最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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第四話

 

 

 教室へと移動する途中、俺はふと高畑さんの方を見て尋ねた。

 

「そういえば、住むところって指定はされてませんよね?」

「職員寮もあるにはあるけど、ネギ君には僕の住んでる部屋を貸し出すことになってるんだ」

「高畑さんのですか?」

「まぁ、僕一人だし、出張が多くてあまり家にいないけどね」

 

 一瞬視線がアーチャーの方を向いたことを鑑みるに、かなり警戒されているらしいな。やっぱり爺さん連絡するの忘れてるんじゃねぇのか?

 いや、あるいは連絡を受けているからこそ原作通りに行かない可能性もあるのか。ガチの紳士であるアーチャーなら大丈夫だと思うが、霊体化すると物理的な壁なんて意味を成さないからな。俺一人ならまだしも、ってところか。

 女子寮になんぞ住むわけにもいかないから好都合といえば好都合ではあるけども。

 ちなみに荷物は学園長のいた部屋に置きっ放しである。杖は大きめの竹刀袋のようなもので包んでいるし、それ以外の荷物もそれほど不自然なところはないから見られても問題はあるまい。

 勝手に見るようならそれはそれで対応を考えるが。

 そんなことを考えているうちに教室の前についていた。

 

「これがクラスの名簿になります」

 

 巨乳で美人な先生──源しずな先生というらしい──から名簿を受け取り、ざっと目を通す。

 記憶にあるメンバーと変わりはなく、何らかの変化が起きたわけではないということもわかる。高畑さんのコメントまで一々覚えていないのでその辺はわからないが。

 ともあれ、実際に会って話してこそ人格その他がわかるというものだ。

 

「それじゃ、僕のあとについてきてくれ」

 

 高畑さんはそういってドアを開け、落ちてきた黒板消しを受け止める。

 その後も仕掛けられたトラップを次々と回避、あるいは受け止め、無効化してからこちらに視線を送ってきた。あんた毎朝こんなことやってんのかよ。

 とはいえ、そのままでいるわけにもいかないので堂々と教室に入る。

 入った瞬間からざわめきが起こるが、まぁそれも仕方のないことだろう。どうみても子供にしか見えない相手がスーツを着て高畑さんのあとに続いてきたのだから。

 

「それじゃ、ホームルームを始めよう。まず一つお知らせがある。ネギ君」

「はい。僕は本日からこの学校で教師をやることになりました、ネギ・スプリングフィールドです。担当教科は英語。一応三学期の間のみですが、よろしくお願いします」

 

 一瞬の静寂の後で「キャーッ!」「かわいいーッ!」などと言った黄色い声が上がるが、高畑さんの方を見ると小さく苦笑していた。止めないところを見るとこの状態になったら話を聞いてはくれないらしい。

 少し経ってやや落ち着いたところで、高畑先生は手を叩いて注目させる。

 

「それに関連して、彼には僕の代わりに担任業務についてもらうことになる」

 

 絶句している生徒が二名ほどいるがそれは置いておくとして、今回のこれは遅かれ早かれ決まっていたことらしい。

 元々高畑さんは「悠久の風」関連で海外への出張が多く、担任としての仕事が滞ることも珍しくはなかった。その辺はしずな先生が幾らか捌いてくれていたようだが、彼女だって自分の仕事がある。

 そこへ来た俺の修行の件で「いっその事一任してしまおう」という話になったらしい。いいのかそれで。

 とはいえ、流石に全部丸投げという訳ではなく、他の先生もサポートしてくれるそうなのでまだしも気が楽というものだ。

 まぁ、三学期のこの時期にいきなり担任を外すとなると色々面倒なので、扱いとしては一教員の担任代理ということになるとのこと。再度言うがそれでいいのか。俺教育実習生の扱いじゃなかったのか。それがいきなり担任て。

 任せられた以上はやるしかないのだけども。

 

「未だ十歳の若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」

 

 中々に大変なことではあるが、それでこそやりがいがあるというものだ。

 

 

        ●

 

 

 その後、ホームルームが終わった後に一旦職員室に行って同僚になる先生方への挨拶を済ませる。道中高畑さんに学園長含めてアーチャーについて話しておきたいと言ったのだが、高畑さんはこれから少し用事があるらしく、学園長からあとで聞くそうだ。

 つまり今からだと俺は一人で学園長のところに行ってアーチャーについて説明する必要があるわけである。

 最悪アーチャーに直接行って説明して貰えばいいわけだし、それはひとまず後回しでいいとして。放課後なら時間があるらしいし。

 一限目は早速授業だった。黒板の上の方に手が届かなくて恥をかいたが、こればかりは仕方がないだろう。下の方に集中して書くと後ろの人も見づらいだろうから。

 観察するようないくつもの視線も、まぁ仕方がないだろう。

 だが、赴任初日から生徒が死にかけるという事態は本当にやめてほしい。アーチャーならまだしも俺はそれほど身体能力が高い訳でもない以上、『戦いの歌』という身体強化の魔法を使って助けに入る必要があるわけで。

