最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

4 / 44
第三話

 

 吐く息が白くなるくらいには寒い時分。日本についた俺はひとまず修行先に挨拶するため、スーツ姿で空港から麻帆良へと向かう。

 憑依する以前に住んでいたのは都内ではなかったから、都内を移動するのは初めてなのだが……なんというか、恐ろしいほど複雑に絡み合ってて難しい。東京の地下鉄は現代のダンジョンという話は本当だったんだな。

 イギリスにいたころは電車に乗ることもほとんどなかったから関係なかったが、電車が時間に正確というのは本当に便利だ。

 あー、日本に永住してぇ。

 そんなことを思いつつ麻帆良の敷地内に入る。

 

(──マスター)

(ん? どうしたアーチャー)

(何らかの結界のようです。力の制限を受けているようですが)

 

 結界か……麻帆良は日本でも有数の霊地だし、おかしな話ではないだろう。特に『神木・蟠桃』──通称世界樹を守るという理由もあることだし。

 アーチャーが影響を受けたということは、原作でも存在していたかのエヴァンジェリンですら抑え込む結界がそれだけ優秀ということだ。

 『十二の試練』は攻撃にしか適応されないのか、それとも『十二の試練』を超えるだけのランクを誇る結界なのか……まぁ電力を使っているという時点で神秘性は薄れているし、多分前者だろう。

 どちらにしても多少ステータスに悪影響が出るだけの話。宝具を阻害するわけでもなく元々ずば抜けて高いステータスに多少悪影響が出たところで普通の人間相手なら誤差程度にしかならない。

 

(どれだけステータス制限を受けてる?)

(おおよそですが、全ステータスが一段階下がる程度かと)

 

 真祖の吸血鬼をほぼ完全に抑え込む結界は伊達じゃないってか。一段階下げるって相当だぞ。

 だが、完全に抑え込めていないということは何らかの理由があるな。エヴァの場合は徹底的に力を落とすために結界の力を集中させている、とか。ナギのかけた呪いをマーキングにしておけば別の誰かがかかることもない、と。

 令呪を使う事態にならなきゃいいが。

 

(宝具に問題はないんだろう? なら問題ない。どのみちお前に傷をつけられる相手がいないなら、どれだけステータスが下がろうと負けはない)

 

 いざとなれば俺が結界を砕けばいいだけの話だし。

 麻帆良と敵対するわけじゃないにしても、最悪の事態を想定しておくべきではある。自分ならどこから攻め込むか、っていう考えは逆説的に攻め込まれやすい場所でもあるからな。

 しかし結界を普通に通ってきたが、確かこの結界って侵入者を感知する仕掛けもあったはず。

 となると、どこかで接触してくる可能性もあるな。一応気を付けておくか。

 それなりに時間をかけて麻帆良の中へと入り、学園長がいると知らされている女子中等部の最寄り駅で降りる。

 時間にはまだ余裕がある。朝食はコンビニのサンドイッチで済ませたが、こう寒いと暖かいコーヒーが飲みたくなる。

 お子様舌のせいかブラックが異様に苦く感じてしまうので自販機で微糖のコーヒーを買い、暖をとりつつ迎えの人を待つ。

 本来ここでメインヒロインである神楽坂明日菜と近衛木乃香と出会うのだが、この世界ではそうもいかないらしい。

 

「失礼」

 

 コーヒーを口に含みつつ振り返ると、そこにはピリピリとした雰囲気を纏った少女が二人いた。

 一人はサイドテールに竹刀袋を抱えた少女。もう一人は色黒の中学生とは思えないプロポーションを誇る少女。

 どちらも知識としては持っているが、絵で見たほどの美少女とは感じない。やはりああいうのは二次元だからこそというのもあるのだろうか。正直十分すぎるほどの美少女ではあるのだが。

 

「何か御用ですか?」

 

 にこやかに返事をしてもう一度コーヒーを飲む。実に温まって良い。

 二人は警戒したまま一定以上の範囲に入ろうとはせず、多少の距離を置いて会話を続ける。

 

「こちらへ来た目的はなんでしょうか?」

「今日からここの学園長にお世話になることになったもので。イギリスから来たんですけど、迎えの方が来られるというのでこうして待っているのですよ」

 

 魔法先生とか魔法生徒とかがそれなりにいると聞いているが、目の前の少女二人もそうなのだろうか。

 一応片方は近衛木乃香専属のボディガードで、もう片方は金で動く傭兵だったはずだが。

 何はともあれ、学園長のところまで連れて行ってくれれば御の字である。

 

「……お名前は」

「ネギ。ネギ・スプリングフィールドです」

「ネギ・スプリングフィールド? 彼は十歳の子供だと聞いていたのですが……」

 

 サイドテールの少女が困惑気味に訪ねてくる。そこまで聞いてるのかよ。

 ちなみに俺は今年齢詐称薬を使って二十歳前後に見せている。例え修行だからと言っても十歳の子供が教師なんて個人的に駄目だろうと思ったので、年齢詐称薬を用いて適性年齢にしている。

 本来教員免許を取ろうと思うと大学まで行かないと厳しいのだが、そこはまぁ飛び級という制度がイギリスにはあるわけで。

 ん? そう考えると十歳で教員免許をとっても不思議ではないのか?

