最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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第五話

 

 

 高畑さんのところに居候をしだして数日。

 俺がまずやったのは部屋を徹底的に掃除し、物を片付け、整理すること。これをやらなければ始まらない。

 高畑さんも教師としての仕事はあるので、俺の仕事と混ざらないように部屋の対角上に場所を確保することになった。書類が混ざると色々面倒なのである。

 そして食事。

 昼はさておき、朝夕は俺が食材を確保して料理をすることにした。高畑さんの胃袋も確保した形になる。

 ここまでやって思ったのだが──俺は家政婦かよ。

 朝食の準備をしながら、ふとそんなことを思った。

 

「おーい、ネギ君。ちょっと来てくれるかい?」

「はーい。アーチャー、ちょっと鍋見ててくれ。ふきこぼさないように」

「わかりました、マスター」

 

 戦闘面ならこれ以上ないほど優秀なアーチャーだが、料理に関してはそれほど得意ではない。食べられるものを見つけるのは得意らしいが、それを上手く調理する方法はあまり知らないのだとか。

 まぁ、家政婦と見紛うようなことが出来るアーチャーは錬鉄の魔術師だけでいいけど。

 ちなみにアーチャーを御すことが出来る唯一の手段である令呪だが、普段は特殊なクリームを塗ることによって表面上は何もないように見せている。この年で刺青とか思われるといろいろまずいだろうしな。

 エプロン姿のまま台所から出る。部屋の大きさは2DKといったところか。一人暮らしをするには少々広いくらいだ。

 これくらい場所がないと書類で埋まりそうだから、というのもあるのかもしれないがそれはさておき。

 

「何か用ですかー?」

「僕は定期的に英語の小テストをしていてね、その居残りリストを今のうちに渡しておこうと思って」

 

 手渡された一枚の紙にはクラスの面々の成績が記されていた。中でも悪いのは五人ほどいて、予備軍がさらに数名といったところか。

 

「本当は僕がどうにかしなくちゃいけない案件だったんだけどね。英語の担当もネギ君になったし、担任も変わったから君に任せようと思って」

「なるほど」

「それと、これはオフレコなんだけど……学園長が試験として2-Aのクラス成績を学年最下位から脱出させようとしているみたいなんだ」

「……それ、言っていいんですか?」

「何事も一朝一夕で身につくものではないからね。それに、学年最下位から脱出となると全教科の勉強が必要だろう? それこそ短期間で出来ることじゃない」

「やってやれないこともないですが、確実に僕は嫌われるでしょうね」

 

 鬼教官にならなければならないので確実に好感度は下がる。教師なんて嫌われてなんぼだろうから別に構わないけど。

 好き好んで嫌われたいわけでもない以上、この情報はありがたく使わせてもらうとしよう。

 まぁ、こんな情報貰うまでもなく学年最下位から脱出させようと思うくらい2-Aの成績は酷かったのだが。

 

「それと僕のネクタイはどこにあるんだい?」

「それなら昨日アイロンをかけてタンスになおしておきました」

 

 ばたばたと準備をしている高畑さんを尻目に、俺は台所に戻る。そこではアーチャーがおたまを持って鍋をゆっくりかき混ぜていた。

 てきぱきと味噌を用意して鍋にいれ、かき混ぜて味噌を溶かせば味噌汁の完成である。出汁は俺の独断で煮干しを使っている。

 魚も丁度焼き上がり、白飯も炊き上がったので二人分をよそって盆に移し、俺とアーチャーで一人前ずつ持ってテーブルのある部屋へ移動する。

 

「お、今日も美味しそうだね」

 

 とはいえ、ご飯はタイマー式の炊飯器。魚は下拵えを昨日のうちに済ませておいたので焼くだけ。付け合わせのポテトサラダは昨日の夕飯の残り物である。

 楽をしているというかもしれないが、普段から料理をしていればこんなものだ。味噌汁なんて十分あれば出来るしな。

 どこぞの腹ペコ騎士王と違ってアーチャーは食事をする必要がないからと、食事の席は辞退している。

 最初こそ高畑さんも食事に誘っていたのだが、魔法のことを知らない一般人が訪ねてくることもあるし、その際食事が三人分あるところを見られると説明が面倒なのだ。対外的には俺と高畑さんの二人で住んでることになってるし。

 アーチャー本人も特に気にしていないようなのでそのままだ。食費も浮くので万々歳である。

 

 

        ●

 

 

 そして放課後。

 予想通りと言った顔の五人を見て、わずかに嘆息する。

 

「もう慣れてるって感じですね」

「大体ずっとこの面子ですから」

 

 俺のつぶやきに律儀に返してくれたのは綾瀬さんだった。

 なんでもバカ五人衆(レンジャー)と呼ばれてるほどだとか。

 神楽坂さん、綾瀬さん、長瀬さん、古菲さん、佐々木さんの五名。順にレッド、ブラック、ブルー、イエロー、ピンクなのだとか。

 

「どうせ大学までエスカレーター式だし、勉強しなくてもなんとかなるわよ」

 

 と仰る神楽坂さん。だが、その認識は実に甘いと言わざるを得ない。

 

「……一応言っておきますが、高校からは普通に留年が存在しますよ。中学までと違って義務教育ではないので」

「えっ」

 

 まさかとは思うが知らなかったのか?

