ネカネさんへの手紙を書き終え、封をして内ポケットに入れる。仕事が終わり次第ポストに入れておけばいいだろうと思い、カモ君に「行ってきます」と告げて書類を入れたカバンを片手に家を出る。
麻帆良祭まで残り二週間ほどといった時期。毎朝の登校風景も普段とは打って変わって毎日がハロウィンのような仮装パーティーと化している。
まぁ、俺が学校につくのは生徒よりも大分早い時間帯なので余りすれ違う生徒も多くはないのだが。
「おはようございます」
「おぉ、おはようございます、ネギ先生。今日も早いですな」
「新田先生ほどではありませんよ。それに、まだうちのクラスの出し物が決まってないので何か参考になるものがあればと」
「ほぅ、そうですか。そろそろ決めておかないと間に合わないかもしれませんからなぁ……例年だと喫茶店や屋台をやるクラスも多いのですが、お化け屋敷や輪投げ、射的などのゲームもあります。まぁ、どれをやるにしても生徒のやる気次第でしょう」
「3-Aの子たちならどんな出し物でも意欲的に取り組んでくれそうですけどね」
苦笑しながら俺が言うと、新田先生は去年のことを思い出したのかやや疲れた顔をし、同情的な視線を向けてきた。
去年は高畑先生が担任をしていたが、彼は彼で出張が多く、暴走気味な2-Aを諌めたのは新田先生なのだ。主に被害にあったともいえるが、他のクラスの見回りもある関係上目が届かないところはどうしても出るわけで。
「……今年はネギ先生が担任ということで、少しは落ち着いてくれるといいのですが」
無理だろう。
十歳の教師に出来るだけ負担をかけないようにみんなで頑張ろう! というようなことが出来れば去年の時点で苦労もしていないはずである。今年に入って少しは落ち着いたと聞くが、それでも螺子の外れ具合は他クラスを見て3-Aを見れば自ずと察することが出来る。
……ある程度根回しすれば話は早く済みそうだが。主に暴走している柿崎さんと早乙女さん辺りを。
……これが一番か。あまり時間をかけて決めていると本当に間に合わなくなるし。余裕を持って本番を迎えたければ早め早めの行動だな。
朝のHRで配る予定のプリントを印刷しながらそう考え、そのままプリントをもって職員室を後にする。
ちなみにカモ君は例によって例の如く留守番である。オコジョ妖精とは言え普通に見る分には単なるオコジョの上、カモ君自身のエロ気質も相まって学園には基本的に連れてこないことにしているからだ。それに、俺の名代としてイギリス経由で魔法世界行きの準備もしてもらっている。給金も弾まねばなるまい。
「みなさん、おはようござ──どうしたんですかこれ」
「あら、ネギ先生。おはようございます! これはメイド喫茶なるものの衣装ですわ!」
ロングスカートにフリルのエプロン、それとあれはカチューシャか? この手の衣装はよくわからないが、そう言ったものを着ている生徒たち。
というか、決まったのならそれはそれで申請しないといけないので衣装を揃える前に一言言ってほしかったものだが。
やる気満々で着こなしているし、見た目が悪い訳ではないので問題はないだろう。喫茶店をやるのなら保健所に申請も必要なので書類を用意せねば……と考えていたら、柿崎さんに腕を引かれてどこからか調達してきたのであろうソファに座らされる。
「ほらほら、折角だからネギ先生がお客様第一号になってよ!」
「構いませんが、とりあえず必要なプリント類だけ配らせてください」
あと、これは教室の雰囲気的にメイド喫茶というよりイメクラなのでは……あるいはぼったくりのコスプレバーと言ったとこか。
見た目がいいので噂になるだろうし売れるだろうが、中学生とはいえセクハラまがいのことをしてくる輩はいるからな。この手の店をやるつもりなら多少は覚悟しないといけないことだが。
というか、まだ期間があるのにもう飲食物を用意しているのか? 流石に当日に使う物ではないだろうが、まだ中学生だからな……実際に飲食店を経営している面子がいる以上は問題ないはずだが、念のために俺も確認しておくか。
「あ、ネギくーん。このカクテル飲んでもいいかなぁ?」
「駄目です」
「え、なん……」
「カクテルってことはアルコール飲料でしょう。仮にお店に来るのが大人でも、提供している場所が中学である以上はアルコール飲料は出せません」
その辺は徹底しておかないと怒られるのは俺だからな。ノンアルコールだと言っても上の面々は中々納得しないのが常だ。中学校の出し物でそんなものを出すな、とな。
ただでさえ3-Aは騒ぎを起こして目をつけられているところがあるから、あまりとがり過ぎたことはやらないほうがいい。というか生徒が着替えた姿を見たら金払えとは本当にぼったくりバーにでもするつもりか。全力で止めるしかなくなるぞ。