 だが「先に生きる」と書いて先生と読むわけだしなぁ。既に「十歳の子供が教師として赴任します」なんて通達がされているなら仕方がないので年齢詐称薬を解除するが、そうでなければこっちの方が色々都合もいいだろう。

 

「刹那、年齢詐称薬だ。元の顔立ちの面影がある」

「ああ、なるほど。そういうことか……なら、学園長のところまでご案内します」

「迎えというのは君たちのことだったのかな? すまないね、手間をかけさせて」

「いいえ、本来私たちではなかったのですが……」

「あなたの後ろにいる存在が気になってね、ネギ先生(・・・・)

 

 やっぱりアーチャーが原因かよ。まぁ、強いなんてもんじゃないしなぁ。うちの爺さんから麻帆良の学園長に連絡が行っているはずなんだが、ざっと感じ取れるだけでも四五人程度が周りで囲んでいる。

 それだけ脅威に思われているということでもあるだろうし、「英雄の息子」が来たから物見遊山でもというやつがいないとも限らない。

 

「心配せずとも、好き勝手に暴れたりはしないよ。一応僕の従者でね、邪険にしないでもらえるとありがたい」

 

 従者ということに驚いたらしい二人は目を丸くしていたが、「どちらかというと使い魔って言ったほうがいいかもしれないけど」というと納得したような表情をしていた。

 霊体化している状態で彼女たちが見えているかどうかは定かではないが、今の反応を見た感じだと実際に見えているわけではなさそうだ。

 まぁ、何事も学園長にあってからだ。

 

 

        ●

 

 

 二人に連れられて訪れた麻帆良女子中等部。近衛木乃香とか神楽坂明日菜とか、ここにいなければならない理由は幾らか想像は出来るかその辺はどうでもいいと思っている。

 必要なら必要だと言い張って場所を作れる権力があるわけだし、どのみち学園長もこのまま状況が動かないとは思っていないはずだ。

 ましてや、「英雄の息子」が来た以上、否が応でも状況の変化に対応せざるを得なくなる。と、爺さんは言っていた。

 俺に政治的なことなんぞ聞かれてもわからん。

 廊下を歩きながらちょいちょいこっちを気にしている二人を見つつ、見知った顔を見つけた。あちらも俺を見つけ、少し驚いた顔で声をかけてくる。

 

「ネギ、ネギ君!」

「お久しぶりです、高畑さん」

 

 イギリスにいたころ、何度か訪ねてきたこともある高畑・T・タカミチ。

 「悠久の風」というNGO団体のメンバーの一人にしてAAAクラスの実力を持つ、世界に名立たる実力者だ。

 親父殿の知り合いということで俺のところを訪ねてきたのが数年前。目の前で滝を割ったり超人的な技をいくつか見せて貰ったり、この世界の実力者の力の一端を見せて貰った。

 なお、やっぱりアーチャーにはかなわない模様。アーチャーが客観的に評価していたが、宝具無しでも勝てると言っていた。

 それはさておき。

 

「君、まだ十歳だったよね?」

「年齢詐称薬です。流石に十歳の子供が先生というのはいろいろ問題かと思いまして」

「なるほど……でも、年齢詐称薬も安くない。それに、出来ることなら隠し事は無しで生徒と接してほしいんだ」

 

 結構無茶を言うな、この人。労働法とかを躱すための俺なりの方法だというに。

 麻帆良だし、学園長の権力で揉み消すことも可能なのかもしれないが。それにしたって問題の火種は少ないほうがいいだろう。

 年齢詐称薬は確かに高いけど。すごい高いけど。

 

「……もしかして、既に十歳の天才児が来る、とか職員会議で通達してたり……?」

「あー……うん。まぁ、ね」

 

 教師だって全員が全員魔法関係者じゃないだろうし、これは仕方ないか……俺の配慮丸々無駄じゃねーか。

 まぁいいや。

 ともかく、一度学園長にあってから話を進めよう。

 少し先で立ち止まって待ってくれている二人に謝罪して、学園長のところまで連れて行ってもらう。

 

