最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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第三十二話

 

「貴方のことが好きです。せめて少しでも長く、隣にいさせてもらうことは出来ませんか?」

 

 赤く染まった頬。涙で潤む瞳。緊張でわなわなと震えている唇。

 長い髪を揺らして答えを待つ少女に対し、問われた男は「否」と答えた。

 

「私はただの使い魔にすぎません。元より刹那的なゴーストライナー、役目を終えれば消えるだけです。それゆえに貴女の願いを叶えることは出来ない」

 

 光る世界樹の魔力を以てしてもアーチャーの心は揺らがない。高い対魔力と勇猛のスキルの前では世界樹の魔力さえ容易く弾く。

 夕刻の世界樹近くの広場からこちらへ向かってくる魔法教師がいるが、遠目から確認して誰もいないと困惑しているのが視える。

 一日共に過ごし、同じ人の世から外れたものとして共感し、故にともにありたいと相坂さよは願った。

 それでもアーチャーは彼女を拒絶した。死んでいるから大丈夫などということはない世界だ、滅ぼされてもおかしくないように目立たないほうがいいというのもある。

 何より、アーチャーとネギが歩む道は決して平凡なそれではないだろう。単なる女子中学生だったさよが見るべきものではないものばかりだろうと、アーチャーはそう判断した。

 だがさよはそれだけで納得は出来ないだろう。ずっと長い間一人で過ごしてきた中で、唯一出会えた「似た存在」なのだから。

 

「でも……でも、せめて、麻帆良にいるときだけは……たまにでも会うことは出来ませんか……?」

「それくらいで良ければ、私も否とは言いません」

 

 彼女には成仏してほしいとアーチャーは思う。だが、その為の手法などは全く知らないので他者に放り投げてしまうことになる。ネギやエヴァならば彼女の姿をはっきりと捉えることも出来ているのだろうが、エヴァはともかくマスターであるネギにこれ以上の重責は負わせるべきではない。

 だからせめて、未練なく逝ってほしいと願っている。

 

「──では、もうすぐ中夜祭があるとのことですし、もう少しいろんな場所を歩き回ってみましょう」

「……はい!」

 

 夕日が地平線の彼方に沈みゆく中、二人は人ごみの中に溶けて消えた。

 

 

        ●

 

 

 ザジ・レイニーデイは魔族である。

 それも魔族の中では一際特殊な立場の存在だ。本来ならばこの学園にいるような存在ではない。

 しかし彼女には彼女の目的があってここにいる。ネギの目的を推察し、ネギに接触するという目的の大半は果たせているモノの、協力関係を築くという最大の目的が未だ果たされていない。

 だがそれも仕方のないことだろう。

 ザジの周りには常に複数の監視がついている。魔族と超鈴音が別個に監視を続けているのだ。

 魔族の方の監視は幾らか回避する方法があるが、超の方は科学に詳しくなければ監視を撒くのは厳しい。それでもヘルマンが来た時はあらゆる手を尽くして監視を躱した。

 同じ手が二度通じる相手ではないし、そもそも何故監視をされているのかがわからないのだから無闇に接触も計れない。

 

「せめて私を監視する理由があれば、懐柔することも視野に入れられるのですが、ね……」

 

 無表情で呟くザジは、麻帆良武道会と書かれた看板を見上げていた。顔を見られないように全身を覆うローブを下げ、慎重を期して。

 隣に佇む女性はそんなザジを横目にそこらへんに売っていたモップの重心を確認していた。

 

「勝てそうですか?」

「素人ばかりの大会で何をいまさら。多少見込みのある者がいるならまだしも、ここにいるのはどいつもこいつも見込みのない凡人ばかりよ」

「元より貴女を呼んだのは私から目を逸らすためですから、出来る限り派手に暴れてくださいね」

「言われずともそうするつもりだ。表裏関係なく最強が見たい、などと宣伝されては見せつけてやるしかあるまい──もっとも、裏の住人も多少なり混じっているようだがな」

 

 好都合だが、戦闘民族のような言葉を聞いてザジは思わずため息を吐いた。

 本来ならば彼女は現時点で出てくる存在では無かった。だが、超が動き始めると同時に『観測する未来の最終地点が変わらないのに過程において大きくぶれる』という現象が起き始めている。

 どんな手を使ってもその計算は覆らない。逆に言えばその最終地点まで確実に人類は生き延びることになるわけだが、その最終地点から先に人類の存在は観測できない。

 つまり──その地点、仮に特異点αとして──特異点αに辿り着いた時点で人類を含める全ての生物は死に絶えている。

 なんとしても避けなければならない未来だ。その為には、起点となる二日後──麻帆良祭三日目に起こるであろう何かを警戒しなければならない。ゆえに同時期に動きだした超のことを疑うのは当然だろう。

 だが、ザジは未だ超の計画の一端すらつかめていない。

 