説教染みたことを言ってしまったが、こればかりはきちんとしておかねばこの子たちのためにもなるまい。自分の容姿で金を取れると考えると、行きつく先は援交や売春になりかねない。
考えて行動しなければ転がり落ちていくだけになる。この話だけは妥協できない。
と、年甲斐もなく語ってしまったが、彼女たちはなんとなくではあってもわかってくれたようだ。
「ひとまずHRの時間も終わりますから、この話はここでおしまいです。帰りのHRの時間にもう一度出し物については討議するので、きちんと考えてくださいね」
はーい、という彼女たちの返事を聞き、俺は教室を出て一息つく。そうしたところで、俺は教室の外にいた新田先生に話しかけられた。
「お疲れ様です、ネギ先生」
「……見ていらしたんですか、新田先生」
「3-Aがまた騒いでいると来てみたのですがね。いや、ネギ先生もしっかり彼女たちのことを想ってくれているようでなによりです」
新田先生は実に嬉しそうに語りながら、ともに職員室へと歩を進める。
生徒のことを第一に思うのなら、教師としては及第点だと。一応魔法の修行という名目ではあるが、教師の仕事は全力で取り組んでいる。評価されるのは気分の悪いものではない。
だが、教師としては高畑先生も悪くはないはずだ、と伝えてみると、新田先生は困ったように笑う。
「高畑先生も悪い人ではないのですが、如何せん出張が多すぎましてね……学園長にせめて副担任に変えるようにとは言ったのですが、聞き入れてもらえませんでしたからな」
まぁ、そうだろうな。あの生徒たちを一ヶ所に集めて御しきれる人はそうそういないだろう。新田先生は学年統括という仕事がある以上、担任の仕事を手伝うこともあるだろうが……それでも高畑先生の出張の回数は少しばかり行き過ぎている。記録を見ると他の教師の倍では済まないレベルだ。
……よくよく考えると、よく首にならなかったな。学園長が各方面に手を回していたんだろうが、それをするくらいならどちらかに絞ってしまえばよかっただろうに。
教師の仕事は夢だから。『悠久の風』の仕事はただ『紅き翼』として遺した仕事をこなすため、というところなのだろうが、どちらも中途半端になっているあたりがどうにもな。
中学生や高校生というのは多感な時期だ。その時期に頼るべき担任教師が出張で飛び回っていては頼れるものも頼れまい。……十歳の子供に頼るのとどっちがマシかと言われると、俺も答えに窮するがね。
そうして職員室前まで来たところで、新田先生がふと思いだしたと告げる。
「おっと、そうだ。学園長からネギ先生を呼ぶよう言われていました。急ぎではないでしょうが、なるべく早くと言われていましてな」
「わかりました。このあとすぐに伺います」
「よろしくお願いします」
職員室に入って新田先生と別れ、授業の時間を再度確認して学園長室へと向かう。
十中八九先日のヘルマン伯爵の件だろうが、どこまで話すべきか。そもそも大体のことは始末書を書くことで学園長も納得したはずなのだが……。
彼の目的はおそらく戦力調査で、それには俺とアーチャー、加えて桜咲さんや近衛さんのものも入っていたはずだ。誰が、と言われるとやや困るところではあるが。
何故なら、京都で戦ったアーウェルンクスの誰かが犯人だとするなら、あの程度の戦力でこちらの戦力を推し量ろうなど度し難いにもほどがある。アーチャーの実力をよくわかっている以上はそんな無意味なことに時間を割くとも思えない。
……が、これが『調査』なら別の意味を持ってくる。
アーチャーの知覚範囲とは言え、ステルスは完璧に近かった。見逃す可能性は決してゼロではない。
そうしてまで見つけたいアーウェルンクス、というより『完全なる世界』の探し物。俺が思い当たるのは現状一つ──『黄昏の姫御子』神楽坂明日菜。
魔法世界救済を謳う彼らに取って、姫御子である神楽坂さんの存在はなくてはならないものだ。高畑先生の属する関東魔法協会だからという理由で探りに来た可能性は十分にあるとみていい。
そして気をつけるべきは、俺が口を滑らせないことだな。現状で俺が知っているはずのない情報なのだし。
学園長室の前まで来た俺は、一息おいてノックをする。
「学園長、ネギです」
「おお、ネギ君。鍵はあいとるから入ってくれ」
促されるままにドアを開け、同時に感じた殺意に対して反射的に障壁を構築、繰り出された蹴りを受け止めて無詠唱で魔法の射手を打ちこむ寸前まで持って行く。
相手はニヤリと笑ったまま次の手に移ろうとし──学園長に窘められる。
「これ、あまり粗相をすると婿殿のところに送り返すぞい」
「わーっとるわ。これくらいは遊びみたいなもんやで」
「……遊びで殺気を飛ばすというなら、幾らでもやってやりますが」
礼儀を知らない奴に容赦など必要あるまい。