「僕も行くよ」

 

 高畑さんもついてくるらしい。勝手にせい。

 

 

        ●

 

 

「日本で教師とはまた、大変な課題をもろたのー」

「ええ、まぁ」

「日本語を覚えるのも、教員免許を取るのも大変じゃったろう。ともあれ、今日から三月まで教育実習生として入ってもらうことになる」

「僕のクラスに担任代理として入ってもらうことになるけど、君ならきっと大丈夫だよ。クラスの子たちもいい子ばかりだからね」

 

 目の前で椅子に座って笑っているのは麻帆良学園学園長こと近衛近右衛門。ぬらりひょんのような頭部を持った爺さんである。

 しかし、なんだかんだで学園長も高畑さんもアーチャーのことを警戒しているらしい。これは一度紹介しておいた方が後々面倒がないかもしれないな。

 何故かといえば、出来る限り不自然にならないようにしつつ高畑さんはポケットに手を入れているし、学園長はキセルを片手にこちらの出方を見ている。ここまで連れてきてくれた二人は俺の背後にいるし、何かあれば即座にとびかかれるようにしているのだろうか。

 高畑さんとは何度か会ったが、アーチャーは遠くから監視させるに留めてたからなぁ。

 ……学園長と高畑さんにはあとで教えておこう。説明が面倒だが、そこは爺さんと同じ感じで誤魔化すとして。

 

「もうすぐホームルームの時間じゃし、刹那君と龍宮君は教室に戻って貰おうかの。ネギ君は年齢詐称薬を解除しておくように」

「それは構いませんが……違和感を持たれませんか?」

「ふぉっふぉっふぉっ。大丈夫じゃろ、麻帆良は常時認識阻害の結界がかかっておるしの」

「必要あるんですか、それ」

「とはいえ、儂らが仕掛けたものでもないからのぅ」

 

 学園長たちが仕掛けたものではないってどういうことだよ。他に誰が仕掛けるんだ。

 

「誰が仕掛けたんじゃ、って顔をしとるの。あれは儂らじゃなく、世界樹が自身を守るために展開しておる結界じゃよ」

 

 曰く、あれだけ目立つものがあれば当然他の生物の興味を引きつけてしまうが、認識阻害の結界を展開することで世界樹の存在を周りの生物に許容させているらしい。

 あれくらい「あってもおかしくない」し、いうほど「変ではない」というように。

 政府の援助を受けた学術都市である以上は多少「外」と工学の発展に差異が出ることはあっても何ら変ではないし、この結界の影響で麻帆良の人間は多少の異常を受け入れるだけの下地が出来ているとのこと。

 確かにそのくらいやらなきゃあんなデカい樹が存続するのは難しいだろうな。

 いまどきなら天然記念物に指定されてても何らおかしくはないが。まぁ、何にしても普通の方法では目立つのは変わらない。

 唯一目立たない方法として、世界樹を中心に展開された認識阻害結界があるわけか。

 

「儂らはその恩恵を受けてここを拠点に活動しているわけじゃな。質問はあるかの?」

「いえ、納得しました。逆に言えば、魔法使いがある程度魔法を使うことが許容できるのもこの周辺のみになるわけですね」

「そうなるの。麻帆良の中ならある程度ごまかしは効くが、外では少々厳しい。このあたりは良し悪しじゃの」

 

 本来魔法は秘匿すべきという考え方がある。

 そのために一般人には魔法のことをばれてはいけないわけだが、その規制が緩い麻帆良に長くいると外に出た際困ったことになるわけで。

 逆に魔法の修練などをする場合は麻帆良以外では中々難しいところもあると。

 確かに良し悪しだな。今の世の中で魔法が必要なのかということはさておき、口伝で全てを伝え切れるほど魔法は簡単なものじゃない。文章も然り。

 何事も修練が必要になる以上、麻帆良のような場所は必要になるわけか。日本は狭いからこういう場所は限りなく少ないんだな。

 何しろ、関西には関西呪術協会ってもんがある。関東の関東魔法協会と対立している組織である以上、仲良く限られた場所で切磋琢磨しましょうとは言えないわけだ。

 

「それでは、クラスの方へ移動して皆に紹介するかの。しずな君、頼んだぞ」

「はい、わかりましたわ学園長」

 

 先に丸薬を飲んで年齢詐称薬を解除しておく。服の方はそれほど高いものではないし、十歳用というとほぼオーダーメイドだが用意だけはしておいてよかった。

 手早く着替えた後眼鏡をかけた美人な先生の後ろについて、俺と高畑さんは学園長室を退出した。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。