろ。私が勝てばお前の血をもらう。私が負ければ以後お前の傘下に入る」

「それはまた……思い切った決断をしましたね」

「お前が言ったのだろう。我も人、彼も人、ゆえ対等──貴様の命を代価にしたのだ。私は不死である以上、一番重い代価はプライドだよ」

 

 なるほど、それは確かにそうといえる。

 互いの最も大事なものを賭けて決闘をするわけか。どうにも話し合いで済ます気は無いようだし、こちらもそれなりに準備を整えて挑むとしよう。

 武力をもって奪いに来るというのなら、俺は武力をもってそれを退けよう。

 ──戦争だ。

 




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