「貴女の眼から見て、何か異変は感じ取れませんか?」

「さて、どうかな。今日見て回った限りでは世界樹の魔力が高まっていること以外に異変といえる異変は見当たらないが……どうにも魔術だけで隠蔽しているわけではなさそうだからな。私の眼でも流石に科学まではわからん」

「分野の違い、ですか」

「そうだ。これで使われているのが単なる隠蔽のための魔法や魔術なら即座に対策を練ることも可能であろうが、こと科学一辺倒ともなると流石にな」

 

 専門分野が違う以上、下手に踏み入れれば即座にばれる。

 特に詳しいであろう二人──あちらに組していると思われる絡繰茶々丸、葉加瀬聡美の両名は最悪処分することも視野に入れているものの、ネギとの共闘を考えるならばそれは破棄するべきだろうと考えていた。

 ネギの人間性をまだ完全につかめていないということもあるし、彼が教師としての己に誇りを持っているからでもある。同じ生徒であっても下手な真似をすれば敵対しかねない。

 よりよい未来のために。

 全ての種が一分一秒でも長く生き延びるために。

 この時点で『彼女』を呼び出せば魔族からの監視が増えるだろうし、最悪あちらに呼び戻される恐れもあった。だが、そのリスクを負ってでもザジは手を出すべき案件だと感じたのだ。

 閉ざされた未来を変えるにはネギという鍵が必要だ。

 ネギが関わらない場所でも未来を変えることが出来る場所がある。

 背反しているようだが矛盾はない。ネギの行動一つですべてが決まっているわけではなく、大きな流れの一つに過ぎないのだから。別の流れを変えるなり堰き止めるなりして変化を与えることは出来るだろう。

 今回その為の必要なピースが『彼女』だったというだけ。

 

「武道会の途中で何かしらのボロを出すかもしれません。注意はしておいてください」

「頭の片隅には入れておこう」

 

 超が雇ったと思われる傭兵、龍宮真名は実力者だが留意するほどではない。取引を持ちかけたとみられる朝倉和美に戦闘能力はない。その他、長瀬楓も古菲も武道会に参加するようだが気をつけるべき相手ではない。

 留意すべきとザジが意識を向けるのは二人、タカミチ・T・高畑とアルビレオ・イマだ。

 前者はばれてしまえば動きづらくなるためであり、後者は実力とその目的が見えないために。

 タカミチ程度ならばどうとでも出来るが、アルビレオは歴戦の猛者だ。『紅き翼』つながりでネギに敵対しない限りは大丈夫だと思うが、邪魔をされるのも面倒だ。彼自身も魔法世界救済の方法を探っているとはいえ、魔族との交流はない。

 加えてかなりの昔からその姿が確認されている。現時点での接触は控えるべきだ。

 

「一から十まで計算しなければ動けないというのも不便なものだな」

「私はそうあるべきと育てられてきましたから。位が上の魔族ほど偏屈なのは貴女もよく知っているでしょう」

「まぁ、そうだな。お前の父母も祖父母も同様だった──時に、姉はどうした?」

「姉とは袂を別ちました。我々は見ているビジョンが違うと──未来に対する考え方が違い過ぎると痛感しましたので」

「ほぅ? 考え方の違いで袂を別つとは、相当に根が深いと見える」

 

 同じように生まれ、同じように育ってきた姉妹だ。考え方が似通ってもおかしくはないはずだが、幸か不幸か二人の考え方は全くの逆だった。

 

「姉は未来ではなく今を見ている。私は今ではなく未来を見ている。ただ、それだけのことです」

 

 例えば飢えた状態でここに食物があったとして。

 ザジの姉は飢えを満たすためにそれを食すだろう。いま活力を取り戻すことで別の場所で別の食物を入手できると考えるから。

 ザジは今飢えを満たせずともそれを植えるだろう。いま活力を取り戻せずとも将来的により多く手に入れられると考えるから。

 二人の違いはそこにある。

 

「いずれ私たちの前に立ち塞がるでしょう。誓約(ゲッシュ)によって貴女を呼び寄せましたが、その時どちらにつくかは貴女次第です」

「私を縛ろうとはしないのだな」

「縛ろうにも抑えつけるための縄がありません。貴女に勝てる存在を私は知らない、ということもありますが」

「ふふ……そうだな。お前の姉に一度会ってから決めるとしよう」

「今は私の願うとおりに動いて貰えれば、それだけで構いません」

「それが誓約(ゲッシュ)を果たすものであることを願っているよ」

 

 女性は小さく笑って受付を済ませ、軽い様子で右手に持ったモップの先を左手に持った槍で切り裂く。

 やや小さく強度も心配だが問題はないだろう。補強する術などいくらでもあるし、リーチの違いくらいは感覚で補正が効く。

 

「さて──私を楽しませてくれる戦士はいるのだろうか」

 