そう思いながら襟を正し、扉を閉めて学園長の前まで歩く。俺が無視したその少年はむっとした顔で回り込み、挑発するような笑みを浮かべる。
「なんやネギ。何か一言くらい言うことあるやろ」
「犯罪者が今更ここに何の用ですか」
「なんやと!?」
「これこれ、小太郎。ネギ君もあまり挑発しないでおくれ」
そう思うのならきちんと手綱を握って貰いたいものだな。これでは誰にでも吠える狂犬だ。鬱陶しくなって潰してしまうぞ。
……いかんな。思考が暴力的だ。理性的に、クールに行こう。決して考えることが多いところに新しい問題を入れられて怒りたいわけじゃない。
「今日君を呼んだのはほかでもない。先日、ネギ君が斃したという爵位持ちの悪魔の件についてじゃ」
「それについては後日報告書を上げるということで納得して貰ったはずですが」
「もう一つ付け加えておきたいことがあってのぅ……あの時、儂らは侵入者に気付いていなかったんじゃが、ヘルマン伯爵と名乗った悪魔の他に高位魔族がいなかったかね?」
「……高位魔族ですか。特に見てはいませんが」
「アーチャー君もかね?」
「そのはずです」
「であればよい。儂の考え過ぎじゃった、というだけの話じゃよ」
……侮れないな、近衛近右衛門。ヘルマン伯爵が消えたあの場で、限りなく存在感を薄くしたザジの痕跡に気付くとは。それだけ有能なら侵入にも気付いてほしかったものだが。
力を解放したわけでも無く、誰かと戦ったわけでも無いザジさんの気配を感知できるとは到底思えないが……まぁ、気付いたのが学園長とは限らない。
脳裏に浮かんだ胡散臭い笑みの司書を思いだしつつ、続きを促した。
「それとこれは単なる通達じゃ。京都で君が戦ったという犬上小太郎君が、今日付けで関東魔法協会預かりとなる」
「理由をお聞きしても?」
「先日侵入したヘルマン伯爵の対抗策をもってこちらに接触してきたから、ということにしてある。君も同年代に才能のある子がいればもっと上を目指せるじゃろうしな」
明らかに後者が本音だろう。
犬上小太郎の悪行を今更掘り返すつもりはないが、正直言って現時点では俺の相手が務まるとは思えない。エヴァとアーチャーだけでは戦闘経験を積むにも限界があるとはいえ、それでも犬上小太郎では力不足も甚だしい。現状見たところ、身体強化のみかつ魔法無しの俺以下だろう。
加えて、京都で手のうちはほぼ見た、二度目が通用するほど頭の螺子は緩んでいないと自負しているし、考えたいこともある以上あまり人を増やしたくないのだが。機密の点から見ても。
……学園長の通達である以上、もう犬上小太郎の処遇を変えることは不可能だろうがな。
「……わかりました。用事はそれだけですか?」
「まぁ、そうじゃな。転校手続きもしておいたし、近場に住むことになるじゃろうから仲良くしてやってくれ」
「よろしくな、ネギ。今度こそお前をぶっ倒すくらい強くなったるわ」
「そうですか。期待しておきます。それでは授業の準備があるのでこれで」
「うむ。貴重な朝の時間に済まんかったの」
一礼して退室する。小太郎は最後まで俺の仕事モードに文句を言っていたが、公人として公私の区別くらいつけているとわからないのか。
……駄目だな。どうしてもあの少年に関してはあまり良い感情が先行しない。
自分のやったことを後悔しないというのはいい。だが、自分のやったことに対して責任を持つということを考えてない。その時その時を楽しめればいいという刹那的な快楽を求める戦闘狂い。
ああいうのは嫌いだ。はっきり言ってしまえば。
自分が何をやったのか。自分がやったことのせいで誰が被害を受け、誰に迷惑をかけたのか。それをまったくもって理解していない。
子供だから許される、などと言うのは俺ははっきりと言おう──ふざけるなと。
子供だからこそ善悪、道徳の問題をはっきりと認識させてやるべきなのだ。倫理観の欠如はそのまま大人になった時まで治りはしない。いや、下手すると大人になっても治りはしない。
時間があれば性格の矯正も考えるのだが、生憎と今の俺には時間が無い。
魔法世界。『完全なる世界』。造物主。更に加えて魔族に"アリストテレス"だ。
考えなければならないことは非常に多い。やらなければならないことも非常に多い。それでも教師の仕事を手抜きすることなど俺の矜持が許さない。なら、小太郎のことは放置するしかあるまい。
考えることをやめれば、それは即ち死を意味するのだから。
インターバル回。なんか主人公の性格を意識して書いてたら妙に説教くさいことになりましたが、まぁ甘粕大尉をモチーフにすればこうなるよなぁと納得しております。
Q.魔族がアトラス院ポジってことは美少女魔族は必然的にノーパン…?
A.その理論で行くと高位魔族、つまりヘルマン伯爵もはいてない側に…。
あとはいてないのとはいてるのはほぼ同数です。全員が全員はいてない訳じゃないです。