 

「い、今の何よ!?」

 

 胸倉をつかまれる、と……こういう事態になるわけである。

 

「とりあえず落ち着いてください、神楽坂さん」

「これが落ち着いていられるもんですか! いきなり現れたガキが担任になって高畑先生は担任じゃなくなるし、挙句の果てに超能力者!?」

「落ち着いてください。武術です」

「武術で瞬間移動が出来る訳ないでしょ──!!」

 

 いや、出来るけども。

 正確に言うと瞬間移動したかと錯覚するほど高速移動する歩方だ。有名なところだと「瞬動」とか呼ばれているアレである。

 素の状態では未だうまく使えないので身体強化したうえでハードルを下げているのだが、その瞬間を見られた。放課後でもそこそこ人はいたが、人命に優先するものなど無いのでやったこと自体は後悔していない。

 なお、原因というのが前が見えないほど大量の本を抱えた生徒である宮崎さんである。

 彼女が本を抱えたまま階段を降りようとして、足を踏み外して階段から落ちたところで先ほど言ったように身体強化して瞬動で助けに入ったところ、神楽坂さんに問い詰められているという訳で。

 よく考えなくても俺悪くなくね?

 階段から落ちた女の子助けただけじゃん。しかも魔法発動体は目立つ杖じゃなくて指輪を使ったし、傍目には魔法を使ったことなんてわかりゃしないというのに。

 神楽坂さんはこの時点では魔法のまの字も知らないはずだし、実際何か確証があるわけじゃないだろう。

 

「武術で瞬間移動染みたことが出来るかどうかはそれなりの達人なら出来るので、知り合いにその手の方がいれば聞いてみてください」

「う……いやに冷静なのが説得力あるわね……」

「いえ、神楽坂さんが騒ぎすぎなんです」

 

 個人的には先程助けた宮崎さんの方を気にしたいところなのだが。幾ら上手いこと受け止めたとはいえ、階段から落ちたのだから足をくじいていてもおかしくはない。

 その旨を丁寧に説明したら神楽坂さんは俺の胸倉をつかんでいた手を離してくれた。俺、一応教師なんだけどなぁ。

 軽くスーツを直してやり取りを見ていた宮崎さんの方に歩いていき、笑みを浮かべながら訊く。

 

「大丈夫ですか?」

「え……あ、は、はい!」

 

 呆けていたところから立ち直ったのか、宮崎さんは立ち上がってどこも怪我をしてないという。

 それは良かったと一安心。

 

「どこか痛むようなら、早めに保健の先生か病院に行くようにしてくださいね」

「あ、ちょっとどこ行くのよ」

「これから高畑先生と少し用事がありまして、学園長先生のところに行かなくてはならないんです」

 

 宮崎さんが無事ということを確かめ、用事のある学園長室へ向かおうとしたら神楽坂さんに引き止められた。

 アーチャーに関して説明というか、認識を共有しておかなければならないので割と急務なのだ。変に誤解されていると厄介ごとを引き起こしかねないし。

 

「じゃあ、それが終わってから高畑先生と一緒に2-Aの教室に来てよ」

「それは構いませんが……理由をお聞きしても?」

「あなたの歓迎会をやるんだって。だから、出来れば早めに来てくれると待たなくて済むからいいんだけど」

「ああ、なるほど。それでは手早く終わらせてきます」

 

 一応高畑さんも知ってはいるらしい。お祭り好きなクラスなのは間違いないようだが、それを許容してきた高畑さんにもこのクラスが形成された原因の一端はあると思うんだ。

 神楽坂さんと宮崎さんとは一度別れ、一路学園長室を目指す。

 説明そのものは姿を現したアーチャーに直接やってもらったので、認識は爺さんと同じである。まぁ、流石にアーチャーの真名までは教えていないが。

 兎にも角にも、アーチャーは危険視されるような相手じゃあないということをわかって貰えたはずだ。精神性はかなり紳士なので貞操とか気にしなくて大丈夫だと思うがね。

 というか、やっぱりその辺の危惧もあって高畑さんのところに転がり込むことになったらしい。これにはアーチャーも苦笑いである。

 誤解も解けたところで高畑さんと共に教室へ移動する。

 

「教育実習生とはいえ、いきなり担任というのは厳しい気もしますが」

「ハハハ、ネギ君なら大丈夫さ。しばらくは僕やしずな先生もサポートするし、他の先生だって嫌な顔はしないと思うよ」

「だといいのですけど」

 

 不安がないというと嘘になるが、俺なら出来ると任された以上はやり遂げる以外の選択肢は残されていない。

 課題は多いが、それも追々なんとかしていくことにしよう。

 そうこう考えているうちに教室の前に辿り着き、ドアを開けるとともにクラッカーの音が鳴り響く。

 