 大学までエスカレーター式というのは、高校までの勉強をきちんと終えて「この人は卒業できるだけの学力がありますよ」という前提から成り立っている。

 大学にしても単位をとれなければ当然留年するし、そこから「去年も習ったから」と蔑ろにしてまた単位を落とす、という悪循環になりかねない。

 というか成った人物を実際に知っている。

 なった知り合いのことはさておき、その辺のことを懇切丁寧に説明すると神楽坂さんと佐々木さんは顔を真っ青にしていた。

 残る三人は特に顔色を変えてはいなかったが。

 

「まぁ、当然ですし」

「拙者は将来をどうするかまだ不透明でござるゆえ。にんにん」

「私はどこか適当に就職出来ればいいアル」

「長瀬さんは忍者の里にでも就職はあるんでしょうけど、古菲さんはその認識だと痛い目見るかもしれませんよ?」

 

 今時武術家ってどうやって食っているのかは知らないが、まさか自給自足ってことはあるまい。霞を食べて生きれる仙人じゃあるまいし。

 忘れがちだが時代的には2003年である。スマホもなければ薄型テレビもない。リーマンショックは起きていないし中国の経済市場は恐ろしい勢いで伸びているが、それでも学がなければ就職は厳しいだろう。

 特に麻帆良の場合は世界樹の影響もあってか、半ば工業特区とでも言えるような状態だ。学術都市ということもあって技術は何世代か「外」よりも進んでいるしな。

 

「拙者は忍者ではないでござるよ」

 

 長瀬さんのno忍者アピールを華麗にスルーして英語の小テストを配る。

 

「何はともあれ、そういう『なんとかなるさ』という精神は個人的に嫌いなので勉強していただきます」

 

 ネギ少年という世界有数の天才の肉体を奪った俺が言うのもなんだが、世の中結局努力するしかないのだ。何にでも「なんとかなるさ」なんて軟弱な精神を持っている輩は就職だってまともにとれないし、勉強だってスポーツだってうまくいくわけがない。

 世の中には「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という教育の真理をついた言葉もあるわけだし、それも当人の選ぶ道だろうがね。

 ともあれ、まずは今どれくらい出来るのかというところから知らなければこちらとしても教えようがない。テストの結果次第だ。

 なお合格点は六点である。

 

「……九点。合格ですね。普段からもっとまじめに勉強しないとだめですよ?」

「……勉強、嫌いなんです」

「綾瀬さんは本を読むことが好きでしたね。だったら、まずは勉強のことを面白おかしく書いてある本から手を付けるといいと思いますよ」

「善処するです」

 

 あの顔は絶対に読まないな、と思いながら次の人。

 面倒だから全部まとめるが、残りの四人は不合格である。

 それでもヘラヘラ笑っているというのは少々危機感足りないのではないかと思ってしまうのだが、それもまた当人の選ぶ選択である。

 教師が用意するのは選択肢までだ。選択権は当人が持っていなければならない。

 

「では、今回のテストの復習から」

 

 勉強なんて所詮は反復練習である。理屈と理解の歯車がカッチリ噛み合うと何故かスポンジが水を吸うようにわかるようになるが、そこまでの道が険しい。

 まぁ、中学生の間なんて「なんで勉強するのかわからない」と思っているのが大半だろうしな。

 そんなわけで再テスト。

 

「古菲さん、長瀬さんは共に八点。合格ですね」

「おおー」

「やったアル!」

「要領は悪くないので、普段から復習することを心掛けてくださいね」

「わかったでござる」

「私日本語の勉強で手一杯アルよ」

 

 その割に日本語ペラペラだが。訛りがあるといってもわかりづらい訳じゃないしなぁ。俺は日本語習得にそれほど苦労を感じなかったが、これは元々日本人だったからだろうし。

 次は佐々木さんである。

 

「六点。ギリギリ合格ですね」

「馬鹿でごめんねー、ネギ君」

「卑下する必要はないですよ。ゆっくり学んでいけばいいんですから」

 

 そして最後、神楽坂さん。

 まさかの一点である。最初の小テストが二点だったので、下がっていることになる。

 悔しげにそっぽを向いているが、彼女的には今まで高畑さんと居残り授業ということでこれを楽しんでいたんだろうな。──悪い傾向だ。

 

「神楽坂さん、ちなみに自分が英語出来ない理由ってわかります?」

「……分からないわよ、そんなの」

「高畑さんと居残り授業するのを楽しみにしてたからですよ」

 

 成績が悪ければ好意を持っている高畑さんとマンツーマンで居残り授業が出来ると思っているのだから、勉強に身が入らなくて当然だ。

 高畑さんへの好意を知られたことにびっくりしているようだが、普段の様子を見ていればすぐにわかる。高畑さんも多分気付いてて放置しているな、あれは。

 どんな理由があるにせよ、教育上の観点から見ればそれほど良いことではあるまい。悪い結果を出せば褒美が出る、なんてのは。

 

「なので、逆にしましょう」

「へ?」

 

 本当は駄目なのだが、彼女の事情は高畑さんと共に住んでいる俺は少しだけ聞かされている。

 両親のいない神楽坂さんは高畑さんを後見人としてこの学校に通っているのだ。

 彼女の生い立ちについては俺の父親であるナギも絡んでくるためかは知らないが、高畑さんを酔わせても口を割ろうとはしなかった。

 そこは関係ないので置いておくとして。

 親代わりであり、後見人である高畑さんのところならば神楽坂さんが訪れても教師と生徒の爛れた関係……などというのは噂されにくい。報道部である朝倉さんを味方につければ情報操作も容易いことだし。

 

「一定以上の成績を出せば、高畑さんと一日デートでどうでしょうか?」

「さぁ、どこがどうなっているのか詳しく教えなさい!」

 

 やる気を出してくれたのはありがたいが、一応教師なので命令口調は止めてほしいものである。

 


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