 紅い瞳を細め、長い髪を揺らしてその女性は会場へと踏み入った。

 

 

        ●

 

 

 こつん、と通路に足音が響く。

 それに気付いた超は口元に笑みを浮かべながら訪問者を歓迎した。

 夜も遅いが、超と葉加瀬にとって徹夜は茶飯事だ。中夜祭に顔を出せないことを残念に思うが、まだ日付が変わったばかりだ。3-Aの面々は酒も入らずに朝方近くまで騒ぐだろうから顔を出すくらいは出来るだろう。

 そう考えながら、無遠慮に入ってきた訪問者の顔を見る。顔中を包帯でぐるぐる巻きにされ、感情の一切を見せまいとしている少女の顔を。

 

「お帰り、セイバー(・・・・)。何か気になることでもあったカ?」

「特には何も。だがいい場所だ。誰もが平和を謳歌できる夢のような場所だよ」

「それは良かった。気分転換をして、私に真名を教えてくれる気にはなったかナ?」

「さて、どうかな。お前が私を信用していないように、私もお前を信用していない。それとも令呪を使って無理矢理にでも吐かせてみるか?」

「……いや、それには及ばないヨ。令呪を使ってまで知りたいことじゃあないからネ」

「なら構わんだろうさ。こっちもあのアーチャーに気付かれないように細心の注意を払って疲れているんだ。準備が出来たら呼べ」

 

 それだけ言うと、セイバーと呼ばれる和服の少女は霊体化して姿を消した。

 超は肩をすくめて葉加瀬と目を合わせる。茶化したように小さく笑う。

 

「あのセイバーとはちょっと馬が合わないみたいヨ。ハズレを引いたわけではないと思うけど、運が悪かったと思うべきかナ」

「でも、超さんは未来でも彼女をサーヴァントにしていたんでしょう? その時も今と同じような対応だったんですか?」

「まぁネ。愛想が悪いのはともかく、出来る限り私に情報を与えまいとしている感じがあるヨ。持っているスキルからある程度は想像できるとはいえ、まともに情報共有してくれないのは困ったものだヨ」

 

 困ったように頬を掻く超の左手には、淡く光る令呪の紋様が浮かんでいた。

 今までの超になかったわけではない。ネギがそうだったように、巧妙に隠していただけだ。サーヴァント自体はつい最近召喚したばかりだが、アーチャーの索敵範囲に入らないことと仮に索敵範囲に入っても誤魔化せるように準備を整えている。

 二日間だけ誤魔化せればいいのだ。その間だけ誤魔化せれば、超の悲願に手が届く。

 

「……ま、そっちはそっちでなんとかするヨ。未来でも彼女は口ではなんだかんだ言いつつちゃんと仕事してくれてたしネ。それよりもザジさんの行動はどうなってるのかナ」

「三十分ほど見失っていましたが、今は監視カメラの映像に映っています」

「ふむ。たかが三十分、とは言い切れないのが彼女の怖いところだナ」

 

 ザジが魔族であることは超とて重々承知している。三十分有れば誰かと連絡を取るには十分すぎるし、何かをやっていても不思議ではない。

 超鈴音は未来人だ。

 未来において強力な味方であったザジが、この時代でどう動くかを知らないが故にどこかで接触を図るべきだと考えつつも、他の魔族からの監視を警戒しているため何も行動を起こせなかった。

 超の存在はトランプでいえばジョーカーだ。自身のいた未来を知る以上、そこに至る過程もまた知っている。

 そこに至らせない(・・・・・)ための選択も可能というわけだ。

 

「準備は既に完了しています。麻帆良武道会は……魔法使いの人が予想以上に少ないですが、これくらいならまだ許容範囲内でしょう」

「高畑先生に謎のローブ男。それとこの棒を振り回して相手を吹き飛ばしている女性あたりはおそらく関係者ヨ。ま、こっちはかるーく人目にさらす程度の布石だし問題ないネ」

「そうですね。あれ(・・)の設置も完了していますし、あとは三日目になるのを待つばかりです」

 

 静かに、かつ確実に。魔法先生の中には超のことを警戒している者もいるだろうが、これまで特に彼らから目をつけられる行動は起こしてこなかった。動きだすまでには至らないだろう。

 雌伏の時は残りわずかだ。

 超鈴音が動きだすとき、否が応にも世界は変革を迫られる。

 ──それは全て、未来を取り戻すために。

 

 




先日シン・ゴジラを見てきたんですが、この作品におけるアリストテレスに対する絶望感ってこういうのなんだなぁってちょっと実感が湧きました。
絶望感半端ないっていうか、希望が一つずつ摘み取られていくというか。

まぁ、FGOやってて滅茶苦茶欲しい鯖のピックアップ時に石も金もない絶望感、っていった方が共感されそうな気がしますけども。

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