「ようこそ、ネギ先生──ッ!!」

 

 笑顔で迎えられたその雰囲気に思わず気圧されて一歩下がってしまう。

 なんだかんだと言ってこれだけの人数に囲まれたことはないんだよな。メルディアナ魔法学校では基本的に独りで過ごしていたし、話し相手はアーチャーがいれば十分だったし。実に筋金入りのぼっちである。

 周囲との壁は分厚かったと今更になって思う。周りのことなど歯牙にもかけなかった俺も俺で問題はあったのだろうけど。

 あれよあれよという間に真ん中まで連れて行かれ、ジュースとお菓子を用意されて質問攻めにされる。

 それと宮崎さんや、図書券はお金かかってるんだからお礼だからと言って渡す必要はないんだが。

 便乗して銅像を渡そうとしないでください雪広さん。唖然としている間にそのことで噛みついた神楽坂さんと喧嘩し始めてるし。

 あっという間に大騒ぎになっている。

 少し離れた安全圏でニコニコ笑ってる高畑さんや、助けてたもれ。

 

 

        ●

 

 

 散々もみくちゃにされた。なんというバイタリティ……2-Aは地獄だぜ……。

 それはそれとして、スナック菓子に罪はないのでありがたくいただいておく。ジュースも美味い。

 いまだ騒がしい教室内だが、ふと後ろから声をかけられた。

 

「お疲れ様、ネギ君」

「あ、高畑さん。いや、すごいですねぇ、彼女たち」

 

 凄まじい疲労感に襲われているのだが。若いってすごいなー。

 十歳の俺が言うなと突っ込みを受けそうだが、明らかに彼女たちのバイタリティは俺よりも高いと思う。テンションの高さも恐ろしい。

 

「悪い子たちじゃないし、すぐに慣れるよ」

「時間はかかるでしょうけどね」

「ハハハ」

 

 笑って誤魔化されると思うなよ。さっき助けてくれなかったことまだ根に持ってるぞ。

 それはそれとして、である。

 

「そろそろ時間もいい頃では? 外も大分暗くなっていますし、何時までも学校内に残っているわけにもいかないでしょう」

「そうだね。じゃあみんな、今日は解散しよう! 明日からまた頑張るようにね」

 

 皆口々に「はーい」と言って片付けの準備に入る。一部はまだ騒ぎ足りなさそうな顔をしているが、明日も学校なので余り遅くまで遊ばないようにと釘を刺しておく。

 ぞろぞろと女子寮に帰っていくところを確認して、高畑さんは自分の分と俺の荷物を持ってきてくれた。

 礼を言って荷物を受け取り、高畑さんの家へと向かう。

 職員寮に住んでるのかと思いきや、少しばかり年季の入った大きめのアパートの一室に部屋をとってあるらしい。年季が入っているといっても悪い意味ではなく、中に入るとかなり綺麗にしていた。

 

「ネギ君も住むことになるから、昨日頑張って掃除したんだよ」

 

 普段はかなり散らかっているらしく、所々に落ちているゴミが彼の性格を表していた。仕事一辺倒で家庭を蔑ろにするタイプじゃねぇか。

 そもそも出張が多いから部屋にいる時間もそれほど多くないということもあって、部屋はそれほど掃除していないのだろう。あ、エロ本の表紙。

 わりかし潔癖症の気があるので、俺は時間が空いたときにこの部屋を掃除しようと決める。

 夕飯はどうするのかと聞いたら外食らしい。あんた金があるからって……。

 

「こういうことでもないと使う機会もないからね」

「だからと言って度々外食というのも体に悪いでしょう。自炊はしないんですか?」

「出来なくもないけど、疲れてるとつい、ね……」

「わー、ダメ人間」

「面目ない」

 

 砕けた言い方でダメ人間扱いしてみると苦笑しながら反省の言葉が出てきた。これは相当のことがない限り変わらないだろうなぁ。

 仕方がないので、今日は外食である。帰りにスーパーに寄って食材を買おう。

 

「ネギ君は料理出来るのかい?」

「イギリス人は味付けが大雑把と言いますか、食べられると判断する範囲が異様に広いので。自分で勝手に作って食べてたら出来るようになりました」

 

 フィッシュアンドチップスなんかは割と美味なのだが、普通の料理だとちょっと勘弁願うところだ。ネカネさんも料理が下手なわけじゃないんだが。

 世界一の飯マズ国家は伊達ではない。だが紅茶とスコーンは果てしなく美味しい。

 そもそもネギ少年に憑依する以前から自炊をしていた記憶がある。調理師免許は持ってなかったが、時たま友人たちに振舞う料理は絶品だと称賛されていた。

 このネギ・スプリングフィールドに不可能はないッ!

 

「それじゃ、お願いしようかな。火とか刃物の扱いには十分気を付けてね」

「大丈夫です」

 

 でも今日は外食なんだけどな。

 


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